1.旅の始まり
第2章開始
コロニス山岳地帯。それはアークス大陸北西にあるミルドレッド王国東端ヘルディス樹海と北東にあるヴァルトラウト帝国に挟まれるように広く存在する高く嶮しい山岳が連なった場所である。
一部の山以外は全て休火山でありその山ごとに噴き出していた成分が違いそれぞれで有用な鉱石が採掘できる。そんな場所を根城にしているのが鉱人種であり、その中でコロニスで一番標高の高い、世界で第2位になる山に『鉱山国メーティオケー』を築いている。
酒を愛し、山を掘り、溶鉱炉に掛け、火を燃べ鎚を振るい物に形を与える種族。それがドワーフである。彼らの長年の夢それは自分達の手で『聖剣』を打つ事、もしくはそれに匹敵する何かを作る事であり、制作者不明のその神具に対抗意識を燃やし自分達の物作りに長けた種族であるという誇りを持って事に当たっている。
そうして長年の間に渡って続けられた制作物を発表する場が、いつの間にか酒さえ交える様になりお祭り騒ぎに発展。今では屋台や他国の観光客なども一部来るようになり完全に祭りと化してしまった。それが現在の『聖剣祭』である。
今年も燃える様に熱いドワーフ達が己の全てを込めて作った作品を手に7日に渡って開催される『聖剣祭』が始まる。
◆◆◆
旅立ちの初日、火が高い内に準備を済ませようとエメラに水場近くで停まってもらい、最初の野営の準備時に問題が発生した。ヤナギ、スターチス、シルフィー、コーラルの4人と俺の意見が食い違った。
「いやだから俺は外で寝るから皆は馬車の中で寝ろよ」
「だめ寂しい、一緒に寝よう」
「そうですその方が暖かく寝られますよ」
「どこの世界にお師匠様を外で寝させて自分は屋根のある所で寝る弟子がいますか」
「御主人様の布団はもう中にご用意していますのでお気になさらず」
女性4人と緊急事態でもないのに一つ屋根の下、というか箱馬車の中は拙いと思う。
「何でだ、街にいた時は別々の宿だったろ。じゃああれだ俺は2刻(約1時間)しか寝れないから不寝番するよ。外で見回りする」
「お師匠様、そんな無理な嘘は言わないでください」
「嘘じゃないぞ」
「え」
無表情で声の調子も変わらないがシルフィーが驚いているのが分かる。睡眠時間に関しては自分でも異常だと自覚しているから彼女の驚きはしょうがない物だと思う。
「カー君本当に寝ない。夜中はいつも何かしてる」
「たまたま夜中に目が覚めて外を見たら街中を走ってたりしてましたね」
「街では不審者になるからお止め下さいとあれ程・・・」
「それは今言う事じゃ・・・・・・ごめんなさい」
コーラルの話を逸らそうとした俺を見る目が危険だ。この中で一番料理に精通しているのは彼女だ。もし機嫌を損ねると皆が美味しい御飯を食べている時に俺だけ自分で切って焼いただけの物を食う事になる。それはあまりに侘しい。
それでも同一の場所で寝るのは避けたい。・・・いや皆が寝静まってからひっそり出るのも。
「お師匠様がシルフィー達が寝てしまったら外へ出ようと考えています」
「な・・・な、何か問題か?」
ぴったり言い当てられた。どうして分かる。
「御主人様。私達といる時だけでも普通の睡眠を取りませんか?」
「夜の見張りは交代が鉄則」
「出来るからと1人に任せるのは違いますしね」
「お師匠様はクレア様が戻ってきてもそんな異常な睡眠時間のままでいくのですか?」
「私達は御主人様が心配なのです」
「み、皆・・・」
全員が俺を心配してか正常な睡眠を取るように進めてくれる。そうか皆、俺の事をそんなに気に掛けてくれていたのか。
「と、いうわけでボクがカー君の隣で寝る」
「自分も隣がいいです。むしろヤナギとカイル殿に挟まれたいです」
「いえいえ、ここは弟子のシルフィーが隣が良いと思いますお姉様方」
「年長の私が御主人様を寝かし付けるというのも理に適っていますよ」
「・・・俺、夕食に使えそうな獲物探してくる」
うん違った、やっぱり。皆を後ろに置き去りに、追いかけられない速度で走り森へと入る。夜の事はその時考えよう。問題の先送りではあるが押し切られそうな不安がある。だからこれは次は負けない為の撤退である。
◆◆◆
陽が落ち辺りは夕暮れになっている。箱馬車に取り付けられた魔法具の灯りとは別の炎が辺りを照らす。料理に使う炎、しかしそれが逆にその先の夜の闇を濃くしている。
