第10話 バルジール王国
ギリアム王国の北に位置するバルジール王国。
絹製品が有名な国で、バル蜘蛛と呼ばれる魔虫の出す糸を加工して絹製品を作っている。
バルジール産の絹製品は軽くて丈夫な為、冒険者の装備として人気の品だ。
バルジール王国南部にあるタルトの町。
絹製品の取引に訪れる商人で活気づく町に、クリスとシャノンはやって来た。
先ずは町に入る前に、入国税を支払わないといけない。入国税は一人金貨一枚。
タルトの町の入口で金貨二枚を支払い、入国許可書を受け取った。入国許可書にはバルジール王国の紋章が押されている。
これを無くすと、再度入国税を支払う事になってしまう。無くさないように注意を受けた。
町へ入ると一直線に伸びる、立派な大通りが出迎えてくれる。その大通りには、飲食系や服飾系の露店がずらりと並ぶ。
「うわぁ~、お店がいっぱいだよ」
「こんなに多いと目移りしそうだな。シャノン、何かお目当てのお店はあるかい?」
「え~っとね、え~っとね……あのお店がいい!」
選んだのは、甘い匂いがする露店。
若い女性の店主が焼いているのは、クレープみたいな生地だ。その生地に果汁のシロップをかけた御菓子が、シャノンのお目当てらしい。
「お姉さん、その御菓子を二つ頂戴」
「はいよ。ちょっと待ってな」
店主から焼きたての御菓子を二つ受け取ると、シャノンに一つ渡した。
「ありがとうクリス。えへへっ、美味しそうだね」
「そうだね、この香ばしい生地と甘そうな中身が……もう我慢出来ない。早く食べよう」
座れる場所を見つけたので腰掛けた。
甘いものを食べると、ついつい笑顔になってしまう。二人は満面の笑顔で御菓子を味わった。
酒場で夕食を済ませ、宿屋を探したのだが、少し困った事が起ってしまう。
泊まる宿屋を探したのだが、何処の宿屋も満室なのだ。やっとの思いで見つけた宿屋だったが、一つ問題が発生。
空き部屋は、シングルベッドがある一部屋だけ。
案内された部屋は、お一人様用の部屋。シングルベッドなので、二人で寝るにはちょっと狭い。
「ベッドはシャノンが使いなよ。俺は床で寝るからさ」
「ダ、ダメだよ……べ、ベッドは、一緒に使おうよ。ほ、ほら、風邪引いたらいけないしさ……」
幸いにもお風呂がある宿屋だった。
入浴を終えると就寝なのだが、シングルベッドに二人だとやはり狭いな。
お互い肌が触れ合う距離だし。
「くしゅん!」
肌寒い夜なので、クリスはくしゃみをしてしまった。
「クリス寒いの?」
「ちょっとだけね」
そう言うとシャノンはクリスを抱き締めた。
「さ、寒い時は、こうやって温め合うのがいいってき、聞いたよ」
柔らかいシャノンの体が密着した。
大きい胸が押し当てられる感触も伝わる。
そんな事をされたら、自然と心臓が高鳴ってしまうじゃないか。俺が風邪を引かないように、心配りをしてくれたのだと思う。
「そ、そうだね。こ、この方が温かいからね」
そう言ってクリスもシャノンを抱き締めた。
俺からも抱き締めれば、恥ずかしさは半分ずつだよな。
当然クリスからも抱き締めたなら、もっと密着してしまう。
「……んっ」
シャノンの小さな声が漏れ出す。
この体勢、確かに温かいのだが、理性を保つのが大変なのは、言わないでも分かるだろう。
心臓が高鳴っているのは、クリスだけではない。
自分から抱き締めたシャノンもまた、ドキドキが止まらなかった。クリスからは、石鹸のいい匂いがする。
月明かりが、ぼんやりと照らす部屋。目の前にはクリスの顔が、直ぐそこに。
綺麗なショートボブの金髪。
凛とした端正な顔立ち。
初対面の人は、よく女性と間違えてしまう。シャノンも最初は女性と間違えだのだが、今は違う。
同じ年齢なのに聡明で、強くて優しくて、格好いい男性。それがシャノンが想うクリスだ。
(クリスがこんなに近くに……ど、どうしょう)
頭の中でいろんな妄想が膨らむ。
だが、静かな寝息が聞こえてきた。
(あれ? もしかしてクリス寝ちゃってる?)
