第16話 オークキング・前編
タルトの町へと戻って来たが目に留まったのは、いつもと様子が違うタルトの町だった。
普段は軽装で町を守る衛兵なのだが、甲冑を身に纏い、槍や盾を装備した衛兵達の姿が見立つ。
まるで戦が始まるかのような雰囲気だな。
大通りでは露店を出していた商人が、馬車に荷物を慌てて詰め込んで町を出ようとしている。その数は一台だけではなく数十台にも及ぶ。
「二人ともここに居たのか、探したぞ」
大通りで声をかけてきたのはアスランだ。
「町の様子が変だけど何かあったのか?」
「その事で話があるんだが、二人とも俺に着いてきてくれ」
アスランの後に着いて行くと、たどり着いたのは衛兵隊の詰所。慌ただしく動き回っていた衛兵達だったが、アスランの姿を見ると足を止め敬礼した。
通された部屋はシンプルな内装で、中央にテーブルが一つあり、そのテーブルの上には地図が広げてある。
部屋の中には屈強な衛兵の男性が一人と、女戦士のソルトがいた。
「早速だが、クリスとシャノンに聞いてもらいたい話があるんだ」
アスランが、テーブルの上に置いてあった地図に指差を指す。
精巧に描かれている地図の中央にはタルトの町があり、その西に黒くて小さな物が置いてある。
「これはタルトの町周辺の地図なんだが、西からこの町に目掛けて魔物が迫っている。その数は、およそ六千」
「六千も! 通りで町全体の様子が変な訳だよな」
「ボクの居た村でもゴブリンが集まった時があったけど、それでも二百くらいの数だったよ。六千の魔物は異常だね」
クリスとシャノンの表情は険しくなる。
重苦しい空気の室内で、アスランが口を開く。
「二人に頼みがあるんだが聞いてくれるか」
「魔物退治に協力してくれって頼みだろ」
「……その通りだ。協力してくれるか?」
クリスはシャノンを見たら黙って頷いてくれた。意思の疎通はバッチリだな。
「俺もシャノンも協力するよ」
「本当か! クリス、シャノン、恩に着る」
アスランが頭を下げると、部屋に居た屈強そうな衛兵とソルトも頭を下げた。
「ところでアスラン、お前は何者なんだ」
敬礼をする衛兵達が気になったけど、まさか貴族だったりするのか。
部屋に居た皆の視線がアスランな注がれる。
「今更隠す必要も無いか。俺はバルジール王国の国王であるフランク・テオドールの息子、アスラン・テオドールさ」
キリッとした顔で語ったアスランに、クリスとシャノンは目を丸くして驚いた。
貴族じゃなく王族なの?
「何かの間違いだろう」
「とてもじゃないけど信じられないよね」
「お、おい二人とも、本当に俺は王子なんだけど」
信じられない面持ちの二人に、アスランが必死に訴え掛けた。さっきはキリッとした顔だったが、今は情けない顔をしている。
「その人は一応王子様ですよ」
助け船を出したのはソルトだった。
アスランが王子だとしたらソルトはもしかして。
「ソルトさんは王宮勤めの人ですか?」
「はい、私は近衛兵をしていました」
「なるほど、護衛役でアスランの側に付いていたんですね」
「おっしゃる通りです」
本当に王子だったんだな。何かの冗談だと思っていたんだけど。見聞を広めるために、一時的に冒険者になったそうだ。
ソルトの話で真実味が増したので、アスランの顔はドヤ顔をしている。軽く苛立つが今は我慢しようじゃないか。
屈強な衛兵、タルトの町衛兵隊長タルカスから状況を教えてもらった。
タルトの町へと向かっているのはオークの軍勢で、率いるのはオークキングら。
希に誕生するオークキングはオークの最上位種で、並のオークよりも体格が一回り大きい。
強さはBクラスの上位。
バルジール王国はオークの生息が多い国として知られているが、オークキングが六千も率いるのは前例が無いらしい。
オークは進攻上にある村を略奪をしながら進んでいて、既に三つの村が犠牲になってしまった。