私は複数取り出した魔法具の焜炉の火力を調整する。御主人様とあとを追って行ったヤナギ様とスターチス様が中々の獲物を生け捕りで持ってきてもらえたので食材に無駄が出ないで済みます。隣で土魔法で四肢を拘束している赤い毛皮と獰猛さで知られている熊型のモンスター『ブラッドベア』が唸りを上げている。脳震盪で満足に動けなければ金級のモンスターも形無しですね。
「血抜きはして来なくて良かったのか?」
「ええ、これならそれも食べ物に出来ますから」
「そうなんですかお姉様?」
私の作業を近くで御主人様とシルフィー様が興味深そうに見ていますがそこまで珍しい事をするわけでもないですが。でもシルフィー様は王族ですし知る機会は無かったでしょうね。
「あれを作るの?」
「コーラル殿、香辛料はいりますか?」
ワービーストの御2人は種族柄、獲物の血液も食べる機会が多かったでしょうし手伝って貰いましょう。ヤナギ様とスターチス様に必要になる物を伝えて持ってきてもらい、仕込みを開始しましょう。
「材料は手元にありますので他の事を・・・、そうですね私が血抜きを終わらせたら後の解体だけお願いしても?」
「それを俺がやるというのは―――」
「カー君はダメ」
「自分とヤナギがやります」
「・・・・・・」
「お師匠様は解体が苦手なのですか?」
「御主人様がすると可哀想な感じになりますね」
ご主人様がギルドに来た初日にワイバーン丸ごとや大量の魔石だけを納品してもらった時は良かったのですが、いざモンスターやデミヒューマンの毛皮などの素材を持ってきてもらった時は酷かったですね。全部の素材の言葉の後ろに『~のような物』と付くような惨状でしたね。10年近く山籠もりしてあれはちょっと無いです御主人様。
「ではいきましょう」
熊の下の地面を精霊魔法で操り足を掴み隆起、アーチ状に形成した土に吊り下げる様にして固定。懐に入れた収納具から多目的用の小刀を抜き出して首の一部を切り裂く。溢れ出した血が下に置いてある底の深い鍋に流れ落ちていき辺りに血の臭いが漂い始める。
ヤナギ様が加護の力で血の臭いが広がらないように風で収束、鍋の近くに留まる。有難う御座います。並列起動で魔法を使い鍋にある血と息絶えた熊の体温を一気に冷やしていく。
「シルフィー様は平気ですか? あまり見ていて気分のよろしい物ではありませんが」
先程から無表情ながら真剣な御様子で眺めているシルフィー様は頷く。
「大丈夫です。悲惨な物を見た経験だけは人一倍あります」
「それもそうでしたね。ではあとで食べられる内臓をヤナギ様とスターチス様にそちらへ回してもらいますので御主人様と綺麗に洗ってもらって良いですか?」
「わかりましたお姉様」
「・・・・・・それなら大丈夫だ」
意外に? 不器用なご主人様にもこれでお仕事を回せました。私は奉仕者の鏡ですね、これは御主人様の隣の権利は固いです。熊に振動を与えて血を出し切りこれで血抜きと急冷は完了。血の入った鍋を火の入っていない焜炉に置く。
「おお、水に浸す必要がない」
「魔法は便利ですね。冷まさなくていいのでかなりの時間短縮ですね」
「ではお願いしますね」
土のアーチを解除して獲物を敷物の上に降ろして解体を御2人にお願いする。その瞬間から加護を十全に活用した解体が始まり驚くような速度で部位ごとに切り分けられていく。内臓に関しても私と御2人の取捨選択は同じようですので任せていいでしょう。
内臓だけを積んだ容器が御主人様とシルフィー様の前に置かれる。それを受け取った御2人は川の下流付近で並んで洗い始めてくれました。丸まった背中が2つ並んでいるのはどこか可愛さを感じますね。さて私は鍋や焼き物に使う野菜や果物を切りましょうか。部分肉までのカットもヤナギ様とスターチス様に任せておけば安心ですしね。
でも不思議な感じです。少し前の私が今の私を見れば何と言うでしょうか。まだ大事な事は皆様には話せていませんし同胞達の事もまだ何一つ解決していないのに。「弛んでいる」と「怠けている」と「甘えている」と、昔の私は言うでしょうか? 実際そうなのかもしれません。今の私は前ほど現実に対しての物の見方に悲壮さが無くなっている自覚はありますし、さっきだって御主人様の優しさに甘えるような事だっていくつもしています。
ヤナギ様とスターチス様も今日まで隠し事をしている私に良くしてくれています。心に素直に生きている彼女達はとても眩しく見え、無邪気な笑顔で私の手を引いてくれる姿は暖かい気持ちにしてくれます。
シルフィー様は助けた時の事を覚えてくれていて、私なんかの事を姉と呼んではくれますが正直むず痒い気持ちです。私は同胞内では一番年少でしたから自分が呼ぶ側でしたしね。ああ、そういえばカガシ姉様は前の報告の時から機嫌が良さそうでしたね、何か良い事があったのでしょうか? だとしたら私も嬉しいのですが。
