Explanation
下に伸びた階段を下ること約5分。着いた先はどこか近未来的な通路だった。天井にはLEDが付いており灯りでその通路を照らしていた。
階段は灯りの数が少なかったためそこは少し眩しく感じる。
アニメや漫画で見る基地通路をイメージすればいいのだろうか。派手な装飾はなく無機質な印象を受けた。
少女は辺りを見回す光司を即すように歩き始めた。光司も少女が歩き出したことに気がつくとすぐに早足で歩き少女の後に続く。
「……ここは?」
「説明は今から会う人から聞いてください」
棘を感じるような言い方だった。冷たく突き放すような声音。敬語であるせいかより強くそう感じる。
そんな言い方をされてしまば––––。
「……はい」
そう短く答えるしかない。
自分はこの少女に知らず知らずのうちに酷く嫌われてしまったらしい。しかしその理由がわからない。彼女に対して何かした覚えはない。
いや、思い返せば一つしたことはある。
(……指示に従わなかったから、か?)
初めて彼女と会った時、自分は情けないことに完全に腰が抜けていた。それに加え、目の前で青白い何かと戦う彼女の姿に見惚れていた。
だから動けなかったのだが、その結論では何か違和感を感じる。なんとなくそうではないと第六感が告げている。
そんなことを思っていると少女は立ち止まり振り向いた。
その隣には機械的な扉がある。
「ここです。ある人が待っています。それでは、失礼します」
光司の言葉など聞く気がないようで少し早口で言い切ると背を向け歩き始めた。
「あっ、待っ––––」
それを呼び止めようとしたが少女の背はそれを完全に拒否していた。だからその言葉を飲み込んだ。
光司は少しそれを後悔しながらも扉をノックする。
「あ、今開けるよー」
その間延びした声が聞こえると同時、空気の抜ける音ともに扉が開いた。
「待ってたよ」
そこには白衣を着て眼鏡をかけたいかにも研究者といった風貌の男性が柔和な笑みを浮かべていた。
◇◇◇
その部屋は病院の診察室を思わせた。
入って左の壁近くにベッドが一つ置かれ、右の壁には机と椅子がありその隣には本棚が置かれている。
机の上には本がいくつか散乱しており生活感が漂うのはそこだけで殺風景な印象を受けた。
「あー、そこのベッドにでも座ってくれ」
眼鏡をかけた男性の指示に従いそのとおりに座る。
すると男性はテキパキとコーヒーを用意して光司に差し出した。
「ありがとうございます」
受け取り飲む。
ミルクだけではなく砂糖も入っているのかいつも飲むものよりも幾分か甘い。だが、疲れ切っている今はその甘さがちょうどよく安心できた。
光司がゆっくりと息を吐くのを見てからその男性は口を開く。
「色々と説明をする前に、私の名前は皆城 拓真だ。気軽に皆城さん、でもいいし拓真さんでもいいよ」
その男性は光司を部屋に招き入れた時と同じ笑顔を浮かべる。
眼鏡をかけており美男子というにふさわしい顔付き、ストレートに伸ばされた黒の長髪。
色白で細身だがその上に纏われている白衣のせいであまりおかしいとは思わない。
歳はおそらく自分とそう変わらない。しかし自分は説明を受ける側、最低限の礼儀は守るべきだろう。
「えっと……天手光司、です」
「天手くん、か……よし。それじゃ、君が疑問に思っているであろうことを大体説明するから、よく聞いてくれ」
光司が頷くと拓真は説明を始めた。
「まずは君を襲った存在だ。あれを見て何か思ったことはあるかい?」
聞かれてつい30分ほど前のことを思い出す。
突然襲ってきた大鎌を持った人のような青白い何か。
逃げている頃や少女が戦っている頃は冷静になれなかったが今考えてみるとどうだろうか。
どこかおぼろげで存在しているのかいないのか、あやふやな存在だった。
それに近いものといえば……浮かんだのは一つだ。
「幽霊……」
浮かんだものをそのまま口にしたが拓真はそうだと言わんばかりに深く頷いた。
「そう、あれは幽霊のようなものだ。少し正確に言うと魂、と呼ばれるものの残りカス、残滓だ。私たちはあれを『ソル』と呼んでいるよ」
「ソル……ですか」
「そう、ソルだ」
光司が確認するように名前を口ずさみ、拓真は肯定するようにゆっくりとその名前を言った。
「「…………」」
そして、そこで会話が途切れた。
「……え?それだけ、ですか?」
驚いたような、意外そうな顔で聞いた光司に申し訳なさそうな苦笑いを浮かべて拓真は頷いた。
「ああ、申し訳ないことにソルの正体や生態はよくわからない。わかっていることはほんの極一部さ」
