15.魔人の脅威
ミルドレッド王国を総べる王、彼には5人の子がいる。王子3人王女2人、その内第二王女は末の妹になり御年10歳を少し過ぎた美しい少女である。彼女はあまり感情を表に出さない。常にその美しい顔は仮面の様に表情を変えず誰かに笑顔を見せた事すらなく、言葉も少なく必要最低限しか話さない。命じられた以外の自発的行動も殆どとらず、王城内の者はそんな少女の事を『人形姫』と評する。
この国の王族は代々、大地の力を治める役目を持つ者を自分達の中から『占星術』で選出している。この選ばれた『祈祷師』と呼ばれる役割を持った者は10歳を数えた時に加護の覚醒と共に任に着く事になり、秘事を行い国王が行事や祭祀に出る時には同行し補佐する事になっている。
今代の祈祷師に選ばれた第二王女シルフィーは今年からその役目に着く。これは王族内でもとても名誉な事である。先代は国王の母親であり、シルフィーが誕生するまでは役目に適した者がいなかった。だからこそ本人に多少問題があり、影では様々な事を言われてきている。だが王族、つまり彼女の家族達の純粋な愛情や使用人達の献身もあり可愛がられてきたのである。
第二王女シルフィー・メイル・ミルドレッドはしかし今も笑わない。
◆◆◆
アダマンタイトクラスとは英雄である。戦いにおいてはこの存在が戦局を大きく左右する。竜に遭っては竜を斬り、魔人と会っては首を狩る。吟遊詩人の唄や物語で詠われる者。俺達はそれになり、国を挙げての祝福を受ける事になった。
今、俺とヤナギとスターチスはこれまで着た事がない高価な礼服を身に纏っている。2人はとても綺麗なドレスを着ている。どちらも体型がはっきりと出るドレスと銀の髪留めは共通しているがそれ以外は違った。ヤナギは明るめの緑のスカートが揺らぐように広がったドレスを着ている。スターチスは逆に足までラインを出す様な赤のドレスを着て式典に出ている。
ただの村人でしかなかった自分もこんな礼服に袖を通す事になった事実には不思議な物を感じる。
規格外のバジリスクをほぼ2人で討伐。あれの脅威は騎士団から詳細に報告され多くの人が知る事となっている。大量に発生したスワンプマン、それが引き起こした汚染も瘴気自体は俺が消したので残る作業は洗浄のみとなっている。
記録上はすでにアダマンタイトのクラスになっているがこの最上級の任命はギルドだけでなく国から勲章と『称号』授与も必要になっている。それだけこのクラスには重みがあるという事だ。
そしてこの式典は大衆向けであると同時に、王が直接この英雄と同義である最上級の証を授けるという形を取る事で他国に対しての戦力の喧伝になるのである。例えこのあと俺達が国を移動したとしても『この国が任命した』という形が公式に残っていれば使いようは色々あるようだ。
王城前にある広い空間に舞台を設け、そこに王族や一部の文官と武官。そして今回の主役である俺達が上がっている。その周りに騎士や衛兵により囲いが築かれ、その向こうからは多くの国民が新たな英雄の誕生をこの目に収めようと集まっている。
そしてすでに式も終盤。後は勲章として登録証とは別に称号が刻まれた碧鋼製の証が王の手から授けられ、街を練り歩くパレードになる。
文官の1人が声を上げ『シエスタ』の面々に中央に来る様に命じ、俺達はその言葉を聞きコーラルに仕込まれた作法で移動、礼をする。そして正面に並び立つ王族達から現国王『シャンドル』様が歩み寄ってくる。御年38歳になるが年よりも若く見え、まだまだ現役である。
隣には今年地脈に祈りを捧げる役目を担う事になっている第二王女が俺達に渡す碧鋼製の証が付いたネックレスを盆に乗せて持って歩いてくる。長い赤い髪を束ね頭の横で纏め、着ている服はこの国の祈祷師を示す袖や裾を長くした肌を極力出さない様な生地の多いドレスである。彼女の美しい顔は、この場なら少しは笑みを出すのが普通であるのに一切の表情を見せていない。
王が俺達の前に着き、声を上げ宣言する。
「この国で新たな英雄が生まれた事をここに認め、諸君らに6番目の碧鋼級『破壊者』の名を刻んだ証を授ける」
シルフィー王女は証を渡しに近づいてくる。
