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2.終わりから始まる 中

 この世界には恐ろしい存在がいる

怪人種(デミヒューマン)』と呼ばれるゴブリンやオークなどがいる化け物たち。人種と長く争い続けている怪物の怖さは物語や唄、そして過去に実際に味わっている。まさに人間の脅威といっていい存在。

 でもこの世にはそんな怪物よりも暗く、悍ましいモノがいる。

 それこそが今、僕の目の前にいる


「いやいやぁ、探しましたよ『魔王様』。まさかこんな辺境にいるなんてねぇ」


 白いはずの目の部分が黒く、何もかも睥睨する瞳は赤く光る。赤い血など流れていない様な青い肌。そしてそんな外見だけじゃない、何よりもアレがアレである証拠―――


「さあさあ共に行きましょう魔王様。我等の帰る場所へ、貴女様の城へ」


 周囲を押し潰すかのような重圧。わざと垂れ流す光さえも捻じ曲げそうな昏い魔力


「あなた様もきっと気に入りますよ、えぇえぇそうれはもう素晴らしい場所でございます」



 『魔人種(ダーク)』。人間最大の敵にしてモンスター以上の脅威、そして絶望と怨嗟の体現であり化身。



 ◆◆◆



 その男は高級そうな装いを纏い、貴族でも模したような姿でクレアの背後に立っている。さっきからずっと、この男が発する禍々しい圧力のせいで、身動きをとれない僕とクレアの事など目に入っていないかの如く男は1人で喋り続ける。

 彼の過剰な身振り手振りを交えた話し方は、まるで出来の悪い物語を見ているかのような気分にさせる。彼しかいない舞台を演じるかのように。


 ―――いや違う。本当はわかってる。あの魔人が誰に向かって喋っているか。だけどその言葉から考えられる事が信じられなくて、信じたくなくて、でも魔人は何度も何度も()()に向かってその名を口にする。


「さあさあ()()()ワタシが貴女様をしっかりエスコートしましょう」


 『()()()』の両肩に手を置いて、ゆっくりと、やさしく語りかけるように、魔人は現実を突きつける。


 クレアが魔王であるということを。


 視界が黒く染まる。考えが纏まらない。現実に理解が追いつかない、いや追いつきたくない。彼女はいったいどうなる? どうされる? 魔人が来て村は無事なのか? 父は? 母は? クレアの両親は? 走ってもいないのに息が苦しくなる。手足が震えだす。

 僕の目に映るクレアもまた、僕のように身動きが取れていない。彼女だって突然の事に恐怖している。だって彼女にはそんな加護なんて無かった。魔王に関係するような加護など無かったから。

 そうだ関係ない。クレアは魔王なんかじゃない。

 人間を数えきれないほど殺し、最期は勇者と戦い壮絶に共に死ぬ。そんな存在なんかじゃない、決して。


「・・・っ!・・・ち・・・がう!」


「ん~? 何ですか、貴方」


「クレアは・・・魔王なんかじゃ・・・ないっ!」


 ただ息をするのさえ苦しい中、かすれた声になりながら僕は目の前の魔人に言葉をぶつける。

 魔人は今さら僕の存在に気付いたように怪訝な表情をする。クレアから手を離して黄色い頭髪がはみ出しているハットを調整するように被り直すと、今度は僕に視線を合わせてきた。ニヤニヤとその整った顔に背筋が震えるような嘲けた笑みを浮かべて。


「おやおや、どうやらお客様も居らした様ですね。気付きませんでしたよ。あまりに小さくて」


 馬鹿にしている。向こうはそれを隠そうともしていない。当然だ、こっちは実際に魔人を目の前にしただけで指一本も動かせなくなってるただの子供。弱くて小さい、ゴブリン1匹にすら苦戦するような、そんな取るに足らない小さな子供なんだから。


「ワタシ達はこれから長年待ち侘びた準備を進めなければなりません。大事な大事な準備です。残念ですがお客様のような方には手伝ってもらえる事など何一つ無いのです」


「っ・・・クレアだって、そんなの・・・関係ない!」


「・・・か・・・かいる」


 クレアの顔が目に入る。血の気が引いて真っ青になっている。怖いんだ、不安なんだ、泣き出したいんだ。

 出来るなら、彼女の手を引いてすぐに逃げ出したい。でも体を動かせたとしても、魔人はクレアを逃がすつもりなんか無い。今だってその顔には余裕のある笑みが張り付いたままなんだから。


