First(2)
弓を持つソルとハルバードを持つ少女との戦いは思いのほか長時間続いていた。
(まさか、そんな物があるなんて……)
予想外。まさにそれが長時間になってしまっている原因だった。
あのソルは弓を持っている。だがその弓の姫反りの部分に刃、より正確にはノコギリの刃のようなものが付いていた。
最初は装飾だと思っていたがいざ戦ってみるとそれは武器だった。
しかもただの刃ではなく細かく振動している。当たればタダでは済まないだろう。
ソルが弓を構えることなく急接近、細かく刃を振動させながら少女に迫る。
対する少女は冷静にハルバードを振るい斧の部分でそれを受ける。
さらに予想外だったのがこれだ。
ソルが持つそれの形は弓、であれば遠距離から矢を放つと思っていたが接近戦を得意としていたのだ。
刃は補助だと思っていたがどうやら弓の方が補助らしい。
それがわかったことで対処を変えている。
リーチはこちらに分がある。だが、懐に入ってしまえばこちらがやられる。
迂闊に攻められず相手の隙を伺っている間に時間は過ぎていたのだ。
(負けることはない。でも、時間はかかりそうです、ね!!)
少女はハルバードで一気に押し返すように突き飛ばす。
そんな少女の耳に知らせが届いた。
それは当然ながら拓真のもの。しかしその声には色濃い焦りが感じられた。
『まずい!もう1体ソルが現れた!』
「なっ!!?」
驚愕の表情を浮かべる少女へと拓真は報告を続ける。
『彼は今逃げているようだがこのままだといつやられるかわからない。しかも、おそらく彼女“だった”ソルだ』
そこまで聞き少女は悟った。
彼は死ぬ、と––––
ソラを出すことができれば自分が向かうまで耐えられるかもしれない。しかし彼はまだそれを出せず手も足も出せないような状況だ。
そんな状況で生き残るなど無理にも程がある。
早々に諦めるべきだ。
しかしそう思う少女の頭に彼の顔が浮かぶ。
この1週間、遠くから見ていただけだが彼は普通の人間だ。普通の生活を謳歌し、これからもそうするはずだったような存在だ。
それを一瞬、ほんの刹那の時、羨ましいと思ってしまった。
(これだから、誰かといるのは好きじゃないんです……)
ふと希望はまだあると考えてしまう。
報せによれば彼は今逃げているらしい。
ならば早急にこのソルを倒せばもしかしたら救えるかもしれない。
それに、彼女だったものは自分が消さなければならない。
それが彼女に託された想いであり、願いだからだ。
そう決まればあとは簡単だ。
すぐに目の前の敵を狩り、護衛対象の元へと急行、その敵も狩る。
少女はハルバードを強く握りしめ、腰を落とした。
◇◇◇
「はぁ!はぁ!ッッ!!?」
逃げ惑う光司を弄ぶようにソルは鞘と大太刀を振るう。
大太刀の方はどうにかかわしたが鞘の方は的確に光司の体を捉える。
「ウッ!?」
その衝撃で飛ばされることはない。
だがその代わりに体の内側を直接殴られたような痛みが全身に走り、よろける。
ソルの攻撃は激しい。速さも圧倒的で一定の距離から離れさせてくれない。
そしてソラを出せないことに気がついているらしく先程から弄ぶように鞘でのみ攻撃を繰り返している。
よろけた光司の頭に迫るのは大太刀でなく逆手で持たれた鞘の方だ。
振られたその鞘は光司の側頭部に命中、頭を揺さぶられるような衝撃を受け意識が飛びかける。
しかし光司はどうにかそれに耐え、再び走り出す。
「ァァァアア」
そのように逃げ惑う光司をあざ笑うかのようにそのソルの口は三日月を描いている。
(あぁ、くそ……!)
光司は実際に怪我をしたわけではない側頭部を抑えながら走る。
しかし痛みと体力の消耗でまともに走れているのか自分ですらよくわからなくなっていた。
あとどれほど逃げればいいのか、わからない。
あとどれほど待てばあの少女が来るのか、わからない。
そもそもなぜ自分がこんなことになっているのか、わからない。
何もかもがわからない。
––––自分は何なのかさえも、わからない。
小さな段差につまずき光司は倒れた。
すぐに立ち上がろうと手をつくが横から鞘の一撃が入り、声すら漏らすことができずに身をよじらせる。
仰向けになるとその視界にはソルの姿が映った。
左手に鞘を持ち、右手には切っ先を下に向けられた大太刀を持つソルだった。
(あ〜あ、ここまで、か……)
光司の胸に深々と大太刀が刺さった。
◇◇◇
(……ここ、どこだ?)
光司はふと気がつくと暗い闇の中にいた。
目を閉じているのか開いているのかよくわからなくなるほどの黒。
光を通すことをどこまでも拒んでいる闇。
その黒い闇の中を光司は漂っていた。
「やぁ、初めまして」
声がして振り返るとそこには1人の少年がいた。だいたい10歳ほどの少年だろう。
わかるのはそれぐらいだ。あとは薄霧がかかりはっきりとわからない。
その少年は続ける。
「うん?ん〜。君はなかなか頑固なようだ。今になっても認めないとは……」
その物言いはまるで今の自分を全て知っているかのようだった。
なぜかその物言いがいつもよりずっと癇に障り言い返そうとしたところでようやく気がついた。
「ッッ!!?」
(……声が、出ない!?)
なぜか声が出せない。
口は開いている。言おうとしている。なのにそれが形にならない。
「無駄だよ。今の君はまだ未確認だ。ここでは喋られないよ」
「何を意味がわからないことを」と言いたかったがやはり言葉にならない。外に出ない。
「でも、君と僕は一連托生。君が死ねば僕は僕でなくなる……だから、力を貸してあげる」
そういうとその少年は姿を消した。
◇◇◇
「ッッアアアァァア!!!」
瞬間、光司は叫んだ。
叫びながら胸に深々と突き刺された大太刀を掴み、ゆっくりと引き抜き始める。
大太刀を掴み、ゆっくりと引き抜こうとしている光司の手。それは青白い炎を纏っていた。
ソルが押し込もうと力を込めるがそれに対抗するように光司はもう片方の手でも大太刀を掴んで一息に抜いた。
「はぁ……はぁ……」
光司は大太刀を掴んだままゆっくりと立ち上がる。
胸に何か入っている異物感があり気持ち悪い。
それに加えて痛みが広がりただ立っているだけだというのに意識が飛びそうだ。
どうすればいいのかはわからない。わからないがわかる。
左手で大太刀を掴んだまま右手を引く。
(お前の……弱点は––––)
「––––そこだあぁぁぁあああッッ!!」
光司は叫びながら引いた右手をソルの胸のど真ん中に突っ込んだ。
何か硬い感触を感じたがそのまま手を押し込む。
「ァァァアア!!!」
ソルは光司から離れようと足掻くがそれでも彼は手を離すことなくそのまま胸に手を突っ込む。
今度は逆手に持っていた鞘を順手に持ち替えてそれで光司の脇腹へと振るう。
痛みが走るが無視して更に手を押し込むと硬い何かを貫いた感覚とその先に何かを掴んだ感覚。
「ッッ!!」
その何かを掴むと一息に引き抜き、握り潰した。
そこで光司の意識は途切れた。