3.仲を深めよう
「ではシルフィーはお姉様の隣という事で良いでしょうか?」
「ここはボクが隣で」
「自分もコーラル殿の隣が良いです!」
「あ、あの皆様?」
箱馬車の中に簡易寝具を展開して早くも半刻。最初の見張りに付いている俺は野外でエメラと一緒に円柱状の暖房兼照明の魔法具を囲んで、近くにある森や野原の先に意識を向けておく。炎の色を再現した灯りが熱と共に周りに暖かさを伝える。
「・・・・・・エメラの主人は皆に愛されてるぞ」
『キュゥルルル』
緑の鱗が夕焼けのような炎色に鮮やかに照らされたエメラは、時折箱馬車の中から届いてくる自分の主人の声に耳を傾け機嫌を良さそうにしている。彼にも主人の今の状況が分かっているのだろう。
「中なら偽装を解いても大丈夫ではありませんか?」
「久しぶりに見たい」
「今も綺麗ですけど魔法を解いたらもっと綺麗ですよね」
「み、皆様!? 服を脱がそうとする意味が分かりません!?」
「お姉様、シルフィーは服の下の変化も気になります」
「ついでに身体も拭く?」
「もう拭きましたがもう一回拭いても大丈夫ですね!」
「こ、こういうのは私ではなく御主人様の役割では?」
「役割とかそんな、・・・シルフィーはただお姉様がお可愛いと思っただけです」
「良い子良い子、してあげる」
「小さな子であやし方は慣れています」
「私は皆様より結構年上なのですが!?」
何とも騒がしい事だがそれだけ皆にとって彼女の話していた時の様子は心にくるものがあったらしい。俺も熱くなって色々な事を言った。しかしあの発言はどうなのだろう? まるで告白のようだ。
・・・クレアの事を思えば駄目な気がする。
いや仮に駄目だとしても言ってしまった事には責任を持たなければならないし。彼女に幸せになってほしいと思ったのは事実なわけで。とりあえず1人で考える時間が欲しかったからここにいるわけで。あの輪の中にいると矛先が向く可能性も。
『シュルルルルゥ』
「・・・・・・もしかして俺の事笑ったのか?」
『・・・・・・クルル?』
「こ、こいつ・・・。いいか? 俺がここにいるのはアレに巻き込まれる前に逃げたからじゃない。現に皆だって俺よりコーラルに構いたがってるだろ? だから彼女には俺抜きで皆との時間を」
「御主人様! 御主人様ぁああ!」
「たーのしー」
「動かれると脱がしにくいです!」
「お姉様のお肌スベスベです」
「・・・・・・」
『・・・・・・』
こっち見んな。
「・・・仲が良くて何よりだな!」
『プシッ』
ああやって巫山戯られるようになったのもコーラルが本当の意味で皆と打ち解けたからだ。彼女もきっと心の中では笑顔になっている、そうに決まっている、その筈である、そうだと思う、・・・そうだといいな「ごしゅじんさまあああ」
背後から肩を掴まれた。夜風以外の理由で背筋が寒くなる。後ろを振り返ると宵闇の景色を引き裂くように黒い女神が着崩れた扇情的な装いで顕れた。赤紫に光を反射する黒い髪は乱れ、銀色の瞳に俺を映しながら蠱惑的な微笑みを浮かべている。
「・・・や、やあコーラル。皆は良くしてくれたか?」
「ええ。皆様とても優しくしてくれています」
「そ、それは良かった。じゃあ戻った方がよくないか?」
おいエメラ何処に行くんだ。そっちに行っても川しかないぞ。
「そうですね。では一緒に戻りましょうか御主人様」
「いやいや、俺は見張りがあるから」
「ヤナギ様とスターチス様、それにダークエルフの私がいるんですからそんな見張りなんて必要ないんですよ? さあ御主人様」
コーラルが俺の背中に枝垂れるようにもたれ掛かる。服を隔てて感じる彼女の柔らかさが寒かった背筋を熱くする。この接触は駄目だ、駄目な領域だ。
力尽くで身体を離して走り去ればあるいは・・・・・
「脱ぎます」
「・・・・・・なんだって?」
今脱ぐって言ったぞ。何故この時にそんな事を?
