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 そして、あれからさらに1週間後。

 午前の講義を終えた光司は駅の前で人を待っていた。


 待っているのは大島伊織だ。

 弟の誕生日プレゼントを買うらしいが自分の趣味とその弟の趣味が合うとは思えない。


 しかし、せめて彼女の姉として威厳を損なわせないようなものを選ばなければならない。そう考えると少し緊張する。


 プレゼントなど誰かに渡した覚えはない。どんな物を選べばいいのかわからずスマホで「男性 プレゼント おすすめ」で検索しているのだが、どれもピンとこない。


 それもそのはず光司はその弟とやらについて何も知らない歳さえもわからないような状態でプレゼントを選べなど無茶もいいところだ。


「あ、あの……」


 声がかけられて顔を上げるとそこには伊織がいた。

 

 全体的にラフでゆったりとした服装をしている。

 白いシャツの上に淡いピンクの上着、膝の少し上まである上着と同じく淡いピンクのスカート。

 小さいポーチバッグを持ち、靴はハイヒール。


 化粧も少ししているのか先週見た顔とは印象が少し違う。


 言葉なく見ていた光司に伊織は恥ずかしそうにしながら聞く。


「あ、あの……変、でしたか?」


「え?ああ!いや!そんなことはない!うん」


 伊織の問いでようやく我に帰った光司は慌てながらもそう答えた。


 見惚れていたなどと言うわけにはいかない。これはデートではない。彼女の弟へのプレゼント選ぶために出かけるのだ。

 断じてデートなどではない。

 そう強く念じながら彼らは駅に入りデパートがある場所へと向かう。


 そんな姿を気配を殺しながら遠くから眺める者がいた。

 彼らの姿を報告したその少女は最後に吐き捨てるように小さく言葉をこぼす。


「……いいご身分ですね」


 その言葉には皮肉が多分に含まれていた。

 それに帰ってきたのは拓真の声。しかしその声は少女とは違いどこか興味津々といった感じだった。


『そう言ってくれるなよ。日常を楽しめる時に楽しむ。それは余裕があると言うことさ。いいことじゃないか』


 そうは言われてもこれが自分の日常である少女にはよくわからない。

 よくわからないはずなのだが心に妙に引っかかる。


 それを隠すように、認識しないように少女は彼ら、正確には光司の後に続いて駅に入った。


◇◇◇


 電車に揺られながら2人は流れ過ぎていく景色を見る。

 雲一つない晴れ。とまでは言わないにしても青空がほとんどを占める空が広がっていた。


「あ、甘手、さん」


 布団でも干せばよかったかなと考えているとおずおずとした声音で自分を呼ぶのが聞こえた。

 当然声を出したのは伊織だ。


「ん?どうした?」


「す、すいません。せっかくバイトが休みの日に付き合わせてしまって」


「いや、いいって別に家に帰って寝るかゲームするかぐらいしかしないんだし……それに––––」


 誰とも話さず、一人きりでいると永遠とソラやソル、エヴァンテについた考え続けて悶々としていただろう。

 いや、確実にしていた。事実この数日は本当にそうやって過ごしてきた。


 夢を見ることを促す薬。

 あれの効果は確かにあり、ここ毎日昔の記憶と自分を見せられていた。

 目をそらすことも瞑ることもできずに見せ続けられている。そのせいかスッキリと眠れている感覚はないが1週間も経つと慣れてしまっていた。


「……それに?」


 言葉が途中で止まったことを不思議に思い伊織が聞く。


 本当のことを彼女に言うわけにはいかない。これは自分の問題で自分でどうにかしなければいけない問題だ。


「いや、こうして女性とどこかに出かけたことってないから……ちょっと新鮮で楽しい」


 「まだ移動中なのにな」と付け足し小さく笑う光司をみて伊織は少し顔を赤くさせる。


「そ、そう……ですか」


 うつむきながらそう呟くのが彼女の限界であった。


◇◇◇


 電車に揺られること10分。駅から出てすぐのデパートに光司と伊織は訪れていた。


「んで、俺はその弟の好みどころか歳すらも一切知らないんだけど?」


 デパートに入ってすぐにした質問に伊織は「へ?」と声を漏らし首を傾げた。

 その顔には一切隠す様子もなく「何を言ってるんだろう?」という顔をしている。


「……え?弟の誕生日プレゼントを選ぶんじゃないの?」


 その言葉にハッとしたように伊織は慌てながら言葉を紡ぐ。


「あ、ああ!そうですそうです!!えっとですね––––」


 彼女の弟の年は今年で15。

 好きなものはアニメやゲーム。時々変なことを言うそうだがそれはこの歳ならば無視してもいいだろう。

 好みはよくわからないがとにかく黒くて悪者っぽい物が好きらしい。


「––––っていう感じなんですけど……わかりますか?」


「……まぁ、うん。わかった。あと、その変なことを言うのはいずれ治るから……優しく見守っててやって」


 要はダウナー系の物が好みらしい。

 どうせ渡すと言うのならばその不治の病が治った後も着れるようなものを渡せば恐らく色々と喜ばれるはずだ。


