第2話 奴隷商人
言い争う声が聞こえたのは……あっちか!
俺は、走って聞こえた場所に向かう。
と、その前に。
「えーっと……ゴブリン達は後から付いて来い」
そう命令して走り出した。
ゴブリン達は黙って頷き、走り出す。
この体になって初めて走ったが、スピードが前世の俺よりも格段に速い。
まるで百メートルを、9秒代で走るアスリート並の速さだろう。
これでも、駆け足程度で走っているつもりだ。
まだまだ全力疾走では無い。
「凄いなこの体、パワーもスピードも桁違いだ」
走っている時の景色が、すぐに変わる。
遠くに見えていた木が、気付けばもう後方だ。
目の前に落ちてくる落ち葉も、既に後方で、まだ地面に落ちていない。
感じる風は心地よく、体に羽があるかのように体が軽い。
ゴブリン達の様子を見ようと思ったが、どうやら俺が速すぎて姿が見えなかった。
「速すぎたか。まぁ、後から追い付くだろう」
スピードは落とさず、そのまま走り続けた。
目的の場所に着くと、茂みに隠れて様子を伺う。
言い争っているのは男達だ。
馬車の周りには五人の男達がいて、何やら喚いているではないか。
「お頭、もう待てません! 早く行きましょう」
「まだ待て。他の連中も戻って来るかもしれない。商品は多ければ、多いほど良いからな」
隠れて話を盗み聞きしたのだが、こっちの世界の言葉は聞き取れるようだ。
お頭と呼ばれた男、見た目は40代。茶髪で目付きも悪い。体格は良く、顔に傷がある。
いかにも悪人ですよって感じ。
もう少し近付こうとしたが、小枝を踏んでしまい、ポキッと音がした。
「誰だ!」
お頭の声が森に響く。
これは、出て行くしかないな。
立ち上ると、男達の前に姿を現す。
「どうも初めまして。怪しい者ではありません」
精一杯の身ぶり手振りで、不審者じゃないとアピールした。
男達の様子は、ジロジロと俺を見ている。その目は値踏みするような目だ。
「これは、なかなかの上玉だな。胸は小さいが、この顔なら高値で売れるだろう」
「俺の事? 胸は小さいんじゃなく、男だ──」
俺が男だと説明しようとしたら、お頭の合図で手下達が俺を捉えようとした。
「いやらしい手で触るんじゃない!」
出来るだけ優しく、腹にパンチ打ち込む。
「グッハッ!」
宙に浮いた男は、腹を押さえて倒れた。
ピクピク動いているから、生きてはいるだろう。
「よくも仲間を!」
「悪いがお仕置きだ」
「可愛がってやる」
今ので手下共が、怒ったようだ。
手にはナイフや剣を持っている。
穏便に済ませたかったが、仕方がない。
「「ウオォォ!」」
攻撃して来るスピードは遅く、この男達は大したことない。
超人的な動きで、あっという間に男達を気絶させた。
「たかが女一人に、四人も倒されるとはな」
倒された手下達を見て、お頭は持っていた剣を鞘から抜き出す。
肩に剣を乗せ、ジリジリと間合いを詰める。
この男はそれなりに強いのだろう。
そんな事を考えていたら、遅れて到着したゴブリン達が現れた。
「チッ、こんな時にゴブリンかよ」
しかめっ面だが冷静に、俺とゴブリン達との間合いを確かめている。
相手の力量を確かめてみるか。
「ゴブリン達、その男に攻撃しろ!」
命令すると、ゴブリン達は男に襲いかかる。
男は、飛んできた矢を剣で叩き落とすと、ダガーを持ったゴブリンから倒した。
続いて、剣を持っていたゴブリンの攻撃を防ぐ。蹴りを入れてゴブリンの体勢を崩し、一刀両断する。後は弓矢のゴブリンを楽々と倒す。
倒されたゴブリン達は、霧散して消えてしまった。
せっかくゴブリン達を仲間に出来たのに。
仇は討つからな。
「さてと、次はお嬢ちゃんだぜ」
相変わらず俺を女性と思っている。
無理もないか。容姿はクリスティアナだし。
髪を短くしたら間違われないかもしれない。後で短くするか。
今は、戦いに集中せねば。
「かかってきなよ!」
「面白い! 女だからって手加減しないぜ」
挑発に乗った男が、剣を突き出し攻撃する。
攻撃をかわすが、突きは囮で隠し持っていた、ナイフで刺そうとする。
だが、この男の速さも遅い。
見え見えのナイフ攻撃もかわすと、優しくビンタした。
歯が何本か折れたが、生きているので問題無い。
手下達より強かったが、それでも俺とのレベルの差が、ありすぎたようだ。
そりゃあ魔王様だからね。
襲って来た五人を、縄でぐるぐる巻きにした。
もちろん縄は、魔力で作り出したよ。
この五人が何者なのかを確認する。
先ずは持ち物から。
気絶している男達の服を調べた。持っていたのは、お金が入った袋と、小物だけ。身分が分かる物は所持していなかった。
「おーい、起きてくれー」
何者なのか直接聞こうと思い、頬をペチペチと叩くが起きない。
「気絶させる前に聞いておけばよかった」
がっくりと項垂れたが、視線に馬車が映った。
「あっ! 馬車の中は、まだ見ていない」
すぐに馬車に駆け寄った。
馬車には馬が二頭繋いであり、大きめな幌付きの荷台がある。
荷台の中を見て驚いた。
中には、子供達がいるのだ。
それも、縄で縛られた状態。
子供達はブルブルと震え、怯えた表情で俺を見ていた。
敵じゃない事を説明して、縄をほどいてあげると、子供達は嬉しそうな顔になった。
「ありがとうお姉ちゃん」
「お姉ちゃん? うっ……まぁいいか」
子供達は全部で七人。それも普通の子供達ではない。
髪からは獣のような耳が、お尻には獣の尻尾があるではないですか。ネコ耳の子、キツネ耳の子、犬耳の子。これは獣族の子供ですね。
それにしても可愛い。モフモフしたい。そんな欲求が次から次へと出てきてしまう。
(いかんいかん。モフモフ好きの血が騒ぐが、今は状況確認だ)
欲求を抑え込み、子供達に話を聞く。
「どうして、縄で縛られたの?」
「僕達、奴隷商人に囚われたんだ」
「奴隷商人だって!」
人身売買か。
俺の事を高値で売れるとか言ってたのは、俺も売るつもりだったんだな。
売り渡しは、一年以上、十年以下の懲役だぞ!
