11.手合せ
◆◆◆
「どうでしょうか進展はぁ。順調ですかぁ?」
「問題ねえ。上から物を言うな不快だクソが」
「これはこれは失礼をしましたぁ。いえねぇワタシも確り下準備をした訳でですねぇ気になるではありませんかぁ」
「知るかそんな事。それより魔王のアレは使えるのか?」
「勿論ですとも! さあこれがそうで御座いますよぉ」
「・・・こりゃあスゲーんじゃねえか?」
「当然ですよ、今代の魔王様は特別なのですからぁ。引き籠りなのはいただけませんがねぇ」
「今の魔王なんざ知った事か。どうせもうすぐ消えるんだろあの女の魂なんざ」
「そうですねぇ、重要なのは器であるという事のみですからねえ。しかしワタシも魔王様で色々実験してみたい事があったのですがねぇ。出来ないんですよぉ」
「はっ。『黒いの共』が魚のクソみてぇに付いてるらしいからなぁ」
「ええ、ええ、全くもって面倒です。過去の契約も役には立ちましたがねぇ。こんな所で融通が利きません、悲しい限りです」
「あっそ、じゃあ要件が終わったらさっさと帰りやがれ。テメエのニヤケ面は嫌いなんだよ」
「そうですねぇ、ワタシもそうしましょう。では後はよろしくお願いしますねぇ」
「分かってるわクソが、ブッ殺すぞ」
――――――
「クックック。やっとここまで来た。それにコレもある。後は全部ぶっ潰して奪うだけだ」
◆◆◆
「がうっ」
ヤナギが二刀一対の短剣持ち両手を高く頭上に掲げ、気の抜ける様な声を上げた。そんな昼下がり。
ここはギルドが管理している修練場である。広さはなかなかの物で、俺達の他にも何組かが離れた場所で自分達の加護や魔法、チームによる連携など個々人や集団に至るまでの様々な特訓をしている。
俺達もチームでの動きの確認や、2人が俺と模擬戦をしたい、という要望もありこの修練場に来る事になったのだ。
「がーうっ」
「可愛いです! ・・・違いました。頑張ってくださいヤナギ!!」
「・・・それは何をやっているんだ?」
ヤナギが謎の奇行を始めて四半刻、スターチスはそれを応援し、遠巻きに見ている俺はただただ困惑するしかない。本当に何だこれは。俺の疑問の声にスターチスが反応してこちらに寄ってくる。
「これはヤナギの剣に宿った精霊と対話をしようとしているのです」
「精霊? あれは神剣の一種だったのか?」
この世界には精霊がいる。
精霊達は素養のない者では通常の手段で視認する事が出来ず、触れる事も出来ない。
力や魔力が意思を持った存在であり、そのほぼ全てがデウスから誕生している。稀にヒューマンでも精霊との素養を持った『精霊』系統の加護持ちも生まれるが、精霊といえばやはりエルフ。次点でドワーフ達が馴染みが深い種族である。しかしヒューマンは少ないながらも存在はするが、ワービーストはいないとされている。
ワービーストはそもそも種族内で魔法使いさえ確認されていない、完全な肉体特化の種族である。
そもそも素養がなければ精霊と交信できないのかと言われればそんな事はない。精霊自身が個人や集団を気に入り力を貸せば、間接的にではあるが対話が出来る。それを活用して精霊魔法の行使さえできる。
関わり方は複数あり、その個人の身に宿る方法、集団の儀式による顕現、そして物品に宿る方法。
神剣とはつまり神器の一種、精霊を宿した物品の事である。これはかなり珍しい例であり、神器は伝承や物語の中で語られるような特級品である。宿った精霊の格が高ければその発揮される効果も規格外の物になる。
そんな貴重品が目の前にあるという事になる。
「がお~~」
「・・・あれには何が宿っているんだ?」
とりあえず対話の仕方は置いておくとして、どんな代物かは興味がある。
「ヤナギの持つ双剣『白風・金風』にはワービーストが信仰を捧げる精霊の1つ『ヴァイフー』様が宿っています」
「俺は精霊や魔法はさっぱりなんだが、その精霊はどんな存在なんだ?」
「故郷では『風を駆る百獣の王』として語られています」
「風か、ヤナギとの相性は良さそうだな」