「は、はぁ。そうなんですか」


 伊織はそう言ったが言葉の意味をいまいち理解できていないようだ。

 だが、光司は思う。こんな物を理解する必要はないと。そのため詳しく説明することはない。


「んじゃ、行こうか」


「はい。よろしくお願いします」


◇◇◇


 洋服売り場は全てデパートの2階にまとまっている。

 当然ながら女性服も売ってあるが今回の目的は男性服。


 エスカレーターを登りきり、早々に女性服売り場を通り過ぎようとした時に伊織が何かを見つけたらしく立ち止まった。


「ん?どうかした?」


「あ、いえ。その、可愛いなぁって思って」


 伊織が見ていた先には夏服で綺麗に着飾られたマネキンがあった。


 確かに夏らしく涼しげな感じでまとまり可愛いと思う。同時に彼女にも似合っているような気がした。


「……少し、見てく?」


「いいんですか!?」


 前のめりになって聞く伊織に光司はたじろぎながらも一度頷く。


「あ、ああ。別に時間はあるわけだし」


 それを聞くと伊織はパァッと表情を明るくさせると工事の手を引いてその洋服売り場に入る。


「え?ちょっ、俺もか?」


「私だけだと似合ってるかどうかわからないですから!」


「い、いや!それなら店い––––」


 店員に見てもらえばいいと言おうとしたが嬉しそうでありながらもどこか恥ずかしそうな表情を浮かべる伊織を見て言葉を飲み込んだ。


 そんなことを言うのは野暮というものだろう。自身は全くないが彼女に付き合うことにしよう。


◇◇◇


 それからその服屋を出たのは2時間後のことだった。

 その店を出て今度こそ本命である伊織の弟の服を買い現在はファストフード店でゆっくりとしていた。


「ありがとうございます。色々と」


 どこか申し訳なさそうに言う伊織に光司はコーヒーで乾いた喉を潤してから言う。


「いや、いいよ。大島さんの方こそ良かったの?俺が選んだもので」


「う、うん。むしろ選んで欲しかったし」


 光司が聞き取れたのは最初の返事だけで後の言葉は聞こえなかった。


 何かの気のせいだろうと思いポテトを食べる。


 伊織はオレンジジュースを飲みながらもこの後について考え始めた。

 すぐに思い出したのが1週間前、あの合コンが終わってからのことだ。


 あの合コンが終わったあと伊織を含めた女子5人は伊織の部屋に集まっていた。


「やったじゃん。伊織!ナイス!」


 友人が伊織の肩を叩きながら言う。


「そ、そうかな?」


「そうだよ!デートの約束を取り付けて連絡先もゲット!今までに比べたらずっと前進してるって」


 自信を持たせるように勇気付ける友人たちに「うん」と小さく伊織は頷く。

 しかし1人が真剣な面持ちで言う。


「でも、諸刃の剣だよね」


「あー、たしかにね」


 ほぼ一斉に「うーん」と唸りだした友人たちだが伊織はいまいちその状況を認識できていないらしく友人たちの顔を見回す。


「えっとね。多分甘手くんはデートって考えてない」


 なぜと一瞬思ったが確かにそうだ。

 自分は「弟の誕生日プレゼントを選びたい」と言った。

 2人で出かけているのだからデートと伊織は思いたかったがその誘いでは友人とその弟のために出かけている。という理由ができてしまう。

 彼に自分を意識してもらうには足りない。


「ど、どうすればいいかな……」


 友人たちは一斉に考え込んでいたがふと顔を上げそれぞれ顔を見合わせて頷いた。


 何か答えが出たのだろうかと伊織は半ば緊張しながらその答えを聞こうと集中する。


「「「襲うしかない!性的に!!」」」


「へ?」


 しかし、飛んできたその答えは彼女にはあまりにも突拍子がなく間抜けな声を漏らすしかなかった。


「うん。やっぱりそれが手っ取り早いよね〜」


「言葉よりも実際にヤっちゃった方がいいよ」


「掴むのは胃袋とアソコよね〜」


「下品だけどその通りね〜」


 どこか他人事のように言った友人たちは「アハハハッ!!」と大声で笑い始めた。


 しかしそれでようやく意識が戻ってきた伊織がそれに負けず劣らずの声で叫ぶ。


「な、なななっ、何言ってるのぉおおお!!?」


 顔を真っ赤にさせ慌てふためくがそれを意に介さず友人の1人はサムズアップを伊織に向けながら言う。


「伊織。恋愛は押してダメなら押し倒せよ!」


 その友人は言い切ると上げていた親指を人差し指と中指の間に入れた。


「ッッッッッ!!!」


 何かを言おうと息を吸い込んだが結局それが言葉になることなく伊織はへたり込んでしまった。


 それらのことを思い出し伊織は浅く息を吐き、心の中で拳を軽く握る。


(私は、今日……甘手さんと)


 考えただけで頭が沸騰するがとにかくやるしかない。ヤるしかないのだ。


(押してダメなら押し倒せ……!)


 伊織はその言葉を握りしめるよう光司に見えないように現実でも拳を握った。

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