第4話 現在の世界
「クリスさん、シャノンは15歳になりました。大人の仲間入りしたシャノンは、幼い時から外の世界に行くことを、希望していました」
この世界では、15歳から成人だ。
獣族のミリル村では、成人になると二つの選択肢が与えられる。
一つ目はミリル村に残って生活する。
二つ目はミリル村を出て、外の世界へ行って生活する。
「俺と、一緒でいいんですか?」
「はい。これは私共の希望であります。もちろん、クリスさんが邪魔になると仰るなら、シャノンは一人で旅立たせます」
村の人達の親心だろうな。
心配だから一人で旅立たせるよりも、俺と一緒に行く方が安心するのか。
えらく信頼されているな。
だからこそ、
「もしも、俺が悪人だったらどうします?」
村長のガルシアは、ピタリと動きが止まった。
そして、俺の目を見る。
「目を見たら分かりますよ、クリスさん。貴方は、いい人だ。だから貴方に頼みたい」
ガルシアが頭を下げた。
これは断れないよな。
「分かりました。俺でよければ一緒に行きます」
「ありがとうございます。早速シャノンに報告してきます」
凄い速さでガルシアは家を出ていった。
シャノンは愛されているんだな。
ガルシアが家を出ていって数分後に、シャノンと一緒に戻ってきた。
「クリス、ガルシアさんから聞いたんだけど、ボクと一緒に外の世界に行ってくれるの?」
「あぁ、シャノンさえよければ」
「本当にいいの?」
「うん。俺はいいよ」
「本当に本当に?」
「う、うん。いいよ」
「ありがとう! クリスと一緒に外の世界に行けるなんて、ボク嬉しいよ」
シャノンは抱き付いてきた。
大きい胸が押し当てられる。それに、いい匂いもする。
美人に抱き付かれて、クラクラしそうだ。でも、久しぶりの温もりは、暖かいんだな。
この世界に転生したけど、この世界の事を何も知らない。
俺はガルシアさんから、簡単にだが世界の事を教えてもらった。
戦慄の魔王が倒されてから、1015年が経過していた。
神王暦1015年。魔王を倒した年に、新しい暦になった。
広大な中央大陸には四つの大国がある。
北には、ニルバーナ経済連合。
東には、リオン帝国。
南には、魔国連邦。
西には、アテナ聖教国。
中央部には中規模、小規模の国々が多数ある。
大国は領土拡大の為に、中央部の国々と戦争しているようだ。
そして四つの大国以外に、強力な力を持つ者がいるらしい。
四体の厄災。
火、水、土、風。魔法の四大元素を司る者。
四体の厄災が神なのか、人なのか、竜なのか、それとも魔物なのか、分からないのだ。
分かるのは、圧倒的力を持つ四体が存在し、世界を荒らしている事だ。
一時期は魔王討伐の為に、協力し合っていた国々なのに、未だに平和ではないのか。
切ないものだ。
今いるミリル村は、中央部にある小国、ギリアム王国の領土内にあるそうだ。
この地域には戦火が及んでいないが、盗賊や奴隷商人等が増えているらしい。
本当に物騒な世界だな。
出発の準備も、ようやく終わった。
シャノンの両親から挨拶された。美男美女の両親で、「娘をよろしくお願いします」と。
俺は大きく頷き、返事した。
村人総出のお見送り。
シャノンは両親と抱き合い、しばしの別れを告げる。
一度村を出たら、帰れないと思っていたけど、これは俺の勘違い。何時でも村には帰って来れるらしい。それを聞いて安心したよ。
「では皆さん、行って来ます!」
大勢の村人達に手を振る。
村人達からは、シャノンを激励する声が多数聞こえる。シャノンも手を振り、その声に応える。
これから、新しい冒険の始まりだ。
昼過ぎには、バルトラ森林を出れた。
シャノンの様子は、落ち込んでいるのかと思っていたけど、元気一杯だった。外の世界で冒険出来ると、ワクワクしているのだ。
バルトラ森林を出ると、街道が通っていた。その街道に沿って歩けば、目的のリッセルの町に行けるようだ。
先頭を元気に歩いていたシャノンが、クルリと振り返える。
「でも、勿体ないよね」
「シャノン、何が勿体ないの?」
「クリスの髪の毛だよ! 長い髪の毛で戦うクリスって素敵だったのになぁ」
「あぁ、これか」
俺は自分の髪の毛を触る。
ロングの金髪から、ショートボブの金髪になり、髪の毛は短くなった。
「短い方が、いいと思ってね」
「ふーん、そうなんだ。でも短い髪のクリスも素敵だよ」
「素敵か……ありがとうシャノン」
誉められ、柄にもなく照れてしまった。
俺も、まだまだ若いのかね。
「所でシャノン、奴隷商人達はどうなるの?」
「あいつらは、近くの冒険者ギルドに送るよ」
「冒険者ギルドに?」
「そうだよ。冒険者ギルドは中立組織だから、犯罪者の引き渡しもしてくれるんだよ」
「便利なんだね、冒険者ギルドは」
言わずと知れた冒険者ギルド。
