第11話 絹製品
町の外では、クリス、シャノン、そしてアスランの三人の姿があった。
アスランの顔はやる気に満ちていて、シャノンの顔は不安そうで、クリスの顔は怒っている。
三者三様の表情。
「俺との決闘を受けてくれて礼を言おう、クリスよ」
「別に決闘を受けたつもりは無い」
「何だと! では、何をしにここへ連れて来た」
「決まっているだろ、お仕置だよ。シャノンは大切な人だ、勝手に賭け事に巻き込むなよ」
クリスの発言を聞いたシャノンの顔は真っ赤だ。尻尾もフリフリと動いている。
大切な人と言った言葉が効いたのだろう。
「ふっふっふっ、俺にお仕置か。悪いがシャノンの為に負けるわけにはいかない。さぁ、勝負だ」
アスランは剣を抜く。
あれは鋼の剣、それに双剣か。
「お仕置してくるから、安心して待っててよシャノン」
「頑張ってね、クリス」
シャノンのエールを貰うクリスを、羨ましそうに見つめるアスラン。
どこまでシャノンの事を本気に想っているのか分からないが、アスランにシャノンを渡すつもりは微塵もない。
「ちょっと待ちな。クリス、武器はどうした。まさか素手で戦うつもりか?」
「まだ武器は持ってないんだよ。だから素手でやるつもりだ」
「本気か?」
「もちろん本気だよ」
「ちっ、なら俺も素手だ。同じ条件で勝つ」
ほう、こちらに合わせて来るとは。
素手になったアスランは拳を握り構える。
「勝負だクリス!」
直ぐにアスランの腹に一撃をいれた。
一応、手加減はしたつもり。
反応できなかったアスランは、お腹を押さえて倒れこむ。倒れてから、クリスに一撃を貰ったのだと理解した。
「ごっほ、げほっ……バ、バカな。まったく見えなかった」
「勝負ありだな」
「ま、まだだ。まだ負けていない」
気力で立ち上がるアスランだが、足はふらつき戦える状態ではない。それでもゆっくりとだが、クリスに近づき殴りかかる。
一発、二発、空を切る攻撃。
三発目の攻撃も空を切ると、そのまま倒れこみアスランは天を仰いだ。
「はぁ、はぁ、まさか、俺よりも格下の冒険者に負けるとはな……」
「あんたの負けでいいんだな?」
「俺の負けだ。今回はな」
「はっ?」
アスランは、むくりと上半身を起こす。
「次は負けんぞクリスよ。ワッハッハ!」
負けても諦めないとは逞しい奴だ。
いや、図々しい奴の間違いだな。
次とか何回挑戦するつもりなんだ、こいつは?
「クリスよ、シャノンが一番だが俺はクリスも気に入った。次に俺が勝ったら、二人とも俺のものになってくれ」
真剣な顔になっている。
どうやら本気で言っているようだな。
アスランに目の前まで行くと、
「ふぎゃあ!」
頭に、げんこつをお見舞いした。
白目をむいて気絶したアスランだが、幸せそうな顔なのが気持ち悪い。
「シャノン、美味しいものでも食べよう行こうよ」
「うん、行く行く。何を食べよっかな~」
お腹も空いたし、酒場で腹ごしらえだ。
アスランは放置したが全く問題無いだろう。
これに懲りて、二度と近寄ってほしくないね。
翌朝、タルトの町にある防具屋を訪れた。
冒険者も愛用するバルジール王国産の絹製品。質のいい防具なら、一度見ておかないと勿体ない。
広めの店内には、絹製品の服がずらりと並ぶ。
キラリと光沢のある服や、肌触りのいい服、見た目以上に丈夫な生地、確かにこれなら冒険者にも人気が出るな。
バルジール王国が飼育する魔虫バル蜘蛛。
このバル蜘蛛が出す糸の硬度は鋼級。
硬度のランクは五段階。
一番上はSランク、オリハルコン級。
次にAランク、ミスリル級。
続いてBランク、鋼級。
そしてCランク、鉄級。
最後にDランク、革級や銅級。
丁度真ん中のランクである鋼級だが、買うとなるなら結構な値段になってしまう。
因みに軽い鋼級の絹製品は、鎧の鋼級より割高です。
鎧より軽い防具、シャノンに買ってあげないと。
値段を気にしていたシャノンだったが、身を守ってくれる防具なので気にせず選ぶように促した。
「おっ~、よく似合ってて可愛いよ」
「そ、そうかな。クリスが褒めてくれると、とっても嬉しいよ」
もじもじと恥ずかしがるシャノンの姿は、可愛くて堪らない。
シャノンのコーディネートは、シャツとフード付きパーカー、ショートパンツにブーツ。バル蜘蛛の糸で作られた製品であるため全部鋼級。
クリスも、新しい魔術師ローブとブーツを購入。
合計の金額は白金貨十五枚。
銀貨一枚千円として、白金貨十五枚で一五〇万円くらい。
高いがギリアム王国で貰った褒賞金が役立った。これで命の助かる割合が上がるなら安いものだ。
新しい装備で、冒険者ギルドへ向かう。
本日もお仕事を頑張らないとね。
スキップしているシャノンの顔は笑顔だ。
買って良かったなと、しみじみ思う。
冒険者ギルドのドアを開けると奴がいた。
アスランだ。
「シャノン、クリス、今日もいい天気だな。実に勝負日和だ。それで再勝負は、いつにする?」
呆れた奴だな。何だよ勝負日和って。
あれだけの実力差がありながら、また挑んでくるとは。ある意味称賛するが、目的がシャノンの体が目当てとなると話は別だ。
シャノンもドン引きしているし。
「再勝負もなにも、こっちは冒険者の仕事を受けに来たんだ。勝負している暇はない」