この瞬間を待っていた。
俺は手を伸ばしシルフィー王女の腕を掴み自分の場所に引き寄せる。彼女の顔に感情の変化は見られない。しかし中から見ているモノは違うだろう。
周囲に動揺が奔り、騎士や衛兵が武器に手を掛け動き出す。その周りの反応も意識にも留めずヤナギとスターチスが髪留め型の使い捨て収納魔法具から武器を取り出す。俺は空いている手を拳にして王女に狙いを付ける。俺達が武器を取り出した事により混乱と恐慌は一気に加速し騎士と衛兵からの敵意と殺気が明確になる。
一部の騎士は他の王族を避難させるために誘導している。俺達の凶行に対して詰問する声と制止を要求する声が響く。だがそれを今は無視し、目の前の標的に狙い定める。
さあ破壊しようか魔人の企みを全て。お前達が果たせる望みなどこの世にない。
「さあ詰めだ『メディル』、ここで全て壊れて死んでいけ」
その一言を契機に王女のいる空間が揺らぎ彼女の周りだけ陽炎に囚われた様になる。精霊魔法が発動され効果を現す。それは式典の準備が始まる前から入念にコーラルとクローリアが仕込んでいた物。全てはこの瞬間、目の前に居るこいつの為だけに用意した仕掛け。
俺は先日コーラルに教えられた『メディル』というダークの話しを思い出していた。
◆◆◆
「『傀儡のメデイル』というダークがこの国に暗躍している者達の頭になります」
「強いのか?」
「戦闘力はダルトよりも高いですね、ダークの中では『上位魔人』に分類されますから。それでも自分では動かずに部下である他の魔人を動かす事が多いです。しかしそれよりも厄介な能力が彼にはあります」
「『異界』と『傀儡』だったか」
「そうです。彼は対象となる者の精神を分離し『異界』に拘束、その後対象の身体に己の一部を取り込ませ自分の精神を繋げて『傀儡』にします。これにより彼は人間達の中に『自分』を紛れ込ませ、戦場では同士討ちや味方割れに見せかけて大きな混乱をもたらしています。欠点は己の体では無いので自身のダークとしての戦闘力を発揮できない事でしょうか。ですが悪い事に彼は『傀儡』にした者の加護を問題なく使用させる事が出来ます」
「この国の王族は確か『地鎮の血脈』の加護持ちだったな」
ミルドレッド王国の王族はこの国の国土という制限があるが、大地に流れる地脈に干渉して操作する事ができ、それは代々土地の浄化や安定に一役買っている。それはデウスの働きに比べれば小さな物ではあるが、この国にとっては大きな恵みを与えている。そうしてこの国は気候に適した果実酒製造や一部農作物を多く生産できているのだ。
もしこの国安定をもたらしてくれている加護が敵の手に落ちれば。
「彼はこの国の地脈を乱し汚染するつもりです。バジリスクとスワンプマンを使った大地の汚染もその効果をより高める為の物だったのでしょう。しかしその企みは皆様のおかげで最小限に治められました」
穢れた大地からは怪人種や魔人種が生まれる。メディルはこの国の大地を魔の巣窟にするつもりだったのである。今までの事は全てこれを行う為だった。胸が悪くなる計画だ。
「そしてカイル様がダルトを死ぬ直前で泳がした事でメディル自身の位置を掴む事が出来ました。これが出来るか出来ないかで大きく作戦が変わる事でした。本当に有難う御座いました」
「別にいいよ。それにこれで奴を引っ張り出せる訳だな」
「カイル様の脅威はメディルもダルトから聞き及んでいます。だからこそ傀儡越しとはいえ直接カイル様をその目に映そうとします。そこが好機となります」
「そこで俺の出番か」
「はい、その為の魔法は私とマスターと協力して編み出しました。しかしこれを発動するには最初に座標を固定しておく必要があります。その後に第2段階に移行、王女様の息の根を止めてもらいます」
「・・・問題ない。任せてくれ」
「嫌な役目を任せる事になり誠に申し訳ありません」
「王女の生殺与奪はメディルが握っている。コーラルの責任じゃない」
メディルの能力は本当に他者を弄ぶ事しか頭にないような物。野放しにしておけば何処でどんな被害が出るか分からない。なら本体と傀儡を把握出来ているこの時にけりを付けなければ。