魔物討伐依頼や魔石の素材採取依頼、幅広い依頼を出している中立組織。
どの国にも冒険者ギルドがあり、大国の影響も受けないらしい。
そんな組織なら、奴隷商人達を引き渡しても大丈夫そうだな。
リッセルの町が見えてきた。大きい町ではないが、素朴そうで田舎の町って感じだ。
遠くからでも、見て分かる建物は、中世ヨーロッパの建物に似ている。町を囲むような壁は無く、この辺りが平穏なのだと感じた。
が、それは間違いだった。
町の入口まで来ると、木で作った柵が設置されている。その周りには、武装した人。
人数は五人。銅の鎧と剣を装備しているが、兵士ではなく、恐らく町の住人なのだろう。
「そこの女二人、止まれ!」
ぐっ、髪を切ったのだが、やはり女性に見えてしまうのか。
「リッセルの町に、何の用だ?」
威圧する表情で、武装した住人が聞いてきた。
「旅の途中で、この町に寄りました」
「そうか……悪いことは言わない。直ぐに、ここから離れなさい」
俺とシャノンは顔を見合わせた。
二人とも不思議そうな顔をする。
「何故ですか?」
「この町は、魔物に襲われているんだ」
魔物が町を襲うのか。厄介な存在だ。
「どうして魔物が、町を襲っているのですか?」
「近くに湿地帯があるのだが、その湿地帯に魔物が住むようになった。この町には、食料目当てで襲っているんだ」
「因みに、どんな魔物なんですか」
「リザードマンだ」
リザードマン。
蜥蜴の魔物。鱗は固く、腕力もある。二足歩行で行動し、剣や槍や盾を装備する事で更に強くなる。
魔物のランクはゴブリンよりも上で、Dクラスの下位。
「王様の所まで使いをやって、兵士を連れて来るように頼んでいる。兵士達が来るまで、この町に滞在しない方がいい」
住人は、こう言っているが困っているはず。
ここは、人助けだな。
「そのリザードマンは、俺が倒します」
「何だと!」
住人の驚く顔。
そりゃあ、当然の顔だよな。
「ボクも手伝うよ」
シャノンが手を挙げる。シャノンと共闘なら心強い。
「ちょっと待ってくれ。気持ちは嬉しいが、女性二人に任せるのは危険だ」
「いや、銀髪の女性は獣族の剣士だ。もしかしたら大丈夫かもしれない」
もう一人の住人が来て言った。
「確かに、獣族の剣士なら……君達、取り敢えず町長に会ってくれ。話はそれからだ」
そんなわけで、俺とシャノンは町長の所に案内された。
「初めまして、町長のマルビットです」
挨拶してくれたのは、恰幅のよい中年男性。
俺とシャノンが、リザードマン退治を買って出ると、マルビットは諸手を挙げて喜んだ。
「それでマルビットさん、町の様子はどうなんですか?」
「住人は、家に閉じ籠ってます。この前のリザードマンの襲撃で、住人にも多数死傷者が出ています」
「早めに解決しないといけませんね」
「そうなんですよ。リザードマンは、明日襲ってきそうな気配です。クリスさん、シャノンさん。この町を救って下さい」
「任せてください」
「お願いします」
マルビットは両手でクリスの手を握る。
その手は、期待を込めるかのように力強かった。
マルビットの計らいで、町の防具屋で装備を整えれるようになった。
しかも無料で。有り難いことだ。
防具屋に来たのは初めてだ。
全身甲冑や上半身だけの鎧。片手用の盾や、全身が隠れそうな大きな盾。派手な兜、籠手にローブ。
それらの品々を見ていると何故か、ワクワクするのは俺だけだろうか?
いや、シャノンも興奮していたよ。外の世界に憧れてたから、そりゃあ仕方ないよな。
ぴょんぴょん、飛び跳ねている姿は可愛かった。俺も飛び跳ねていたのは、黙っておく事にしよう。
クリスが選んだのは、魔術師ローブとブーツ。
一度着てみたかったんだよね。
駆け出しの魔術師が着るようなローブなので、防御力は期待できない。
シャノンは、いろいろと試着した結果、動きやすく軽い装備を選んだ。
鉄の強度と、同程度の強度がある生地を使った服と、ショートパンツ。後は、履くと少しだけ速さが上がるブーツを装備した。
「クリス、魔術師ローブ似合っているよ」
「シャノンが褒めてくれるなら、魔術師ローブを選んで良かったよ。シャノンの装備も似合ってるよ」
「そ、そうかな。ボクもクリスが褒めてくれると、今の装備を選んで良かったよ」
照れ屋さんのスイッチか入り、シャノンはモジモジしている。この後景、和みます。
シャノンの剣は鋼の剣。
この町の武器屋に置いてある武器よりも、いい武器な為、新たな武器は購入しなかった。
俺は魔法を使うので、暫く武器は必要無い。
見張りとして、ミノタウロス二体を召喚。
住人達を驚かせてしまったが、俺の召喚魔法だと説明。更に命令を聞いてくれる事が確認されて、ようやく住人達は落ち着いた。
明日になれば、リザードマン退治。忙しくなりそうだ。