Escape
「––––いそ––––!!」
「防––––ゲートに––––!」
部屋の外の喧騒に光司は目を覚ました。
いつのまにかまた眠っていたらしく隣を見ても少女はいない。
また礼を言いそびれた。と光司は息を吐き上半身を起こした。
わずかに痛みが走るが最初よりはずっとマシになっている。この分なら歩くぐらいは問題なくできることだろう。
「……にしても、この騒ぎなんだ?」
静かなエヴァンテしか知らない光司にとってその状況は少し興味があった。
一度この部屋から出て何が起こっているのか知ろうと思いベッドから出ようとしたところでドアが開けられた。
「よかった。その様子だともう歩けるみたいだね」
言いながら入ってきたのは拓真だった。
しかし走ってきたのか肩が少し上下し、少し息が荒い。
「どうしたんですか?なんか騒がしいですけど……」
「時間がないから単刀直入に言わせてもらう。質問も答える時間がないからその辺は許してくれ」
光司が一度頷くのを確認してから拓真は言った。
「今、このエヴァンテはソル集団に襲撃を受けている」
「なっ!!?」
「ソラ保有者ほぼ全員でゲート防衛をしているが正直に言って手が足りない。そのため、一時的にここを放棄、別の場所に逃げる」
最低限の情報とソラ保有者、人間のほとんどを別の支部へと移し、可能な限りここで足止めをする。今はそれらの搬送している途中らしい。
「君も保護対象だからね。一緒に来てもらうよ」
「は、はい!」
光司はすぐに返事を返すと入院着のまま拓真の後に続き部屋を出て走り出した。
「もう車を待たせてる。ゲートを出ればすぐのところだ」
「く、車って、それで逃げ切れるんですか?」
「そのためのソラ保有者だよ。彼らでソルを足止めする。ソルの性質は教えたろ?」
ソルはソラを宿す者を狙う。
距離が離されるものよりも近くにいるものを狙う。
その性質を逆手に取りソラ保有者でソルを足止め、その間に他の人間や戦闘能力がないソラ保有者を逃す。
しかし、そこで一つの疑問が生まれた。
「なんで人間まで逃げる必要があるんですか?」
ソルはただの人間は襲わない。
その性質があるのならばソラ保有者のみ逃せばいいはずだ。なのに、人間も逃がそうとしている。
「ソルにも例外がいるってことさ」
「例外?」
「ああ、【スピーリア】だよ」
ソルの中にはスピーリアと呼ばれる個体がある。
外見はソルの一回りほど大きいだけであまり変わらない。大きな特徴は群を抜いた戦闘力を持ちながら人間も襲うということだろう。
普通の人間はそもそもソルが見えないため、スピーリアに襲われてしまえばひとたまりもない。
抗うことが全くできないうちに殺され、ソルになる。
今回はそのスピーリアが集団の中に存在しているらしい。
「スピーリアをあぶり出すつもりでソルの数を減らしていたがやりすぎてしまったらしい。連中は減った数を無理やり補うことを選んだ。ただの人間を襲うことで、ね」
「そんなことって……」
「時々あるんだよ。安心してくれ。ここも少し前に似たようなことがあって逃げて来た場所だからね」
会話をしながら走っている時だった。
「遅いですよ!!」
ブロンドの長髪を持つ女性が手を振りながら2人に声をかけた。
「ごめんごめん。じゃ、彼を頼むよ」
短く言うと拓真は女性と光司から走り去る。
その背中に声をかけようとしたがその肩に女性の手が置かれて止まった。
「あの人はここに残るわ。あなたはこっち」
その言葉に反論しようとしたが自分が残ることで他の者たちもまた危険に晒すことになる。
そうなってしまえば彼らの努力がすべて水の泡となる。
それだけはダメだ。
光司はそう思いながら言葉を飲み込んだ。
「わかり、ました」
その返事に女性は少し驚いたような表情を浮かべたがすぐに真剣な表情へと戻し彼の手を取り、地上へと出た。
◇◇◇
外は夜中だったらしく辺りは暗い。家の明かりもほとんど消えており深夜帯なのがどうにか分かる。
また、ソラが覚醒しかかっているせいか外に出ただけでソルがそこかしこにいることが分かった。
「なんだよ……この数」
「不味いわね……これは」
しばらく呆然としていたが女性はすぐに我を取り戻し彼を近くのトラックまで引っ張る。
そのトラックの近くには見知った少女がいた。
「こちらです」
その少女は手を振りながら2人に声をかける。
「まさか、あなたがしんがりだなんてね」
「不安ですか?」
「いいえ。頼もしいわ」
2人はどこか余裕のある会話をしているが光司はいまいち現状を飲み込めていない。それ故に2人の顔を交互に見ていたが強い気配を感じ、その方向を見る。
(なん……だよ……あれ)
そこにいるのはソルだった。
青白い四肢や体と炎のように揺れる頭頂部、口は三日月に釣り上げられそこに並ぶ歯は全て犬歯のように尖っている。
その手に持つのは刀。それをゆらりと持っている。
ソルのはずだ。だが、明らかにソルではないと否定する自分がいる。
「……ハズレを引いてしまったようです」
「やれる?」
「やりますよ。それが私に与えられた任です」
ブロンド長髪の女性はそういう少女に一瞬、哀れみのような目を向けたがすぐにその視線を光司に向けた。
「さぁ、早く乗って!」
「で、でも!!」
女性に手を引かれながらも光司はその少女の背中を見る。
ハルバードを構えた背中は年相応、もしかしたらそれよりも少し小さいかもしれない。そんな背中に視線を向ける。
その視線を感じたのか少女は少し叫んだ。
「いいから早く逃げてください!!今のあなたにできる事なんて何もありません。足手まといなんですよ!そこにいられると!」
「ッッ!?」
「ほら、行くよ」
光司は少女の強い言葉に何も言い返すことができず、女性に手を引かれるままそのトラックに乗り込んだ。
光司と女性が乗り込んだのを確認するとそのトラックは急発進。スピーリアと少女を置き去りにして進み始めた。
◇◇◇
走り去るトラックの音を聞きながら少女はハルバードを握りしめる。
(スピーリア……)
それと同時に歯を食いしばり目を鋭く光らせる。
「絶対にここから先へは行かせない!」
それが自分の任だ。
それが“彼女”によって生かされた自分の仕事だ。
それが彼を守りきれなかった自分の尻拭いだ。
「アアアァァァァ」
しかし対するソルはまるでそれを無理だとでも言うかのように口をさらに釣り上げる。
少なくとも少女はそのように取った。
「ッッ!!」
少女とスピーリアとの戦いが今、始まった。




