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●.魔章「魔王になった私は―――」

魔王の日々

 ◆◆◆



 窓から見える景色は今日も変わらない。夜空には白く輝く月ではなく、円の周りに血の様に薄っすらと赤い光を放つ奇妙な月。彼と幼少の時に見ていた空とは全然違う。


「なんで大陸を少し進んだだけでこんなにも違うのかしら?」


「それはこの大地に血と狂乱、憎悪と怨嗟が染み込み魔素と瘴気が漂っているからです。過去からデミヒューマンやダーク、そして歴代の魔王様が動かれたその影響ですね」


「そういう意味で言ったんじゃないんだけれど。あと私以外に魔人とかいなかったら魔王に『様』なんて付けなくていいのよ? だって不快じゃない」


 無駄に豪華で広い趣味が良いのか悪いのか、未だに村人生まれの私には理解できない寝室にはもう1人だけ身の回りの世話役で付いている。使用人服に身を包んだダークエルフの女性で何人かで交代しながら私に付いてくれている、その中で一番一緒にいた時間の長い人。背は私より10cmは高く、綺麗な黒髪は緩くカールしたセミロング、目元は涼しげでスタイルもメリハリがあってすっごく格好良い。タイファンさんの腹心の1人で名前は『カガシ』さん。本当にお世話になっている。


「何処にどんな目があるか分かりません。クレア様も気を付けてください」


 こうやって釘を刺したりしてくる姿は私のお姉さんかと思う。いた事はないけど、いたらカガシさんが良いな。あ、でも年齢を考えたらすっごい離れてる。まあ外見が若いからお姉さんで良いと思う。


「貴女はダークエルフでしょ? どうやって覗き見されるのよ。それに私だって一体何に気を付ければいいのよ?」


 お風呂上りで乾かしたばかりのおへそ辺りまで伸びた『真っ白の髪』を手で後ろに払う。寝間着はゆったりしていてやっぱり楽。お部屋最高。


「クレア様は隙が多いのです。淑女としてはもっと自身の体が殿方の眼を惹くという事を自覚してください」


「そうかしら? 男好きする身体って事?」


「いやらしいですね。発育著しいですから」


「それでここ最近()()()()の私を見る目が気持ち悪いのね。てゆうかいやらしい言わないで、まるで私がすけべみたいじゃない」


 黒っぽいネグリジェの下には白いベビードールを着た身体に手を這わす。最近大きくなった胸伝いそのまま沢山食べても膨らまないお腹に行き、ちょっと大きさが気になるお尻を撫でる。こんなのがあいつらは良いのか。


「どすけべじゃないですか。誘ってるんですか?」


「そんな訳ないでしょ!!」


「・・・私は助けたくとも出来ない状況もあります。ですので可能な限り自身で気を付けて戴きたいのです」


 む、そういう時の表情ほんとズルい。頷くしかない。


「・・・心配してくれるのは嬉しいわありがとう。でも私だって強いのは知ってるでしょ? だからそんな辛そうな顔をしなくて良いのよ。貴女達のお蔭で快適に過ごせてるんだから」


 自分よりお姉さんの手を両手で包む様に握る。そこから感謝の気持ちが伝わる様に。


「・・・こうされると妹の事を思い出しますね」


「それってコーラルさんの事?」


 私に握られた手を懐かしそうに見ている。その顔はとても優しい。


「ええ。歳を考えれば姉とは聴かない差がありますが。彼女は私を実の姉の様に慕ってくれて、私が落ち込んでいるとこうして手を握ってくれました。優しい娘で、我々の『希望の子』です」


 でもまた辛そうな表情になる。それはきっと後悔の感情。


「・・・優しいからこそ彼女は苦しい道を選びました。我々とは違い、自由に生きれる道も在った筈なのに。本当に優しすぎる娘です」


 ダークエルフは邪神による呪いの契約に縛られている。ハーフであるコーラルさんはその呪いから一部解放され自由に生きれるようになっているらしい。でも彼女は今も自分の『家族』の為に心身を削りながら動いている。


「最近連絡はあったの? こっちはなんだか慌ただしくなってるけど、向こうは大丈夫なの?」


「コーラルから良いニュースが届いたのです」


 ビックリした! 急に機嫌が良くなった。なになに? とりあえず片手だけ繋いだまま2人で無駄に大きいベッドに座る。使い慣れてしまった沈み込む様な感触がお尻に伝わってくる。


「傀儡のメディル、呪炎のダルト、殺戮のゾーグスがミルドレッド王国で殺されました」


「本当!? ざまあみろ!」


 死んだのあいつら? 何これすっごい気分が良いんですけど。小さな娘乗っ取ってニヤニヤ笑ってた肉団子も、呪炎で焼き殺した人達の様子を嬉々として語る根暗も、自分よりも弱者にしか粋がれない小物も、全員死んだの? やったぜ。


