17.親の心、子の気持ち
「カイル様? ねえカイル様? どうでしょうかダメでしょうかシルフィーは?」
国王が慌てて制止の声を掛ける。
「シ、シルフィー! 待つのだ今のは看過できん。想いの強さは分かったが、祈祷師になり王族の括りから外れたがお前は私の大事な娘だ。流石に奴隷などと、それはカイルにも迷惑になる」
「・・・やはり迷惑でしょうか?」
国王の必死そうな表情と家族の心配そうな顔を見たシルフィーは席に腰を下ろし、先程よりも幾分か落ち着きを取り戻した様子で俺に問うてきた。彼女の想いの強さは分かった。共感できる部分もある。だがしかし。
「・・・俺達の旅は戦いからは切って離せない。はっきりと言えばシルフィーは力不足です。今の状態では自分の身さえ守れないでしょう。」
「そうですか」
真実、彼女にどんな能力があり、有能な情報を持っていようとそれは傍に置いて連れて行く理由にはなりえない。・・・普通なら。だからこそ俺は彼女に問う。
「シルフィー。君は「殺してやりたい」と言っていたが、それは本心か」
「・・・勿論です」
俺の真意が分からないのか少し間を置いて答えるシルフィー。そして流れが変わった事を感じたのか戸惑った様に俺に目を向ける国王とその家族の皆。ヤナギとスターチスは顔を見合わせ少し笑っている。生粋の戦闘種族である彼女達には俺が言わんとしている事が分かったのだろう。
「自分の手で殺したいとは思わないか?」
「思います。ですがシルフィーは・・・」
「強くなりたいか?」
「 ! 」
「か、カイル? 何を言って―――」
「なりたいです!!」
周りの反応など捨て置いて、再び立ち上がった彼女は力強く答えた。
「結婚には応える事が出来ない。奴隷も持つ気は無い。だけど」
シルフィーの眼を俺も強く見る。あれだけの想いを抱えているのだ。共感できる、過去の自分を見たかのような慟哭に似た言葉。なら俺が彼女に提示できる道は。
「仲間としてなら、俺に鍛えられる弟子としてなら構わない」
「・・・シルフィーもあの魔人共を殺せるようになりますか?」
「シルフィー次第だ」
俺の返答にシルフィーは自身の家族に身体を向ける。
「お父様、母様、ケインズ兄様、コール兄様、サラ姉様、マルタお婆様。シルフィーは行きたいです!」
強く主張するシルフィー。しかし国王は彼女の父親だ。今日本当の意味で帰ってきた娘が旅立ちたいという意思など受け入れ難いだろう。それに彼女には祈祷師としての仕事がある。
「・・・シルフィー。それが如何に無茶な要求であるか分かっているのか」
「分かった上です」
「ようやく自由になれたのだぞ? これから平穏に生きれるのだぞ」
「この想いを抱えたまま平穏に生きるのは無理です耐えられません」
「祈祷師の職務はどうするつもりだ」
「シルフィーが帰るまでお婆様に御願いします」
「・・・・・・さて如何したモノか」
国王は眼を瞑り顔を手で押さえて考え込み始める。
それをシルフィーはただ静かに見つめる。
「・・・母上。どれだけ祈祷師として動けますか?」
国王は姿勢を変えず、シルフィーの祖母であり彼の母でもある今代の祈祷師マルタ様に尋ねる。それを受けてマルタ様は苦笑しつつも答えを返す。
「今までも私が務めていたのですよ。加護の衰えはありますがあと5年はいけますかね」
「頼んでも?」
「いいですよ。可愛い孫の旅立ちなのですから。それよりも貴方達の方はどうなの?」
マルタ様の問いかけに長兄のケインズから順に、次兄コールに長女のサラも口を開き、顔を上げた国王に答えて行く。
「僕は英雄と共に旅に出れるのは純粋に得難い経験だと考えます。家族としては心配ですし出来るならここにいてほしいですが」
「今まで本当の自分を出せなかったんだ。自由にするといい」
「私は少し嫌ね。せっかく本当のシルと話せる機会が来たんですもの。でもシルがあそこまで言うならしょうがないかしらね」
「・・・お前は如何なのだ?」
子供達の気持ちを聞き、国王は次に自分の后のセルヴィー様に問う。今の今まで沈黙していた彼女は自身の娘に厳しい目を向ける。
「シルフィー」
「はい母様」
