第15話 温泉
「こっちが男性用の水着で、こっちが女性用の水着だよ」
オリーブ亭の女主人、フローラから渡されたのは温泉に入るための水着だ。
他の温泉宿は男湯と女湯に別れているのだが、オリーブ亭の温泉は大きな混浴だけ。
故に、水着着用が義務付けられている。
水着の貸し出しは無料。
男性用の水着はサーフパンツ。
腰から膝まである長さで、ゆったりした水着。
女性用の水着はビキニ。
胸と腰を覆う水着である。
「ここの温泉は混浴だけなんですか?」
「そうだよ。お客さん知らなかったのかい」
「はい、全く知りませんでした……」
しまった、これはリサーチ不足だった。
シャノンの初温泉が、混浴だとハードルが高いかなと思ったが、
「混浴ってことは、クリスと一緒に入ってもいいんだよね?」
「混浴だから男女一緒だよ。別々の温泉がいいなら、他の温泉に行こ──」
「ここがいい! ここの温泉に入ってみたいな……」
「それならここの温泉に入って、ゆっくり疲れを癒そうか」
「う、うん」
シャノンは、水着を握り締めて女性用の更衣室に入っていった。
俺も着替えるか。
その前にフローラに一つ聞かないと。
「フローラさん、俺が男だってよく気がつきましたね」
「私を見くびっちゃいけないよお客さん。何十年もいろんなお客さんを見続けてきたからね」
「なるほど、お見それしました」
流石は客商売している人だな。
いやはや、性別を間違われないってのは嬉しいものだね。
更衣室には、木造の大きな棚が二つある。
小さく区分けされた棚は、一つの棚で二十人分の衣類が置けるみたいだ。
服を脱いでると気になる物が目に留まった。
壁に貼り付けられている説明文。しかもイラスト付き。
読んでみると「相手の背中を流すと仲が深まります」と書かれている。イラストにもお互い背中を洗い合う絵が描かれている。
異世界でも日本に似た文化があるのだな。
露天風呂がある扉を開けると、そこには絶景が。
ポポロ山の雄大な自然が、見渡す限り広がっているのだ。
青々とした森、長くどこまでも続く川。
夕方の時間なので、紅く大地を染めていた。
「素晴らしい!」
思わず声が出た。
露天風呂も文句なし。
大岩をくりぬいて作った露天風呂は、二十五メートルプールがすっぽり入ってしまう規模の大きさ。
客はクリスとシャノンだけなので貸切状態。
これは疲れも吹っ飛ぶよ。
一人で感動していたら、誰かが露天風呂に入ってきた。シャノンだ。
大きい胸、括れのある腰、色っぽいお尻。
完璧なスタイルのシャノンも、雄大な絶景に負けずに素晴しい。
クリスと目が合うと恥ずかしいそうにしているシャノン、やっぱり混浴だからかな?
「ね、ねえ、クリス。せ、せ、背中を流してもいいかな……」
顔を真っ赤にしてシャノンが聞いてくる。
女性用更衣室にも、あの説明文が貼ってあったんだろう。
「シャノンが洗ってくれるのかい! じゃあ、俺もお返しに洗ってあげるね」
「ク、クリスがボクを洗ってくれるの……う、うん。おね、お願いします……」
先ずはシャノンがクリスを洗い始めた。
露天風呂に置いてある小さな椅子にクリスが座る。
シャノンの胸はドキドキしていた。クリスの裸を見たのもあるが、こらからクリスの体を洗うのだ。
胸の高鳴りが次第に早くなる。
最初は髪から。
シャンプーを手に出し、泡立てて髪を洗う。
指通りの良い髪質でシャンプーがしやすい。
クリスの金髪は、細くてサラサラして綺麗だ。
自分の髪を洗う時よりも丁寧に洗ってあげる。
「か、痒い所とかないかな?」
「ありません。シャノンが丁寧に洗ってくれるから、とっても気持ちいいよ」
「えへへ、良かった」
木桶でお湯を満たし、シャンプーを洗い流す。
洗髪が終われば次は背中を洗う。
タオルに石鹸を擦り付け泡立てた。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「じゃ、じゃあ、せ、背中を洗うね」