これ以上の犠牲は、なんとしても止めなくてはいけない。
現在タルトの町には四百人の兵士がいる。
冒険者ギルドにもオーク退治の依頼を出し、冒険者百人が加わった。合計五百人でオークに挑む。
戦法は籠城戦か、向かい討つか。
タルトの町は籠城戦には向いていない。
その理由は町を囲む塀の高さ。町の塀は四メートルの高さしかない。
オークは、木と蔓を使って梯子を作るなんてお手のもの。梯子を使って塀を乗り越えるのは造作もないこと。
十メートルを越える塀ならば、梯子を登ってくるまで時間があるので弓で攻撃しやすいが、四メートルだとあっという間に乗り越えられてしまう。
「なので籠城戦はしない。町から離れた場所でオークを向かい討つ」
タルカスの説明に、捕捉するようにアスランが言った。
救援の要請も出してある。
バルジール王国南部領の兵士三千が、進軍しているそうだ。
「救援の到着が五日後、オークの到達が三日後。二日堪えれば救援が間に合うが、クリスとシャノンがいるのなら勝ったも同然だな」
「楽観しすぎじゃないか」
「そうか? 純粋に評価した結果さ。シャノン、期待している」
シャノンの手を握り微笑むと、急かさずソルトがアスランを引き離す。
「ほらほら、シャノンさんが嫌な顔をしているでしょ」
「お、俺の安らぎが~」
ズルズルとソルトが引き離していく。
バルジール王国の近衛兵は優秀だな。
これからの準備も必要なので、一先ず宿屋で借りている部屋に戻った。
宿屋に停まっているのは冒険者のみで、商人や観光客の姿は一人もいない。
町の住人も半数は避難している。
冒険者の宿代と飲食代は、バルジール王国が支払ってくれるそうだ。
命懸けの仕事だから、これくらいの配慮はあってもいいかな。
「六千のオークか……シャノンは恐くないの?」
「不安はあるけどクリスと一緒なら恐くないよ」
シャノンの信頼がひしひしと感じる。有り難いことです。
戦力は、こちら側が五百、敵は六千だった。それにクリスの召喚する魔物が加わる。
ワイバーンが三体。
豹戦士が二体。
ミノタウルスが二体。
グリフォンが二十体。
リザードマンが八十体。
オークが九十体。
ユニコーンとゴブリン、合わせて約三百体。
合計約五百体。
これで合計は一千、多少は縮まったかな。
町の兵士にもピンからキリまでいる。実戦経験のある兵士なら安心するが、兵士になりたての新兵だと不安が募ってしまう。
即席の集団が、どの程度通用するかは不透明だけど、なるべく犠牲は少なく済みたいな。
そろそろ、アスランが来る頃か。
時計を見たら約束の時間五分前。
ドアをノックする音が聞こえた。
「入るぞ」
「いや、ダメだ!」
「ちょっ! 約束してたよな」
「知らん。帰ってくれ」
追い返したが、懇願されたので部屋へと入れてしまった。部屋へ入れるのが早かった。もう少し粘ればよかったかも。
と、イタズラはここまでにして本題へと入る。
彼がここに来たのは、戦の概要を伝えるため。
「作戦の指揮は俺が執ることになった」
「アスランで大丈夫かな」
心配するシャノンの意見、ごもっとも。
「案ずるなシャノン。立派な指揮官となった俺の勇姿を見届けてくれ」
「はぁ……これだからボクは心配するんだよ」
「指揮官はソルトさんの方がいいんじゃないか」
「クリスも案ずるな。大船に乗ったつもりでいてくれ。ハッハッハ」
豪快に笑っているが、大船じゃなく泥船に思えてきたぞ。
召喚魔法で五百体を従えれるとアスランに言ったら驚かれた。まぁ、そうなるよな。
当初の作戦では、タルトの兵士と冒険者の中から遊撃隊を組織するつもりだったが、遊撃隊はクリス達が引き受けることになった。
負ければタルトの町は蹂躙せれる。町を守るためにも、勝たなければいけないな。
明けましておめでとうごさいます。