18.魔王になったあの娘のために
エピローグ
◆◆◆
「うええ~ん!」
「泣かないでくださいミレアさん。別に今生の別れという訳ではないですし」
「だってぇ~!」
「・・・・・・どうしたんだコーラル」
「カイル様。実はですね―――」
陽はまだ顔を出さないが明るい時間。城での歓迎も後日改めて開催されたパレードも終わって数日が経ったある日。この日は俺達のチーム『お昼寝』またの名を『破壊者』がこの国から出る報告をしに冒険者ギルドに来たのだが、入った途端にこれである。
コーラルが幾人かの男女の職員さんに囲まれ色々と言葉を掛けられている。彼女の正面にはいつかの魔法具の購入の時に世話になった女性職員さんが号泣している。それに対して説明を聞くと、どうも彼女『ミレア』さんと言うらしいが、コーラルがここのギルドを遂に離れる日がやってきて別れの寂しさと悲しさに涙を流しているという事である。
「そうか。まあ良い友人だな」
「そうですね。ミレアさんは私の良き友人です」
「ぴ~~!!」
余計に泣きが強くなった気がする。ミレアさんはコーラルの事が大好きなようだ。
「・・・じゃあ俺に出来る事はないからこの辺で」
「まあ、待ってくださいカイル様」
捕まった。待て待て待て、一体俺にこの状況をどうしろと? この別れの空気を如何にかしろというのか?
「何だ?」
「皆さん安心してください。私の移動時にはこちらの方が護衛に付いて貰える手筈になっております。道中の安全は確実と言えるでしょう」
コーラルは周りの人達にそう伝えた。確かに護衛依頼は受けているが今それを言って彼女の涙が止まるのか疑問だ。
ミレアさんは泣きながらも俺に目をやり、再びコーラルに向く。
「ぐすっ・・・玉の輿?」
「違います」
「だって・・・うう・・・最初からず~~っとこの人と仲良くしてたじゃない」
「1職員と冒険者様の関係です」
「嘘だ! この娘は嘘を言っている! 職員内では鉄壁のアンタに春が来たって噂が広まってるのよ! それで一体何人の男性職員と冒険者さんが咽び泣いた事か!」」
「・・・誰ですかそんな噂を流した人は」
「わたし以外にいると思ってんのか!?」
「・・・ふんっ!」
「ぎゃひ! ・・・ひええええん! コーラルがぶった~~!」
俺との関係の噂には間髪入れず否定し、最後には手刀すら叩き込むコーラル。泣いている割にはミレアさんも結構余裕がありそうである。
そんな時、ギルドの扉が開かれる。
「とうちゃーく!」
「カイル殿すいません、少々遅れました」
ヤナギとスターチスが装備を着込んだ格好でやってきた。
「俺だってさっき来たとこだよ」
これであと1人、この国を出る前に迎えに行けばチームの全員が揃う事になる。行き先は決まっている。ミルドレッド王国を東に抜けると見える無限に鉱石を生み出し続けると言われている山岳が集まる場所、『コロニス山岳地帯』。そこにあるドワーフが築いた国『鉱山国メーティオケー』が次なる目的地である。
俺達3人は職員達の別れの挨拶とじゃれ合いを放置して酒場のテーブルに着く。そういえばここでヤナギを見たのが初めての出会いだったな。その後にスターチスが背後から奇襲を掛けて来たし。まだ1月も経っていないのにひどく懐かしく感じる。長年1人でいた時とは大違いである。
「じゃあここから発つ前に最後の打ち合わせをしようか」
「うん、こっちは準備万端」
「消耗品などは先日に買い揃えましたしね」
「俺は結局武器無しのままだが問題はないな」
色々この街の武器屋を見て回ったがピンとくる物が無かった。やはりある程度の大きさが欲しくなる。ドワーフのいる店にも足を運んだが全店留守だった。どうも彼らの国で何か大きな催しがある様だ。ドゥーガさんの言っていたゴヴァノンさんもそれで里帰りするみたいだし。武器は向こうに行くまでお預けのようだ。
「地図はカー君が良いの持ってる」
「数があまり出回っていない貴重品ですよね」
「そうらしいな」
俺は背負い袋から映し出す用の丈夫な紙と『おさんぽちゃん』を取り出す。そして『おさんぽちゃん』を起動して紙に地図を映す。ミルドレッド王国が中心になっている地図を東へずらしていく。そうすればコロニス山岳地帯が出てくる。
「何度見ても便利」
「これ一つで地図が事足りるのは良いですよね」
「見た目と名前も良い」
「可愛らしいですよね」
「まあ良い品ではあるよ」
