第14話 クオーツの町
バルジール王国の山岳地帯には、休火山がある。
ポポロ山と呼ばれる山は、五百年前に一度噴火しているが、その後は一度も噴火ぜず今に至る。
ポポロ山の周辺には源泉があり、幾つもの良質な温泉が涌き出ていた。
その温泉を目当てにやって来た人達が、家を一つ建て、二つ建てと、段々家が増えてきて町となったのが、クオーツの町なのだ。
クリスとシャノンはグリフォンに乗って、温泉が有名なクオーツの町へと訪れた。
ゴツゴツとた大きい岩が多く、町の中でも水蒸気が噴出している。
温泉地特有である、硫黄の匂いが懐かしいな。
「わあ~、これが温泉がある所の匂いなんだ」
「初めてだと驚く匂いでしょ」
「クリスは、この匂い平気なの?」
「平気ってわけじゃないけど慣れれば、あまり気にしなくなるよ」
「そうなんだ、慣れるようにボク頑張るね」
初めて温泉地に訪れるシャノンは興味津々で、あちこちを見渡す。間欠泉から出る熱湯には、目を丸くして見ていた。
クオーツの町は温泉地だけあって、宿屋や酒場が他の町より多い。観光客相手に力を入れている町のはずなんだが……その割には人が少ない。
観光客で賑わっているのを想像していたんだが、通りで行き交う観光客は数人程度。
山岳地帯にある町だし、主な交通の手段が馬車なので訪れにくいのかな?
クオーツの町で一番大きな宿、オリーブ亭。
今日は、この宿に泊まろう。
オリーブ亭を選んだ理由は、自家用温泉を備えているからだ。町の住人に聞けば、この町で一番大きな露天風呂らしい。
これは是非とも入ってみないとね。
オリーブ亭に入ると、人の気配もなく静かだ。閑古鳥が鳴くとは正にこの事だろう。
少しして、四十代くらいのふっくらした女性が奥から出てきた。
「いらっしゃい。お泊まりかい?」
「はい、二名なんですが部屋は空いてますか」
「勿論空いてるよ。それよりもお客さん、街道は通れなかったはずだけど、よくこの町に来れたね」
「空を飛べる動物を所有しているので。それよりも街道が通れないって、何かあったんですか?」
宿屋の女性は困った顔をしていたが、シャノンの腰にある剣を見て表情が変わった。
「あなた達二人は、もしかして冒険者かい?」
「そうですけど」
その瞬間、女性の目がカッと見開く。
「お願いがあるんだけど、ワイバーンを退治してくれないかい」
二週間前から三体のワイバーンが、クオーツの町に通じる街道に当然現れたそうだ。
動物の肉を好むワイバーン。特に馬の肉は好物で、クオーツの町へと訪れる、馬車の被害が後を絶たない。
近くの町にある冒険者ギルドに依頼を出したが、まだワイバーン退治には至ってないそうだ。
ワイバーンとは飛竜種の魔物。
全長四メートル、竜種の鱗は硬く、牙や爪は岩を軽く切り裂ける。炎の息も要注意。
魔物の強さはBクラスの中位。
竜相手に傷を付けにるは、価値の高い武器を用意するか、相応の実力を身に付けられるか。どちらにしても難しいのは言うまでもない。
「竜か……シャノン、竜退治をしてもいいかな?」
「被害も出ているし、竜退治やろうよ。ボクの剣がワイバーンの鱗に通用するか、試してみたい気もあるんだ」
「聞いての通り、俺達が倒してみせます」
宿屋の女性の顔が喜びに変わる。
「助かるよ。帰ってきたら宿代は無料にするからね。料理も美味しいものを作って待ってるから」
無料とは有り難い、美味しい料理も嬉しいな。
あからさまな飴だが、人助けとして頑張るか。
クオーツの町に辿り着くには二つの道がある。
一つは舗装された街道。
岩が多い山の道を、馬車が通りやすくするのに人手とお金をかけて舗装した。その結果、一日で着けるので、多くの観光客が訪れるようになった。
もう一つは旧街道。
昔から使っていた道だが、未舗装なので岩や砂利が残っていて、馬車で移動するのに適さない。急な斜面も多く歩きなので、着くのに最低でも三日以上かかる。
被害の多い山の中腹に到着すると、我が物顔で飛んでいるワイバーンがいた。
「空飛ぶ竜は、やっぱり迫力が違うな」
「あんな巨体が飛べるんだもん、反則だよね」
