2.聞いてくれますか?
説明回
そうですね、まずは私がダークエルフであるのは皆様にお伝えした通りです。厳密に言えばダークエルフの父とヒューマンの母との間で生を受けたハーフであります。これが私に及ぼした影響は大きな物でしたがこれは後で説明します。
まずダークエルフとはどういう種族なのか、と言う話しですが簡潔に述べるなら裏の戦闘種族でしょうね。従来の森林種は通常の魔法と精霊魔法に高い適性を持ちます。その反面身体能力は全種族で一番脆弱で、狩りで使う弓でさえ魔法で補助する事が前提になっています。ワービーストとは正反対の種族ですね。さて、ここでダークエルフの話しに戻りますが、我々はエルフ程魔法に関しての万能性はありません。私も皆様から見れば自由に魔法を使っているように見えますが、他の種族でもある程度の才能と習熟を積めば誰でも出来る範疇になります。
ダークエルフはヒューマン程度の身体能力はあります。逆にエルフ特有の圧倒的な魔法の力はありません。しかしある分野に関しては秀でるようになりました。隠密に関する能力です。
気配を消す技術は勿論、それを補助するための魔法・精霊魔法群、それらを活用した変装に間諜、そして対象に気付かれずに近づき近接格闘での暗殺。これらが先に裏の戦闘種族と呼称した理由です。
我々の種族は長くその生き方をしてきました。・・・・・・ダークに与してです。
それは何故か? その理由はダークエルフの誕生に端を発します。
遙か昔、黒原種なんて種族は存在しませんでした。我々の始祖はただのエルフでした。多種族の間で起こった永きに渡る戦乱の最中、始祖は他の種族と戦うために一部の仲間と共に住処であるアークス大陸中央から東に広がるエウノミアー大森林から打って出ました。己が種族の為にと、家族を、友を、大事な人を、守るために彼らは身命を賭した戦いを始めました。
戦いは苛烈を極め、共に来た仲間は1人、また1人と力尽き倒れていきました。しかし始祖だけは常に一番前に立ち続け自身の体を敵と己の血で赤く染めていきました。それがきっと駄目だったのでしょう。彼の心は種族を守るという意志よりも、憎き敵を殺す事に心を染めていきました。身体を濡らす血のように心身に憎悪と怨嗟を重ねていきました。
そしてある時代が来ます。世界で初めて怪人種と魔人種が顕れ、人種に牙を向け多くの犠牲が出た『暗黒期』です。
種族間で戦争を続けていた彼らは突然の異形による侵攻により、さらなる血が流れることになりアークスの地は地獄となりました。デミヒューマンとダークはこの世界にある澱みを糧に生まれた忌まわしい種族です。魔力の結晶を瘴気で汚染した物を核とし、怨嗟と憎悪を血肉として生まれた彼らは地獄こそが楽園なのです。
話しは変わりますが、デミヒューマンの魔石はモンスターから獲れる物と同様に魔力の源泉として、近世期に入ってからは魔法具としての活用もありますね。素材も生活の一部や武具にも使用され、その生まれ方を忘れさえすれば無くてはならない物となっています。
しかしダークの魔石は違います。彼らの魔石は内部に高濃度の瘴気も封入されており、魔法行使への魔力原として使えば行使者はその瘴気を身体に取り込む事になりその影響で精神へ大きな障害を発生し、魔法具に使えば作動時に破壊的現象と共に影響圏に瘴気汚染が発生します。この瘴気汚染は魔石を破壊した時も同様に発生するのでダークの魔石は危険と判断され国家的に表面に緋金以上の金属で鍍金してから厳重に保管する事になっています。
魔石は人あらざる物の証。それが人の出した答えで私もそう思います。
・・・さて何故魔石の話しをしたのか、何故始祖の話しからこの流れになったのか、その答えは『始祖の心臓に魔石が発生した』からです。彼は様々な経緯があり子を儲けるに至り、そして彼の子にも心臓に魔石があるのが発覚します。瘴気を含んだ魔石を、人あらざる物である証を胸に抱くことになった種族、それがダークエルフなのです。