「そんな冷たい態度をとるなよクリス。俺はクリスにも惚れているんだぜ」
アスランは、さりげなくクリスの肩に手を回す。
その行為に、前回を上回る鳥肌がたつ。
シャノンはムッとした表情になると、クリスの肩に回していたアスランの手を掴むと投げ飛ばした。
それは見事な背負い投げ。
またも冒険者達から「おっ~」と歓声があがる。
「こんなのほっといて行こうよクリス」
クリスの手を引っ張って受付へと向かうシャノン。
あっという間に暴漢……いや間違った、アスランを投げ飛ばした姿は格好よかった。
採取系の依頼を受けて冒険者ギルドを後にする。
去り際にシャノンはアスランを睨んで出て行く。クリスもそれに続くのだが、アスランがぽつりと呟く。
「もっと好きになったぜ、シャノン……」
めげない奴だな。
その執着心を、別な形で活かしてもらいたいよ。
タルトの町での生活は順調に続いている。
アスランが再勝負を毎日求めてくるのは鬱陶しいが、その都度一撃で気絶せている。最近はアスランも冒険者の仕事あるので会わない。
うれしい限りだ。
冒険者のランクもめでたくDランクとなり、依頼を受けれる幅も広がった。
今日の依頼は魔物退治。
町の東にある山岳地帯。
鬱蒼と生い茂る森や、勢いよく水が落ちていく滝、そしめ魔石の採れる鉱山。自然豊かな景色を、グリフォンに乗って上空から眺める。
「クリスの召喚魔法のお陰で、こんなにいい景色が見れなんて幸せだよ」
「グリフォンに感謝だね」
地図を見ながら目的地近くの森に降りた。
ここからは歩きながら魔物を探す。
依頼の魔物はオーク。
二足歩行する猪だ。茶色の体毛はフサフサしていて、怪力が自慢。槍を好んで装備している。
魔物の強さはDクラスの下位。
歩いていると綺麗な水が流れている小川を見つけたので、ここで昼食を食べることにした。
収納袋から薬缶を取り出すと、小川の澄んだ水を汲んでお湯を沸かす。
カップを二つと紅茶の茶葉を用意したら、沸騰したお湯を注ぐ。
紅茶の香りが辺りに漂う。
落ち着く良い香りだ。
早起きして作ったサンドイッチも取り出す。
お手製のマヨネーズを試作したので、卵サンドイッチとポテトサンドイッチを頑張って作った。
「うわっ! これ凄く美味しい。それに初めて食べる味付けだよ」
卵サンドイッチを食べたシャノンは、思わず叫んでしまった。
「こっちのサンドイッチも美味しい!」
今度はポテトサンドイッチだ。
二つともお手製のマヨネーズを使用している。
どうやらマヨネーズの力は、異世界でも通用するみたいだな。
「凄いよクリス! 料理も上手だなんて完璧すぎるよ」
シャノンからのベタ褒めが嬉しい。
作って良かった。
「サンドイッチは簡単に作れるよ。シャノンがよければ今度一緒に作ろうか?」
「一緒に! 作る、一緒に作るよ!」
「え、え、あぁ、じゃあ今度作ろうか」
「約束だよ」
「もちろん約束するよ」
凄い迫力で迫られてからビックリした。
余程マヨネーズの味を気に入ったんだろう。
改めて知った。マヨネーズの力は偉大だと。
昼食が終われば、ギルドの仕事再開だ。
一時間くらい歩いた所に、開けた場所が。
そこにはオーク達が集まっていた。近隣の村から略奪しただろう家畜の牛を、皆で貪り食っている。
隠れて様子を伺う。
全員食事に夢中みたいだな。
「数は四十体くらいか。準備はいい?」
「ボクは準備万端だよ」
「よし、戦闘開始」
食事に夢中のオーク達に突撃する。
『ミノタウロス召喚』
ミノタウロス二体も今回の戦闘に参加させた。
モオォォと気合いを入れるミノタウロス達。
こちらに気付くオークだが、立ち上がる前にシャノンがオークを瞬殺する。そのまま数体を倒してしまうシャノンに、ミノタウロス達も続く。
ミノタウロスの大斧は相変わらず強力だ。
食事どころではなくなったオークは、立ち上り応戦する。クリスも風魔法でオークを倒す。
今回はミノタウロス二体も参加しているため、戦闘は思っていたより早く終わった。
「終わったようだな。シャノンは怪我していない?」
「かすり傷一つ無いよ」
「そっか、よかった。ミノタウロスも無事だな」
安全を確認したら、倒したオークの魔石と素材を回収する。今回の魔石は三十体を召喚用。残りの十体は売却用とした。
依頼はオーク十体の退治だったが、それ以上退治しても追加報酬は出るらしい。
帰り支度を済ませると助けを呼ぶ声が聞こえた。
声の聞こえた方へ向かうと、助けを呼びながら山を下っている男性がいた。
男性は木を切る斧を持っている。
この山の木こりだろうか。
「おお、あんたらの格好は冒険者だな、助けてくれ」
木こりの男性は慌てている。
「冒険者達が魔物と戦っているんだが、この魔物が強いんだ。手を貸してくれ」
「分かりました、案内して下さい」
木こりの男性に案内されて山を登っていく。
次第に聞こえてくる戦いの音。
「あそこで戦っている」
指差す方には、魔物と戦っている五人の冒険達。
その中にはアスランがいるじゃないか。
「んっ! クリス、シャノン、何故ここに?」
アスランは戦闘中だったが二度見した。
「二人で助けに来たんだよ」
「後はボク達に任せて」
唖然とするアスランだが、内心では喜んだ。