最初は高額だと感じていたこの魔法具も今の俺達の稼ぎだとそこまで高くは感じない。だけどまあ安い訳でも無いんだが。やはり聖銀や緋金、碧鋼などの上位の冒険者は稼ぎが良い分それなりに依頼や戦闘が激しく厳しい物になりやすい。そのために装備の整備や新調、消耗品の補充に高価な魔法薬などの購入により出費も多い。沢山稼いで沢山使う、これが上位冒険者である。
地理の確認も済み、装備や物資にも抜けは無い事を確認して次はモンスターやデミヒューマンの分布や対策なども話し合っていく。そうしているとコーラルがこちらに少し疲れた様子でやって来た。
「コーラル、別れの挨拶はもういいのか?」
「ええ大丈夫です。会おうと思えばまた会いに来れますから」
「それもそうだな」
「はい。それとカイル様、『竜車』の用意は既に出来ていますからあとは『彼女』を迎えに行けばこの国から出発できます」
「ああ、こっちも確認は終わったし迎えに行こうか」
「シーちゃんを迎えに行こーう」
「楽しい旅になりそうですね」
和気藹々としだす俺達。俺は皆とは違い国から出た経験は無いので他の国を見るのが楽しみだったりする。クレアを助けたあとは諸国漫遊なんかも良いかもしれない。それを邪魔する障害は全て壊せばいいだけだしな。
「カイル様」
「どうした? コーラル」
「この国から出て、他人の目が無くなったら話したいと思っています。私の本当の望みについて」
世間話のように彼女はそう言った。そこに気負ってる感じはあまり見られない。表情も自然な微笑みが浮かんでいる。
「ヤナギ様とスターチス様も聞いてくださいますか?」
「もちろん」
「お待ちしていました」
「それよりも何回言ってもコーちゃんのボク達の『様』付け止めない」
「呼び捨てで構わないんですが」
「これは職業病のような物ですから御気になさらず」
雑談だって軽くこなしている。コーラルの中で何か心境の変化か区切りが付いたという事だろう。最初の時よりも明るくなった気がする。良い傾向だと思う。
「じゃあそろそろ行こうか。時間もそのぐらいだろう」
「向こうは美味しいのあるかな?」
「ドワーフはお酒ばかり飲んでいるイメージですかね。想像が付きません」
「行ってからのお楽しみですが全体的に味付けは濃いめの物が多い様ですよ」
「酒の肴だったり鍛冶仕事で汗をかくからかな?」
席を立ち外へと向かう。その時先に扉が開く。誰かが入ってきた。
「ドゥーガさん?」
「おお! 兄ちゃんこれから行くのか?」
入ってきたのはおじさんだった。相変わらず陽気さを振り撒いてくれる人である。この人には本当にお世話になった。
「ええ。今から護衛依頼も兼ねてコロニスへ」
「そうかそうか。こっちじゃ時期が悪かったが向こうに行くなら逆に良かったかもな」
「向こうで何があるんですか?」
「ああ、5年に1回程な。いやドワーフの気分でそれは変わってくるんだが、まあそれはいい。今年はあるんだよドワーフの『祭り』が」
「祭り?」
ドワーフにお祭りなんてあったのか。知らなかった。コーラルが話に加わる。
「『聖剣祭』ですね。今年はドワーフの王が数年前に有望な子を見つけていたようですので御披露目の意味もあるのかも知れません」
「聖剣祭ってのはな兄ちゃん、簡単に言えばドワーフの武器防具の祭典だな。聖剣って付いてんのは昔からドワーフ達が神剣みたいに精霊を封じ込めなくても同等の力を発揮する武器を作ろうってやってきた祭りだから名前に使ってんだ」
「それって勇者が使ってる『聖剣』の事ですか? 確か製造過程が不明の、精霊が宿っている訳でも無く神剣以上の力を発揮する」
今代の勇者もそれを使用しているらしい。かなり強力な武装らしく派手な目撃情報が多い。勇者本人はどういう人かは知らないが聖剣の話しだけはよく聞く。
「ドワーフはそれを作ろうって昔から躍起になってんのさ。まあ今じゃ武器防具に限らず何でも作って披露してんだけどな」
「ドワーフ全体が競い合ってますので他の場所では早々お目に掛かれない逸品等が出てきますので戦闘を生業にする騎士や冒険者に限らず商人や他国の要人もお忍びで出向いたりしていますね」
「お忍びの意味は?」
「ドワーフの匙加減で入国を拒否される事があります。大勢より少数の方が問題が少なくなります」
「国なんか関係なくドワーフってのは個人の人柄を重視するからな。だからどんな割の良い大口の取引で来たってそいつが気に食わなかったら突っぱねるな」
よくそんなので他の国で店を出せるな、と思ったがそんなのが霞む程彼らが作る物は凄いんだろう。おじさんも言っていたしな、最上位のドワーフの職人は神のようだと。
「そうか。向こうに着くのが楽しみになってきたよ」