「コーラル。一応綺麗に出来たとは思うが・・・」
「確認をお願いします」
「あらカイル様、シルフィー様。では確認させてもらいますね」
容器に入れて差し出された内臓を掬って見る・・・・・・ん、大丈夫ですね。丁寧に綺麗にしてくれています。さっきの扱いが随分と堪えたようですね。そういう所は本当に年相応な反応を見せてくれますね。
「はい、大丈夫です有難う御座いました。あとはそうですね、いつでも食べられるように座る場所と器の準備だけお願いしますね」
「わかった」
「お姉様のお料理、楽しみです」
そう言って並んで歩いて行く御2人の姿は師弟と言うよりも兄妹のようですね。短い間でとても仲が良くなりましたね、とそう言えば私やヤナギ様やスターチス様も期間で言えばあまり変わりませんでしたね。だって1日であの娘達は甘えるようになっていましたからね。非常識で規格外な御主人様はきっと魅力が迸っているのでしょう。クレア様も、カガシ姉様が報告でカイル様の事をお伝えしてから彼女の笑顔に無理をしている様子が無くなったと言っていましたし。
おっと料理を続けなければ、とりあえず腸以外は全部細かくしましょうか。
「おにーく。出来たよコーちゃん」
「一応部位ごとと、局部も処理しています」
「助かります。流石の手際ですね、これからもお肉の解体は御2人に御願いしてもよろしいですか?」
「解体は楽しいし良いよ」
「細かい作業も加護の鍛錬になります」
御2人が美しい切り分けで置いてある部分肉から必要な量だけ取り、あとは食材用の魔法具の収納具に入れて保管する。ギルドで買い取りしてもらえる毛皮や爪、魔石も同様に収納具へ。
「有難う御座いました。あとは出来ますので御主人様とシルフィー様とお待ちしていてください。魔法も使って一気に仕上げますのでそこまで時間は掛かりません」
「魔法ってやっぱり便利」
「自分達の種族は魔法はからっきしですからね」
「じゃああとはよろしくね」
「お願いします」
「ええ。お任せください」
彼女達を見送り私は包丁を構え肉に入れていく。さあここからは私の腕の見せ所ですね。皆様の為に美味しい料理を提供しましょう。
◆◆◆
完全に夜になった空の下、初めての野営に初めて外で自分以外の人が作ってくれた料理だ。すごく楽しみである。何品か見た目からして味の想像が付きにくい物もあるしな。大鍋に入った肉の煮込み料理に内臓や謎の棒状の肉らしき物のソテー、それに香辛料を利かせたスープに浸かっている黒いソーセージに串焼きと色々だ。自分一人で狩りをしていた時では絶対に作れなかった品々である。
「では皆様、どうぞ召し上がってください」
「さっそく」
「頂きますね」
ヤナギとスターチスは黒いソーセージのような物を食べている。腸詰なのは分かるがあれは? とりあえず俺も器に掬い食べる。ん、嗅ぎ覚えのある風味・・・血か? うん血と内臓の腸詰だな初めて食べた。血はいつも流して捨ててたから新鮮な気持ちを感じる。つなぎに入れられた麦とメインに使っている血が濃厚な味を舌の上で広げ、中に細かく切って入れられている内臓は弾力のある歯応えで食べていて飽きがこない。ソーセージとスープの両方に香辛料を利かせているがそれを差し引いても臭みは殆どない。何でだろうすごいな。美味しい。
「初めて食べましたが美味しいですお姉様」
「ふふ、有難う御座いますシルフィー様。苦手でなくて良かったです。どれだけ手を入れても血の香りだけはどうにもなりませんから」
「むう・・・里で食べたのよりも美味しい。流石コーちゃん」
「臭いがあるのも嫌いではありませんがこれは食べやすいですね」
次のにも期待が持てるな、じゃあ次は煮込みを貰おう。・・・ほう、歯ごたえはあるけど硬くはない。野菜をベースにした赤い煮汁も甘みがあってそれが染み込んだ野性味のある肉も美味しい、一緒に煮込んでいた根野菜もホクホクとした歯触りで肉の旨味を吸って食欲を煽る味わいになってる。これも美味しい。
串焼きも、肉の味が舌から頭の奥に直接来るような溢れる肉汁の旨味と脂身の甘さを感じる。塩と胡椒の単純な味付けだからこそそれらが際立つ。美味い。内臓のソテーも手を付け食べる。バターの香りと脂が絡まった内臓が触感と匂いとで楽しませる作りになっている。これも美味い。
それじゃあ次は・・・、これってアレだよな・・・脳みそ? 食えるの?