『邪神』を知っていますか? その起源は定かではありませんがデミヒューマンやダークの発生を契機にその存在を強めていったのは確かです。元は精霊とも神種とも言われた邪神は表舞台に姿を現すとデミヒューマンやダークに新たな力を与え、世界にさらなる絶望をもたらしました。
人の如き姿をしながら人で無い生物がデミヒューマン。生け贄と儀式により邪神から力を授かりその身に異形を宿し残虐な精神をその心のまま振るうのがダーク。
そして始祖が心臓に魔石を持つに至った原因こそが邪神です。最初、邪神は小さな存在でした。しかしそれでもどんな存在よりも悍ましく、悪性を備えていました。始祖はそんな存在と遭遇しました。・・・最悪の出会いだったのでしょう。彼の心身にはあまりにも憎悪と怨嗟が染み込みすぎていたのです。それが邪神の力と共鳴し、邪神の瘴気を取り込み魔石を心臓に生成しました。忌まわしい呪いの契約が刻まれた魔石を。
その時に心にあった憎悪さえ魔石の糧にした事で皮肉にも正気に返った彼は己がもう邪神の奴隷になった事に気付きました。全てはもう手遅れ、彼はもう邪神の為に行動する事しか出来なくなりました。
そんな彼に邪神が始めに命じたのが仲間を増やす事でした。つまり邪神はダークエルフを繁殖させる事によりダークやデミヒューマンよりも都合の良い手駒を数を揃えて手元に置こうとしたのです。
その試みは成功、ダークエルフは魔の手先となりました。闇の世界を渡り歩き、潜入、暗躍、間諜、暗殺。邪神の為に働き時には邪神の為に自らの命さえ使い果たしてきました。条件さえ整えばダークさえも契約の力を利用してダークエルフに命令して動かすようになります。それは邪神が封印されたあとも続き、邪神がいつの日か解放されるように今も動くことを強いられています。
しかし邪神が封印されたのは不幸中の幸いと言えます。何故なら今のダークエルフに課せられた最優先にして最重要の契約が『邪神を解放する』事になっているからです。これを逆手に取ってダークエルフは魔人からの契約の一部を撥ね除けられるようになりました。つまり邪神復活とは無関係な虐殺や暗躍などを拒否できる事を意味しています。逆にそれは邪神復活とは関係のない救済も出来ないことを意味しますが、一部とはいえ命令を都合良く解釈出来るようになった我々は、気休めとはいえ心が救われたのです。
ですがそれは決して解放された訳ではありません。我々が最後に向かうのは邪神復活でありその為にしか動けないのですから。つまり奈落へ堕ちていく未来は未だに我々の目の前にあります。
同胞達は望んでいます、終わりを。この忌まわしい呪いからの解放を。自分達はどうなってもいいからと、それが例え死によっての解放であっても皆は望むでしょう。
・・・そんな時に私が産まれたのです。偶然ダークエルフと共にいる事になったヒューマンの女性、彼女はダークエルフの男性と恋に落ち、その結果としてこの世に生を受けた世界で唯一の『人と人あらざる物』の交ざり物が私であり、心臓に魔石を持たないダークエルフであり、そんな皆の『希望の子』でした。これが両親が私に与えてくれた大きな影響です。
皆は喜びました。たった1人でもこんな残酷な運命から解放された仲間が産まれた事を。出来るならこの子だけでも自由に生きてほしいと、しかしそれは儚い望みでした。その子の加護が判明するまでの泡沫の望み。
名.コーラル・エルピス
種族.アマルガム(普人種/黒原種)
性別.女
加護.知恵の精霊の瞳(恩恵.未来視・精霊魔法適正)
.魔法適正(恩恵.魔力生成・魔力操作・並列起動)
.邪神の指先(契約無効済み)
.闇の眷属(恩恵.闇魔法・隠密・精神異常耐性)