「おう存分に楽しんでこいよ。そこなら兄ちゃんの満足する武器が見つかるかもしれねえしな」
「その節はどうも」
武器探しはおじさんにも手伝ってもらっていた。結果は先の通りだ。
おじさんは笑みを浮かべて自分の首元を指で叩きながら、俺の首元に目を向けている。
「似合ってんじゃねえか『英雄』さんよ」
「はは、名前負けしないように頑張りますよ」
首に下げているのはアダマンタイトのネックレス。『アダマス』が刻まれた英雄の証である。勿論ヤナギとスターチスも首に下げている。2人はお揃いである事にかなりご満悦だった。「あと2人分追加で作ろう」とも言っていた。もしかしなくてもあの2人の事だろう。片方は表だって動くのは拙いしもう片方は単純に実力不足だ。作るなら材料から加工まで俺達でして贈るしかないだろう。
「じゃあドゥーガさん、色々お世話になりました」
「ああ気をつけてな。あんたに心配が必要か分かんねえがな」
「いえいえ嬉しいですよ、心配してくれる人がいるのは。ではまたいつか」
「またね」
「お世話になりました」
「機会があればまた」
「おう達者でな兄ちゃんに嬢ちゃん達」
おじさんと別れの挨拶を済ませ俺達は冒険者ギルドから出て行く。陽はすっかり上がり道には多くの人が行きかう様になっている。さあ彼女を迎えに行こう。民衆には内緒でお姫様の旅立ちである。
◆◆◆
「ではカイルよ。娘をよろしく頼む」
「駄目なら直ぐに送り返してきても大丈夫です」
「お父様、母様。シルフィーは大丈夫です」
王城にある正門、そこからではなく城の裏側にある物資の搬入口からの出発になる。そこで俺達は冒険者の装いに包まれたシルフィーと合流した。どうやら少し魔法の心得もあるようで腰に小さな魔法使いの杖を挿している。それ以外では小ぶりのメイスを持たされている。これは最初に刃の付いた武器を持たせるのは危険と判断されたためである。防具は軽さに優れた聖銀、ミスリルを使用した全身をある程度覆った物になっている。女性の体形に合わせた作りになっており重厚さ無く、見た目はかなり薄い印象になるが防御性能は中々である。ドワーフが作成した物らしく総合的な性能で見るなら他の種族がオリハルコンで作った装備にも引けを取らない逸品である。
しかしそれらよりも一番目を引く事がシルフィーにはあった。解けば腰まであった赤い髪が今は肩より少し下あたりで切られていた。
「髪切ったんだな」
「はいお師匠様。心機一転にと」
相変わらずの無表情ではあるが彼女なりの意気込みを感じる。師匠呼びは何故かそうなった。
「おー、短くなった。ボクよりちょっと長いくらい?」
「今の髪型も良く似合ってます」
「長いと手間が掛かりますからね」
女性陣に好評価であるが今思えばその内2人は長髪であるが手入れは大変ではないのか? まあ俺なんかより旅慣れしているだろうし何も問題は無いのだろう。
そうして話しているとこの城の使用人の方がシルフィーの荷物を積み入れた箱馬車を騎竜に引かせてやって来る。あの騎竜や箱馬車はコーラルが事前に用意していた物だ。箱馬車は大きく俺達全員が入ってもかなり余裕が出来そうで単純に人数なら倍は乗れそうだ。屋根や壁板も木製だが表面に特殊な加工を施して見た目よりかなり頑丈らしい。そして連れて来られた騎竜も中々のものだった。
『キルルルゥ』
「ん、立派だな」
「騎士団や軍部でも採用されている品種ですからね。とても優秀な子ですよ」
騎竜は翼の無い竜種である。全身を丈夫で滑らかな緑色の鱗で覆われ一般的な大きさは体高2m、体長4m程の2足歩行型であり太くしなやかな両脚に地面を強く掴み蹴り出せる太い爪を備えた足、強靭で長い尾、短く小さいが意外に器用に使える手、長い首に牙の並んだ突き出した口に頭には横から前に突き出すように伸びた2本の角が特徴の家畜の一つである。
しかし目の前の一頭は普通の個体より一回りは大きい。角も枝分かれして4つの切先が天を向いている。灰色の鬣さえ生えている。
「この子は騎竜の『キング』にあたる子です。名前は『エメラ』私が孵して育てた子なんですよ。今までは共用の牧場で放していましたが移動の為に帰ってきてもらいました」
コーラルが騎竜エメラの首筋を撫でれば大人しく身を委ねている。エメラも彼女の事をとても慕っているのが見て取れる。エメラがいれば旅もかなり快適に行けるだろう。
「エメラが疲れたら俺も引っ張るのを手伝えばいいしな」
「他の人に見られると面倒なので遠慮してくださると助かります」
本気で嫌がられた。