「お別れの挨拶もも宜しいですが、先ほどお伝えした通りワタシ達は忙しい。残念ですね、さよならといきましょうか」


「 ! ・・・い・・・いや!」


「クレア!」


 クレアが宙に浮いた。彼女の体にはいつの間にか大人の腕ほどもある太い何かが何重(いくえ)にも巻き付き、どうやっても身動きが取れない状態にされていた。

 そのクレアを捕らえた物の正体。それは触手。悍ましい黒く濁った紫色で、表面はぬめりでもありそうな質感で、血液の流れがあるのか脈打っている。


 魔人は彼らの祀る神により、儀式を行いその身に異形の能力を宿すと伝えられている。


 目の前のそれがきっとそそうだ。見ているだけ震えが手足から全身にまで及ぶ。

 魔人の背中から伸びた悍ましい触手は、クレアをしっかり掴んで離さない。つまり彼女がそのまま連れ去られる事に他ならない。


「では御機嫌よう、お客様」


 魔人は背を向ける。ここから去るために、クレアと共に。

 相手は僕をどうにかするつもりはないようで、指1本僕に触れてくる事はなかった。きっとそれは見逃してくれるという事だ。

 ダークは人間の敵。普通なら目についた人間は有無を言わさず玩具のように殺していくと聞いた。だけど僕は生きている。生かされた。ほっとした気持ちになった。

 安堵した。安心、してしまった。


 ――――――クレアが連れ去られるのに。クレアが・・・クレアが・・・―――


「――――――カイル」


 クレアが泣いているのに。


「あああぁぁぁァァアアアアアアアアアア!!」


 踏み出した。彼女へと。

 さっきまで感じてた恐怖なんて頭に無い。彼女に届けと手を伸ばしながら。

 クレアのそんな辛い表情は見たくない、だから助けないと。だってクレアには笑っていてほしいから、ずっと傍にいてほしいから、もっと、もっと、もっともっともっと一緒に!


 全身を衝撃が貫く。頭の中が真っ白に染まる。そして体にはしる激痛。


「カイルー!!」


 彼女の悲痛な声。それに引き摺られるように戻る思考。でも体は少しも動かない。うつ伏せに倒れた自分の体、その下敷きになり滅茶苦茶になったクレアが用意してくれたお昼ご飯。かろうじて動かせる目だけで視界を上にあげる。そこには縛られながらも必死に動いて触手から抜け出そうとする彼女。

 そしてその背からさらに1本触手を増やした魔人が嘲笑いながら僕を見ている。


「・・・ぅぁ、ぁぁ」


 息がうまくできない。きっとあれで叩き伏せた。目で追う事なんて出来ず、気付けば倒れて動けなくなっていた。


「ふむ『強化』の加護持ちですか、まだ意識があるようですね。まあ意識だけしかない、と言ったところでしょう」


 この世界に生まれた者は加護を授かる。

 それは才能であり、未来へ進むための歩みを助ける杖である。しかしそれと同時に生き方を決定づける枷のような物。種族や血筋によって多様な祝福をもたらす神様からの贈り物、そして突き付けられる僕の限界。


「しかし大した効果は無いですね。これは鍛えたところで高が知れています」


 僕は物語の勇者にはなれない。勇者にもなれない。


「魔王様は特別なのですよ。ワタシ達ダークにはそれが感じ取れる。目には映らなくとも彼女の奥底で鼓動し、目覚めの時を待つ『超越者』としての輝きが! 貴方とは大違い。そこで寝ていれば全て終わっていますよ。弱者は虫のように這いつくばるのがよくお似合いです。えぇえぇ本当によく似合っておいでです!」


 魔人が再び背を向ける。わざとなのか如何なのか、クレアの片腕だけが触手の戒めから抜け出してそれを必死に、綺麗な顔を涙で濡らしながら僕へと手を伸ばしている。


 呼んでる。


 弱いなんて自分がよく知ってる。そんなの言われるまでもない。僕はただの村人で、その子供だ。物語の主人公みたいな特別な物なんか何も持っていない。・・・だけど、それでも、僕は!


