第1話 魔王爆誕
暗闇だった世界に、だんだんと光が舞い込む。
否、暗闇の世界ではなく今まで眠っていたのだ。
少しずつ瞼を開けていく。
久しぶりに見る日の光は眩しく、また目を閉じてしまう。少しだけ開いた目から、辺りを確認する。
森だ。今いるのは森の中。
辺りを見渡すと、俺の背後には、とても大きな木があった。
幹は太く、根元や樹皮には苔がある。空高く伸びるその木は、樹齢千年は軽く越えるだろう。
立ち上がると、深呼吸をした。
都会では吸えない空気。
五感を研ぎ澄まし、森の空気を体に取り込む。体は軽く、心も癒されるようだ。
ふと、ある事に気付いく。
「あれ? 俺、裸です!」
道理で体が軽いはずだ。
見える範囲で自分の体を確認する。
手は前より細く、指は長い。足はスラリと長くツルツルだ。胸は無く男の胸。下は付いているようで安心した。髪は肩よりも長くサラサラ、手繰り寄せて見ると綺麗な金髪だった。
「本当に転生したのか……」
自分の体で確認して改めて思う。異世界に転生したという事実を。
さて、何か着ないといけない。
イメージして魔力を使う。
次の瞬間、イメージ通りの格好になっていた。
この世界でも怪しまれないよう、簡素な作りの服と靴。
「クリスティアナさんの説明通りだな」
転生する前に、幾つか教えてもらった。
魔王であるクリスティアナの魔力は膨大だ。
魔法は普通、詠唱しないと発動しないが、この体は無詠唱で使える。魔王様は触媒が無くても、服や靴程度なら問題なく作り出せるようだ。
「服も靴もあるし、この辺りを探検してみるか」
新たな力、新たな世界、不安もあるが、歩み出して行く。
森の中を歩くなんて何年ぶりだろうか。
新しい体で違和感があるが、一歩ずつ、確かに歩いて行く。
天気は晴れ。太陽の光が、木漏れ日となって森全体を照らす。歩くと、土を踏み込む音、地面に落ちている小枝が折れる音が、交互に聞こえてくる。
川も流れており水面を見ると、透き通る水。川の中には魚も泳いでおり、釣りをしたくなる気分だ。
綺麗な水なので、水面に映る自分の姿を見た。
「クリスティアナさんが、若くなったみたいだ」
水面に映るのは、凛とした顔付き。
長い髪の10代後半の美人な女性。
本当に自分の顔なのか触ってみた。
水面にはペタペタと触る自分がいる。間違いなく俺の顔だ。
そう言えば、魂が定着して成長するまで、15年かかるとか説明していたよな。と言うことは15歳なのか?
「違和感があるよな。こんな美人が魔王だなんて、誰が信じるだろうか?」
自分で自分の顔を褒めるのも恥ずかしいのだが、これは率直な感想だ。
綺麗な水なので、手で水を掬って飲んてみる。
「!? 美味しい」
水は冷たく、スッキリしている。蛇口から出る水みないに、カルキ臭くもなく、いくらでも飲めそうだ。
突然、後ろの茂みから音がした。
振り向くと、緑色の小人達がいた。これは漫画でも見た事がある。ゴブリンだ。
ゴブリンは体が緑色で、長い耳。体格は小柄だが、武器を装備出来る。魔物のランクは最下級で、弱い魔物の定番だ。
目の前に現れたのは三匹のゴブリン。
防具は革の鎧に、革の盾。武器はそれぞれ違い、弓矢、ショートソード、ダガー。
初めて魔物との遭遇。
心臓はバクバクと音が鳴っている。
前世でも体験した事があるのだが、この三匹から明確な殺意を感じる。
「そっちがその気なら、相手になってやる」
武器は持ってないので、両手を握りしめ、ファイティングポーズをする。
「グガアァァ!」
叫び声と共に、ダガーを装備したゴブリンが襲って来た。
俺は目を凝らして、ダガーの攻撃に備えた。
非常にゆっくりとした動き。
ようやく届いたダガーの攻撃を余裕でかわす。魔力で手を覆うと、軽いパンチをゴブリンの顔に叩き込む。
「ギツッッ!」
ゴブリンはブッ飛んで木にぶつかる。その衝撃で、木は折れてしまった。
「いっ! 軽く殴ってあの威力かよ!」
殴ったゴブリンはピクリともしない。
一発のパンチで倒したようだ。
