プロローグ
皆さん、はじめまして。arawagusと申します。
私はサバイバルゲームを趣味としておりまして、その楽しさをもっと知ってもらいたいと思い、筆を執りました。
初めての執筆で稚拙な文章であると思いますが、この作品を通じて、皆さんにサバイバルゲームの楽しさが少しでも伝われば嬉しいです。
目を覚ますと、そこは戦場だった。
森の中で横たわっている青年―――栗栖孝太はそう思わずにいられなかった。
何せ彼の目の前には、うっそうと茂った緑の世界が広がり、その中で忙しなく射撃をしている兵士達の姿があったからだ。ある者は蔦が複雑に絡まった樹木を盾にしながら、またある者は、塹壕の中で日除け垂付略棒を上下に揺らしながら射撃をしている。
兵士達は一様にカーキ色の旧帝国陸軍の装備に身を包み、その手には1mを優に超えるであろう長い小銃を握り締めていた。
「敵散兵!距離50、右に走ってくるぞ!」
「その後続にも何人か来てるぞ!回り込ませるな!」
日本兵達の怒号と新たな弾丸を送り込む金属音とが起き掛けの孝太の意識を急速に覚醒させていく。それと同時に恐怖が彼の身体と心を侵食した。
――どこですか、誰ですか、一体いつの時代ですか!?
動揺の中、孝太は本能的に身を隠そうと腹ばいになったまま茂みに身を寄せた。と、そこで、彼は自分の手に一眼レフのカメラがあることと、何故か自分がモフモフした着衣感から着ぐるみを着ていることに気が付く。
孝太は自分が着ぐるみを着ていることに疑問を感じざるを得なかったが、そのことよりも目の前で展開されている状況の把握を優先した。
自分の手に馴染んだカメラを自分の眼前に寄せると、レンズの向こう側の世界に意識を集中し始める。
孝太は現在、フタコブラクダの背中のような形状をした小高い丘の上に位置しており、彼のいる一段高くなっているコブからは周囲の状況がよく確認できた。
孝太のいる位置と反対にあるコブの稜線には日章旗が掲げられ、それを取り囲むように日本兵達が展開し、その位置から丘を駆け上がろうとする兵士達を撃ち下ろしていた。
丘の上からの射撃により、丘の中腹に釘付けにされている兵士達は樹木や地隙に身を寄せ、丘の上からの射撃に耐えていた。
彼らは、OD色の戦闘服を着崩して着用し、日本人離れした体格を窮屈そうに遮蔽物の陰に押し込めていた。そして、その遮蔽物の端からUSMCと薄く印字されたリーフカモのヘルメットを微かに覗かせながら、碧眼で丘の上を睨みつける。
1940年代の米海兵隊装備に身を包んだ彼らは英語での意思疎通を行いながら、丘の上からの射撃の間隙を見計らって、丘の上への射撃、あるいは新たな遮蔽物を求めての前進を繰り返していた。
その光景をシャッターで切り取り、孝太は思わず固唾を呑んだ。
――もしかして、太平洋戦争真っ只中ですか…。
平成生まれの孝太にとって、その光景は異質であった。世界史の教科書やTVを通じてしか知らなかった太平洋戦争当時の戦闘が目の前で繰り広げられていたのだから。
彼は、自分が20世紀半ばにタイムリープさせられたついでに、赤道直下の戦場に飛ばされたかのような感覚に一瞬陥ったが、周囲の植生を見て、それが錯覚であることに気づいていく。
森の中には、シダやバンブーといった熱帯植物の類はなく、日本を代表する落葉高木であるヤケキや千葉の県木マキの葉が頭上に広がり、優しい木漏れ日を地面に落としている。
――いや。少なくとも、ここは日本…の筈。
その気付きにより、若干の落ち着きを取り戻した孝太は、愛用のカメラの情報ボタンを押し、現在時刻を確認しようと試みる。
そこには、2016年4月10日9時36分と表示されていた。
「これを信じる限り、俺はちