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恐怖!シチュー女!  作者: みつる
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「これは…?」

「おう、起きたか」


目を覚ますと俺の体は柱に縛り付けられていた。


「すいません…俺…。」

「わりぃな、縛り付けて。でもな、こうでもしないと、お前が怖いんだよ」


親方はさほど悪いとは思ってないらしく快活に笑いながら言い放った。両手を後ろに組まれ、指まで動かせないその縛り方には確かに俺への警戒心がよく表れていた。俺はこのような扱いをされているというのに心はピクリとも動かない。いっそ、こうされることを望んでいたかのように。


「親方、あの二人は無事ですか?」

「あぁ少し前に病院に運んだよ。命に別状はないってさ」


良かった…。俺は安堵の溜息を漏らす。今まで、俺の人生は敵ばかりだった。だから、周りがどうなろうがしったことではなかった。むしろ「ざまぁみろ」とさえ思っていた。だけどここにきて、人の暖かみに触れた。毎日が待ち遠しく、寝るのさえ俺にはもったいなく感じるほどに。知らなかった。俺が人間に飢えていたことを、普通の生活に憧れを抱いていたことを。


「親方…ごめんなさい…俺を、俺をこのまま殴りつけてください。あの二人の代わりに気の済むまで殴りつけてください」

「そうするつもりだよ」


親方はつまらなそうにそう言うと、俺を見て困ったように笑った。


「ただな」

「…?」

「事情も飲み込めないのに一方的に殴るのは趣味じゃねぇ。」

「……。」

「ク〇アおばさんのCMが流れ始めてから、あきらかにお前の様子は違っていた。まるで人が違ったみたいにな」

「……。」

「お前がやった二人はお前の心配をしていたよ。親方、頼みますだってよ。なにを頼むんだか…迷惑な話だよな?」

「あんなふうにされて人の心配だなんて…人が良すぎるでしょ…」

「そうだろ?俺は人を見る目が自慢だよ。」


縛り付けられているというのに、俺の心には不思議に暖かいものが広がっていった。それは失われたものなのか、元々無かったものなのか。俺の体から溢れ出し、目元を濡らしていく。手を縛られているので、溢れ出た熱いモノを拭うことはできなかった。もはや隠し事など、体を成さない気がしていた。


「親方。信じられないかもしれませんが、聞いてもらってもいいですか?」


俺はそうしてシチュー女のことを語っていった。それは、ただただ辛い思い出を並べ立てるに過ぎなかった。ただ黙って俺の話に耳を傾けてくれる親方がなによりありがたかった。誰にも理解されない苦しみ。傷つき、傷をつけ、俺の心はしだいに死んでいったのだ。淀んだ心を吐き出すように語った。そして、俺はこの山に死にに来たこと。そんな俺を拾ってくれて育ててくれた親方や仲間達には感謝しかないこと、それなのに恩を仇で返すような真似をしてしまい、どう償ったらいいか分からない。もう文法も滅茶苦茶にまくし立てるようにして親方に訴えた。


「いっそ殺してください」

「ダメだ」


そう締めくくった俺に親方は、二の句も告げぬ勢いで断った。まるで、俺の望みを知っていたかのように、知っていたからこそ、俺を縛り上げ身動きを取れないようにしたかのように。


「二人も抜けちまったからな、お前が抜けたら3人。誰がその仕事の埋め合わせをするんだ?死んで償おうと思ってんなら大間違いだ。生きてしろ」

「親方・・・」

「なにがシチュー女だ。阿保らしい。お前、そんな奴と一生付き合うつもりかよ?手伝ってやるから縁を切れ、俺等と付き合うほうがよっぽど面白いだろうよ」


涙は、出てこなかった。泣いてなど、いられない。先ほどまで絶望に暮れていた俺の目は、力強く熱いモノが宿っていく。

シチューを倒す。俺はずっとシチュー女から逃げていた。赤子の時から乗っ取られ、シチューを貪り食っていた奴を正面から見据えたことなどなかったのだ。必死に目を背けていたのだ。

奴に勝てるのか?どうやって勝つのか?それは問題じゃない。まず何か行動を起こさなければ俺の未来は本当に閉じられてしまうだろう。つい最近の引きこもっていたあの生活が俺の脳裏に蘇る。ジメリとした暗い部屋で、下界の世界を断絶した生活。布団を被り耳を塞ぐようにした。あの時の俺はただ、死を待つだけの咲かない花だった。


「お願いします・・!親方!お願いします・・!!俺を・・俺を蘇らせてください!!」

「あぁ分かってる。まかせな・・・!」


「おっと・・雨だな」


雨・・・?室内だというのに雨が降ってきた。雨漏りでもしているのか?と見上げた瞬間、俺は目を覚ました。

硬い地面に横たわった俺はどうやら夢を見ていたようだ・・・。雨が地面にポツポツと落ち模様を作っていく。俺は這うようにして樹の傍まで這いより、もたれ掛かるようにして腰を下ろした。とても静かだった。雨が落ち、樹の葉を震わし、全て塗り潰していく。世界がひとつになっていくような気がした。

手がズキリと痛んだ。見てみると、縄のあとがクッキリと残っていた。あれは夢ではなかったのだろうか・・?どこからどこまでが夢で、どこまでが俺の希望が作り上げた妄想なのだろうか?頬が妙に腫れ熱く傷んだ。全身が気怠いように痛い。俺は膝を抱えるようにして声を殺して泣いた。ポケットにはせめてもの情けなのか?今まで働いた分の給料が封筒に入れられ、乱暴にねじ込まれていた。俺はそれを濡らさないよう大事に服の内側にしまいこんだ。


「ありがとうございました」


そうしてゆっくりと山を下った。












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