あれだけ大口を叩いていたというのに結局わかっているのは名前だけでは拍子抜けするのも当然だろう。
そしてそれが表に出ていたらしく慌てて拓真は言う。
「まぁ、そんな顔をしないでくれ。わかっている極一部が君には重要だからね」
拓真はコーヒーを飲むと息をつき話を続ける。
「ソルがなぜそうするのか、目的は不明だけど『ソラ』を持つ者、もしくは芽生えている者を襲うようだ」
「……ソラ?」
「詳しく説明すると時間が少しかかるからね……んー、自分の魂。わかりやすく言うと自分が想像している世界を具現化した武器や武具だよ。本来なら人はみんな持っているんだけど、それを自覚してさらに具現化させられる者はそうはいない」
「人はみんなってことは……俺も?」
おそらくはあの少女が持っていた青白いハルバードもソラと言うのであろう。
あんな物が自分にもあるなど想像できない。自分の中にあるなど実感が湧かない。
考えれば考えるほど、思えば思うほど別世界の話のようにしか見えない。
しかし、光司はたしかにソルに襲われ、ソラを持った少女に救われた。であれば疑う余地はなく、完全に無関係な話として切り捨てることはできない。
「そうだね。ただ具現化できていない、と言うだけで君の中にたしかにあるよ。ソラは……」
光司はカップを持っていない左手を見つめる。この手にもソラなるものが呼び出せたりするのだろうか。
そんな疑問がふと浮かんだ。しかしそれを小さく笑い一蹴する。
(出せて何になる……)
自虐の言葉が浮かんだ。
戦い方など知らない。そんなことを習ったこともなければそもそも興味すらなく育った。
そんな者がソラを出せたからと言って何になる。どうせなら戦い方を知っている者が出せるようになればいいのに。
そんな思いが浮かんでいたが拓真は気付いていないのか話を続ける。
「ソルはソラを持つ人を襲う。ソラは具現化できなくても持っている、宿しているだけで狙われる。ソルが面倒なのは物理的な攻撃が一切通用しないことだ」
「え?でも、あの子の攻撃は当たってましたよ?」
「うん。ソルはソラでしか対抗できない。魂の残滓は魂を具現化したものでしか倒せないんだよ」
ソラを具現化できている者ならば自分でソルを撃退できる。だが、ただ宿している者は光司のように逃げるか、なすすべなく殺されるしかない。
「でも、流石にされるがままで黙っているわけがない。そこで組織されたのが今私たちがいるここ、【エヴァンテ】さ」
拓真が言うにはエヴァンテの目的は大きく2つ。
1つはソラを宿す者たちの護衛と保護。
1つは保護したソラを宿す者たちの具現化を促し、ソルに対する対抗手段を構築すること。
「その2つを繰り返して今のこの規模にまでなっているんだよ。日本で約2万人、世界中ではあと少しで10億ってところかな?」
「……多いですね」
こんな秘密基地じみたものを作っていた組織が全体ではそこまで数がいたとは思わなかった。
「いや、これはソラを宿す者も含んでいる。実際は日本では8,000人いるかいないか、世界中だと2億と少しってぐらいだ」
補足するように言ったがそれでも多い。
最初に光司が予想していた人数は1,000人ちょっとだった。
「他にも聞きたいことはあるかい?」
「……今はいいです」
まだいくつか聞きたいことは確かにある。
だが、今聞いたところで聞き慣れない言葉で頭は一杯になり、ありえない体験をしたばかりであまり頭に入らないだろう。
そう思い光司は残ったコーヒーを一気に飲み干した。
拓真は彼の疲れと“薬が効き始めた”ことを察し、切り替えるように少し明るめの声音で言う。
「今日はここに泊まっていくといい。部屋を用意している」
「あ、ありがとう、ございます……」
そう言いはするが朝起きた時の抗い難い微睡みに似た睡魔に襲われていた。
(あ……れ?)
もうすでに意識はほとんど残っていない。せめて用意された部屋に行こうとしたがどうしても瞼を開いたままではいられない。
光司は結局立ち上がることもできずに座っていたベッドで眠り始めた。
「おやすみ。光司くん。よし、彼を運んでくれ丁重にね」
独り言のように呟いたかと思うと部屋のドアが開き拓真と同じような白衣を着た男性2人が担架と共に入ってきた。
するとすぐさま1人が両脇を、1人が両脚を掴んで担架に乗せるとその部屋をいそいそと出た。
「さて……君は、一体何を見るのかな?」
拓真は呟くと2人の男性と同じように部屋を後にする。