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コケッコッコーーー
朝、ケン太(鶏)の鳴き声で目を覚ます。
おはようございます!
仲間と大きな声で朝の挨拶をする。ここではそれが決まりなのだった。声を出すことで体が覚醒し、力がみなぎっていく。皆、自分の役割をテキパキとこなす。新人の俺は皆の布団を畳み、そして今日、必要であろう道具を揃えていく。新人にも大事な役割を与えることで、自覚を持たせ素早く仕事を覚えさせるのだという。もちろん、道具に抜けがあれば怒鳴られる。
朝飯の準備ができたぞー!
ヤマさんが叫び、続々と食卓に集まっていく。飯は皆で揃って食う。それもここの決まりのひとつである。飯を食いながら今日の予定を口々に話し合う。それに皆が意見を出し合い、そうやって一つの目標に方向を合わせていく。俺も緊張しながら今日の予定を皆の前で語った。
いいだろうやってみろ
親方が俺を見つめそれだけ言った。仲間達から笑顔が漏れる。ここは向上心を持つ奴が好きなのだ。
「おい、新人!そこの木材あっちに運んどけ!!」
「へい!親方!」
あぁ、労働とはなんと素晴らしきことかな
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大学を辞め家を捨てた俺に行き場などなかった。人を避け街を避けた。下手にシチューの現場に行き会えば俺は理性を失ったシチュー女に支配されるだろう。そうして街中で事件を起こしてしまえば俺が社会に復帰するのはますます難しくなることは明白であった。だからといっていく当てもない。大学から連絡が入ったのか家族から安否のメールが届いたのだが、シチューと短い単語一つ返信すると、それ以来連絡は来なくなった。どこに行こうが俺はシチュー女の影に怯えながらこの先を生きていかねばならぬのだ。こんな思いをするならば・・いっそ・・・。足が勝手に山のほうへと向かっていく。自分が何を求めているのか、それを見ないようにしているのだが、だんだんと足元のほうから暗くなっていく。なにかに飲み込まれてしまいそうな闇の中、このまま飲み込まれたほうが楽なきがして、俺はどんどん山の深くまで足を踏み入れていった。
おい坊主、こんなとこでなにしてやがる
深い闇の中、希望の光が俺を照らした。それが親方だったのだ。親方はなんだか妙な胸騒ぎがして小屋を出て一人、様子を見に来たらしい。親方はすぐに見抜いた。
お前、行く当てねぇんだったらウチにきて働けよ
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そうして俺はこの小屋で働きだしたのだ。ただの掘っ立て小屋に五人の仲間達とともに寝食を共にし生活する。労働環境は昔風に言うなら、たこ部屋労働なのだが、皆、そんなことは微塵も気にしてないようだった。この小屋に入れば皆、家族なのだそうだ。
おい、新入り!こっち来てカレーの作り方覚えろ!
毎週金曜はカレーの日。この人里離れた掘っ立て小屋では時間の感覚、曜日の感覚がどうしても世間とはズレてしまう。それを嫌った親方が毎週金曜をカレーにすることによって、皆の世間とのズレを少しでも無くそうという心憎い配慮なのだった。もちろん、毎週作るだけあって、そのカレーには並々ならぬ情熱が込められている。昔、海軍に勤めていたという親方が丹精込めて作るその作品は、隠し味をふんだんに使い、だがその隠し味は個々を出さずそっと、周りを引き立てるように力を発揮していく。まるで皆みたいだ。俺がこのカレーを初めて食べた時、消えていた心の灯にポッと明かりが灯ったのを感じ取れたほどである。泣きながら親方の分まで食べてしまい、だが皆笑いながら許してくれたのだった。皆、なにかしら背負った人間ばかり、ここで隠し味のようにお互いを支えあい、生きているのだった。
そして、夕食の時間は電波の通りが悪いこの土地柄故に各々が持ち寄ったビデオテープを流すことになっている。それは日によってマチマチでドラマであったりバラエティであったり映画であったりと皆が好きなモノを皆に見せることになる。もう何度も同じものを見せる者もいればわざわざ新しいモノを街で仕入れ流す者まで様々であった。俺は迷いに迷ったげく、はじめてのおつかいをチョイスして好評を得た。子供の純真な無垢をあれほど突き出すように見せつける企画はそうないだろう。はじめてのおつかいを流した次の日、はじめての仕事をやらされ笑われたのはまた、別の話だ。
電波の調子が悪く、人里離れたこの場所は俺にとっての理想であり絶望から遠ざかる希望なのだった。生きる喜びを思い出していく日々。まるで萎れて死ぬはずだった花がまた咲き誇ろうとするかのように俺という人間が生き返るのを感じていた。だが、カレーの日々はそう長くは続かなかった。
今日は何流すんですか?
今日ははじめてのおつかいだな。
それはある晩の出来事であった。俺が選んだはじめてのおつかいがよほど琴線に触れたのか、仲間の一人がはにかむように俺を見ながらそう言った。昔、録画していたのをわざわざ引っ張り出したらしい。当たり前のことなのだがそこに悪意などあろうはずはなく、これから起こることに対し、彼に非は微塵もない。
皆で夕食を囲み、はじめてのおつかいを見る。子供達が誰かのために勇気と知恵を振り絞って困難に立ち向かっていく。たまの失敗でくじけそうになるもそこから立ち上がり、おつかいを終え母に抱き着くその姿はどんな物語よりも尊いものであろう。佳境で必ず流れるソラシドダイジョーブ!は名曲であり、これを聞いた大人は次の日、必ず良いことが起こる。
物語は進んでいき色々な個性ある子供達がその個性を隠すことなくむしろそれを武器にするように進んでいく、俺の仲間もその姿を見て時に笑い、時に涙ぐみ子供達の未来を祝福した。そしてある、子供のおつかいが始まった。その子供はトラックドライバーの父のために交通安全のお守りを買いに行くのだという。バスに乗り、近場にある大きな神社を姉妹で目指す。時に大人達の力を借り、だが極力子供達の力だけで物語は進んでいく。だが、姉妹の妹のほうが疲れぐずりだした。その時
横に女が座っていた。
畳の上、体育座りでじっとテレビを見つめる。そうシチュー女である。あまりに突然の邂逅。心の準備などまるでないとっさの出来事に心が凍り付き、体もそれを追うようにして動かなくなる。なにしに?でてきやがった?じっとテレビを見つめるシチュー女。
物語は佳境に進み、ぐずる妹を励ましながら引っ張っていく
今がチャンスだジャマは居ないぞなーにをしようかな
ソラシドドレミファ
テレビをじっと見つめ身動ぎひとつしないシチュー女。動けない俺はどうすることもできず先に待ち受けているであろうシチュー審判を叫び出したいほどの恐怖とともに待った。画面ではぐずっていた妹が立ち上がり、姉と共に未来に向い歩いていく。待ち受けているのは幸せ以外には何もないだろう。画面にテロップが貼られ次の展開をほのめかす。そうして
クレアおばさんの!シチューのヒミツ!!
悪夢がはじまったのだった。