「――――――」


「・・・何故立てる」


「カイル! もうダメ! 私のことはいいから!」


 一歩、また一歩と踏み出して、彼女へ手を伸ばす。痛む体に霞む視界、歩いているはずなのに本当に自分が地に足を着けているのかすら分からない、しかしそんなこと知るもんか。加護の『強化』で無理矢理に身体を動かす、僕はまだ動けるのだと自分に言い聞かせる。自分の力がどんなにちっぽけでも、相手がどんなに恐ろしくても、彼女がたとえ本当に魔王だったとしても。


「お願いだから! もう傷付かないで! 私なんかの為に!」


 止まるな! 勇者でも英雄でもない僕が持つ特別を信じろ!


 ――――――伸ばした手が彼女の手と触れあう。それは朝に握った時と何も変わりなく。柔らかく、暖かく、優しい小さな手。

 僕の大切な人。

 僕が立ち上がり前へ進む理由。止まらない理由。それはこの気持ちがあるから。


「―――クレア。君のことが好きだ」


 泣かないで、悲しまないで、辛い目なんかに合わないで。

 笑って、喜んで、幸せになってほしい。

 だから僕はここに立っている。クレアに幸せになってほしいと願う僕の想い。それこそが僕に与えられた特別だと信じて。


「カイル」


 彼女の瞳から涙が止まる。彼女の手が僕の手をそっと握ってくれた。

 想いが通じ合った気がした。



 ―――だけど現実は非常だ。



「ぎっ!」


 手が放れ、足が地面から離れる。

 圧迫される僕の体。触手で絡み取られた僕はクレアと同じように持ち上げられる。そして視線が正面の魔人と同じ高さで合わされる。その表情は先ほどまでと違い笑顔が消えている。黒と赤で彩られた目で僕を観察するように睨み付けている。まるで()()()()()()()を見るかのように。


「や、やめて! もうカイルにひどい事しないで!―――ぁ」


 唐突に、彼女は全身の力が抜けたように動かなくなった。さきほど繋いだ手も力なく垂れ下がっている。


「っ!? クレアにっ! なにを!」


「少し眠って頂いただけですよ。あなたにはもう関係のないことです」


 頭を手で掴まれた。体を縛る触手と同じで、僕の力では一切動かせない。

 空気がどんどん重く、乾いていく。まるでそれで僕を絞めるように。


「気が変わりました。ねえ貴方」


 目に映る全てが消えていくかのような錯覚。もしかしたらそれは終わりへと近づく感覚。触手の魔人は僕に告げる。


「やっぱりここで死んでもらいましょうか」


 力を持たないに僕に選ぶ権利はなく、目の前の絶望に全てを奪われていくだけ。

 怖い。死にたくない。彼女をおいて死ねないと心は騒ぐが、これ以上の抵抗が出来ない。足掻く体はどれだけ力を振り絞ろうとも、身が裂け、骨が軋もうと、動かない。

 それでも僕は、その瞬間まで諦めない。唯一動かせる残された瞳だけは真っ直ぐに、相手を射抜くように、今この感情の全てを叩きつけるように! たとえ死んでも! 諦めない!


「―――何をしている『テンタクル』」


 突然僕は触手から解放された。

 先ほどまで触手に締め付けられていた苦しさで意識は朦朧としている。体はまるで動かず声さえ出すことができない。そんな僕を誰かが抱きかかえているのだけは感じる。


「おやおや『タイファン』ですか。何を、とはこちらのセリフですよ? ワタシの触腕を斬り落とすなんて酷いじゃありませんか」


「『契約』を忘れているのなら、思い出し易いように今度は貴様の頭を斬り開いて確認してもいいのだぞ」


「おぉおぉ怖い怖い。覚えていますとも貴方達との契約は」


 新たに現れ僕を片手で抱きかかえる黒衣に身を包んだ男性。

 褐色の肌に銀の瞳、長めの黒い髪を後頭部で束ねた身震いするほど美しい男性。さらに特徴的なのはヒューマンよりも長い耳。物語に載っていた『森林種(エルフ)』のようで違う、だけどよく似た容姿を持つ人間種族。噂でしか姿を見せない謎の種族『黒原種(ダークエルフ)』だ。

 もう片方の腕には、紫色の血を滴らせている剣が握られている。目の前の魔人、『テンタクル』と呼ばれていたその男の背中には依然としてクレアが触手で捕まえられている。しかし僕を縛っていた触手に関しては、いつのまにか地面にバラバラの状態で散らばっていた。その断面からは剣に付いているのと同じ紫色の体液をダラダラと流している。この人が斬ったんだ。

 助けられた?


