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それはブイヨン!
体育座りの体勢でテレビをガン見しているシチュー女。その目は獲物を狙う目なのか、はたまた聖母に向ける尊敬の眼差しなのか俺には判別がつかない。画面の中ではクレアおばさんがくるくると回り、天井に設置されたカメラを意識しつつ声高らかに歌いあげた。
野菜と丸鶏をじっくりじーっくり
体育座りの体勢のまま、メトロノームのように左右に揺れ、リズムを取り出したシチュー女。仲間達はその光景を目の当たりにし、何事かと慄いた。そうして画面いっぱいに映しだされたシチューの映像は俺に吐き気を催させた。
「「「「コクがある!!」」」」
そうして物語は佳境を迎えた。秘密といいつつ声高らかに歌い上げたクレアに対し、家族なのか仲間なのか家来なのかイマイチ判別のつかない共々が示し合わせたかのように同意見をぶつけたのである。クレアもこれには戸惑い気味であったが、肩を竦め「仕方ないわね」といったドヤ顔でその場を締めくくった。シチュー女はというと「コクがある!」に被せるように拳を握り締め右手を高々に掲げ上げた。それは今、シチュー女に出来るクレアに対する最大限のリスペクト。最後に
ク〇アおばさんのクリームシーチュー
と商品名を流し、短い悪夢は幕を閉じた。
「おい…新入り、どうした?」
気づくと俺は体育座りの姿勢で右手を高々に掲げていた。周りの仲間達は不審そうな目で俺を見つめ続けている。
「これは…その…」
掲げ上げた右手をゆっくり下げたが、続く言葉は出てはこなかった。シチュー女を説明するにはあまりに言葉も時間も信頼も俺には足り得ていなかった。
終わりだ・・・・短い期間だったが幸せだった。俺を人間扱いしてくれた、ここの人達には感謝の念しか浮かばない。ふっと目を瞑れば、辛くもだけど仲間達と笑いながらそれを乗り越えた喜びは俺の人生にとって初めての経験だった。
俺はこの生活の終わりを悟り絶望にくれかけていた。だが、仲間の一人がこらえきれなくなったのか「ククッ」と短い笑い声をあげた。それにつられ、我慢の効かなくなった者から順に立て続けに笑い声を上げていった。
あははははははは
部屋は皆の笑い声で溢れた。俺は笑われながらも感動に打ち震えた。そう、これが仲間なのだ。許しあい笑いあい引っ張り合って前へと向かっていく。悲しみとは絶望とは無縁のもの。シチュー女によって孤立していた学生時代の俺が遠くからこちらを見ている気がした。俺はここに居てもいいのだ。俺は体育座りで仲間に囲われたまま幸福に浸っていた。周囲から見れば馬鹿にされ糾弾されているとも取れる光景。だが、俺からすれば心地良い以外に表しようがない。
「おい新入り、お前シチューがそんなに好きだったのか?」
「え?」
横に女が座っていた。そうシチュー女である。親方のその問いかけにシチュー女はコクンコクンと小気味よく頷いた。俺が突然現れたシチュー女に驚いている間に、水が下に流れ落ちるかのごとくリンゴが木から地面に落下するかのように物語はシチューへと引っ張られていくのである。
「そうかじゃぁ明日のカレーはお前の歓迎会を兼ねてシチューにしよう」
悪夢は始まったばかりなのだ。