「御主人様が私から逃げれば今、この場で全裸になります」
「分かった言うことを聞こう」
逃げるんじゃあない。時間を置こうと思っただけだ。でも言うことは聞く。
「皆様! 御主人様も今から合流します!」
箱馬車の扉が開き・・・コーラルは扉を開けずに出てきたのか? 窓に至っては人の通れる広さじゃないしどうやって出てきた? 魔法か? 偽装を解いた全力の魔法で脱出してきたのか? 俺は今からそんな場所に連れて行かれるのか?
扉からヤナギとスターチス、シルフィーが顔を出してきた。
「さっすがコーちゃん」
「今宵は宴ですね」
「お師匠様も一緒にたくさん遊びましょう」
「・・・・・・俺は端で寝るからな。間隔はちゃんと取ってもらうからな!」
「さて皆様、今宵は何で遊びましょうか?」
俺はコーラルに手を引かれ箱馬車まで連れて行かれる。前に一度、一つ屋根の下で寝たがそれは部屋が別だったしあんなに狭い空間じゃない。俺達は無事に朝を迎えられるのか?
「じゃあ『タッチ』で」
「良いですね。久しぶりにします」
「何が始まるのか、シルフィーはとても楽しみです」
「成る程。この人数ならそれが良いかもしれませんね」
「・・・・・・はは」
もう1人じゃないんだから、確かにいつまでも寝ない生活を続ける訳にはいかないかもしれない。それに皆だって恋仲でもない相手に何かする事もないだろう。裸で抱き合って一晩寝てもし子供でも出来たら大変だからな。皆の為に俺が意識しとかなくては。
「いらっしゃ~い」
「これで皆揃いました!」
「お師匠様、ここが空いてますよ」
「そこは私の寝具なのですが・・・」
中に乗り込み扉を閉める。外の静寂なんか知るかとばかりにここは賑やかだ。反応に困る事も良くあるが、皆の作る空気は正直に言えば好きだ。笑顔が溢れた場所は居心地が良い。
これからも今日みたいな夜を過ごす日が増えると考えると戸惑いを感じるが楽しみでもある。・・・そういえばタッチってどんな遊びだ?
◆◆◆
ミルドレッド王国の東にあるヘルディス樹海を抜ければドワーフが住むコロニス山岳地帯が直ぐに目に入ってきた。首都から出発して1週間、『タッチ禁止令』がでた以外で大きな問題もなくここまで来た。目の前にそびえ立つ山々のどれかにドワーフの国があるが俺は行った事がないから分からない。『おさんぽちゃん』を起動して確認する。どうやら中央付近にある一番高い山にあるようだ。皆にも確認を取り進路を定めてエメラが進んでいく。
スターチスに膝枕され、シルフィーに尻尾を櫛で梳いてもらっていたヤナギが突然起き上がり、壁に遮られた外の一点に視線を集中させている。スターチスも同様の様子を見せている。
「外で何かあったのか?」
彼女達の超感覚が外での異変を拾ったのだろう。俺はいつでも行動を開始できるようにする。ヤナギとスターチスが今の時点で取得した情報を伝えてくれる。
「戦闘音」
「ロックドラゴン2、ヒューマン男2,女1、ドワーフ男1、エルフ男1」
「モンスター優勢、立ってるの3人でも全員生きてる」
「距離ここからおよそ2000。この山を左に迂回した裏側ですね」
「ヤナギ姉様とスターチス姉様はすごいです。シルフィーには何も分かりません」
「2人が言うには他のワービーストはあそこまで感覚は持ってないらしいな。特別って事だな」
「シルフィーの周りの人は皆様すごいです」
「御主人様。如何なさいますか?」
チーム『お昼寝』のリーダーは俺だ。御者の席に着いたコーラルが判断を仰ぐ。
「途中までエメラと一緒に俺も引っ張る。文句は聞かない」
行くに決まっている。知ってしまったんだから。
「仰せのままに」
御者の席から既に馬車の内部に入っていたコーラルが俺の隣にいる。その彼女に走るのに邪魔になる荷物を預けて戦闘準備に入った皆の間を通り過ぎて扉を開き、飛び降りてエメラの隣へ併走する。ここに来るまでに1回だけ皆の許可を貰い馬車を引いた事がある為エメラには表面上の動揺は見られない。
「エメラ! 悪いが飛ばすぞ!!」
『ゴオォオオオオ!!』
エメラの地を踏み抜く脚に更なる力が込められ、刻まれる足跡の深さが増す。それに合わせエメラのハーネスに接続されている長柄に牽引するための紐を取り付け前に躍り出る。
「全速力だエメラ!!」
俺が馬車の重さの殆どを肩代わりした事により、騎竜の中でも頂点に立つ『キング』としての力を見せる。疾走、太く強靱な爪が大地を更に深く抉り、その巨体を前へ前へと蹴り出していく。横目でそれを確認してから俺はエメラが追従できる限界がくるまで速度を上げていく。
車体が淡い光に包まれる。コーラルが魔法によって耐久を上げているのだろう。本人の適性の問題でそこまでの上昇は望めないらしいが、有るのと無いのとでは雲泥の違いだろう。彼女も可能な限り力を貸してくれている。ならば期待に応えて絶対に間に合わせよう。
「目的地までへばるなよ!」
「ゴォオオオウ!!」
流れる風景を置き去りにするように俺達は速度を限界まで持って行った。
◆◆◆
「付いてねえなっ!! クソッたれ!!」
目の前のロックドラゴンに対して『斬撃』を載せた攻撃を振るう。見上げるほどの相手の巨体、岩を喰らう為に、金属成分が混じった岩石が体表に生成されたそのドラゴンの横っ腹にオリハルコン製の剣が傷を付け、赤い血が溢れる。身を投げ出しながらこいつから直ぐに退避!
