第3話 ミノタウロス
神話にも出てくる怪物、ミノタウロス。
大きな体格で、大斧を装備している。
攻撃力は高く、多少傷を受けても体は大きいので、耐久力も高い。スピードはそれほど速くないので、攻撃をかわしつつ倒すのが一般的らしい。
魔物にはランクがある。
E、D、C、B、A、Sの六段階。
ミノタウロスは中間のCクラスの下位扱い。
ミノタウロスが一歩踏み出すと、ズンと地面を踏む音がする。大きな体格と大斧を軽々と持てる腕力、実際目の当たりすると、威圧感がビリビリと伝わってくるようだ。
「さっきは助けてくれて、ありがとう」
むくりと起き上がったのは、狼耳の女性。
先ほど、ミノタウロスの斧攻撃で、瞬間移動を使って助けたのだ。
「急に押し倒してゴメンね」
「気にしないで。クリスのお陰で助かったから」
早速、名前で呼んでもらった。
なんだか嬉しいものだ。
新しい名前だから、まだしっくり来ないが、徐々に慣れてくるだろう。
そう言えば、まだ狼耳女性の名前を聞いてなかった。
「こんな時になんだけど、君の名前を聞いてもいいかな?」
「ボクの名前はシャノンだよ」
「シャノンか。いい名前だね」
いい名前だと褒めたら、体をモジモジしながら照れだした。
どうやら、照れ屋さんなんだろう。やっぱり照れる仕草が可愛い。
と、和んでいる場合ではない。
ミノタウロスの巨体が、一歩ずつ近付いて来る。
「クリス気をつけて。このミノタウロスは上位種クラスだよ」
上位種クラス。同じ魔物でも強さが違う。
普通の魔物が進化したら上位種クラス、その上が王位種クラスとなる。
上位種クラスか。道理で、いい毛並みの魔物だと思ったよ。そうなるとランクは、Cランクの上位。
相手にとって不足なし。
ミノタウロスが投げた大斧を投げ返そうと思い、大斧が落ちている場所に行く。
二メートルはありそうな大斧を持ち上げる。
あら不思議、俺も片手で持ち上げれるようだ。
「クリスは凄い力持ちだね!」
軽々と大斧を持ち上げたクリスを見て、シャノンは目を丸くしている。
どのくらい大斧が思いか分からないが、俺が一歩進むと足が地面にズブリと、めり込む。大斧はそれなりの重量なのだろう。
「ほら、返すよ!」
大斧がゴオォォッと風を切りながら、大斧を投げたミノタウロスに飛んでいく。
「モオォォー!」
ミノタウロスは大きな叫び声をあげた。
どうやら大斧を受け止めようしたようだ。
しかし速すぎて受け止めきれず、右肩に突き刺さる。右肩は今にも、ちぎれる寸前。
『火弾』
即座に魔法を使う。
片腕がちぎれる寸前で、防御も出来ず直撃した。
火弾はあっという間に、ミノタウロス全体を燃え上がらせ、倒してしまう。
初級魔法でも、ミノタウロスは倒せるのか。
どこまで強いんだよ、魔王ってのは。
もう一体のミノタウロスが走り出し、クリス目掛けて大斧を振り下ろす。
「危ない!」
シャノンの声が森に響く。
ドーンと大きな衝撃音がしたが、クリスは瞬間移動の魔法で楽々とかわす。
その姿を見て、シャノンはホッとした。
クリスの居た場所は、大斧の衝撃で地面が陥没している。かなりの攻撃力。
ミノタウロスは、クリスに再度大斧を振り下ろす。
「ウモオォォ!」
気合いを入れるかのような大声で攻撃する。
『魔法障壁』
クリスは攻撃が達する前に魔法を使う。
ドーンと大きな衝撃音。
ミノタウロスの攻撃は光の壁に防がれている。
ブルブルとミノタウロスの腕が震える。尚も力を加えるようだが、光の壁はびくともしない。
魔法障壁は物理攻撃、魔法攻撃を防ぐ万能の盾だ。込める魔力に応じて、壁の強さが変化する。
瞬間移動でミノタウロスの背後に移動すると、初級風魔法を使う。
『風刃』
風の刃がミノタウロスを斬り裂いた。
名刀で斬ったような切れ味、頭と四肢はバラバラで、叫び声もあげさせずに倒してしまう。
「ふぅ、二体とも倒せたようだ」
辺りを見渡すが、この二体以外のミノタウロスや魔物は、いないようだ。
戦いの時に長い髪の毛がフワフワして気になる。やっぱり後で切らないと。
「凄い! 本当に凄いよクリス!」
シャノンは、いきなりクリスの手を握ると、ブンブンと上下に動かした。
「ほ、褒めてくれて嬉しいよ」
少し前までお互い戦っていたのが、嘘のようなテンションです。
「ボクが手助けしなくても、一人で倒しちゃうし凄いよ。それにクリスって美人だし、強いし。本当に凄すぎだよ」
シャノンの目は輝いていた。
しかし、「凄い」の言葉がやたら出てくる。興奮させ過ぎたのかもね。
それと、正さねばならない事が。
「えっとね、シャノン。俺は女性じゃなく男なんだよね……」
「えっ?」
急に動きが固まるシャノン。
「えっー! 男なの? だって、クリスはボクより全然女の子らしいし、美人だよ。髪だって長くサラサラだし、瞳だって綺麗な碧眼だよ」
興奮したシャノンの顔が、目の前まで近付いて、マジマジと見られている。
こっちが恥ずかしいじゃないか。
それにしても碧眼だって? 確かクリスティアナは赤い瞳をしていたよな。
クリスティアナの体なのに碧眼か。まだ完全体じゃないのが影響しているのか?