「だからコーラルは自分の役割に集中していてくれ」
「・・・頼りにしていますカイル様。それでは皆様、御武運をお祈りしています」
それに少し考えている事がある。もし成功すれば―――
◆◆◆
俺の拳が小さな身体の王女の胸に突き刺さる。衝撃で心臓は止まり彼女の生命活動は停止する。シルフィー王女はここで死んだ。ダークさえいなければこんな事にはならなかった事を思えばやるせない気持ちになる。
そして拳から不自然な振動を感じる。メディルの身体の一部が宿主が生命活動が停止した事により魔力に分解されこの場から消失しようとしているのだ。このまま逃がしてしまえば後に残るのは深い眠り付いた王女と彼女を手に掛けた下手人だけ。
だが奴は逃げられない。逃がすわけがない。ここまで相手に情報を漏らさない様に、しかし俺という存在に興味を持たせこの場に立たせるという作戦は達成したのだ。ダークは自身の強さを過信し油断する事が多い。だからこそ奴の余裕を逆手に取り、俺達の術中に嵌めた。
精霊魔法が影響下にある『この場』にある分解された魔力を補足。コーラルとクローリアによって込められた膨大な魔力が解放され、補足した魔力を魔法の軸とし、事前にダルトを使った印付けで把握している本体と繋げる。
王女に寄生させていたダルトの一部、それをメディルと最も相性の良い触媒として発動される異質なる召喚魔法。対象に印を打っておく事で確実に捕まえる強制転移。
『次元の扉』が発動。上位魔人『傀儡のメディル』がこの場に引き摺り出される。
顕れたのは一言で言うなら『肉塊』。体長は3m程、横幅も2mはある肉の様な赤色をしたブヨブヨの塊であり、そこから短い赤子の様な手足が生えてせわしなく動いている。そしてその身体の中央には大きな一つの眼が付き、そのすぐ下には体の3分の1もありそうな大きさ以外は人と変わらない口がある。
突然の異形の出現。場が静寂に包まれるが、それは一瞬の事で直ぐにこの場に集まっていた人々が恐慌に陥る。それを衛兵達が必死で人々の混乱を抑えようとしている。自身も事態に翻弄されているのにも関わらず。流石国民を守るために訓練された兵という事か。
『おいおいおい。マジかよ、こりゃあ転移魔法か? 精霊の名残もあるなァ』
異形が口を開く。辺りに花の様な甘い香りが広がる。見た目からは想像が出来ないがどうもメディルから放たれる臭いらしい。普通なら良い匂いの筈のそれが頭の奥にガンガンと響くような不快感をもたらす。ヤナギが『風ニ成ル者』を発動して俺達の周りの臭いを吹き飛ばす。
「良い匂いなのに臭い」
「気分が悪くなりますね」
精神に影響を与える能力。あの臭気で効果を上げるわけか。
『バジリスクをヤッた獣共に『空っぽの黒いの』、これはテメエらの仕業かあ? それにエルフも関わってやがるだろォ?』
メディルがやっと俺達に意識を向ける。王女の感覚からこちらを見聞きしていたが王女が倒れ事で繋がりが絶たれ、その後突然こちらに引っ張り出されたから少し混乱していた様だ。
「何だ? ボケたのかメディル。それはもう言った後だろう? それに仲間がどれだけいるか素直に教える訳ないだろ」
動かなくなった王女の身体を上着を敷いたその場に寝かせ、懐に入れていた使い捨て収納魔法具から大剣を取り出す。メディルは笑い出す。
『ハハハハハ!! 生意気な奴だなテメエ。ダルトを殺して随分いい気になってんなあ! 俺の10年に渡る計画を崩しやがったんだ歓迎してやる!!』
メディルの身体が小さくなっていく。その代わり手と足がどんどん肥大化していき胴体が出現していく。変化が終わり奴は人の身体をした一つ目の鰐の様な姿になった。
『こうやって俺を引っ張り出したんだ! ツマラネエ戦いなんかすんじゃねえゾ!!』
剥きだしの肉の様な肌が、まるで枯れ木を砕く様な音を立てて硬質化し、最初の『傀儡』に特化した姿から大きく変化した。
メディル自身が戦う時の姿がこれだ。まるで鱗のようになった表皮になった奴は一本一本が剣の様になった爪を生やした手を振りかぶり飛び掛かって来る。それを大剣を盾に真正面から受け止める。