「はい! ですので『王』の蔵からありがたく失敬しました!」
「・・・・・・」
「わふっ?」
この2人の『王』への態度の一貫性はむしろ清々しい程だな。2人が基本的に良い娘なだけに、そんな娘達が嫌う『王』が一体どんな者達なのか気になってくる。まあそれもコーラルが準備するダークへの攻撃の時に大平原に向かえば会う事もあるだろう。・・・しかし盗んだのか。
「スターチスの大太刀も何か貴重な物なのか?」
スターチスに腰に挿してある刃渡り150cmはある大太刀。彼女は長さのあるそれを器用に鞘から抜き放つ。
「はい。この大太刀『水無月』も神剣の一振りです。宿る精霊は『シュエンウ』様になります。こちらは故郷では『水冥の不死神』として語られています」
「・・・ちなみに何処にあったんだ?」
「蔵から失敬しました!」
知ってた。
「・・・それで対話の方法はあれで良いのか?」
正直子供がごっこ遊びに興じている様にしか見えない、いや実際子供なんだけど。さっきから「がうわう」言っているが何か変化している様には見えない。
「実は自分達にもわかりません」
「は?」
「そもそもワービーストには精霊への素養や魔法の適性を持っている者がいません。いてもそれは伝説の中で語られる過去の英雄だけですね。ヤナギや自分の神剣も元を辿ればそういう英雄が使用していた物になります。その話の中では確かに英雄は精霊の力を振るっていましたが、肝心の精霊との対話だけが謎のままなのです」
「つまり色々試しているのか」
「その通りです」
「にゃ~~」
「・・・じゃあそれが一段落したら普通に訓練をしようか」
どれだけ傍目から見て気の抜ける様な事でも、どんな切掛で精霊との対話を掴むのか分からない。色々試すのは無駄にはならない。
「―――いや待て。コーラルがいるじゃないか」
精霊に関する事なら専門家に聞けばいいのだ。彼女はダークエルフ、エルフ程ではないらしいがそれでも彼女が精霊魔法の高位の使い手であるの間違いないだろう。俺のその発言にいち早く反応したのは未だに「わうわう」していたヤナギで、試行していた事を中断し、俺達がいる所に来た。
「それはダメみたい」
「なに?」
「どうも自分達の武器に宿る精霊は、自分とヤナギが己の力で対話方法の発見を望んでいるようです」
「コーちゃんに聞いた」
「そうだったのか」
ならやはり、こういう事の積み重ねは重要になるわけか。
「カー君カー君。試合試合」
「自分もお願いします」
「ん? そうだなやろうか」
俺の前に少し距離をおいてヤナギとスターチスが並び立ちいつも通り2人は武器を構える。刃が陽の光を浴びて美しい模様を見せる。それに対して俺は武器をその辺に突き立て無手で迎え撃つ体勢に入る。
コーラルからあの仕事を請け負ってからもう10日経つ。ギルドの依頼やこういう訓練にもある程度の慣れが俺達にはある。
訓練においての決め事。それは全力で、全身全霊で俺を殺す気でする事だ。
ヤナギの身体と双剣に激しい風が巻き付く、加護『風ニ成ル者』による能力強化。スターチスの脚と腕にもヤナギの風が纏われその手に掴む大太刀には『切断』の加護により触れる物全て斬り落とす力が宿る。魔法とは違う筈なのに、魔法のような現象だ。
それが一瞬で完了した瞬間に2人は今出せる最高速度で左右に分かれ疾走、俺の左からヤナギが、そして右からはスターチスが迫る。
到達は圧倒的にヤナギが早い。舞うように二つの白刃が空に軌跡を描き、それを追うように風の刃が吹き荒れる。
双剣の刃は回避して風は殴り消す。有効打にならなかったとヤナギは判断したのか今度は背後に回る様に高速旋回。その動きと対称になるように少し間を置いて正面右側から来たスターチスの大上段からの斬り下し。
それを半身になって回避する。勢いが消えないまま太刀は地面に付く。しかしその刃先は止まらない。音すら立てる事無く地面を斬り裂き、通り抜ける。そして消えない勢いと力を円を描く動きで残したまま、スターチスはその軌道を流れるように横に変えて横薙ぎの一撃を繰り出す。それと合せてヤナギが背後から強襲する。その周囲には複数の形をもった風、『風刃』による八枚の風の刃が舞っている。