「お願いするね」
クリスの背中をそっと触れる。それだけで、心臓の鼓動が早くなってしまう。
タオルで、優しく丁寧に背中を洗っていく。
女性のシャノンから見ても、クリスの肌は綺麗で見とれてしまいそうだ。
泡立った背中を、木桶にお湯をすくって流した。もっと触れていたかったなと、心の中でつぶやいた。
背中以外は本人が洗うので、シャノンの出番はこれで終わり。
「ありがとうシャノン、お陰でさっぱりした。次は俺が洗ってあげるね」
「あっ、え、そっ、そうだったね。お、お願いします!」
小さな椅子に、ちょこんと座るシャノン。
今度はクリスが洗ってあげる。
髪から洗いっていく。柔らかく綺麗な銀髪を、指の腹で洗う。
地肌を優しくマッサージしながら洗うのがコツ。
「痒い所とかは、ございませんか?」
美容師風に聞いてみた。
「な、無いよ。クリスの洗い方、と、とっても気持ちいいよ……」
美容師の友達から教えてもらった、自慢の指使いだからね。
髪を洗い終わると次は背中を洗うのだが、なんだか緊張してしまう。
狼族といっても、狼の耳と尻尾があるだけで、その他は人族と変わりない。
染みも黒子もない白くすべすべな背中。こんな綺麗な背中をした女性は、なかなかいないだろう。
「洗い始めるね」
「う、うん」
泡立てたタオルで優しく洗う。柔らかい肌に触れると、ドキドキしてくるよ。
混浴に感謝したい。
えーっと、尻尾も洗ってもいいんだよね?
尻尾は、手を使って洗ってみよう。
「ひゃあん!」
シャノンの体がビクンと震える。
色っぽい声だったのでドキッとした。
「ごめん、尻尾はダメだったかな」
「だ、大丈夫。し、尻尾もお願いしてもいいかな……」
「お、おう、任せてよ」
揉み洗いで、丁寧に尻尾を洗う。
先程の反応を見ると、尻尾って結構デリケートな部分なんだろうか?
だとすると……これは早く洗ってあげた方がいいよな。
シャノンも口に手を当て声を我慢しているし。
木桶に入ったお湯で、シャノンの背中を洗い流した。
「せ、背中を流してくれてありがとう、クリス」
「どういたしまして」
頬を紅く染めたシャノンが、お礼を言ってくれた。お礼を言いたいのは、俺もかな。
シャノンが体を洗い終えるのを待って、いよいよ露天風呂に入る。
「ふぅ~、久しぶりの温泉は格別だ」
「はぁ~、気持いい。温泉が好きになりそうだよ」
「景色も最高でしょ。これを見ながらお湯に浸かれるのが、露天風呂の醍醐味なんだよね」
「どうしょう。ボク、温泉に病み付きになるかも」
温泉の魅力が気に入ってもらって何よりだ。
お湯の効能は、疲労回復、美肌、冷え症等、効能は多い。
二人は夕日を眺めなから、温泉を満喫した。
「どうだったかい、うちの露天風呂は?」
湯上がりのクリスとシャノンに、フローラが聞いてきた。
「露天風呂も景色も最温泉」
「すっかり温泉の虜になちゃったよ」
「そう言ってもらったら嬉しいね。食事の用意も済ませてあるから、食堂にどうぞ」
フローラに案内されて食堂に向かった。
食堂は五十人くらいが食事を取れるくらいの広さがある。
真ん中に置いてある四角いテーブルの上に、クリスとシャノンの食事が用意されていた。
パンとスープ、大きなステーキと煮物。
拘りのパンはふっくらモチモチ。
スープは、山の食材から出汁を取って美味しく仕上げている。
ステーキはバルジール産のブランド牛。ステーキ用に作られた、秘伝のソースも自慢の一つ。
煮物はオリーブ亭自慢の出汁で、芋を柔らかくなるまで煮込んでいる。
「うわ~、美味しそうだね。特にお肉、お肉が一番美味しそうだよ」
お肉大好きのシャノンは、ステーキを見て興奮しているようだ。
「さぁ、うちの自慢の料理を食っとくれ」
「「いただきます」」
