第8話 使徒・前編
ノートスの町まで、馬車で三時間程だろうか。
異常を報せる、ノートスの町からの黒い煙。
はやる気持ちと裏腹に、馬車のスピードは遅く、歯がゆい気持ちが全員に蔓延する。
「馬車が遅くて悪いな」
「荷物を積んであるので仕方ないのですよ、ターナーさん。あの煙の方角、ノートスの町で間違いないのですね?」
「間違いない。俺は何度も商品の取引で訪れているからな」
一時間くらい馬車で進んだ平原に、大勢の人達が集まっていた。服装を見る限り、農民や平民に商人、それに兵士もいるな。
皆の顔は恐怖で怯え、憔悴している様子。
怪我をしている者も多く、これは只事ではない。
「ターナーさん、この人達はもしかして……」
「あぁ。ノートスの町の住人だ。知ってる顔が何人かいるな。ちょっと待ってな、事情を聞いてくる」
見知った人物を見つけたターナーは、急いで駆け寄った。
数分後、青ざめた顔のターナーが戻ってくる。
「クリス、大変だ! ノートスの町が、火の厄災の使徒に襲われたみたいだ」
「厄災だって……」
確か、火、水、土、風を司る、四体の化け物。
世界中で、自由気ままに暴れている奴らだよな。
使徒って事は、火の厄災の手下なのか。
「これではノートスの町に近付けないな。クリス、依頼はここまでで十分だ」
ターナーの顔色が曇る。
「ターナーさん、まだ終わってませんよ。俺がノートスの町に行って、退治してやりますよ」
「クリスが! いや、危険だ。相手は破壊だけを楽しむ化け物だぞ」
「任せて下さいよ、こう見えて結構強いんですよ」
「知ってるよ……止めてもダメそうだな。いいか、無理だけはするなよ」
クリスは、こくりと頷く。
「クリス、ボクも行ってもいいよね?」
敵は厄災の使徒を名乗る危険な相手。緊張しているものの、シャノンは覚悟を決めた顔をしている。
「勿論さ。シャノンは俺の相棒だから」
「!? ありがとうクリス」
シャノンは断られると思っていたのか、クリスの了承の言葉に一瞬驚く。受け得れてもらえ、嬉しさが込み上げてくる。
(ボクはクリスの相棒なんだ……よし、頑張るぞ)
シャノンは、気合を入れた。
ノートスの町までは、馬車だと二時間くらいかってしまうな。
そういえば、今なら馬車より早く着ける動物を所持しているじゃないか。
召喚魔法でグリフォン二体を召喚すると、クリスとシャノンはグリフォンの背中に乗って飛び立った。
いざ、ノートスの町へ。
黒い煙を上げる住宅。
既に、ノートス町の半分が燃え尽きていた。倒壊している建物や、火事で煤けた家々が痛々しい。
火の手は、まだ無事な建物にも迫っていた。
まだ燃えている所に、上空から水魔法を使い消火活動をする。燃えている所に水が懸かると、黒い煙が白い煙へと変わっていく。
「ねぇ、あれを見てよクリス」
シャノンが指差す方向に何かがいる。
町の中心部だ。
グリフォンに命じて、ゆっくり降下した。
地上に降りると、待ち構えていたような様子の二体。クリスとシャノンは、敵になるであろう二体と対峙する。
一体は手の長い赤毛の大猿。
体長は二メートルくらい。ロングソードと、腕には籠手を装備している。魔物のデビルモンキーに似ているが、毛色は黒色だったし、手も人間と同じ長さだったはず。
火の厄災の使徒だから変化したのか?