「しっ!!」
「ぜああっ!!」
手数と素早さで攪乱・翻弄するヤナギ。一撃一撃が致命のスターチス。だが決して互いにそれ一辺倒ではなく、移り変わる様にスターチスが柄頭や蹴りや肘打ちまでを交えて牽制で相手を翻弄。ヤナギはその速さで急所を的確に狙って絶死の一撃を放つ。
『一心同体』まさにそれを体現する連携の取り方。この激しさなら以前に俺が仕留めたワイバーンを一方的に斬り刻んで殺し切れる程の鋭い猛攻である。
確実に『緋金級』の実力があるとコーラルが言っていたのも頷ける強さである。今の、前より成長した2人がかりならアダマンタイトの冒険者1人になら勝ち目が出てくる程の強さになっているらしい。
戦いは加熱して2人の瞳は完全に獣のそれになり、呼応するように技のキレと連携の密度が上がってゆく。それは圧縮された竜巻の様に周囲に激しい戦闘痕を刻み付ける。
そこから脱出する様に背後に飛んで距離をとる。
先にそれを追いかけて来たのはヤナギではなくスターチス。頭上から俺の眼前に迫る様に黒い影が飛来する。それは『鞘』。彼女が下げ緒を握り、鞘をまるで鎖付き鉄槌の様に俺に叩き込んできた。
それを正面から受けず、流す様に手を横から当て軌道をずらす。『切断』の力が込められた鞘が地面に接触、大きな切断痕を地に深く刻み込む。
そして今まで嵐の様な存在感を放っていたヤナギが修練場から『消える』。向かい合うのは俺とスターチスだけになる、しかしそれは一瞬の事である。
俺の首の間近、その両側から刃が迫る。足元にいたヤナギの双剣が俺の首を斬り落とすために振られている。
気配を絶ち、相手の意識から外れそして命を刈り取る。それこそがこの2人の本領。目の前から消えたようにしか見えない。しかし彼女はずっとそこにいる。見事なまでの才能・能力・技術、まさに天から愛されたかの様な2人。
だがまだ足りない。
ヤナギの迫る短剣を外側から彼女の腕を掴んで止める。止まる双剣。だが周囲にある風刃は生きている。その8枚の刃全てが双剣の代わりに首を落とすために飛翔する。
背後上方から同じく『消えていた』スターチスが落下する様に現れる。地面に刺さって固定された鞘を支点に下げ緒を引き、反動と跳躍でその身を俺の背後目掛けて飛ばしたのだろう。跳躍の途中で手から離されたらしい下げ緒が地面に落ちていく。彼女はすでに大太刀に渾身の力を込めて構えている。
『ここで決着を!』そんな目に見えない2人の意志が込められたかの様な攻撃。だが。
俺の命を取るにはまだまだ足りない。
「ぎゃっ!」
「っがあ!」
膝蹴りを胴に受け砲弾の様に飛んでいくヤナギ。心臓を上段から縦に斬り裂くように後ろ袈裟に振り下ろしていた大太刀の棟を、振り返らずに左手で上から掴み取り持ち上げる。そして大太刀と共に浮き上がったスターチスを、掴んだ大太刀と共に振り抜いて前の地面に叩き付けた。
地に転がり落ち、動けないヤナギ。地を割る衝撃で仰向けに倒れ伏すスターチス。まるでいつかの様な決着。
「ここまで!」
俺の号令により本日の訓練は終わった。最初の日よりも大分良くなってきた。良い訓練になったな。
◆◆◆
俺とヤナギとスターチスは昼前の訓練を終えて冒険者ギルドに来ていた。・・・いや、呼び出された。
受付前で俺達は直接床の上に並んで正座をしている。そんな俺達を呼び出したコーラルは無表情で冷たい目で見下ろしているのである。
気まずい空気がこの場に流れる。辛い、辛く苦しい時間が流れていく。なんとかしなければ。
「そ、そのな、コーラル。これは―――
「御静かに御願い致します」
「―――はい!」
鎧袖一触。俺は口を紡ぐ。
「こ、コーラル! 今回の事は自分が―――
「御静かに」
「―――はい!」
「あの―――
「静かに」
「―――はい」
全員が彼女の言葉で撫で斬りにされ、ギルド内に嫌な沈黙が訪れる。