「御主人様どうぞ、それに付けるソースです。果実酒と肉汁で作った物です」
「ああ、ありがとう」
脳みそ? 皿に取り・・・うん、これ絶対に脳みそだな軽く湯通してるけど。、内臓洗う時には回してくれてなかったなこれ、扱いが難しかったのかな? 見た目は魚の精巣みたいな感じだな。見てるだけじゃあ意味ないし受け取ったソースを振りかけていざ実食。・・・おお、これは血とはまた違ったまろやかで濃厚な味わい。淡泊な感じもあるが濃いめのソースをかけて食べるとよく合う。
さて、いろいろ食べたけどこの棒状の肉? は何だろうな、これも内臓の一つか? まあ作ってくれた人に聞くのが一番だな。自分の皿に切り分けてあるのを取ってコーラルに尋ねる。
「なあコーラル、これは?」
「それは熊の男性器ですね」
「へえ、男性器・・・・・・男性器?」
・・・・・・今なんて?
「言い方を変えれば『おちん○』ですかね」
「いや言い直さなくていい」
そうか食えるのか・・・・・・食うのか。ていうか正体を教えられたらもう『ちん○』にしか見えないな。さっきまで色々食べたけどこれだけ異色に感じるのは俺が男だからか? 腰が引ける思いだ。
「カー君はぜひ食べた方が良い」
「ヤ、ヤナギ・・・それは大胆過ぎでは?」
「ヒトの物とは見た目が全然違いますね」
ヤナギが言う俺が食べた方が良い理由ってなんだ。シルフィーは無表情で『ちん○』つつかない、行儀が悪いぞ。だが気持ちは分かる。よく分からない物はとりあえず触って反応を見てみるのは俺もやった経験がある。まあせっかく作ってくれた料理、食べないという選択は無い。
「ん・・・これは独特だな。香辛料を利かせてこれか」
不味くはない。ただ他の物よりも癖の質が違っている。これはこれで味があるとは思うが一般的ではなさそうだ。シルフィーなんて一口だけ食べてもう手を付けないようにしている。あと、他の3人はどうして俺がちん○を食べてる所を見てるんだ。自分達は少しだけ食べて残りは俺の方に寄せてくるし。
「今思い出したのですが、動物やモンスターのそちらを食すと精が付いて元気になるそうですよ御主人様」
「そうなのか? 意外と体に良いんだなこれ、知らなかったよ」
「・・・成る程、これは不発ですか」
何が不発なんだ? やっぱりこの食材に何かあるのか?
「カー君は知識に偏りがある」
「山籠もりが長くて知る機会が無かったのでしょう」
「シルフィーはこれ、少し苦手です」
俺とシルフィー以外は何か知っているようだ。考えても分からないがこれを食べてから体が熱くなってきた気がする。コーラルが体に悪い料理を出すとは思えないし、何か漢方的な効用がある食材なのかな。
「・・・まあいいか。どの料理もすごく美味しいよコーラル、ありがとう」
前にコーラルの家で料理をご馳走になた時も、どんな料理も美味しかったのを思い出す。あれから気を遣って彼女の家に出向くことはあまりなかったからな。ヤナギとスターチスは頻繁に寝泊まりしに行っていたみたいだが。本当に仲良くなったもんだ。
「いえいえ。喜んで戴いて何よりです。皆様もお口に合いましたか?」
「いつ食べてもコーちゃんの料理は美味しい」
「はい。毎日でも食べたいですね」
「内臓は食べる機会が無かったのですが、とても美味しいです。おち○こはやっぱり苦手ですが」
「それは良かったです、癖の強い物に関しては好き嫌いが別れるので御無理はなさらずに」
魔法具の灯りに照らされた皆の顔はとても穏やかで、その輪にいる俺も似た表情をしているのかと考えると心が落ち着く。出会ってからの期間は長くはないが大事な仲間であるのは確かだ。彼女達の好意に関しては保留にしているがいずれ結果は付くだろう。俺が受け入れない日々が続けばその内もっと良い人が見つかる可能性もあるしな。
食事がつつがなく進んでいく。つまり彼女の胸の内が開かれる時が近づいてきた訳だ。コーラルの様子を見ても気負いは無いように感じるが、女の子は秘密が上手だとクレアが言っていた気がする。まあ直感ではあるが大事はないだろう、きっと彼女は気持ちの整理は十分に付いている。あとは俺達が打ち明けられた話しをどう受け止めるかだけの問題である。既に俺とヤナギとスターチスは彼女の力になると伝えているし、シルフィーも個人的にコーラルから何かを聞いている節がある。
空に昇る月が輝きを増す。食事の時間が終わろうとしている。
これからもよろしくお願いします。