「うおおおおっ!!」
進化の過程で四足歩行に変化したロックドラゴンの後ろ脚が俺が直前までいた場所に踏む込まれ地響きを立てる。対空中にミスリル製の胴鎧の腰にある物入れから手投げ爆弾を取り出し、もう一体のロックドラゴンの鼻面に叩き込む!
爆音を立てて顔にある岩石が砕け辺りに飛び散る。
「これが最後の爆弾だ!!」
受け身を取りながらまだ立っているバルムとゼルに声を掛ける。
「どっせい!!」
己の背丈ほどある大槌を持ったドワーフのバルムが爆弾により怯んだドラゴンの前足にそれを殴り込む。退化した翼が甲冑の籠手のようになった前足がその勢いに押される。それにより体勢を崩したドラゴンが倒れ込む。
「良くやった、魔法行くぞ!! 穿て『トルネード・ランス』!!」
エルフのゼルがその高い魔力をありったけ込めた風の槍がもう一方、俺が斬り付けた方の眼球目掛けてと打ち出される。それに奴は気付き顔を動かすが無駄だ。着弾、目からは外れたが顔面を大きく削いだ。
「今だ!! 逃げるぞぉおおお!!」
岩肌に倒れ込んでいる仲間の2人の内、近かった弓兵のヌグドを肩に担ぎ、斥候のシャールはバルムが小脇に抱え一目散に撤退する。大丈夫だひどい傷はない。逃げ切れれば何とかなる!
一番離れて戦い戦闘を走っていたゼルに追いつき、やっぱり体力がへなちょこなエルフには辟易するがこいつの魔法の働きは俺達の命を繋いでいる。七位階の魔法をさっきのを含めこの戦闘で何度か発動した影響で息も絶え絶えだ。隣に並んだ時点で剣を鞘に投げ込むように収めて、その空いた手で杖を握った腕を取り引っ張り走る。
「急げ急げ急げ!!」
「ぐう・・・魔力・・・さえ残って・・・いれば」
「ぬうう・・・ちと拙いぞ! 奴らもう追って来たぞ!」
速度の落ちた俺達にバルムが追いつく。脇に抱えられた彼女は俺が担いだヌグド同様に意識はない。そして後ろを見るとバルムが言ったように2体のロックドラゴンが雄叫びを上げて追って来ている。クソッたれが! あれぐらいじゃあ直ぐに立て直して来やがる!
あれの前に2体倒したまでは良かったが、その時点で俺達のチームに強敵と戦う余力は殆ど無かった。そんな時にあのおかわりだ。本当に嫌になる。今日は厄日か? だがまだ誰も死んでないなら不幸ではあってもまだ最悪じゃない。
「バルム! ヌグドの事も頼めるか!?」
「行けるがお前は!?」
「あの岩野郎共をからかってくるんだよ!!」
バルムの空いた腕にヌグドを押しつけて速度を殺して立ち止まり腰から再び愛剣を抜き放つ。迫ってくるロックドラゴンは目を血走らせて走ってくる。クソがいい気になりやがって。万全の俺達なら仕留めれるってのに何でこいつら今日に限ってこんなに群れてやがるんだ! 田舎の不良とは違うんだぞ!
