プロローグ
「この世界は理不尽だ」
いつ頃、そう思うようになったのだろう。
俺は子供の時に、アニメのヒーローによく憧れた。弱者を守るヒーロー、悪役を倒すヒーロー、困っている人を助けるヒーロー。
正義は必ず勝つと信じていた。
しかし、大人になり理解した。
正義は力ある者が決めるのだと。
警察官になって、10年。
正義のヒーローになれると思っていたが、現実は違う。最初は、困っている住民のための仕事に充実していた。
だが、ある時を境に考えが変わる。
蝉の鳴き声が、激しさを増す8月。
都内でひったくりの事件が発生した。
被害にあったの若い女性。持っていたバッグを、後ろから来た男性に盗まれたらしい。
その際、揉み合いになり女性は怪我をした。幸い軽傷だったが、心には大きな傷が出来た。
犯人の身元はすぐに判明。事件現場近くの監視カメラが、犯行を撮っていたのだ。逮捕間近だと思っていた。
だが、突然事件はうやむやになり捜査終了。
俺は納得してなかった。
そんな時、ある噂が流れた。事件の容疑者は大物政治家の息子らしいと。
なるほど。結局は力ある者が正義なのだ。
正義に失望した瞬間だった。
それでも仕事は続けた。
残念ながら、事件事故は毎日起こってしまう。
巡回中の時に、不審な人物を見つけた。
その男は帽子を深く被り、辺りをキョロキョロしている。男は人通りの多い路地を避け、裏路地に入って行く。俺はその後を追った。
薄暗い裏路地は、人通りも少なく静かだ。
道路には飲食店で出した、空の瓶ケースが山積みされていた。俺は物陰に隠れて男の様子を伺う。
バッグを持った若い女性が裏路地に入って来た。男は女性が目の前を通り過ぎたら、辺りを確認し、忍び足で女性の後ろをついて行く。
次の瞬間、男は右手にナイフを持ち、女性のバッグを奪おうとする。
「何をしているんだ!」
すぐに飛び出た。
ナイフを持っている男と女性の間に入り、揉み合いになる。
突然、腹部に熱い痛みが。
「あれ? 何だこれは?」
腹部を触った手を見ると、べっとりと赤く手が染まっている。
男はナイフをその場に落とすと、走って逃げて行く。
俺はその場に崩れ落ちた。
意識がだんだん薄れて来る。女性が何か言っているが、よく聞こえない。
女性を見ると……無事ようだ。
良かった。
落ちていたナイフを見つめる。
自分の欲望を満たす為に法を犯すとは。
「理不尽な奴が多いな」
そう呟くと、意識がなくなった。
「お前も理不尽に思う事があるのか?」
女性の声で目が覚めた。
辺りは暗いが、女性の姿はハッキリと見える。
身長は170センチくらい。凛とした顔付き、ロングの金髪で赤い瞳、大きな胸をしていて、黒色のドレスを着ている。
年齢は20代だろうか、色白で容姿は欧米系の女性。
見惚れるほどの美人だ。
しかし血の色のように赤い瞳を見ると、何故か恐怖を感じ震えてしまう。
「理不尽だらけさ……」
「ほう、話してみよ」
俺が思っていた事を、ありのまま話した
金髪の女性は、俺の話を黙って聞いていた。
「なるほど、話は分かった。それでお前は、理不尽を変えれる力が欲いのか?」
理不尽を変えれる力が欲しいか。暫く考えた。
その質問の返答は。
「力か……欲しいね」
金髪の女性の表情が変わる。
「なら、力を与えよう」
「えっ!?」
突然の申し出に驚く。
力を与える? この女性が?
俺の混乱した顔を見ると、金髪の女性はクスリと笑う。
「まだ、自己紹介をしていなかったな。私の名は、クリスティアナ・ライオット。戦慄の魔王だ」
「そうですか、魔王……って、魔王! 今、魔王って言いませんでしたか?」
「そうだ、魔王だ」
おいおい、冗談だよな。
だが彼女の顔は真剣だ。見た目は人間の女性だ。悪魔的な角も無いし、翼も尻尾も無い。
本当に? でも魔王って言われても……
さっき俺は刺されたばかりで、ここもどんな場所なのか分からない。混乱するばかりだ。
もしかしたら漫画でよくある、異世界転生するって話なのか?
「そ、それで力って、具体的にはどんな物なのですか?」
「私の体だ」
「クリスティアナさんの体!?」
驚きが止まらない。
手を握り締める力が強くなる。
「俺って女性になるんですか?」
「言葉足らずだったな。少し説明しよう」
そう言って、クリスティアナは説明してくれた。
戦慄の魔王クリスティアナは、強大な力を持つ魔王だ。
初めて見るの者は、その美貌に心奪われる。
戦った者はその強さに恐怖し、震え出す。
大国同士が戦争していた時代、戦慄の魔王が台頭し始めた。
魔族を掌握した魔王も、大国同士の戦争に介入し、戦火が更に拡大。
強大な力を持つ魔王に対して、大国は敗戦が続いてしまう。
人族の王が、各国に協力を呼び掛けた。
静観していた国々も魔王の力に怯えていたが、種族の垣根を越え、協力し合う関係に変化した。
そして、魔王軍と多種族連合軍の戦争が起こる。
数に勝る多種族連合軍だったが、魔王軍も手強く、お互い一進一退の攻防が続く。
その戦況を打破する人達が現れた。
勇者達だ。
魔王を倒す為に集められた精鋭。その中から更に選別して選ばれる。
人種は人族以外にエルフ族、ドワーフ族、獣族。
最高の人選、そして最高の装備で魔王に挑む。
勇者達の活躍で戦況が激変。魔王軍は敗戦が続くようになる。
一気に攻め上がり、ようやく勇者達は魔王まで辿り着く。
激しい戦いが長く続いた。勇者達の仲間も一人、また一人と減っていく。だが刺し違えた仲間のお陰で、勇者達の勝利で終わる。
勇者達に倒されたクリスティアナは、最後の力で自分を転生させる魔法を使う。
魔法は成功。
だが、肉体の転生に思っていたより魔力を使い過ぎてしまう。強大な魂を戻す魔力は、もう残っていなかった。
「私の魂を戻すのは不可能だ。どうせ朽ちる体なら、お前に私の体を与えてやる」
概ね理解した。
「それで、俺が魔王になるんですか?」
「それはお前が決める事だ。私の力を受け継ぐのだから、魔王を名乗るも名乗らないも、お前の自由だ」
「マジかよ……」
「私の世界は、お前の世界以上に理不尽だ。それでも新しく生まれ変わるか?」
どうする?
新しい力と、新しい世界。
理不尽を変えれる力が欲しい。
「……分かりました。クリスティアナさんの体、俺が受け継ぎます!」
クリスティアナから笑みが出る。
「私の体を与えよう。容姿は私だが、お前の魂が入れば性別は、男に変化するだろう」
「見た目はクリスティアナさんで、性別は男か。頭が混乱するが、お願いします」
クリスティアナが俺の頭に手をかざすと、意識がだんだん薄れていった。