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恐怖!シチュー女!  作者: みつる
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大学を辞めた俺には行き場など無かった。部屋にひきこもり生産性の無い毎日を、ただ消化するだけの日々。シチュー女の影におびえ、大学生と名の付くものに怯え、シチューに恐怖する毎日。唯一成果を上げたことといえば、シチューが無いであろういくらかの国に詳しくなったぐらいであった。もはや俺の精神は限界であった。大学生という子供が大人の皮を被った悪魔達。変に知恵をつけた分、幾段も子供よりもやっかいであり、一度タガが外れてしまえば、ノリと体力で全て解決しようとする若さまで持ち合わせる。これらに一度でもオモチャのレッテルを張られてしまえば、良心の呵責が咎めるまで彼等と踊り明かすこととなるだろう。そして俺はその良心を踏みにじった悪者として認識された。それ故に良心の呵責といった歯止めをする存在はいなくなって何をやっても許される存在へとなりはてたのである。


ドンドンドンドン


シチュー野郎!いるんだろ!分かってんだぞ!明かり切ったってな!無駄なんだよ!!


ドアを激しく叩いているのは俺がワンパンで地に沈めた男だった。奴らは被害者なのを逆手に取り、すぐに数々の情報を集めた。俺の住所はすぐに割れた。そして奴らはシチュー男に謝罪と贖罪の意味をもってシチューを作らせ、それを食すことで今までのことは水に流してやると堂々と宣戦布告してきたのであった。これに世論は傾いた。8割以上はただの野次馬であったが、この入学したての情緒不安定な時期に、この大学内で共通できる話題を得られるというのは大きなアドバンテージであったのだ。被害者面を装った三人組にはいくらかのカンパがよせられ、そうして彼等はますます調子に乗った。ドアを叩く男の横でビデオカメラを回す男。


実録!シチュー男の実態!!


誰にでも簡単にアクセスできるこのサイトには一つの動画が生中継でアップされていた。映し出されているのは俺の部屋に通じる扉であった。激しく叩く男の声と外で発する男の声がリンクする。頭が割れそうになる。ここからでて奴らをフルボッコ革命するのは造作もないのだが、この現状で燃料を投下するなど愚の骨頂であろう。今は、こうしてじっと、燃え上がったこの炎が散って収まっていくのを見守るだけであった。動画の中にしても観閲者の数は減少していっている。悪ノリに耐えられなくなった者や動きのない動画に飽きてくるものが出てきたのであろう。こんな犯罪行為のようなことを続けていれば皆、痛々しくて離れていくだろう。今は流れに乗って楽しいだろうが、熱はいつか冷めるもの。残されるのは燃え切った虚しく寂しい風景だけなのだ。俺が狙っているのはそこなのだった。

はやく冷めてほしい。布団を被り、ネットを見つめる俺の頭にあるのはただそれだけだった。


横に女が寝て居た。そうシチュー女である。


つまらなそうに動画を見つめる奴。瞬間的に俺は奴に殴りかかろうとしたのだが体がピクリとも動かない。な、なにしに出てきやがった。シチュー女がキーボードを拙く一字一字探し出すようにタイプする。


シチュー


奴が数分をかけて打ち込んだのは、その短い単語だけだった。画面に映し出された文字をみてニンマリするシチュー女。動画の中では控えていた一人が背負っていたリュックサックを見せびらかすようにして肩から降ろした。まさか・・・リュックサックの中から男が出したのはタッパーに入った大量のシチューであった。


おい!!シチュー!!ずっと引きこもって!腹空いてんだろ!!


扉を殴りつけながら俺に殴りつけられた奴がそんなことを言った。動画の中では見せつけるようにタッパーをひとつづつ地面に並べていっている。その時


ガタン


扉に備え付けてあるポストが大きな音を立てて開いた。猫のように過敏に反応するシチュー女。奴はゆっくりと立ち上がり扉に向けて歩いていっている。動画ではシチューの入ったタッパーを開けている。


おい!!シチュー!!お前の大好きなシチューだぜ!!!


そう言ってタッパーの中のシチューを扉にあてがうように流し込んでいく。動画と現実がリンクする。扉の開け口からダラリと、白い液体が流れ始めた。俺の驚愕をよそに、シチュー女は当然であるがのように扉に近づいていく、玄関には流れ始めたシチューが溜まり始め、水溜まりならぬシチュー溜まりをつくりはじめていた。動画の中では次々にタッパーに入ったシチューを俺の郵便受けへと流し込んでいく。

