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ク〇アおばさんのシチューのひーみつー
それはブイヨン!!
野菜と丸鶏をじっくりじーっくり・・・
「「「「コクがある」」」」
ク〇アおばさんのクリームシーチューゥ。
何度もリピートされるク〇アおばさんのCM。その異常な光景に、初めのうちは笑っていた仲間達の笑みも次第に薄れていった。親方はよほど鍋の中に集中しているのか、徐々に静かになっていく居間にまだ気づいていないようだった。静かになっていく居間から聞こえてくる歌はハッキリとした輪郭をもって訴えかける。それは地獄をこの地に再現させるための聖歌。
「おい?新入り…?」
仲間の一人が遠慮気味にシチュー女に声をかけた。ビデオのリモコンを安っぽいオモチャのように何度も押し続けるシチュー女に憐れみと戸惑いを抱いていた。
「シチューもうすぐできるからよ。な?大丈夫だから…」
大丈夫、という言葉は誰に向けられた言葉だったのか?仲間の声は震えていた。他者からは、自分自身に言い聞かせているようだと錯覚を起こさせた。だが、その他者さえ、錯覚を起こしてしまうというのは自分自身も少なからずその感情を抱いているというこであり、その事実に目を伏せているのであった。だがそれを受け入れるだけの臆病さを、仲間達は認めはしなかっただろう。腕っ節一本でこの世を渡ってきた者達は、触れて認識できる物にしか信頼を置かないようになっていく。それがよく現れていた。だからこそ対応の遅れを招いていたのである。
「なあ、お前達。シチューはなぁ、日本で生まれた食べ物なんだぜ?」
親方の問いかけに答える者は誰もいない。だがシチュー女の手がピクリと止まった。シチューという単語に反応したのだろう。テレビではシチュー女が巻き戻しを止めたことで、その先へと進んでいった。場違いな元気の良い子供の声が、虚しいまでに辺りに響いた。親方は問いかけに答えた者が居なかったにも関わらず、続けざまにシチューの歴史を語っていった。
「といってもクリームシチューだがな。戦後の栄養価がどうしても貧しい時代。なんとか子供達に栄養価の高い食べ物を供給したい。そう考えた人達が、比較的入手の易しかった脱脂粉乳をシチューに混ぜ、それを白シチューだと言って子供達に食べさせたんだ。それが今で言うクリームシチューを世間に認知させたキッカケだ」
リモコンをテレビに向けたまま、じっと動かないシチュー女。ずっとシチュー女に悩まされ続けた俺にはその光景が異常に感じられた。シチュー以外に興味を示さないはずのシチュー女が人の話に黙って耳を傾けている。シチューの歴史だからなのか?我が家庭では禁断とされていたシチューの話題。当然、俺にとってもその歴史は初めて耳にするものだった。
「だからクリームシチューっていうのは思いやりから生まれた料理といっても過言じゃない。そしてstewってのは煮込み料理の総称なんだ。クリームシチューなんてな。」
パチパチパチパチパチパチパチ
突然の拍手に親方を除く一同はたじろいだ。見れば、シチュー女が涙を流しながら両の手を打ち合わせているではないか。(こいつは一体なんなんだ?)今一つ状況が呑み込めない仲間達。かくいう俺も状況が呑み込めていないのだが。親方は自分の考えに共感を持って接してもらえるのがよほど嬉しかったのだろう。シチューを掻き回すオタマの速度があきらかに通常よりも早くなっていた。鍋の中では白い衣をまとった具材達がひしめき合うようにして混ぜられていく。時折、鍋からケン太の欠片も顔を覗かせた。仕上げは、とうに終わっていた。あとは煮込まれるを待つばかりであった。
シチュー女が拍手を止めた。辺りに、子供の泣き声がこだまする。番組では優しいナレーションがぐずった子供に茶々を入れている。そうして、番組は巻き戻った。
ク〇アおばさんのシチューのひみつー
リモコンを置き、すくっと立ち上がったシチュー女。向かう先は一つだった。
まるで、背に張った帆にクレアの熱唱という風を受けるかのように、お目当てへと歩いていく。
「おい・・?新入り・・なにを・・・?」
シチュー女が向かう先には台所と親方、そして今できんばかりのシチューがあるだけなのだった。さきほどまで生まれてこの方経験したことのない異常を目の当たりにした仲間内の一人が、動物的な本能なのかシチュー女を止めようと手をかけた。瞬間、天井に仲間が突き刺さった。
それはブイヨン!!
クレアが狂ったように雄叫びを上げた。