その子は魔石こそ身に宿しておらず契約に縛られている訳でもありませんでしたが、邪神の加護自体が消えていた訳では無かったのです。つまり邪神が目覚めればこの加護が効果を発揮する可能性があるのです。しかしそれでも邪神が目覚めなければこの子は自由のままの筈でした。それだけ邪神の復活は幸運な事に難航していて、どれ程の年月が掛かるか未知数だったからです。
やはり運命とは残酷な物です。その子が持っていた『知恵の精霊の加護』。これが皆にとっての誤算でした。これはその瞳で見た観察対象の情報を読み取る事が出来る加護でした。
『魔王』という存在がいます。魔王は邪神が封印される直前に、余力の全て込められて生まれました。世界に1つだけの加護をその身に事によって魔王は魔王たり得ます。封印された邪神を解放する為の存在として。
『邪神の愛し子』。この加護こそが魔王の加護と言われる物の正体です。これは宿主が死ねば次の宿主に行き、その身体に宿ることで次代の魔王を作ります。これが殺しても殺しても新たに生まれる魔王という存在の仕組みです。
ならこの加護を持っていれば魔王たり得るのか、と言えばそうではありません。大事なのはこの加護を表出させ覚醒させる事です。多くの『魔王であった筈の人達』は自身にそのような加護が存在する事など知らずに一生を終えていたでしょう。しかし希に加護が表出する事があります。それに必要になるのが高濃度の瘴気です。通常の人が何の対策もなく浴びれば心身共に異常をきたす瘴気をこの加護は吸収し、眠っていた状態から目覚めます。この時に初めて魔王という存在がこの世界の明るみに出る事になります。
普通なら眠っているこの加護は一部を除いたどのような方法を持ってしても発見する事は出来ませんでした。だからこそ今までダークエルフは邪神の為に魔王の捜索はしていても偶発的に顕れる以外に物理的に見つけるのは無理だろう考えていました。現状さえ維持していればこれ以上辛い目には遭わないだろうと。
・・・・・・私の加護がどんな高度な魔法で偽装を施しても、なんの影響も無く対象の情報を見通せる事が判明するまでは。
呪いの契約のせいで邪神の解放の為に最善を尽くさなければならない同胞はその『希望の子』に自由を与えるわけにはいけなくなりました。魔王を見つける可能性が最も高い能力だったからです。
手放せなくなったその子を皆は通常のダークエルフと同様の育て方をする事になります。魔王を見つけるまでは手綱を離して見失ってしまう訳にはいかなかったからです。
そうしてその子は皆と行動を共にしながら魔王を探す旅が始まります。そして見つけてしまったのです、魔王の加護を秘めた少女を。そしてその秘めた力の強大さも理解してしまったのです。
仮に魔王が表出し覚醒する事があっても誰かに殺してもらいさえすれば状況を振り出しには戻せていました。過去の魔王は勇者や英雄に殺されたり、覚醒による注ぎ込まれる力に耐えきれず崩壊して死亡する事などがあったのでダークエルフは仮初めの平穏を。過ごせていたのです。
しかしその少女は怪物でした。永い時が生んだ奇跡の怪物。魔王としての加護を表出させればそれだけで、『辛うじて覚醒した魔王』を遙かに超える力を発揮するだろう存在でした。
しかし私も気付いていた事があります。見つけても私が皆に教えなければいいという事に。欺く術は皆が教えてくれました。私が黙ってさえいれば皆もいずれ見つけるだろう『魔王』も不幸にはならないと。しかしそれは成人していない子供の浅知恵でした。
魔王発見には一部を除いたどんな方法も使えない。と言いましたがこの一部の方法とは、ダークが加護持ちに接近してその秘められた存在を感じるという方法です。
『テンタクル』というダークは私がそういう手段に出るだろうという事を見抜いていました。そこでテンタクルが取った手段が、私にメディルの傀儡の能力を応用した監視を付ける事でした。それによりダークにも魔王の存在を報告しなければならなくなったのです。
