第9話 使徒・後編
町の外まで飛ばされたようだ。
ガロを追ってみたら、町の隣にある林の木が何本も折れている。
ぶっ飛んで来た衝撃で折れたのだろう。
「ぐっ、お、お前は何者だ?」
林の奥から出て来たガロ。
見た目からしてダメージが分かりにくいが、呼吸が荒いからそれなりにダメージがあったのか。
てか、骨が喋るとか今更ながら恐いよな。
「俺はクリスだ。クリス・ライオット、よく覚えておきな」
「クリスだと、聞いた事の無い名前だ」
「これから有名になる名前だよ」
「ひ弱な人間が減らず口を」
ガロは、持っていた魔法の杖をクリスに向ける。
『大いなる火の力よ──大火球』
大きな火の塊がクリス目掛けて飛んできた。
詠唱を省略している。これは詠唱短縮魔法。
『魔力障壁』
火球は光の壁に阻まれ、火の粉が辺りに舞う。
そういえば自分以外の魔法は初めて見たな。
魔法を使うと時は詠唱するのだが基本だ。詠唱短縮で魔法を使えるとなると、魔術師の格は上がる。
ガロは中々の使い手のようだな。
それなら、今度は此方からお返しだよ。
『大火球』
同じ魔法を相手に返す。
微動だにしない骸骨。魔力障壁も使わないから、あっという間に火球に飲み込まれる。
メラメラと燃えているが、依然微動だしない。
動いたと思ったら、持っていた杖を少し持ち上げドンと地面を叩く。
すると、瞬く間に炎が消えてしまう。
「やはり只者ではないな。同じ魔法でも、お前の方が数倍も大きく威力もある。それに魔法が無詠唱とはな」
「只者ではないというのは正解だよ。それよりも火の魔法が効かなのは、もしかして火の厄災の使徒だからか?」
「クックックッ。その通りだ、我に火は効かん」
そうなると、火属性以外の魔法で攻めるか。
クリスは右手に魔力を込めようとした時、ガロは赤い水晶を魔術師ローブから取り出す。
「悪いが、奥の手を使わせてもらおう」
「もう奥の手を使うのかい?」
「そうするしか仕方あるまい。お前は想像以上に強いからな」
赤い水晶を手で砕くと、骸骨は炎に包まれた。
少しずつ魔力が上がっているのを感じる。炎が消える頃には、元の魔力が二倍に跳ね上がった。
「ハッハッ、力がみなぎるぞ。お前も分かるだろ、先程とは比べ物にならない力を」
「確かに魔力は上がったようだな。で、奥の手はそれで終わりか?」
「心配するな、奥の手はこれで終わりだ。そしてお前もこれで終わりだ」
魔術師の杖をかざすと、にたりと笑う。
『閃光火炎』
骸骨は上級火魔法を使う。無詠唱で魔法が使えたのは、赤い水晶の加護によるもの。
閃光のような高温の炎が、広範囲を燃やし尽くす。高温の炎は地面を溶かす威力で、焦げた匂いが充満する。
魔力が上がって唱えた上級火魔法。当然魔力も多めに込め、威力も通常の二倍以上。
「バカな、生きているだと!」
目線の先には魔力障壁に包まれているクリスが。
まだ燃えている炎を、クリスは風魔法で吹き飛ばした。消えた炎を確認すると、ガロに向かって歩き出す。
足に力を入れたら、凄い速さでガロの目の前へ。
ガロはパンチを受けてぶっ飛ばされた記憶が蘇り、慌てて魔力障壁を出す。勿論魔力障壁にも魔力多めに注ぎ込む。
防げる自信はあった。
しかし、クリスの魔力が込めたパンチを受けると、魔力障壁は碎けてしまい、クリスの拳が骨にめり込む。
「ゴハッ!」
地面に叩き付けられるように殴られしまう。ぶつかった地面は大きく陥没した。
急いで起き上がろうとするが、膝がガクガクする。魔力を込めたパンチで、強化した魔力障壁を壊してしまうとは予想外だ。
フレイヤから貰った水晶で強化したのに、まったく歯が立たない。
強さの桁が違う事にガロは恐怖し震え出す。
「お、お前は強い。もしかすると、フレイヤ様を脅かす存在になるかもしれん。フレイヤ様に刃が届く前に消さなくては……」
そう言うとガロは魔力を一点に集め始める。バチバチと火花が散り出し、魔力が暴走していく。
「もしかして自爆するつもりか?」
「クックックッ。その通りだ、我と消滅せよ」
「それは無理だな。フレイヤとか言う奴に、言いたい事もある。消滅するのはお前だけだ」
自爆する前に終わらせる。
『大爆水流』
凄い勢いの水量が、押し潰すようにガロを飲み込む。
使った上級水魔法は、火司る厄災の使徒なら有効だろう。辺り一面を水浸しにしてしまったが、自爆する前に倒せたようだ。
ピクリとも動かないガロが急に燃え出すと、跡形もなく消滅してしまった。
「おーい、クリスー」
町の方から声が聞こえた。あの声はシャノンだ。
よく見ると、ヨロヨロで歩いているじゃないか。
「シャノン!」
直ぐにシャノンに駆け寄った。
あちこちに、剣で斬られた傷がある。
致命傷になるような傷は無いようだが、シャノンの怪我を見て気が動転してしまう。
「回復魔法を使うから、じっとしていて」
その場にシャノンを座らせた。
『中級回復』