「今からの発言は失礼を承知で言います。いいですか? カイル様と貴女は今日会ったばかりです。それは私達も同じです。そして彼の人柄がどんなものか掴み切れていないのが実際のところです。今回の城への招待に関しても彼らの働きへの感謝と魔人さえ容易く屠るその力を持った者と親しい間柄になりたいといった思惑もあったのです。その関係の橋渡しに貴女がなれれば良いと思い、カイル様が本当に嫌悪を持たない限りはと今の食事の席にしても黙認していました。勿論愛娘である貴女がそれで喜びを感じているなら、と思っていたのもあります」
「・・・・・・はい」
「しかし旅立ちとなれば話しは別です。シルフィーは確かに今までの記憶があるのでしたね。なら貴女が今まで旅の知識や戦闘訓練など学んでいないのも自覚していますね?」
「はい」
「つまり彼から同行を許可してもらえた所で足手まといになる状況の方が多いという事です。貴女も先程自身の発言が迷惑では、と言っていたように。シルフィー、私からの問いに答えなさい」
「なんでしょうか母様」
「本当に強くなる気があるのですね?」
「あります」
「過酷な旅に耐えられるのですね?」
「承知の上です」
「もし泣き言を口にするなら帰してもらいますよ」
「言いません」
「貴女がいて良かったと思わせられますか?」
「精進します。御役に立ちます」
「彼の事は好きなのですか?」
「好きです」
「先程も言いましたが今日初めて会った御仁ですよ?」
「これからもっと知っていきます」
セルヴィー様が俺に視線を向ける。
「カイル様。本当にこの娘が付いて行っても良いのですか?」
俺の答えは既に言った通り。決まっている。
「シルフィーが本当に来たいのなら」
「そうですか・・・。シルフィー最後の質問です」
シルフィーは静かに母親の言葉を待つ。
「・・・シルフィー、貴女が苦しんでいる時に何も出来なかった私達を、力になれなかった私達を、本当の貴女を見ていなかった私達を、どう思っていますか?」
それは王女ではない、母親としての想い。我が子を助けてやれなかった自身の不甲斐無さへの言葉。表には出さない心の慟哭。その思いを受けたシルフィーは口を開く。
「・・・恨んだ事がないとは言えません。物心が付いてからは「何故シルフィーだけこの様な目に」と考え過ごした夜は数知れません」
シルフィーは今までの記憶を語る。異界に囚われ、自身の身体の外からしか『自由な世界』を見る事が出来なかった今までの気持ちを。
「シルフィーに笑いかけてくれる人へ、何故シルフィーは辛いのに目の前の人は笑っているのかと筋違いな恨みを抱き。感情が無い様に振る舞うシルフィーへ陰で悪態を付く人には酷い目に遭ってほしいと思いました」
それはまるで懺悔の様にも聞こえる。表情があまり変わらない彼女が必死に言葉で伝えようとしている心の声。
「それでもやっぱりシルフィーの心を繋いでいたのは、「いつの日か」と希望を信じさせてくれたのは家族の、皆の声でした・・・。ねえ母様」
「・・・何でしょうシルフィー」
「シルフィーは家族の皆が大好きです。――――――愛しています」
「――――――」
それは彼女が初めて意識を取り戻し、家族と対話した時に見せた笑顔。儚くも、心に芯を持った強く美しい笑顔。
セルヴィー様はその言葉と笑顔を見たあと少しの間目を瞑り、再び目を開けシルフィーを見る。その表情は先程までの厳しい表情ではなくなっていた。
「シルフィー。私も、私達も貴女を愛しています」
「母様・・・」
それはただ、我が子の愛を知った母親の顔であった。
「行ってきなさいシルフィー。私達はここで貴女の帰りを待っていますから」
「・・・はい、ありがとうございます」
シルフィーは静かにその言葉を受け止め涙を流した。きっと彼女も本当の意味で出会えた愛する家族と共に暮らしたいのだろう。それでも止められない思いがあるのだろう。だから彼女はここから旅立つ事を決意したのだろう。それは決して簡単な選択ではなかった。
「カイル様。私達の娘をお願いできますか?」
だからこそ彼女の意志を尊重しよう。
「任せてください。シルフィーは必ず強い人になります」