今は、どうでもいいか。
取り合えず、興奮しているシャノンを落ち着かせよう。
「興奮しすぎてゴメンね」
シャノンは申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「別にいいよ。気にしてないから」
「エヘヘッ。ありがとうクリス」
照れて頭を掻く仕草も可愛いじゃないか。
おっと、見惚れている場合ではない。
魔石を回収しないと。
倒したミノタウロスから魔石を二つ回収。
その魔石に魔力を注ぎ込む。
ゴブリン達の時より魔力を吸われるが、膨大な魔力を持つこの体には、まだまだ余力がある。
魔力を注ぎ込んでしまうと、魔石は砕けて消えてしまった。
「よし。試してみるか。シャノン、少し下がっていて」
「うん。でも何をするの?」
「フフフッ。まぁ、見ててよ」
シャノンはクリスの背後に移動すると、クリスの服を掴んで、見守る。
『ミノタウロス一号、二号召喚』
地面に魔方陣が出現すると、魔方陣からミノタウロス二体が出てきた。
「ミノタウロス! さっきクリスが倒したのに」
シャノンは剣を抜いた。
その顔は今にも斬りかかりそうだ。
「ちょ、ちょっと待ってよシャノン!」
飛び出そうとするシャノンを、慌てて止めた。
「でもミノタウロスが!」
「大丈夫だよ。あれは俺の召喚魔法たから」
「クリスの召喚魔法?」
魔物を倒した魔石から魔物を復活させて、召喚魔法で命令出来ることを説明した。
「召喚魔法を使える人って珍しいよね。そっか、クリスは召喚魔法も使えるのか。無詠唱で魔法も使っていたし。ボク、クリスに憧れちゃうな」
羨望の眼差しが眩しい。
手で、顔を覆いたくなるよ。
さすがに魔王の体ってのは言えないよな。
「シャノンだって凄いじゃないか。シャノンの剣術凄かったよ」
「そ、そうかな。クリスがそう言ってくれると照れちゃうよ」
あっ、シャノンの照れスイッチがオンに。
見てて、心がホッコリしちゃうよ。
それよりも、何だか視線を感じる。
視線を感じる方を振り向くと、ミノタウロス達が、じっとこっちを見ていた。
いけない。彼らを忘れていたよ。
ミノタウロスに命令出来た事を確認すると、大斧を持たせ魔方陣の中に戻した。
これで一段落だな。
これからどうしょう。
「ねぇ、シャノン。この近くに町はあるの?」
「あるよ。バルトラ森林を出て少し歩けば、リッセルの町だよ」
「町が近くにあるか……取り合えず、その町に行ってみるか」
「クリス、もう行っちゃうの? よかったらボクの村においでよ」
「いいのかい? でも奴隷商人の件で、よそ者とか警戒するんじゃないのかな」
「大丈夫だよ。連れていかれた子供達は、無事逃げてこれたから」
もしかして、俺が助けた子供達かな。
せっかくだから、お言葉に甘えるか。
「それなら、シャノンの村にお邪魔しようかな」
「やったー! おいでよクリス。ボクが案内するね」
手を握られグイグイと引っ張られた。シャノンの顔は笑顔だ。
元気な子だな。
シャノンに案内され、獣族の村に向かった。
忘れる所だった!
奴隷商人達を馬車の荷台に放り込んで、馬車に乗って獣族の村に向かった。
獣族の村の家は、ログハウスのようだ。
森の木で建てられた家が、何軒も建っている。井戸も完備されていて、なかなか快適そうな環境。
村の名前はミリル村。
ミリル村には大勢の獣族達が暮らしている。
あっちを向いても獣族、こっちを向いても獣族。どっちを向いても、モフモフの獣族さんばかり。
触りたくてウズウズするが我慢だ。
奴隷商人達を、ミリル村の村人に受け渡した。
村人が、捕まえたと思われる奴隷商人もいた。
人身売買しようとしていた連中だらかな、仲間も捕まっていて良かったよ。
シャノンの話だと、獣族の子供は、闇の市場で高く売れるらしい。それで奴隷商人自ら、誘拐しに来る事が多くなっている。
とんでもない奴らだな。
シャノンに案内され、村の中心まで来ると助けた子供達が寄ってきた。
子供達を助けたのがクリスと分かると、村人総出で歓迎され、その夜は歓迎の宴が開催。
俺が男だと教えると、子供達も村人達も驚いた。
そりゃあ驚くよな。俺も、自分の姿を見たら驚くのだから。
宴は、大勢の獣族達に囲まれ、モフモフも出来て幸せな夜でした。
朝になると村長のガルシア呼ばれたので、村長の家に向かった。
村長のガルシアは犬人族の男性で、とても威厳のある50代くらいの年齢だ。白髪で、がっちり体形は、一族の長として申し分ないだろう。
「おはようございます、ガルシアさん」
「おはようクリスさん。実はクリスさんに頼みがあるのだが、聞いてもらえないだろうか?」
ガルシアの表情は固い。
どんな頼みなのだろうか。やや緊張してきた。
「ガルシアさん、頼みとは何でしょうか」
「クリスさんは、リッセルの町に向かわれると聞きましたが」
「はい。出発の準備が終わり次第、リッセルの町に向かいます」
「そこでお願いです。シャノンを一緒に、連れて行って頂けないでしょうか?」
突然の村長の申し出に、ビックリしてしまった。