第17話 オークキング・後編
アスランが決戦に選んだ場所は全長一キロ、幅が三十メートルの崖に挟まれた隘路を選んだ。オークが進攻してくる隘路の入口付近には森もある。
狭い隘路の出口に、町の兵士と冒険者で固めて出口を塞ぐ。森は伏兵が隠しやすく、崖も一気に下れば奇襲に繋がるだろう。
クリス率いる召喚魔法の魔物部隊で、森からの攻撃と崖からの攻撃を担う。
一千対六千の勝負で、人間側の分が悪い。
兵士の質もそこまで良くない。
冒険者もAランクは五人、Bランクは二十人で、残りはCランク以下なので不安である。
クリス達の活躍が勝敗の分かれ目になりそうだと、アスラは考えていた。
「非常に残念だ。シャノンに、俺の勇姿を近くで見せたかったのに」
「別に見せなくてもいいよ。ボクのことより、全体の指揮をしっかり執ってね」
「任せときな。と、格好良く言いたいが、クリスの力が頼りなのは確かだ。よろしく頼む」
「頼まれてやるよ」
アスランがクリスの手を両手で握ると、サワサワと嫌らしい感じで触ってくる。アスランに「俺は男だよ」と教えるのが楽しみだな。
「俺達も、そろそろ配置につこうか」
「了解。森に移動するね」
一足先に隘路の出口に陣取ったアスラン達。
クリス達は崖側と森側の二手に分かれた。
崖側にクリスとゴブリンとユニコーンの部隊。
ゴブリンには弓を持たせ崖の上から攻撃。ユニコーンは崖を駆け下り攻撃をする。
森側にシャノンとリザードマンとオーク、それにミノタウルスと豹戦士が森に潜み伏兵とした。
空を飛べる魔物、グリフォンとワイバーンは、各自空から攻撃する。
準備は整った。後はオーク到来を待つだけだ。
「来やがったな。ソルト、準備を始めろ」
「はっ!」
アスランの指示でソルトが兵士達に命令を出すと、前列の兵士が大盾を構えた。
ずらりと奥まで続く六千のオークを見て、兵士の持っている武器が小刻みに震え出す。
その脳裏にあるのは恐怖。
オークを見慣れた冒険者達も同じ思いだ。
オークの先陣が予定位置を通り過ぎた所で、アスランが合図を出す。その合図で弓兵と魔術師が攻撃を開始した。
「始まったようだな」
崖の上から戦いの様子を見守るクリスが、ポツリと呟く。
オークの先陣は弓と魔法で削られていくが、まだ大勢いるので次々と人間達に向かって行く。
オークの槍が盾を持った兵士と接触した時、お互い近接戦が始まった。
兵士は盾で防ぎつつ槍でオークを突き刺す。時には剣を装備した身軽な兵士や冒険者と位置を交代しながら攻撃をする。
「そろそろ行くか」
クリスが合図を出すと、崖の上にいたゴブリン隊が弓矢を放つ。お次はユニコーン隊が崖の上から駆け下りて、オーク軍の横っ腹を食い破る。
突然の奇襲でオーク軍は混乱。その混乱に乗じてクリスも崖から下りて攻撃に参戦した。
『大火球』
大きな火球がオーク達を焼き尽くす。
上空からは、グリフォンとワイバーンが炎の息で攻撃していく。新たな加入したワイバーンは強いな。炎の威力がグリフォンとは違う。
逃げ場の少ない隘路なので、瞬く間に大勢のオークが炎に包まれる。
効果覿面だな。
クリスの圧倒的な魔法は、オーク達にとって脅威でしかない。狭い通路で放たれる、高威力の魔法を防ぐことも避けることも出来ない。
「あれがオークキングか」
視線の先には、体格が一回り大きいオークが。
仲間を押し退けクリスに近付き、特製の大槍をクリス目掛けて突き刺す。
『魔法障壁』
オークキングの槍は光の壁に阻まれ、ガギンと音がする。
怪力自慢のオークキングだが、何度槍で突いても光の壁を壊せない。力任せで攻撃を繰り返すが、やはり通用しない。
本能が告げていた、勝ち目はないと。
戦意を失いつつある敵に、クリスは魔法を放つ。
『雷撃』
雷がオークキングに直撃すると、持っていた槍をポトリと落し直立不動のままで息絶えた。
混合魔法である雷魔法の威力は強力だ。