みるみる傷が塞がっていく。
傷跡も残らず綺麗に回復出来たようだ。
すくっと立ち上りると、シャノンは少しジャンプした。
「ありがとうクリス。足の筋肉も治ったみたいだよ」
「大丈夫? どこも痛くない?」
「大丈夫だよ。クリスのお陰で治ったよ」
「良かった!」
クリスはシャノンをギュッと抱き締めた。
「あっ、わっ、えっと………」
急なことで驚いたけど、何でクリスが抱き締めてくれたか分かった。心配したのだ。
シャノンもクリスをギュッと抱き締める。ドキドキと、心臓の鼓動が早くなってしまう。
「ご、ごめん、シャノン。急に抱き付いて……」
我に帰ったクリスは、シャノンに抱き締めるのを止めた。心配のあまり感情が高ぶってしまった。
「き、気にしないでクリス。ボ、ボクはクリスに抱き締められて嬉かっ……って、何言ってるんだろうボクは!」
慌てるクリスとシャノン。
赤面する二人は、暫くの間よそよそしかった。
厄災の使徒は倒した。
グリフォンに乗って、ノートスの町の住人が避難している場所まで戻る事にする。
クリスとシャノンが帰って来たら、いの一番にターナーがやって来た。
「戻って来たか。その顔の表情なら倒したようだな」
「ターナーさんに、倒すって約束しましたからね」
「やっぱりクリスは凄い奴だな。早速ノートスの町の連中に報告してくるぜ」
ターナーは、クリスが厄災の使徒を討伐したと、大声で住民達に伝えた。
最初は半信半疑の住民達だったが、商人のターナーがクリスの強さを力説。あれよあれよと信じ始めた住民達の顔に、生気がみなぎってくる。
脅威が無くなった事を知って、ノートスの住民達は町に戻って行く。
冒険者ギルドで請け負った仕事は、ノートスの町まで荷馬車を護衛すること。そんなわけで、ターナー、クリス、シャノンもノートスの町へと向かった。
町へ戻れば、やらなければいけない事は沢山ある。悲しんでいる暇はなく、着いた早々復興に入る住民達。
戦乱の世界だけあって切り替えが早い。男だろうが女だろうが、大人だろうが子供だろうが、皆が協力して町を立て直す。
「依頼ご苦労だったな。ほれ、これが報酬だ」
ターナーは、クリスに小袋に入ったお金を渡す。
「これ多過ぎですよ」
小袋には金貨二十枚が。
「いいんだよ。想定外の依頼も達成したんだ。まぁ、厄災の使徒を倒した報酬にしては安いが勘弁してくれ」
「そんな、悪いですよ。勝手に討伐したのは俺なんで、追加報酬を受け取るなんて」
「気にするなよ、俺はクリスとシャノンを気に入ったんだ。貰っておいてくれよ」
せっかくの好意だし、受け取らないと逆に失礼になるかもな。ここは好意に甘えよう。
「分かりました。ご厚意感謝します」
うんうんと、ターナーは頷く。
夜は、酒場に大勢の人達が集まっていた。幸いにも酒場は無事で、飲んで憂さ晴らしを考えている人達が多いようだ。
ターナーに誘われ、クリスとシャノンも食事を楽しんでいる。
「ねぇねぇクリス、このお肉美味しいよ」
大好きなお肉に出会えてシャノンはご機嫌だ。美味しそうに頬張るシャノンは愛くるしい。
「シャノンは肉好きか。可愛い顔して以外だな。ほれ、俺の分も食べなよ」
「いいの! ありがとうターナーさん」
肉好きのシャノンは遠慮なく貰った。
それを見てターナーは笑顔で酒を飲む。
「クリスはシャノンみたいに、以外な一面とかあるのか?」
「以外な一面ですか。そうですね……こんな容姿していますが、俺は男って所ですかね」
飲んでいた酒を吹き出すターナー。
「はっ、えっ、お、男? クリスが?」
「やっぱりその様子だと俺の事、女と思ってましたね」
「当たり前だ! だってどう見ても美女だろ!」
女だと思われる展開には慣れて来たな。
最近では相手が驚く顔を見るのも悪くないと、悪戯っぽい考えを抱いてしまう。
「マジかよ……男か……」
「どんだけ落ち込んでいるんですか」
テーブルに顔を伏せてしまう程の落ち込み具合を見て、苦笑いしてしまう。
「落ち込むに決まっているだろ……でも男だろうと、クリスはクリスだよな。気に入っていることに変わりはない」
そう言って、グイッと酒を飲み干す。
「飲み直しだ。二人とも、じゃんじゃん飲み食いしてくれ!」
「やったー。じゃんじゃんお肉食べるね!」
ピッチの上がった、ターナーとシャノン。
夜はまだ続きそうだな。
出発の日にターナーから地図を貰った。次の目的地を記した地図で、餞別だそうだ。
「何から何まで世話になったな、クリス、シャノン。俺はこれからもっと大きな商人になってやる。その時はもっと美味しい物を食わせてやるぜ」
「是非楽しみにしてます」
「ボクも美味しいお肉楽しみにしてるね」
「任せとけよ。二人とも元気でな」
「ターナーさんもお元気で」
別れの握手をして旅立った。
クリスもシャノンもギリアム王国を出るのは初めてだ。期待と不安が入り交じるが、新しい土地での冒険はやっぱり楽しみだな。