クリスはスープを、シャノンはステーキを頂く。
「「凄く美味しい」」
二人の感想は一致した。
フローラが自慢するだけあって、全ての料理が美味しかった。
「これも飲んでみなよ、オリーブ亭特製のお酒だよ」
差し出されたのは、タップル酒と呼ばれているカクテルだ。
バルジールのお酒と、タップルの実と呼ばれるリンゴに似た味の果実を合わせたお酒。
「これ飲みやすい! このお酒、ボク好きかも」
成人シャノンはお酒が苦手であまり飲んでこなかったが、タップル酒は気に入ったようだ。
ぐいぐい飲んでいる。
俺も飲んでみたが、スッキリとした味で飲みやすい。これなら何杯でもいけそうだ。
しかし気を付けないといけない。飲みやすいが故に、知らない間に酔っぱらってしまう。
気を付けて飲もう。
ふと、シャノンが立ち上がった。
クリスが座っている椅子の横に立つと、クリスの膝の上に横向きで座る。
んっ? これは一体どうしたことだ。
呆気に取られてしまう。
「ねえ、クリス。ボクがご飯を食べさせてあげるね」
そう言って上目使いで見つめられた。
食べさせようと、煮物をクリスの口に近づける。
「ほら、あ~んして」
「あ、あーん」
言われるがままに食べた。
うん、文句なしで美味しい。
「次はボクにも食べさせて」
上目使いでお願いして、小さく口を開けた。
「ほ、ほら、あーん」
同じように、煮物をシャノンの口に近づける。
パクっと笑顔で食べる。
「えへへ、クリスが食べさせてくれると美味しいね」
煮物の次はパンを要求したので、千切って食べさせた。
いつものシャノンじゃない。
目がトローンとしている。
これはもしかして酔っている? もしかしなくても、これは完全に酔っている。
甘えん坊と化したシャノン。
もっと早めにお酒を止めるべきだったな。
終始シャノンは膝の上で甘えてた。
「食べ終わったし、部屋へ戻ろうか」
「お姫様だっこで連れていって」
「いっ! お姫様だっこ、ですか」
甘えん坊と化したシャノン、可愛いから仕方ない。お姫様だっこで部屋へと戻った。
部屋へ戻ったシャノンの甘えん坊は止まらない。
「クリス~、一緒に寝よう」
「ベッドは二つあるから別々に眠らない?」
「ダメ、絶対ダメだよ。ボクはクリスと一緒に寝るんだもん」
クリスの手を引っ張りベッドへと入った。
まさか酔っぱらったシャノンが、こんなにも積極的だっなんて。
この展開にドキッとしてしまう。露天風呂の時といい、今日はドキドキしてばかりだな。
「ねぇねぇクリス、頭を撫でて欲しいな」
ベッドに入っても、大人しく眠ってくれそうにないかも。
要求通り頭を撫でてあげる。狼の耳に触れると、耳もピクンと動く。
「クリスに頭を撫でてもらうの好きなんだ。次は、ギュッて抱き締めて」
「えっ! 抱き締るの?」
「抱き締めて」
「は、はい」
甘えた目で見つめられたら敵わない。
ギュッと抱き締めると、シャンプーのいい香りがした。
シャノンの柔らかい胸の感触が伝わってくる。露天風呂で水着姿を見たせいか、余計に意識してしまうのはしょうがない。
「頭を撫でてもらうの好きだけど、抱き締めてくれるのはもっと好き。次は──」
「ストップ! そろそろ寝ようか、羊を数えたら眠くなるんだよ。ほら羊が一匹、羊が二匹……」
シャノンの要求がエスカレートしていくような気がしたので、慌てて止めて無理矢理寝かしつけた。
酔っぱらった影響もあったのか、羊を百ちょっと数えたら寝てくれた。
可愛い寝顔じゃないか。シャノンの寝顔を見つつ、クリスも眠りについた。
翌朝起きたシャノンは、お酒を飲んだ後の記憶がなかったそうだ。少しだけ酔っぱらったシャノンの様子を教えられたら、顔を真っ赤にしてクリスに謝った。
酔っぱらって甘えん坊になったシャノンも可愛いかった。是非もう一度見たいと、密かに思った。
2017年お疲れ様でした。
良いお年を!