皆はこの手段に対して拒否を示しました。最悪メディルの能力により死ぬ可能性もあるのですから。だからこそ御祖父様は、タイファンは『契約』を利用することにしました。彼が提示した契約は5つ。
メディルの能力を監視以外での使用の禁止。
無闇な虐殺、特に女子供の無意味な殺害の禁止。
魔王発見後、魔王移送をテンタクルに一任する代わりに貴重な人材であるコーラルのメディルからの解放。
代えの利かないコーラルに対して接触の制限。これは彼女自身が我々やダークに直接危害を加えたと判断するまで継続する。
不慮の事故で魔王が死ぬ可能性を考え、魔王を完全に保護するまでの虐殺の禁止。
以後ダークエルフは儀式が完了するまで魔王が無事に過ごせるように尽力する。
ダークエルフ以外の存在に世話役を引き継がせない。
以上を破った場合、魔王発見及び邪神復活の邪魔であると判断し、ダークを殺戮するために行動を開始するとタイファンはダークと契約させました。これによりタイファンは魔王様を発見後に私を単独で自由に行動させる事を可能にしました。束の間の自由を過ごさせる為に。
貴重で大切な自由、皆がどうやっても味わう事の出来ない自由。それが同胞の皆から私へ贈ってくれた最後の時間でした。皆が少しでも私が幸せになってほしいと願って贈ってくれた邪神が目覚めるまでの小さな自由です。
「だけど私は自由に生きるなんて考えませんでした。だって当然でしょう? この時間はクレア様を生け贄にして手に入れたのと同じです。何の罪の無い少女を地獄に連れて行く原因になった私がのうのうと暮らしていくなんて出来ませんでした」
「そこから私の希望を探す旅が始まったのです。こんな終わりに向かっていく現実を変えてくれる人を。夢物語のような都合の良い奇跡のような存在を」
「探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して」
「諦めてしまいました」
「だっているわけ無いじゃないですか!? 一体これまでどれだけ数の英雄や勇者が邪神や魔王との戦いで死んでいったと思いますか!? 今代の魔王であるクレア様は歴代で最も強大な力を持っているんですよ!?」
「だけど願ってしまいました。努力が意味を成さない現実から目を反らし、奇跡に、神に、縋りました」
「どうか神様、家族を! 呪いに縛られた同胞の皆を! クレア様を! 皆を救ってください! もし救ってくれるなら私の全てを捧げますから! だから! だからだからだから・・・」
「・・・・・・だから誰か・・・皆を助けて、と・・・」
「俺が助ける」
「コーラルを今まで大事にしてくれた皆を」
「いいか? 前にも言ったが何度だって言う。立ち塞がる者を、あんた達を縛り付ける物を、全部俺が破壊する」
「ありがとう、コーラル。クレアを見つけたのがあんたで良かった。俺が戦う理由は知っているだろ?」
「幸せでいてほしい人がいる。笑っていてほしい人がいる。クレアには魔王なんて似合わない。だから足掻き続けたんだ。だから手を伸ばし続けたんだ。だから俺は強くなったんだ。理不尽な世界を破壊できるようにと」
「全部壊す。あんたの周りにある理不尽な世界を、絶望に進む未来を、そんな不愉快な全て破壊する」
「『誰か』には俺がなる。皆、俺が助ける」
「だから代わりにコーラルには自分の幸せを見つけてほしい。だって皆はあんたの幸せを願ってるんだから」
「コーラルが幸せにならないと皆が幸せにならないだろ? それに少しの幸せなんて勿体ない。もっと贅沢に心の底から幸せを感じれるようになろう。皆と一緒に」
「俺がコーラルを幸せにする」
「だからもう泣かないでくれ。俺はコーラルの笑顔が見たい」
「・・・・・・無理ですよ・・・勝手に出てるんですから。・・・でも、ありがとうございます」
「やっと見つけた怪物さえ超えた私の『御主人様』」