隣にいるシルフィーの頭を優しく撫でる。俺が『あの日』決意したのもこのぐらいの歳の時だった。それはまるでもう一人の自分を見ている様で、だから今から伝える事はシルフィーにとっても大事なものになる。
「シルフィー。最初に伝えておく事がある」
「はい、カイル様」
涙を流し、撫でられながらも彼女の瞳には迷いはない。
「俺は別に戦う為に強くなったんじゃない。理由は分かるか?」
「・・・カイル様の話しの女性の為ですか?」
「そうだな。俺はあの娘の為に強くなった。でもそれだけじゃない。それだとまだ足りない」
「足りないモノとは?」
決まっている。俺が見たいのはあの娘の笑顔なんだから。
「好きな娘の為に強くなったんだ。じゃああとは『その娘も自分も幸せに』ならなきゃだろ?」
だから俺はその障害である全てを壊すために強くなったんだから。
「シルフィーは如何なんだ? 魔人と戦える強さを手に入れて、魔人を殺せたらそれで満足か? 魔人を殺す為の旅がしたいのか?」
そして俺は彼女に問う。シルフィーの本当に欲しいモノは、心の柱になっているのは何なのか。
「シルフィーは・・・魔人を殺したいです」
彼女は答える。その先を、奥にある気持ちを。何故そうしたかったのかを。
「シルフィーの大切な人達を傷付けて苦しめる魔人を殺したいです。・・・それはシルフィーが皆に笑顔で、幸せでいてほしいからです」
「・・・そうか」
「カイル様。どうかシルフィーを旅に連れて行ってください。シルフィーは皆を幸せにする為に魔人と戦える強さが欲しいです」
想いの強さは変わらない。ただ彼女は気付いただけだ。自分が憎しみだけで力を求めていたのではないという事を。だからこそ改めて俺に聞く、連れて行ってほしいと。強くしてほしいと。
「分かった! これからよろしく頼むぞシルフィー!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
そうして俺達のチームにシルフィーが入る事が決まった。新しい仲間である。ここにいる皆も彼女の旅立ちを認め、前途に幸あれと願っている。
「めでたい」
「妹分が仲間に加わりました」
・・・まだ言うかお前ら。
「ヤナギ姉様とスターチス姉様もよろしくお願いします」
「ん、たくさん甘えるといい」
「自分も稽古の手伝いもしましょう」
「ありがとうございます!」
「・・・一応言っておくがシルフィー。今年でヤナギは9歳、スターチスは7歳だ」
「え」
表情がなくともシルフィーが驚いているのが分かる。俺だって初めて年齢を知った時は驚いた。ワービーストは成長が早すぎる。ヤナギとスターチスは素知らぬ顔をしている。
「あと1年すれば里では立派な大人」
「自分も一応身籠るには問題ない歳です」
「・・・シルフィーの方がお姉さんだったの?」
妙な空気になったな、国王達だって苦笑している。シルフィーも涙が引っ込んでいる。誰の所為だこんな空気になったのは。
「・・・御飯冷めた」
「でも美味しいですよヤナギ」
「うまうま」
「これは何のお肉でしょうか?」
「・・・お前達のその切り替えの早さは本当に尊敬するよ」
「ん? むぐむぐ・・・ん、好きになった?」
「じ、じじじ自分はいつでも大丈夫です!」
止めなさい。もっと変な空気になっただろ。年齢を言った所為で余計にヤバイ感じになってるし。
「・・・ヤナギ姉様とスターチス姉様の年齢でいけるならシルフィーにも機会が?」
貴女の父親と母親もいるんですよ? それに兄姉だって見ている。
「・・・まあカイルよ、王族や貴族の婚約は早い。年齢の事はそこまで気にしなくてもよい」
「私もあなたと一緒になったのは10を少し越えた頃でしたね」
「僕ももういますし」
「俺はまだ顔と名前しか知らないな」
「私はまだ候補の選出中ね」
「私が若い時は旦那の方が年下でしたね。向こうが8歳でした」
「・・・・・・」
口々に自身の結婚・婚約話をする王族達。国王以外の全員が笑いを堪えようとしている。国王なんか俺を見る目が生暖かい目になっている。ついさっきまで張り詰めたような空気が消えてしまっている。悪い事ではないが落差がこう・・・激しい。
―――新たな仲間が増えた食事会は和やかな空気で過ぎて行った。