オークキングを失い統率の取れなくなったオーク軍は、次第に瓦解していく。
森に潜んでいたシャノン達も頃合いを見計らって、オーク軍の後方を攻撃する。
前方の戦いに集中して後方を全く警戒していなかったオーク軍は、森から突然現れたらシャノン達の攻撃で、甚大な被害を被ってしまう。
アスランの目論見通り、クリスとシャノンのお陰で戦況は人間側に大きく傾いた。
「フッフッフ、俺の采配があってこそだったな」
「調子に乗らないで下さい、アスラン様」
キッと睨んだソルト。
「そ、そうだな、すまん。皆の力あってこその勝利だな」
直ぐに訂正して、歓喜を上げている兵士や冒険者を見つめる。その中心には、この戦いの立役者でもあるクリスとシャノンの姿があった。
クリスとシャノンがいなかったら危なかっただろう。皆がそう思うほど二人の活躍が凄かったのだ。
魔法でオークを圧倒したクリス、後方のオーク軍を壊滅させたシャノン。二人に協力を求めて良かったとアスランは安堵した。
「二人ともご苦労だったな。お陰でタルトの町が救われた」
「頼まれてやったからな。結果は出さないと」
「数が多かったけど、クリスの力なら大丈夫だとボクは信じてたよ。それと、悪いけどアスランの勇姿は見てないからね」
「そ、そんなー」
がっくり肩を落とすアスラン。
やれやれ、相変わらず残念な奴だな。
戦いに勝利したのはいいけど負傷者も多い。
てきぱきとアスランが指示を出し、負傷者を手当てしていく。思っていたよりも、優秀な指揮官だったか。
戦いが終わってタルトの町へ戻ると祝勝会が開かれた。まるで祭りが開催されたよう騒ぎっぷり。
無理もない、もしかしたら町が蹂躙されていたのかもしれないのだから。
「勝利を祝って、乾杯!」
「「「乾杯」」」
酒場ではアスラン主催の祝勝会が開かれた。
酒場は満席で、椅子に座れない者達は立ち飲みをして楽しんでいる。
「改めて礼を言おう。クリスとシャノン、この町を救ってくれてありがとう」
「困った時はお互い様だろ、アスラン」
「ふっ、確かにな」
クリスの発して言葉を聞いて少し照れくさいのか、お酒の入ったグラスを飲み干した。
「所で、クリス達はこれからも旅を続けるのか?」
「もちろん。まだ訪れていない国が多いからな」
「そっか……二人さえよければ、バルジール王国の重要な役職に勧誘しようと思ったが無理そうだな」
「まぁ、気持ちだけ貰っとくよ」
いい就職先かもしれないが、まだ旅を続けようと思う。もっとこの世界を知る必要があるからな。
「正直引き留めたいんだがな、二人とも好みだったから」
おっと、まだ女性と思われてたんだっけ。
「ゴホン! 実は言わなければない事がある」
「んっ? 何をだ」
「俺が男って事を」
「……えっ?」
暫く沈黙が続く。
「えっー!」
椅子から転げ落ちるアスラン。
この反応が見たかったんだよ。でも椅子から転げ落ちるなんて驚きすぎだよ。ギャグ漫画じゃあるまいし。
「クリスさんは男性だったんですか。私も驚きです」
話を聞いていたソルトも、ビックリした顔をしている。
それからアスランに質問攻めされた。
余程信じられなかったんだろう。
「マジで男なのか……」
テーブルに顔を埋めたアスランだったが、スッと立ち上がりシャノンの隣に座る。
「俺はシャノン一筋だからな」
「さっきまで落ち込んでたよね」
「はいはい、シャノンさんがまたしても嫌がっているでしょ」
ソルトがアスランの耳を引っ張って、シャノンから引き離す。やはりソルトは優秀な近衛兵だな。
その後もアスランが懲りずにシャノンを口説いたが、本気で拒絶したのでようやく諦めたようだ。
「はぁ、今日は失恋日だな……クリス、シャノンを頼んだぞ」
「何でお前が頼むんだよ。言われるまでもなく、シャノンは俺が守るさ」
フッと笑ったアスランは、再度クリスと乾杯し直すと、夜遅くまで語り合った。