もう一体は赤い骸骨。
体長は赤毛の大猿より低い。魔術師ローブを、身に纏い、手には魔術師の杖を持っている。この魔物は、ウィッチスケルトンに似ている。
こいつも火の厄災の使徒だから赤いのだろう。
「お前達がこの町を襲ったのか?」
クリスが二体に尋ねたら、赤いスケルトンの口が開く。
「お前とは失礼だぞ、我が名はガロ、そして隣にいるのがモロだ。人間よ、町を襲うのに何か問題でもあるのか?」
「大ありだね。放火は犯罪だ」
「たかが人間風情が、火の厄災フレイヤ様の使徒である我々に意見するのか!」
「意見するに決まっているだろ。何でこんな事をした?」
クリスの問いに、ガロだけが笑い出す。
モロは表情一つ変ない。無口のようだな。
「フレイヤ様のご意志だ。我々も破壊を楽しんで来いとな」
「とんでもないクズ野郎なんだな、そのフレイヤとか言う奴は」
「人間がフレイヤ様を侮辱するのか!」
激昂するガロ。二体から殺気が漏出す。
その殺気を感じ、シャノンは剣を抜く。
「シャノン、その赤毛の大猿を頼めるかい」
「任せてよ、ボクはクリスの相棒だからね」
クリスに頼られたシャノンは、高揚していた。
不思議と、力が湧いてくるような感じがするのだ。剣を握る手に、より力が入る。
シャノンとガロ、クリスとモロ。
対決の構図は出来た。
「人間ごときが、我々と勝負するつもりか? 面白い、かかってくるがいい!」
「そうかい。じゃあ、遠慮なく……」
驚異の身体能力で、ガロの所まで近付く。
一瞬で目の前に近付いたクリスに驚きつつも、ガロは魔力障壁を出した。クリスは魔力障壁で守られているガロを、殴って遠くまでぶっ飛ばす。
「シャノン、行ってくるよ」
「うん。頑張ってね、クリス」
クリスは、遠くにぶっ飛ばしたガロを追った。
仲間が飛ばされたのに、モロは一言も喋らない。無言のままで剣を構え、こちらの動きを注視している。
モロは中段の構えから、一歩、二歩とシャノンに詰め寄る。
ガギン、と剣と剣がぶつかる音。手が長いモロの攻撃を、シャノンは防ぐ。
シャノンは反撃するが、常人より長い手の為、モロとの間合いが遠い。攻撃が届くまで時間があるモロは、相手の動きをよく見て籠手で攻撃を防ぐ。そこから直ぐに反撃。
一旦離れるシャノン。
「ダメだったか。リーチがあるから、もっと踏み込まないと」
ズンズンと距離を詰めて来るモロ。
思っていたより伸びてくる剣。
特に、長い腕からの突き刺しは驚異だ。鞭のようにしなる攻撃に、傷が少しずつ増えていく。モロはスピードもあるから、シャノンは防戦が続く。
「この敵、強いな。ボクはクリスから頼まれたんだ。負けるわけにはいかないよ」
シャノンは、腕力の身体強化を更に高める。
モロの突き刺しを上手くかわす。
上段の構えから攻撃を仕掛けた。籠手で防ごうとしているので、籠手目掛けて斬る。
『獣心流 滅竜斬り』
また籠手で防ごうとするが、今度の一撃は違う。防いだと思っていたら、籠手ごと斬られている。
滅竜斬りは、硬い鱗を持つ竜相手に編み出された技だ。使い手にもよるが、竜の首を切り落とす威力がある。
「……」
モロは無言で、自分の左腕を見た。
左腕の手首は無く、夥しい量の血が吹き出している。左手に力を入れると、筋肉が盛り上る。
「まさか、筋肉で無理矢理止血するつもりなの」
そのまさかで、左手首が筋肉で盛り上ると血は止まっていく。血が止まると、失った左手首の様子を確かめた。
そして剣を構えると、何事もなかったかのように攻撃して来る。
「くっ……痛みを感じないのかな。手首を切り落としても、顔色一つ変えないなんて」
本気になったのか、モロの手数が増えた。
突き刺し以外にも、腕をしならせる攻撃。鞭のような腕が、上下左右から斬り掛かって来る。
攻撃を防ぎつつ反撃を試みるが、懐に入るのが難しい。不用意に近付くと、相手はバックステップで距離を取り、カウンターを繰り出す。
攻撃の決め手の無いまま、シャノンの切り傷は少しずつ増えていく。
「はぁ、はぁ……もっと速く斬らないと」
疲れが溜まり始める。
今の動きより、更に速く動かなきゃ。
そうなると、あの技を使うしかないのか。
でも成功した事のない技。一度使うと体に負担が出て、暫く動けないかもしれない。
考えている時も、敵の攻撃が止むことはない。
迷っている暇はない。呼吸を整え、余分な力を抜く。
『獣心流 縮地斬り』
周りの景色がゆっくり見える。モロの突き刺す攻撃は遅く、ロングソードの横をすり抜けた。一瞬で懐に入る動きは、モロには反応出来てないのであろう。
防御もバックステップで回避する動きを見せない相手に、シャノンはがら空きの胴体を水平に斬った。
モロが気付いた時には、自分の上半身と下半身が二つに別れていた時だった。何が起きたのか理解は出来ずに意識がなくなる。
「勝った、ボクが勝ったんだ!」
その場に座り込むシャノン。
縮地斬りは、速さを何倍も高めて攻撃する技。当然足の負担は大きく、シャノンの足の筋肉は幾つか断裂していた。
「う~っ、足が痛いよ。やっぱり負担の大きな技だったね。もっと練習しないといけないや。クリスは大丈夫かな……」
クリスの事が気になる。
シャノンは、ふらつく足取りでクリスの元へ向かった。