「鱗が硬いのも反則だね」
「そうだよ、剣士泣かせの魔物だよ」
「でもシャノンの剣術なら大丈夫さ」
「そ、そうかな……」
恥ずかしがって、体をモジモジしている。
シャノンの照れは、本当に可愛い。
砂漠にある、オアシスみたいな癒しだよ。
いいタイミングでワイバーンの一体が、クリスとシャノンの上を通り過ぎようとしいた。
これはチャンスだな。
『烈風竜巻』
上空に伸びる巨大な竜巻が、ワイバーンを巻き込む。グルグルと回転しながら、体も切り裂かれていく。
クリスが竜巻を消すと、バラバラになったワイバーンが落ちてきた。
「相変わらずクリスの魔法は凄いよ」
目を輝かせてクリスの顔を見つめる。
美人に見つめられると、ちょっぴり恥ずかしい。
仲間が殺られて逆上した残りの二体が、空を飛びながら一直線にやって来る。
「グッギャー」
鳴き声で威嚇するワイバーン。
大口を開けると、そこには鋭い牙が。
ワイバーン二体は一体ずつに別れて襲ってくる。
滑空状態で噛み付こうとするので、クリスとシャノンはジャンプしてかわす。
旋回して再び襲う。
またも噛み付こうとしているが、シャノンはサイドステップで避けて左腕を狙う。
『獣心流 滅竜斬り』
シャノンの一撃が、ワイバーンの左腕を切り落とす。
実に見事な切り口だった。
「ギャギャー」
悲鳴をあげながら、地面に着地する。
左腕からは噴水のように、勢いよく血が吹き出ている。
「今がチャンスかも」
地面に降りているので、追撃するシャノン。
空に飛ばれたら厄介である。なので、滅竜斬りで翼を狙う。
またも一撃で翼を切り落とすと、発狂したワイバーンが残った右腕の爪で攻撃する。
その爪を防ぐのではなく、力を加えて軌道をずらす。
見事な受け流し。
隙ができたワイバーンの首に狙いを定める。
『滅竜斬り』
対竜用の剣術は、竜の首をも切り落とした。
「ボクの剣術でも竜に通用したよ!」
嬉しさのあまり、小さくガッツポーズをした。
鋼の剣で竜を倒せるのは、シャノンが一流の剣士である証しである。
クリスに向かってきたワイバーンは、大きく息を吸い込む。そして吐き出すのは炎の息。
火炎放射器みたいな炎だ。
『魔法障壁』
光の壁に包まれたクリス。
炎は光の壁に阻まれダメージを与えれない。
地上に降り爪で攻撃するが、光の壁はびくともしない。噛み付く牙も通用しない。
魔物の本能だろうか。突然逃げなければと感じたワイバーンは、空に飛び上がる。
クリスは、右手に込めていた魔力を空に放つ。
『雷撃』
ワイバーンに雷が命中した。
体からブスブスと煙を出しながら、地上に落下した。ピクリとも動かない体から、ビリビリと電気が流れている。
焦げ臭い匂いが辺りを漂う。雷の魔法は体内も焼いたようだな。
「お疲れ様、クリス」
笑顔のシャノンが労ってくれた。
「シャノンもお疲れ様。竜相手に剣術が通用したみたいだね、よく頑張ったよ」
クリスはシャノンの頭を撫でてあげた。
「あっ、あ、ありがとう……」
尻尾が右へ左へと激しく動く。
これは嬉しい時の仕草である。
お馴染みの魔石と素材の回収作業を行う。
三つある魔石は全部召喚用とした。竜の戦力は、この先役立つだろう。
竜種の素材は高く買い取ってくれる。ワイバーンなら一体、金貨五十枚以上はあるだろう。
これでクオーツの町にも観光客が戻るよな。後は町に戻ってゆっくりしますか。
「私の思った通りだよ、あなた達は普通の冒険者とは違う、必ず倒して帰ってくると信じてたよ。私の勘も衰えてないみだいだね、ハッハッハ」
豪快に笑っているのは、クオーツの町にある宿屋オリーブ亭の女主人フローラ。
クリスとシャノンがワイバーン退治の報告をしたら、大喜びしてくれた。
「二人とも疲れたでしょう、ゆっくり温泉でも入っておいで。うちの温泉は町一番だから、疲れなんてすぐ無くなるさ」
フローラは自慢気に語る。
「ボク、温泉に入るの楽しみだったんだ。何だかドキドキしてきたよ」
「うちの温泉きっと気に入ると思うよ。露天風呂の混浴だから、是非入っておくれ」
フローラから混浴と言われ、クリスとシャノンは顔を見合わせ驚いた。