轟音。衝撃が俺を中心に広がり舞台を破壊する。ヤナギとスターチスは舞台上に残っていた人を抱え助け出す。その中には王女もいる。
崩壊し落下、着地まで俺と奴は互いに一歩も引かず睨み合いを続ける。人と懸け離れた顔をしている筈なのに『笑み』だと分かる表情を浮かべて俺を見る。
『口だけじゃァ無さそうだな空っぽ野郎ォ。精々この俺を愉しませろォォオオオ!!」
メディルが本格的に攻撃を始める。爪を振り蹴りを繰り出し魔法を放つ。残骸になっていた舞台は原形なく吹き飛んでいく。人を避難させたヤナギとスターチスが俺達の方にやってくる。
『雑魚が邪魔だ!! 来やがれ『ゾーグス』! 獣共の相手をしろォオ!!』
メディルが声を上げると人ごみから男が1人飛び出してくる。その身体が瞬く間に変化しムカデの様な頭と甲殻をもった姿になる。腕が確認できるだけで8本ありその手にはそれぞれ剣や槍等の様々な武器が握られている。
『ゾーグス』情報にあったメディルの部下のダークである。ダルトほど名は通っていないがやはりダークらしく強力な個体である。ヤナギとスターチスはそれを確認すると方向を変え一気にそいつに駆けて行く。
「ヤナギ! スターチス! そいつを殺せ!!」
「任せて!!」
「斬り裂く!!」
『猫ト犬風情ガ調子にニ乗ルナヨ! オ前ラハ怪人ノ餌ニシテヤル!」
2人と1体の戦いも始まりこの場はさらに激しく壊れて行く。これでこの国にいる全てのダークが出揃った。見えない所で逃げられるのが一番厄介になる、これで取り逃す事はない。手加減する必要はなくなった。時間が経つ毎に攻撃の勢いが強くなるメディルに目を向ける。
『オラオラオラァァアア!! 防ぐだけじゃ勝てねえゾォオオオオ!!』
「爪くらい切れ」
突き出してきた右の爪を纏めて左手で掴み止め、そのまま握り砕く。周りに赤い爪の欠片が飛ぶ。奴はそれに驚愕したのか動きが止まる。こいつは本当にボケているらしい、戦いの真っただ中でこんな隙を晒すんだから。
『なっ!? 素手でッギグ!? ガァ!!』
「ちょっとダルトより硬いか?」
奴の左腕を肩から切断。宙に飛んだその腕を掴み取り、それで奴の腹を勢いよく貫く。肘までが腹の中に隠れる。
「お前のせいで苦しんだ人達にメディル、お前の死を捧げるよ」
『グギィイ! だから調子に乗るなよクソがァアアアア!!』
腹に腕を生やしたままメディルは俺に魔法を放つ。閃光が奔り俺に直撃し、周囲に炸裂音が響く。雷撃魔法だ。それを奴は連続で撃ってくる。
『オラアア!! 『雷霆の槍』で焦げ尽きろォオオオオ!!』
「眩しい、前が見にくい」
大剣で膝から下を斬り飛ばす。魔法が止まり奴が仰向けに倒れる。周りに目を向けると自分を中心にかなり焼け焦げている。剣をみると魔法のせいか少し刃に欠けが見える。ダルトの炎よりもかなり強力な魔法だったらしい。あまり好き勝手されると被害が広がるな。・・・ああくそっ、服もボロボロだな。
『あれだけやって傷一つ無いだとォオオオ!?』
喚くメディルの残った片腕も踏み砕く。苦痛の声を上げたが無視して次は無駄に長くてデカい口を斬り飛ばす。そして邪魔な口が無くなって掴み易くなった首に手を掛け吊り上げる。
『ギイィ・・・お前、何もんだァア。一体その空っぽの加護は何だァアア』
「何だっていいだろ俺が何者でも」
遠くに離れ様子を窺う王族や騎士、衛兵や国民にこの光景がよく見える様にする。ダークという人間の敵を壊す所を。この国から脅威が消える瞬間を。
『グッガハアアアアッ!!』
『ゾーグス!?』
そして俺のすぐ横に地面を砕きながらゾーグスが吹き飛んできた。
あれだけあった腕が今は3本しかなく持っていた武器は無くなり、強固であった筈の体表には大小様々な斬り傷がある。そいつの呼吸は荒く、脚には震えが見え、まさに満身創痍という体を晒している。
そしてヤナギとスターチスがそれの後を追う様に現れる。2人共細かい傷は多いが、その立ち姿にはなんの陰りもない堂々とした力強さを感じる。だが相応に着ているドレスも破れており脱げていないのが不思議なくらいだ。
「疲れた」
「流石はダークといった所でしょう。1人では危なかったですね」