弓矢のゴブリンが俺の隙をついて、矢を放つ。これまた、非常にゆっくり。
遅い矢を手で掴むと、そのまま投げ返す。
矢は凄いスピードでゴブリンの頭に刺さり、バタリと倒れた。
ゆっくりと見えてしまうのは訳がある。
それは、レベルの差だ。
圧倒的な魔力と身体能力をもつ魔王は、常人の攻撃など止まって見えてしまう。
「圧倒的だな。まだやる気かい?」
残ったゴブリンに告げるが、逃げる気配は無い。
どうやら、ゴブリンはやる気だ。
「ハァ……仕方がない」
ショートソードを装備したゴブリンは、剣を振り上げて襲って来る。
俺は右手に魔力を込めた。
『火弾』
右手から大きな火の玉が出現。
火の玉の大きさは、ゴブリンを呑み込む大きさ。
ファイヤーボールが当たると、一瞬で燃え上がり、丸焦げになった。
使った魔法は、初級の火魔法。
攻撃魔法は、火、水、風、土の四大元素が基本。その四つの中から組合せて、雷や氷等の混合魔法を使うことも出来る。
初級魔法は、もっと小さいと思っていたのだが……魔法を使ってみたら、予想より大きく威力もあり驚いた。
因みに魔王の体は、まだ本調子ではない。
クリスティアナとの会話を思い出す。
転生前の説明によれば、俺が転生しても完全体では無いらしい。
ある程度の魔法は使えるのだが、最高位な魔法はまだ使えないと説明していたよな。完全体になるには、二つ選択肢がある。
一つは、時間が経つまで、ひたすら待つ。ゆっくりとだが、自然に完全体になるのだ。ただし、数年なのか、数十年なのか、はたまた数百年なのかは、分からないらしい
もう一つは、自分でレベルアップしていく方法。戦う事で経験値が上がる。戦う以外にも特殊なアイテムで、レベルアップが出来るらしい。
もちろん俺が選んだの後者だ。
しかし完全体では無いのに、この力。
魔王とは恐ろしいね。
「さて、魔石を回収しますか」
魔物を倒すと、生物魔石が手に入る。
生物魔石は魔物の核となる部分で、人間の心臓みたいなものだ。魔物から回収出来る魔石の大きさは、手で持てるくらいの大きさ。
魔物を倒すと、魔石は体外に現れるため、魔物を解体して魔石を取り出す必要は無い。
魔石には力が秘められていて、魔導具に使用して性能を上げる事が出来る。その他にも魔石は使えて、使い道は多岐にわたるのだ。
魔石の入手方法は魔物を倒すか、自然に出来る自然魔石を探すかだ。自然に出来る魔石は、鉱物に含まれていたり、土に埋もれていたりするらしい。
俺はゴブリンから魔石を回収する。
いい魔石だと高値で売れるらしいが、ゴブリン程度なら二束三文だ。
だけど魔石を売るつもりは無い。
利用目的があるのだ。
それは、魔王特有の魔法『魔物召喚』だ。
魔石に自分の魔力を込めると、魔物が復活する。込める魔力は魔物のランクに影響するらしい。高ランクの魔物を復活させるなら、大量の魔力を消費してしまう。
ゴブリン三匹程度なら、最初の実験として十分だろう。
三つの魔石に魔力を込めると、魔力が吸われるのが分かる。
魔石が輝き出すと、砕けて消えてしまった。
早速、『魔物召喚』を試してみる。
『ゴブリン召喚』
魔方陣が地面に出現すると、先程倒したゴブリン三匹が出て来た。
裸のままで召喚されると思っていたが、簡素な服を着ている。
魔王の力で服も作ったのだろう。
「成功だな」
小さくガッツポーズした。
取り合えず装備は、倒したゴブリン達の武器を貰っておこう。
試しに、出現した魔物に命令してみる。
「一列に並べ!」
そう命令すると、ゴブリン達は綺麗に一列に並ぶ。
実験は成功だ。
かつて戦慄の魔王クリスティアナは、多くの魔物を統べていた。魔王軍と多種族連合との戦争では、クリスティアナの魔物の軍団は、列国に恐怖と絶望を与えていた。
そんな召喚魔法とは露知らず、実験成功を喜んでいるクリス。
喜んで、あれこれ命令を試していたら、森の奥から人の言い争う声が。
何やら事件が起きている気がする。静なかな森だと思っていたが、案外騒がしい森のようだ。