目を閉じているクリスは、気持ち良さそうな顔で眠っていた。
ちょっと残念だったけど、明日は冒険者ギルドで仕事を探す予定だ。
シャノンも眠りにつくのだが、眠る前にもっと密着したのはシャノンだけが知ることだ。
優しい朝日の光で目が覚めた。
隣には抱き合って眠ったシャノンが寝ている。サラサラな銀髪を撫でると、ピクンと狼の耳が動く。
シャノンの魅力は絶大だ。
誰が見ても口を揃えて美人だと言う容姿に、ボン、キュッ、ボンの三拍子揃った見事な体。
そんな見事な体に抱き締められたら、男性ならイチコロだろう。
だがクリスは堪えた。
理性を保つために、早く眠る作戦を思い付く。
寝付きはいい方なので頭の中で羊を数えると、程無くして眠りにつけた。
寝顔も美人なシャノン。
起こさないように、ベッドから静かに出た。
顔を洗いに洗面所へ。
冷たい水が一気に眠気を吹き飛ばす。
「おはようクリス」
クリスの背後からシャノンの声が。
「おはようシャノン。よく眠れたかい?」
「あっ、と……うん、よく眠れたよ」
本当は眠りにつくまで時間が掛かって、若干寝不足だ。けれども元気である。クリスと抱き合って寝れたことで、活力が得たのであろう。
寝不足だが気分はとってもいい。
二人は朝食を終えると、冒険者ギルドへ向かった。
タルトの町の冒険者ギルドも、堂々として立派な建物。木材を多めに使った建物は、煉瓦造りの建前と違ってどこか温かみがある。
扉はやっぱりウエスタンドアだ。
「ではシャノンさん、行きますか」
「行きましょうか、クリスさん」
二人がウエスタンドアを開けると、仕事を求める冒険者達で混雑していた。
掲示板には、びっしり貼られた依頼の紙。
仕事は多そうだな。
掲示板に群がる冒険者達をかき分け、依頼の紙を確認する。
クリスとシャノンの冒険者ランクはEランク。
受けれる依頼も簡単なものが多い。いや、簡単なものしか出来ないと言った方が正しいか。
ランクを上げるには、地道に依頼をこなしていくしかない。
「クリス、ポーションの素材を探す依頼があるよ」
「どれどれ……ポーションの素材となるポポロ草の採取。報酬は銀貨二枚か」
「これに決めちゃう?」
「依頼をこなさないと昇格できないからね。この依頼をがんばりますか」
ポーションの素材採取依頼を受けるため受付に行こうとした時、一人の冒険者が道を塞いだ。
「お嬢ちゃん達、俺が依頼を手伝ってあげようか?」
絡んできたのは、オールバックの髪の毛で二十代の男性。
背は高く、彫りの深い顔立ち。
キザそうだが女性受けする顔だな。
「いや、結構です」
クリスは即答した。
顔を見れば分かる。こいつは下心満々だよ。
「待ちなよ、か弱い美女二人だと大変だろ。俺はアスラン・テオドール、Bクラスの冒険者だ。俺がいれば役立つぜ」
アスランはクリスとシャノンの腰に手を回す。その仕草は慣れたもので、多くの女性の腰を触ってきたはずだ。
かつてない鳥肌がたつ。
男同士でこれはヤバイだろう。男だと教えて退散させようとした時、シャノンが動く。
アスランの手を払いのけたら、一瞬で床へとねじ伏せる。そのねじ伏せる動きは鮮やかで、見ていた冒険者達から「おーっ」と声が出るくらいだ。
「クリス、受付に依頼を届けに行こうよ」
「そ、そうだね。それにしても凄い動きだったね」
「ボクは、あんな感じの人は苦手なんだ」
ご立腹なシャノン。
いきなり腰に手を回す奴を不快に思うのも当然か。
床で倒れていたアスランは、二人が冒険者ギルドを出るまで黙って見続けた。
「彼女の名前はシャノンか。惚れたぜ……」
意外な所で恋は生まれるものだ。
無事に依頼も達成して、報酬を受け取った。
受付の人からいい知らせがあった。あと一回依頼を達成したら、Dランクに昇格出来るらしい。
昇格出来る嬉しさに、シャノンと喜んだ。
このまま順調にいけばSランクだって夢じゃなよな。
宿屋に戻ると、お願いしていた部屋が空いたことを告げられた。空いたのはベッドが二つある部屋。
シャノンは今の部屋でも大丈夫だと言ったが、新しい部屋に移った。
暫くはタルトの町に滞在するつもりなので、お互いベッドがあった方が疲れも取れるだろう。
次の日も仕事を受けに冒険者ギルドの訪れたのだか、そこで待ったいたのがアスランだ。
「シャノン、俺が仕事を手伝ってあげようか」
「必要ないよ。ボクにはクリスがいるから」
あっさり断るシャノン。
「いやいや、必要になる。冒険者ランクが上がれば、強い魔物とも戦わなければらなない。だから俺が必要になってくるわけさ」
あれ? こいつは昨日シャノンに倒されたのを忘れたのか。もしかして、自分とシャノンの力量差を理解してないのでは。
明らかにアスランの方が格下なんだけど。
「何度も言うけどボクにはクリスがいる。アスランが手伝ってもらう仕事でもないので、手伝いは不要だよ」
「なるほどね……」
アスランは少し考え、クリスを指差した。
「クリス、悪いがシャノンを賭けて俺と勝負しろ」
いきなりの申し出に唖然とした。シャノンも驚いた顔をしている。
アスラン、お前はなんて面倒な奴なんだ。
しかしシャノンを賭けてなんては聞き捨てならない。こいつにはお仕置が必要だな。