「お疲れ。しかし服はどうにかならないのか?」
「風で押さえてる」
「あう・・・、終わるまでは大丈夫です」
本人がそう言うなら気にしない様にしよう。視界に入ると少し気まずい。そうしていると掴んでいたメディルがもがきだす。
『クソッ垂れ共がァアアアア!! ゾーグス! アレを使えェエエエ!!』
『ハイ!!』
ゾーグスが黒い宝珠を取り出す。それが黒い魔力を放出、ダルトの時と同じ流れを辿る。メディルとゾーグスに力が流れ込む。そして肉体に変化が起き始める。
『これでテメエがどんなチカラを持ってるかなんて関係っッ!?』
『メディル様っ・・・グっ!?』
「しかしどうやって作ったんだろうなこの宝珠は」
メディルを掴んだままゾーグスに近づき、人よりは細く感じる首を掴み捕まえる。そして両手に持ったこいつらの頭を強く叩き付け合う。どちらも堅かったようで凄まじい音と衝撃が響く。
『ガッ!』『グジュッ!』
どうもメディルの方が硬かったらしくこいつの方は頭が少し潰れただけで済んだが、ゾーグスの方は完全に頭が潰れて砕けて息絶えた。黒い宝珠からの力の流れが止まる。ゾーグスの手から零れた宝珠を落ちる前に、身体だけになったゾーグスを捨てて拾う。それに目を向けると中に力が残っているのか前回の物より重い気がする。
「なあメディル。これはどうやって作った。どれだけ数を揃えている」
『クソがァアア。この化け物めェエエエ』
化け物に化け物と呼ばれる。妙な気持ちだ。
どうやって情報を引き出そうか考えているとコーラルから精霊を介した言葉が届き、不要であるという結果が伝えられる。じゃあこいつももう壊して良いという事だ。地面に刺さる大剣を引き抜き構える。
「やっぱりお前はいらない。ここで壊れていけ」
『ここまで! ここまできたんだぞ!! それなのにっ!!』
掴んでいたこいつを上に投げ、大剣に力を込める。こいつが死ねば、こいつが殺した人達と同じ所に行くのかと考えると不快な気持ちになる。
「魂さえ壊れて消えろ」
『やっやめ・・・っ!』
空を斬る様に剣を一閃。
メディルの身体は頭から股下まで一直線に斬り断たれる。そこを中心に周辺全てに衝撃が奔り、空気さえ震え台風の様な突風が吹く。メディルの身体が崩壊して消えて行く。
振動と風が止む。周りに目を向けると王城前の広場はダークとの戦いで多くの傷が刻まれ、舞台だった物の欠片も転がっている。既に残骸すら残っていない。
それらを見ていると大剣の一振りで出た衝撃で吹き飛ばされていたヤナギとスターチスが隣まで来る。2人は身体に何処から拾ってきたのか大きな布を巻いている。
「・・・最後に裸にしたのはカー君だった」
「いっぱい飾ってあった旗を拝借しました」
「・・・ごめん」
俺が全裸にしてしまった様だ。本当に悪い事をした。飾ってあったのはこの国の国旗だがまあ沢山あるのだから目を瞑ってもらおう。もしダメだったら俺のせいなので素直に謝罪する。
「これからどうする?」
「滅茶苦茶ですね」
「あー。まずは国王に事情を説明しに行こうか」
「来てる」
「こっちに来てますね」
「ん? 本当だな」
多くの騎士たちに守られた国王とその家族の王族がこちらに歩いてくる。国王は脚に怪我を負ったのか1人の騎士に肩を借りている。その顔はこの短時間で一気に老け込んだようにも見える。ダークとの戦いがあったのだ。しょうがないと思う。彼らの中に混じるようにクローリアさんの姿も見える。余波から王族を守ってくれていたのだろ。
俺は国王が近くまで来ると膝を着き剣を地に置く。2人も俺の隣で同じようにする。
「国王様。この度の騒動で出た被害、真に申し訳ありませんでした」
「待ってくれ、確かカイルであったな。頼む頭を下げないでほしい。それと立ってはくれないか」
言われた通りに下げようとした頭を上げて立ち上がる。国王は騎士から離れ自分の脚で立ち、俺を静かに見ている。
「・・・ある程度の事情はギルドマスターに先程聞いた」
国王の後ろにいたクローリアさんが俺達に一礼する。先に国王に事情を教えてくれたのだからこっちが礼をしたいぐらいだ。
「この国をダークの魔の手から救ってもらった事、ここに感謝を。君達3名は真の英雄である」