周囲の冒険者や職員さん達がこちらの様子を遠巻きに窺っている。こちらが視線を向けると逃げる様に顔を背けられる。誰も彼もがそうした反応を返す。巻き込まれない様に全力で回避している。それ程の張り詰めた空気がギルドを支配している。
「視線を外さないで戴けますか?」
「すいません」
周りから気の毒そうな視線を向けられる、その視線が痛い。そしてコーラルの視線がもっと痛い。まるで視線に針があるかのような鋭さ。心の奥に突き刺さるかのようだ。
「・・・チーム『お昼寝』の皆様。私、確か前にも御説明したかと存じますが?」
見えない針が突き刺さる。はい、以前教えてもらって知っています。
「・・・『訓練所』は皆の物なので、みだりに壊さない・・・です」
「その通りで御座いますカイル様。知っていたなら何故それが出来なかったのでしょうか?」
「はい。御免なさい」
怖ろしく鋭い言葉、俺でなきゃ泣いてしまいそうだ。ヤナギとスターチスは既に涙目である。いつ決壊してもおかしくはない。それほど涙が溜まっている。
「ヤナギ様とスターチス様も故郷では殆ど大人として扱われる御歳の筈でしょう? 年端も行かぬ子供でもないでしょうし。あ、子供でしたね御2人は。すいませんね私、大人気ないかもですね。きっと子供には難しい話しだったのでしょう。とても簡単な説明だったと思いますが御2人には理解してもらえなかったのですね」
冷たい微笑み。決壊、2人は泣いた。滂沱の如く涙を流した。
「さて、カイル様」
「・・・はい」
2人の息の根を止めたコーラルが俺に視線を向ける。綺麗な笑顔だ・・・目が笑っていない事を除けば。
そして俺、俺達3人の首に彼女の言葉の刃が振り下ろされる。俺達にそれを回避する手段も権利もない。ただ粛々とその身に受けるのみである。
「いいですかカイル様。確かに訓練所とはギルドが個人的に私設し開放している場所です。そこでは多くの冒険者様に力や技を磨いて戴き、実力と生存する為の能力を伸ばしてもらって戴こうと考えています。つまり1人の物ではないのです、皆様の物なのです訓練所は。ですからそこには守らなければならない礼儀と規則があるのです。『聞いていますかカイル様? 大事な所ですよ』。仮に1人の者がこの訓練所を我が物顔で使い、周りの迷惑も考えず厚顔に振舞い、他の冒険者様が満足のいく訓練が出来なかったらどうなると思いますか? 最悪、依頼先で不測の事態に遭遇し、大切で大事な命を落とされる可能性があります。『ヤナギ様スターチス様、泣いてばかりいないで頭に入れてくださいね』。今回チームシエスタが訓練所にもたらした被害により、一時的に修繕による時間を取る事になってしまい他のご利用して戴いています冒険者様の皆様に多大な御迷惑を掛ける事態となりました。という事は普段していた筈の訓練が積めなくなり、先程言った不幸な事故が現実に起こりうる可能性が出てしまったという事です。人材は貴重なのです。それは例え突出し、極めて優秀な者であっても理不尽に奪って良いモノではありません。『御三方、人の話を聞く時は相手の目を見る様に教わりませんでしたか?』。ギルドとは他者と他者が手を取り合い、助け合う事を端に発した互助組織です。1人では出来ない事を大勢の力で助け、そうした1人が大勢の中の1人になり、また誰かを助ける。そうしてこれまで進んできた組織なのです。独善的な者とは病巣に似ていますね、小さな一つであるのに周りに影響を及ぼし遂には宿主さえ殺めてしまう。『カイル様とヤナギ様とスターチス様はそんな病巣ではありませんよね? まさかそんな周りの罪にない人達の迷惑も考えない死んでも気にしない、そんな病巣の様な方達ではありませんよね?』」
彼女は断罪の剣を振り終え、罪人だった者達がその心を入れ替えたのか確かめる為に、笑顔でこの場を制圧するかの様に最後に問いただす。
「「「ごめんなさい!! 自分達が悪かったです!!!」」」
ギルドの中で俺達の謝罪の声が響き、コーラルが許しを出す事によって今回の件は終わりを迎えた。俺達3人は今後コーラルを怒らせるような事は絶対にしないと心に誓った。