ここは日本じゃないし、後でデコピンの刑だな。
子供達を荷台から降ろしてあげた。
怪我とかは無く、安心した。住んでいる村は、この森の中にあるらしい。
「本当に送っていかないでも大丈夫なのか?」
「うん。近くだから大丈夫だよ。助けてくれてありがとう、お姉ちゃん」
姿が見えなくなるまで見送った。
誘拐されたばかりで、見ず知らずの人物を、住んでいる村まで案内するのも難しいか。
もっと、モフモフを触ってみたかったが、今はやる事がある。
奴隷商人の尋問だ。
「おーい、起きてくれ」
揺するが、まだ気絶していた。
しょうがない、目覚めるまで待とう。
馬車の荷台に移動して、腰掛けた。
「見つけたよ!」
突然声が聞こえた。声のする方を見たら、怒った表情の女性が立っている。犬族の女性、いやあのモフモフ感は狼族だ。
年齢は10代後半。身長は俺より少し低いくらいだろうか。
ショートボブの銀髪から狼の耳が出ていて、お尻からモフモフ狼の尻尾。それからスラリと長い足、目はパッチリしていて、胸も大きい。
かなりの美人さんだな。
「観念しなさい、奴隷商人め!」
辺りを見渡す。俺しかいないよな。
奴隷商人達は木陰でお昼寝中だし。
「誤解ですよ。奴隷商人ではありません」
馬車の荷台降りると、誤解だと説明した。
「問答無用。ボクが成敗してやる!」
女性は、腰に携えた剣を抜く。
奴隷商人に激怒しているんだな。この調子じゃ誤解だと説明しても、聞き入れてくれない。
それにこの女性、助けた子供達の村の住人なんだと思う。
「いくよ!」
ロングソードを構えて飛び込んできた。
素早い攻撃だが、かわした。
「おっと! やるじゃないか」
奴隷商人のお頭よりも強そうだ。
剣を構えてからの、斬り込み。速いが、俺にはしっかり見えている。
この女性を傷つけないように勝つには、どうすればいい?
避け続け、疲れさせてみるか。
ヒラリヒラリと攻撃を避ける。
「うーっ。当たらないよ。なら……」
剣を持つ構えが変わる。
空気もピリッと変化した。
『五月雨斬り』
この攻撃、これは凄い。
一本しかない剣なのに、五本の剣が見える。これは同時攻撃だ。しかも五連斬り。
焦らず、魔法で対処してみるか。
手に魔力を集める。
『土壁』
目の前に土の壁を出現させた。
「さて、これはどうする?」
土の壁に、剣がぶつかる音が聞こえる。
すると、土の壁にヒビが入る。次第にヒビは大きくなり、バカーンと音をたて、土の壁は壊れてしまった。
「へぇー、凄いじゃないか君は!」
思わず拍手をすると、女性は照れだした。体をモジモジしてしまう仕草が可愛いかったが、すぐに剣を構えて正気に戻ってしまう。
もっと見たかったが残念だ。
構えはさっきの『五月雨斬り』の構え。
あれを使ってみるか。クリスティアナから教えられた魔法を思い出す。
「これで終わりだー!」
五連斬りが到達しようとした時。
『瞬間移動』
一瞬で女性の後ろに移動する。
消えた俺に驚いた女性は、辺りを確認する。後ろを振り向くと、くつろいでいる俺に更に驚く。
瞬間移動が使えるのは、半径50メートル。クリスティアナが居た時代でも、瞬間移動の魔法を使えるのは数人だけだったらしく、珍しい魔法である。
「どうしてボクの後ろに? 君は一体何者なの?」
何者。そう言えば、新しい名前を決めなくてはいけない。
この世界の名前なら、欧米風の名前だろうか。
体はクリスティアナだから……思いついた!
「クリス。クリス・ライオットだ。えっと……困っている人を助けるヒーローだ! 因みに、奴隷商人ではない」
「えっ? そうなの?」
おっ、どうやら分かってもらえそうな、雰囲気になったようだ。今が説明するチャンスかなと思ったが、ゴーォォッと風を切る音が聞こえた。
「危ない!」
瞬間移動を使い、女性を押し倒した。
その上を大きな斧が通りすぎていく。
二人とも無事だ。
顔を上げると、二体の魔物の姿があった。
牛の頭に人間の体、ミノタウロスだ。
体長四メートル前後はある大きな体。
初めて見る巨体だったが恐怖はない。
あるのは、こいつも倒して仲間にしてやるとの想いだけだよ。