「勿体ないお言葉」
その言葉を聞き国王は周りに目をやる、多くの傷が刻まれた広場を視界に映す国王の眼に悲痛な思いが見える。そしてまた俺達に目が戻る。
「あれらがいた事でこの国には多くの傷が刻まれたのだろう。見えない場所にも多くの犠牲になった人々がいた筈だ。ダークは生ける災害なのだ。それを思えばなんと少ない被害で打倒したのだろう」
そして国王は俺達に頭を下げた。他の王族達も頭を下げ、騎士たちに一瞬動揺が奔るが彼らは次の瞬間一糸乱れぬ動きでこの場にいる全員が頭を下げた。
「本当にありがとう。カイル、ヤナギ、スターチスよ」
「――――――」
あまりの雰囲気に声を出せなくなる。彼らの感謝の気持ちが痛い程こちらに届く。
「いえ俺達はしたい事をしたのです。ですので頭を上げてください」
俺の声で頭をあげる国王と騎士達。王の眼にはこの騒動が収束した安堵と、何か悲しみを堪える様な色も見える。
「・・・カイルよ。娘はやはりダークのせいで?」
「ええ。精神を乗っ取られてそのまま・・・」
「そうか・・・。気付いてやれなかった私をあの娘は許してくれるだろうか」
その表情はとても辛そうで、しかし必死に抑え込んでいる。生まれてからの娘の境遇に力になれていなかった己を責めているのだろう。俺も自身の力不足を嘆いたことがあるからその気持ちは、娘か幼馴染かという違いはあるが少し理解できる
「許してくれるかどうかですか・・・」
「ああ。なんと不甲斐無い父であったか・・・」
「ではシルフィー王女に直接訪ねてみるのがよろしいかと」
『『え?』』
王族の方全員とと何故かクローリアさんまで虚を突かれて顔になった。
「いえですからもう少しで目を覚ますのでご本人に直接、と」
実際にやってみると死なさずに殺す事が出来た。直前の思い付きだったので上手く出来るかは不安だったが大丈夫だった。
殴打の衝撃で生命活動停止、そして彼女の中にあった『異物』が消えた後、直ぐに当てていた拳から再び衝撃を与えて蘇生したのだ。勿論『異界』に囚われていた王女本人の精神も、メディルと同様に探知していたコーラルに戻してもらっている。
精霊を介して王女が生きているから彼女の精神を戻す事を頼んだら「・・・生きてるのですか?」と言って一瞬戸惑っていたが直ぐに切り替えてやってくれたのだ。コーラルは本当に頼りになる。
「・・・お父様?」
幼い声が響く。聞こえた方に目を向ければコーラルに手を握られた少女、シルフィー王女が連れられて来ていた。少し意識がはっきりしていないらしく表情はぼうっとしている。しかし足取りを見るに殴った後遺症などはない様だ。殴り方にかなり意識を使ったので本当に安心した。国王はそんな彼女の様子を呆然とした表情で見ていたが、覚束ない足取りで彼女の場所に歩いていく。
「し、シルフィー、本当に無事なのか?」
「はい、お父様。シルフィーは元気です」
「お、覚えているのか今までの事を」
しっかりと王女は頷く。異界に囚われていたが向こうからもこちらの様子が分かっていた様だ。表情には出さないがその途方もない時間はとても辛かった筈である。それを表に出さないのは彼女の強さか。
「シルフィーは覚えています。皆の事、家族の事、この国の事、ダークに乗っ取られていた生まれてから今までの事を全て」
「な、なんと・・・・・・」
王女の今までの奪われた時間を思ってか、言葉に出来ない国王に彼女は表情を変えず続ける。
「お父様。シルフィーは覚えています。兄様たちや姉様、母様に御婆様、そしてお父様の優しさを。こんな娘に気を向けて共に歩いてくれた事を」
「シルフィー・・・」
「ありがとうございます。シルフィーがこうして心を保てていたのは皆の優しさのおかげです」
今まで無表情だった彼女に初めて笑みが浮かんだ。それはまるで花が咲いたような笑顔であった。国王は彼女に駆け寄る、彼女の母も兄も姉も祖母も全員が彼女の無事を、本当の家族の帰りを祝福し涙を流してシルフィーを抱きしめた。そこにあったのは王族など関係のない、『家族』の姿であった。
奪われていた物が帰ってきたその光景を俺達は静かに見守っていた。