ヤナギとスターチスは既にエメラに遠慮なく撫でまわしている。少し迷惑そうにしているのが分かって面白い。でも抵抗をしないのはやはりコーラルの躾の賜物だろう。
これで出発するための準備は整った。俺は国王と后に向き直る。
「それでは娘さんを預かります。俺なりに彼女の事を強くしようと思いますが本当にいいですよね?」
最後の挨拶に国王は頷き后は微笑みを浮かべる。
「任せる。貴殿達の旅路に幸が在らんことを」
「傷物にしたら貰ってあげてください」
「ありがとうご・・・んん?」
「では行きましょうお師匠様。シルフィーは『何でも』頑張ります」
「もうこれは『群れ』と呼んでも過言ではない」
「もはや家族、これは一つ屋根の下で寝ても問題ありませんね」
「ではカイル様改め『御主人様』、さっそく出発しましょう時間は有限ですよ」
「ちょっと待て! 王様以外言っている事が少し変だ!」
「「「「「気のせいです」」」」」
4人に箱馬車へ押し込まれる。謎の圧力を感じる。さっきの発言への言及をさせないつもりだ。力で押し返そうと思ったが・・・、皆の顔見て止めた。
「・・・皆今楽しいか?」
「お師匠様の側にいてれば目的が叶いますから」
「すっごく。今なら『王』も殴れる」
「里から出てくる時に殴ったじゃないですか。自分も同じ気持ちですが」
「素晴らしい出会いに恵まれましたから」
皆とてもいい表情をしている。俺は・・・どうだろうか。箱馬車の中に乗り入り腰かける。
「なあ皆、俺はさ助けたい娘がいるんだよ」
コーラルは表にいたまま、他の3人は俺と同様に箱馬車の中に乗っている。全員俺の方に目と意識を向けてきている。
「その娘のために、そして俺自身の為に、皆の力も貸して欲しい」
目の前に敵あれば破壊しよう、脚を伸ばせば届くなら踏み出そう、手を伸ばして救えるなら差し出そう。しかしそれだけでは足りないことがある。それは幼かった時に嫌という程身に染みている。だからこそそんな障害を壊せる『力』はいくらあっても無駄にはならない。
それは皆の好意を利用する様な行いであるが、それでも俺は助けたい娘がいる。
「いいよ」
ヤナギが間も置かずに答えた。
「前に助けになるって言ったよ? クレア、つまりクーちゃん」
「自分とヤナギはその方と会えるのを楽しみにしているんですよ」
「お師匠様が好きな娘。シルフィーも気になります」
「私もクレア様の事を助けたいと考えています。それにそれが御主人様の望みなら」
皆がそう言ってくれる。少し目の前の風景が霞んだように見える。
「・・・そうか皆ありがとう」
心から嬉しいと感じている。俺が再び人と交流を持って出会った人達は皆良い人ばかりだ。
コーラルが笑顔を返したあと、御者の席に着き騎竜に繋げている手綱に手を掛ける。
「では皆様出発しましょうか。次の目的地はドワーフの国『鉱山国メーティオケー』になります。道中の安全は護衛の皆様に一任します。よろしいですか御主人様に皆様?」
目元を指で拭っていると改めて確認するようにコーラルが言った。彼女なりに今の俺に気を使ったのだろう。本当に人の事を良く見ている。・・・しかし御主人様呼びはなんなのか。それは彼女の話しと関係があるのだろうか?
「俺は大丈夫だ。いつでも良い」
「ボクも良いよ」
「自分も」
「シルフィーも大丈夫です」
「分かりました、では行きます! エメラ頼みますよ!」
『ゴォオオウッ!』
エメラが力強く地を踏み出す。車輪がゆっくりと回りだし前進していく。そこからどんどん速さが増していき人が小走りした速度で安定する。道が整備されているのもあるが、構造に細工があるのか魔法具でも使っているのか揺れは俺が知っている馬車よりも格段に無い。良い物は頑丈さだけでなくこういう所でも差がでるようだ。
物見窓から外を窺う。王城から街へ、そして大通りへ進みここ最近で見慣れた街並みが流れて行き、正門へと近づいていく。道中で見た事がある子供達が遊んでいる。木の棒を握りそれを武器に見立ててごっこ遊びをしている。平和な光景。
これはクレアを助けるには遠回りかもしれない。でも意味の無い戦いでは決してなかった。クレアは今も辛い思いをしているかもしれない、それでも彼女の為に他を見捨てるやり方はきっと彼女も反対してくれる筈だとそう信じて進む。
だから世界を巡り害悪と戦い、それを破壊しよう。君と笑いあえる世界の為に。
魔王になったあの娘のために、俺は仲間と共に戦ってゆく。
次は魔王の話しを少し書いて次章に移ります。
ここまで拙作を読んでいただきありがとうございました。