「その娘を貴様らの国まで届ける。それが我等との契約だ。関係のない人々や幼い子等に無用な被害を出すのであればそれは契約違反。つまりその瞬間から『毒蛇』は貴様らの命を標的に定める」


 テンタクルの体液が付着した剣を彼は突き付ける。


「いやはや冗談ですよ。殺しません殺しません、契約を途中で違える筈がないではありませんか。ですのでねぇ、その殺気を収めてくれませんかねぇ」


 タイファンと呼ばれたダークエルフの男性は、険しい表情のまま視線だけはずっとテンタクルから離さず鋭く睨み付けている。仲間のようだが2人の間に友好的な物は何一つ感じられない。じりじりと焼けつくような緊張感だけがこの場を支配している。

 体の一部を斬られた筈なのに、なんの痛痒も感じていないらしい。その顔には再びニヤニヤとした笑いを浮かべて「やれやれ」とまるで困っているかのように呟いている。


「『マンバ』、『コーラル』」


「「ここに」」


 タイファンの呼び掛け、それに答えるように一瞬で彼の両脇に同じような黒衣に身を包んだ2人の男女が現れた。耳や肌や瞳がタイファンと同じ特徴を持っている。2人ともダークエルフのようだ。男性の方は背がタイファンよりもさらに頭一つ分高く、体型も一回り大きく思う。黒い髪は短く刈り込まれている。女性の方は逆に小柄で若く見える。背丈だけで考えるなら14~16歳ぐらいに見え、長い黒髪を背中の下の方で軽く纏めて紐で縛っている。


「マンバはテンタクルに付いて不審な行動を取らせない様にしろ。契約を破れば容赦なく殺せ」


「はい」


「そしてコーラルは残りの者に全員ここに集まる様に伝えろ、『グランメナス』に向かう。それが済めばお前はそのまま『あの仕事』に付け。集合する必要はない」


「了解です」


 マンバと呼ばれた男性はテンタクルの傍に付く。テンタクルは過剰で他者を馬鹿にしたような振る舞いで肩を竦めている。そしてコーラルと呼ばれた女性は消えるような速さで、昼間なのに闇に溶けるようにこの場から立ち去った。


「・・・ではワタシはもう魔王様を回収できましたし、マンバさんとお先に帰らせて頂きますね」


「そうしろ。無駄な事をするな」


 そうしてテンタクルは小さく何かを呟く。それと同時に大きな、それこそ魔力適正に乏しい僕であっても感じ取れるほどの膨大な魔力が渦巻き始める。『魔法』が形作られる。


「『ゲート』」


 その一言と共に、テンタクルの正面に人ひとり余裕をもってくぐれる、水面のような揺らぎを持った大きな扉が顕れる。

 あれは魔法の行使。魔力を用いてデウスや精霊が使用する奇跡を人間が再現したもの。

 扉が開く。この丘とは違う景色が、まったく見覚えのない何処かの街並みがそこには広がっている。


 クレアが連れて行かれる。


「それではタイファン、グランメナスでお待ちしていますね」


 体は動かない。声も出ない。クレアが魔人に連れ去られる。タイファンというダークエルフは僕を助けてはくれたが、彼の目的はあのテンタクルと同じようで、ただただ目の前の光景を動かずに見送っている。

 誰も止める者がいない。

 テンタクル、マンバ、そして意識を失っているクレア。3人が完全に向こう側へ渡る。

 扉が閉じてゆく。


「――――――」


 今度こそ何もできない、クレアが見えなくなってゆくの視界に収めるだけの自分。静止の声さえ、もっと彼女に伝えたかった言葉さえ、声として出せない。

 そして完全に扉が閉じる前に、魔人は僕を見て嘲笑う。



「さようなら少年。無駄な努力ご苦労様」



 それを最後に扉は閉まり、魔法は効果を失う。扉を構成していた魔力が煙のように掻き消えて何も無くなる。そこにはいつもと変わらない光景になった丘の上。残されたのは僕と、僕を抱き上げているタイファンだけになった。

 僕の胸に言いようもない感情が渦巻く。無力感が四肢を引き裂くようで、声にならない感情が体の中を暴れまわっている。



 僕の世界からクレアはいなくった。



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