異常を察し始めたのか観閲者数が徐々にだが、上がり始めた。蛾が己を顧みず火に飛び込んでいくように生物の本能は時に、死すら超越してしまうものなのだ。人としての尊厳をかなぐり捨て、まるで犬畜生のように玄関に溜まったシチューをすするシチュー女。後ろから見るとまさに犬であり、シチューという本能に飼いならされた従順な犬なのだ。シチュー女は玄関に溜まっていたシチュー溜まりに、あらかた見切りをつけると、今度は扉のほうへと移行した。扉は次から次へと投入されるシチューによって白く染まっていた。シチュー女は扉の下のほうから、それを拭き取るように丁寧に舐め始めた。扉の外側では3人組が流れるように扉にシチューを投入していく。内側ではそれに負けじとあふれ出てくるシチューを舐めとっていく。


ガタン ペロペロ ガタン ペロペロ ガタン ペロペロ ガタン ペロペロ ガタン ペロペロ


まだ春先の気持ちの良い日差しが差し込む中、扉の内と外の狂気が混ざり合い、デロデロになってシチューに誘われ、溶け合っていく。そうしてその中に放り込まれた俺は、なすすべもなく溺れ死ぬのであろう。

シチューを投入していた者の手がふと止まった。扉で隔てた向こう側に何か、違和感を感じたのであった。何かいる。動物としての直感がそれを告げた。先ほどまで勢いよくシチューを投下していった者の手が止まり、息をひそめるようになったことで、他の者たちもそれに気づいた。時が止まったような静寂の中、扉を見続ける。


おい、もうやめようぜ


動画の中でタッパーを手に男は言った。これ以上は良くない。先ほどまでノリノリでシチューを流し込んでいた彼等はとても危険なことをトンデモないことをしていたのではという疑念が頭から湧き出て止まらなくなった。これ以上は何かがヤバイ。力なくタッパーを腕から降ろす。こんなことをしていても仲間で作ったシチューが台無しになるだけだ。後ろを振り返れば仲間とまだいくつかのタッパーに入ったシチューが残っていた。


そうだな帰って、シチューでも食べようぜ


そうこいつらは人間なのだ。紛れもなく。己の行動を悔い、そしてそれでも前に向かおうとする意志は人間そのものなのだ。決して扉に張り付き流れるシチューを舐め掬ってる奴とは似て非なるものなのだ。

俺が奴らの人間性に感涙し打ち震えていると、動画の中で動きがあった。タッパーを元のバックにしまう彼等を横に動画が扉へと近づいていく。


おい、やめろ


他の二人はビデオマンの奇行に気付くそぶりはない。ビデオを持つ彼の手が震え、それがブレとなり彼の緊張を伝えた。ビデオを片手に郵便入れに手が伸びた。彼の指にべたりと張り付くシチュー。彼はそれに構わずポストを開けた。そうしてビデオを隙間から差し込むように


ヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア


ビデオを投げ出し奇声を上げ、その場にへたり込んだ。地面に投げ出されたビデオがへたり込んでいる男を映す。男はしきりに何かを言おうとして、うまく言葉にならずシチューシチューと呟いた。

扉の内側ではシチュー女がポストをじっと見つめ、流れ出ないシチューを不思議に思っていた。ガタンと自ら手を伸ばしポストを開け届く範囲で手を伸ばしシチューを求めた。

扉の外側から叫び声が聞こえ、そして静かになった。


気が付くと俺は玄関で扉にもたれかかっていた。顔から体にかけベッタリとシチューがくっついている。足もシチューで汚れ、シチューまみれとなっていた。扉はシチューがあんなにも流れ出たはずなのに、どこにもその痕跡は見当たらなかった。

俺はシャワーを浴びてシチューを洗い流し、一息ついたところで、さきほどの動画をまた一から見返してみた。

動画は奴らがシチューを作るところから始まっていた。楽しそうにニンジンを切ったり、初めてシチューを作ったのだろうか?ネットで調べながら拙くではあるのだが、仲間達と和気あいあいと準備をしていく、シチューが出来た時には口々に旨そうだなと言い合い、味見と称して一皿平らげた。誰かが

シチューもあぁなるのも頷けるな!


と言ったところ


アレはねぇアレはねぇだろww


と笑いあって仲の良さそうな彼らが見られた。動画を飛ばし、彼等の一人が奇行に走るところまできた。カメラが扉まで迫っていき、ポストを開けた。ポストを覗き込んだカメラが映し出したのは扉に舌を這わせ必死にシチューを舐めとっている俺の姿であった。動画に悲鳴が響き渡った。生々しい彼の叫び声はそれがフィクションであることを完全に否定した。投げ出されたビデオが派手な音を立て地面に叩きつけられる。


ガタン


そして二度目の悲鳴。今度の悲鳴はビデオマンの彼だけではなく三人共の恐怖に裏打ちされたような本物の悲鳴であった。動画はそのまま横たわったままの地面を映し出したまま何時間かが経ってプツリと途切れた。彼等は今、どこにいるかわからないらしい。

大学内では様々な噂が飛び立ち膨らみ、シチューの中に溶け合っていく。まるでシチューの具材のようだ。彼らがいくら情報という名の具材を入れようが白く白くシチュー色に染め上げていく。


俺は家を捨てた。




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