「だれだれ? 誰が殺ったの!? 勇者は・・・違うわね、彼女は今前線で頑張ってるし。じゃあアダマンタイトクラスの冒険者・・・も違う国にいるし」


 気になる。それは人間にとって新たな英雄が生まれたという事だ。嬉しい報告だ。


「誰も彼も、手も足も出ずに殺されたようですよ。メディルとダルトは1人のヒューマンに、ゾーグスは善戦したようですがワービーストの2人に押されてたらしいですね」


「え、手も足も? 1人で? その2人弱くはないわよ?」


 ゾーグスは格落ち感があるけど先の2人の実力は本物である。伊達に勇者や英雄級の人達に苦渋を味あわせてはいない、腹立たしい事だけど。そんな2人を一方的に殺したという事になる。


「本当にヒューマンなの?」


「ええヒューマンの男性です。歳の頃はクレア様と同じですね」


「若っ!? 嘘でしょう!? もしかして新たな勇者? でも過去に1人以上の勇者が顕れた記録なんて無いし・・・、ねえねえどんな風に倒したの?」


 同じ歳と聞いて彼の事が頭を過ぎる。・・・村が襲われ、焼けて何もかも無くなったのに何を考えてるんだろうか私は。『遠見』の魔法で確認して誰も生き残っていないのは知っているのに。

 止めよう、辛い事を思い出すのは。でないと折角一緒にいてくれるカガシさんにも失礼だ。


「ダルトは呪炎が効かず、アレを使って強化したのに一方的に蹂躙され逃げ出しその直後に息絶えたようです。素手や蹴りで手を引き千切り骨や肉を叩き潰したようですね。メディルはこちらから強制転移でミルドレッド王国まで引き摺り出され戦闘開始、両の腕を破壊され頭は一緒に掴んだゾーグスと叩きつけられ3割ほど砕け、その時にゾーグスは頭が潰れて死にましたね。そして最期は剣で真っ二つ、体内にあった魔素も瘴気も共に消え去ったようですね」


「・・・ほんっと~にヒューマンなのよね? 聞いてたら非常識過ぎるんだけど。実は『龍人』とかじゃないわよね? それに強化って私のアレを使ったのよね? アレって一回りは強くなる代物よね?」


 龍人の名前を出したけど()の種族でも多分無理。戦闘力は確か魔人より少し上程度しかない種族だしそもそも古龍の棲む霊峰から出て来たという報告も無い。それだけ意識されている種族だし出ればすぐに分かる。それにアレを使ったダルトとなると普通に上位魔人級になるしその人の実力に奇跡や偶然は無さそう。話しを聞けば聞く程自分もそうだったヒューマンとは思えない。今までの歴史でそこまでの力を持った存在なんて種族全体でも見たことない、・・・私1人を除いて。


「コーラルが『見た』ので確かです。それはクレア様が一番理解できるでしょう」


「ああ~、そうだね。私もコーラルさんに見てもらうまで自分に『作物採取』以外の加護があるなんて知らなかったもの。すごいわね教会や魔法具も使わずそれ以上の結果を出せるんだもの」


 私の隠れた『魔王』の加護を見つけたのもコーラルさんだ。会ったのは6年ほど前の1回だけだけど余裕の無さそうな女性だった。その時には別に恨みも何も無くなってたけど話しはしなかった。仲間の皆に顔を出しに来ただけみたいだった。


「そっか~、じゃあ本当にすごい人が出て来たんだな~。それだけの働きをしたんだから何か称号みたいなのも貰えたんでしょ? その人達」


「実はその称号を授与する時の碧鋼級任命の式典での戦いでしたので既に碧鋼級の称号は在った状態でしたね。追加で何か報酬か便宜でも図ってもらえたものと思います」


「へえ~、今まで無名だったけど有名になる前だったのね。それだけ強いなら当たり前か」


「碧鋼級のチーム名は『お昼寝(シエスタ)』、国から与えられた6番目の碧鋼級の称号は『破壊者(アダマス)』です」


「わあ、チーム名可愛いのに称号は物騒だね」


 でもそうか、破壊者かあ。私と最期に戦うのは勇者の子かと思ってたけどもしかしたら・・・。


「私の事もその人、()()してくれるかな~、なーんてね」


 魔王を殺してくれる人かなあ、そうだったらいいんだけど。それは無理かな? だって私、まだ儀式前なのに()()()()だし。勇者ちゃんも無理して来ないでほしいなあ、来たら殺してしまうかもしれないし。私にしか分からないけどちょっと儀式の時期もずれてきてるみたいだし。


