表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恐怖!シチュー女!  作者: みつる
6/17

ゴケエエゴケゴケエエエッッ……



翌朝、ケン太(鶏)が絞められた。親だと勘違いしていた親方に首を掻っ切られたのである。抵抗虚しくしなやかな白色の首を鮮血で染めたケン太。血が流れ出すごとに動きは散漫になり最後に目だけをギョロギョロ動かし生き絶えたのであった。ケン太はシチューの供物となったのである。あぁ哀れなケン太!シチューなどこの世から消え去れば今日死ぬこともなかったろうに!

ケン太の世話係だったヤマさんはケン太が首を切られた瞬間から両手を合わせ額に当てるようにして祈りを捧げた。生きるために食べることは必要不可欠であり、その過程で殺すこと、死ぬことは必ず通る道のようなものだ。明日を迎えるために今日必ず何かを犠牲にしている。生物として当然の営みに対し、祈りを捧げる行為とは、なんと人間らしいことだろう。


「生きていればやがて死ぬ。わかりきったことだ。だから生き死になど大切でも何でもない。大事なのは今日なにを為すかだ。」


親方がケン太をバラしながら言った教訓ともとれる言葉を聞き、横で鶏肉になっていくケン太を見たシチュー女は涎を袖で拭った。


クレアおばさんのCMが流れた晩の日から、シチュー女は出ずっぱりだった。街から離れたせいもあってシチューに飢えていたのだろう。シチューが食せる気配を敏感に察したシチュー女は、身体の支配権を乗っ取とるとおとなしくしていた。仕事やトイレなどシチューに関係なく、かつ面倒で汚い行いのみ、俺に身体を明け渡した。俺はここぞとばかりにシチュー作りを止めようとするのだが


「お、親方!!聞いてください!シチュ・・・モガモガ」

「はは!新入り待ってろ!!腕によりをかけてシチューつくるからな!」


気持ちの良い笑顔を返す親方。違う。そうじゃない・・・。だが、俺がシチューに関する発言をしようとするものならシチュー女は目敏く俺の口を塞いだ。そうして睨みつける。もう俺にはどうすることもできないでいる。時間はそうしてあれよあれよという間に流れていった。この閉塞された仕事場に固形シチューの元といった便利アイテムは無く、一から親方が作るらしかった。生まれてこの方、固形シチューの元しか知らないシチュー女は親方に対し、シチューおじさん!としきりに呟き、シチュー女における最大の賛辞を並べたてた。親方は次から次に語られるシチュー女のこれでもかというほどの賛辞に対し、驚きながらも快く受け取っていた。親方!そいつは!そいつは俺じゃないんだ!!


「あなたは神様ですか?」

「いいすぎだ!!馬鹿野郎////」


そんな光景を最初は笑っていたのに、今となっては微笑ましく見守る仲間達。昨日までの希望が相対するように絶望へと移り変わっていく。なにもかもが壊されていく思いだ。いっそこのまま乗っ取って俺の意識を刈り取ってほしい。このままでは死ぬことするままならぬ・・・。

親方はカレーの材料を上手いことシチューに転用するようで、下準備に玉ねぎや人参、ジャガイモ等、手際よく皮を剥いて切っていった。


「ブイヨンは?ねぇブイヨンはないの?!」

「ブイヨンはねぇな」

「え・・・?」

「それはクレアさんの秘密だろ?」

「///////」


仲睦ましいやり取りは、これより地獄となり果てる序章に過ぎない。


親方が裏の戸口から立派な鶏肉を持ってくると仲間の面々も沸き立った。新鮮な肉など、ありつけずにいて久しいのだ。それに明日の朝は、あの愛くるしい鳴き声が聞こえてこない。それを思えば鶏肉の入ったシチューはより味わい深いものになるだろう。思い出というモノは下味に最適なのである。


「ケン太・・・」


ヤマさんが嗚咽ともとれる呻き声を漏らした。先ほどまで騒ぎ立てていた仲間達もシンッと静かになった。誰に頼まれるでもなく仲間達は自ら進んでケン太に黙祷を捧げたのである。この時、初めて食事の準備が整ったといえよう。


「フンッ」


親方は一同に見せつけるように鶏肉に刃を入れ、食べやすい手頃な大きさに切り分けていった。皆に行き渡るようにバラされていくケン太。そう恵は平等でなくてはならないのだ。鍋の中でゆっくり混ぜられていく。いいダシも出ることだろう。


シチュー女はというと、おとなしくしていた。シチュー女にとって、ケン太はただの鶏肉であった。いや、シチュー女にとって大別するとシチューと地球に分けられた。まだ、おとなしくしているシチュー女からはそれを伺い知ることはできない。


「おい、新入りビデオはお前の好きなものを流せよ」

「・・・・」


シチュー女が無言で初めてのお使いを流し始めた。仲間の面々が「また同じのかよ」と茶化し笑っている。シチューはあるところまでくると巻き戻し、再生し、また巻き戻した。せいぜい30秒にみたないその時間を延々とリピートさせる。その様子を見ていた仲間達は最初笑っていたものの、いつしか無言になっていった。台所ではその様子を知らず、親方がシチューの完成に向けて最後の仕上げをしているのであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