「俺が逃げれる余裕がある内にとっとと離れろ!! 遅かったら化けて出てやるからな!!」
「すまん!! ほれしっかりしろ!!」
「ぐうう・・・無念、無念だ・・・!」
ゼルにバルムが身体を引っかけさせて鈍足の脚を必死に動かし走って行く。さあさあさあ正念場だぞ! 加護の力をありったけ絞り出す。あいつらが遅い足で頑張って離れる限り離れてもらえるように時間を稼がなければならない。
「緋金級『不屈の魂』のリーダー・カウムを嘗めるなよ糞竜共が!! 手足の3・4本は覚悟してもらうぞ!!」
運が良ければ生きて帰れる。もし今日が本当に厄日なら・・・・・・考えるだけ無駄だ。俺もあいつらも死ぬつもりはない。殺させるつもりもない!!
「ならやる事は一つだろうがぁあああああ!!」
疲弊した身体に鞭を打ち、今出せる全力で駆け出しロックドラゴンを迎え撃つ体勢を取る。
「ヤナギ! スターチス! 右! 俺が左だ!」
「「了解!」」
そんな俺よりも速く両脇から3つの影が飛び出していく。
右を通り過ぎた影は2人。どっちもワービースト、猫と犬らしい特徴を持った女2人が武器を取り出し、顔面の半分を削られたロックドラゴンに接近していく。俺が万全の時よい遙かに速い! 何者だ!?
もう片方は男、黒い髪と黒い外套を翻して駆けて行っている。てゆうか丸腰!? 籠手すら付けてねえぞあいつ!? 助けにきてくれたのは有り難いが見過ごせねえぞ!?
「おいあんた武器は!?」
「大丈夫だ!! 俺達に任せろ!!」
そう言い残してあいつはほぼ無傷のロックドラゴンに近づいていく。ロックドラゴンはワイバーンよりも強力なモンスターだ、単身でいくには厳しい! こっちに加勢すべきだ。だが本人に任せるように言われたが。
「任せっきりに出来るわけねえだろ!!」
男の後を追いかける。ワービーストは基本的に強えから少しはもつ筈だ。その間にこっちも足止めを
「ふっ!」
男が繰り出した下から突き上げる拳が、牙を剥き迫るロックドラゴンの顎に吸い込まれ
「・・・・・・は?」
まるで爆弾が炸裂したかのような音を響かせて、ロックドラゴンの首が上向きにへし折れて、それでも勢いを消せなかったのか上体さえも浮かせる。巨人が頭を掴み引っ張り上げたかのように上へ上へと上がっていくロックドラゴン。その間に首の肉と皮膚がありえない長さまで伸びている。
ただただ眺めるしか出来ない光景を見送り、遂に腹を完全に晒したそいつに
「はっ!!」
殴ったあとに飛び上がっていた男はもう一方の腕も振りかぶり、その腹目掛けて上から拳を撃ち抜く。またも轟音が鳴り響き、殴った場所を中心に一瞬ドラゴンの身体に水面の波紋のような撓みが発生、表皮にある岩石の鎧がはじけ飛ぶ! そのまま地面に衝突、するだけに留まらず巨大な衝突痕を刻み込む!
「ぬおおおおおお!?」
凄まじい衝撃が風と共に俺に降りかかる。今起きた目を疑う光景を覆い隠すように砂埃さえ立ち上がる。腕を掲げてそれをやり過ごしているとロックドラゴンの悲鳴が微かに耳に届いた。目の前の奴じゃない、ワービーストの2人が行った方のだ。
勢いが弱まった瞬間に隣の状況を確認するために目を向ける。
右側の前脚後ろ脚を膝下から断ち切られ地に伏したロックドラゴン。それに猫のワービーストが双剣を構えて隙を見せた首に残像しか見えない速度で無尽の如く斬り付ける! ロックドラゴンは悲鳴を上げる間もなく首を開かれる。血が滝のように噴き出る前にその場から離れた彼女は、脚を斬り落としたらしい犬のワービーストの隣に跳び立った。ロックドラゴンは血しか出ない口を何度か開閉したあとにゆっくりと動かなくなった。
僅かな時間の間に2体の竜の死体が岩場に転がる事になった現実を、俺は静かに見ているしかなかった。
◆◆◆