「・・・お名前を言っていませんでしたね」


「ん? あ、そうだねこれからよく聞く様になるだろうし教えて?」


 とびっきりの英雄さんだ。もしかしたら魔王(わたし)を殺せる可能性を持った人だ。その人をこれから待つのも良いかもしれない。夢の無い未来への慰みの意味も込めて。

 ・・・ふふふ、まるで王子様を待つ囚われのお姫様みたい。本当は王子様は彼だったら良かったんだけど。首に下がる紫水の様にに輝く結晶花のペンダントに触れる。いつだって私に素敵な思い出をくれた男の子。大好きだった男の子。その思い出が私に今を立って進む力を、勇気をくれる。


「その方はクレア様を救う為に強くなった様ですよ」


 何故か胸が跳ねた気がする。・・・心が熱くなる。


「・・・それって魔王の力になりたいって事? でも違うわよね、それなら魔人を殺す意味なんてないし」


「彼はダークを憎んで容赦なく殺しているようです。そしてクレア様、魔王ではありません。1人の女の子としての貴女を救いたいと言っていたようです」


 どうして?

 なんで知ってるの? 今代の魔王が女性なんて知ってるのはダークとダークエルフの皆だけ。村の人だって知らない事だしそれに既に皆亡くなっている。心臓の音が煩い。カガシさんの手を握った自身の手に力が入ってくる。カガシさんが優しく握り返してくれる。

 ・・・いえ、いるわ1人だけ。でも嘘よ、だって彼は、あの子は―――


「『カイル・ルーガン』。黒髪黒目の新しい英雄です」


「――――――」


 どうしてだろう。目が熱い、熱くて痛くて目の前にいて笑顔を見せてくれるカガシさんの綺麗な顔が見えなくなる。頬のも熱いのが流れていく。沢山ながれてどんどん下にも落ちて行く。太腿に当たったそれが涙だと冷たさで気付いた。

 私は今、泣いている。


「ほ、ほんとうに? ほんとうにカイルなの? い、いきて・・・生きてくれてたの?」


「ええ元気みたいですよ。そして立派な方のようです。少しお人好しの気があるようですがそこも貴女にとっては長所でしょうか? クレア様」


「そっか、・・・そっかあ変わってないんだカイルは。あの日の優しくて無理しちゃう男の子のままなんだね」


 弱いのに私を守るためゴブリンと命懸けで戦ってくれた男の子。自分の心配なんかしないで私の心配ばかりしてた男の子。しれっと無茶しちゃうから、だから私が傍で支えてあげようと思った男の子。私を好きだと言ってくれた男の子。私の好きな男の子。

 そして強くなった男の子。それは誰の為? カガシさんは言っていた『私を救う為』と。


「カガシさん、どうしよう私・・・」


「はい何でしょうかクレア様」


 頭に手を置かれ優しく撫でられる。初めてではないのに今までで一番暖かく感じる。それはきっと私の心が今本当に、一番深くて大事な所から―――


「私、今すっごく幸せなの。・・・魔王なのにね。生きてちゃいけない存在なのにね。可笑しいね? ・・・駄目なのにね。喜んだりしちゃ」


「良いのですよクレア様。貴女は魔王である前に女の子なのですから」


 カガシさんが引き寄せてくる。顔が暖かい物に包まれる。胸の中に優しく抱きしめられてる。カイルの話しやカガシさんの優しさ、これまで気遣ってくれたダークエルフに皆の事が胸の中でぐるぐる駆け巡る。いっぱいいっぱいで口から溢れてきそうな気持になる。


「私の可愛い妹が報告で言っていました。カイル様こそが貴女の『絶望』を破壊できる者だと。貴女を真に救える『希望』であると。嬉しそうに語っていました。いつ以来でしょうあの娘があんなに、心の底から喜んでいたのは」


「・・・カガシさんも泣いてるの?」


 自分の上からも水が落ちてくる。当たったら冷たいけど暖かい水が、涙が落ちてくる。


「当然です。家族の幸せを泣いて喜ばない者が、・・・大事な人の幸せを、願っていない者などいません」


「そっか。じゃあ私も・・・ちょっとカガシさんの・・・いやらしいお胸借りていいかな? ・・・私今いっぱいいっぱいで」


「どうぞ、いやらしさでは貴女に負ける胸ですが」


「・・・ばか。・・・でも、ありが・・・とう・・・ふうっ・・・うえええ」


「辛かったですね今まで。きっと、きっと終わりが来ますから。だからその時まで私達は貴女と共にいますから。だから今は気にせず心のままに」


「うああああああああ! あああああああ!」


 胸の奥から出てくるものを吐き出すようにカガシさんの胸の中で泣き叫ぶ。今は、今だけは弱い自分を許してほしい。そうしたらきっと笑顔で貴方に会えるから。だから今だけは目を瞑ってねカイル。


 魔王になった私は貴方のために強くあるから。


第1章完結。

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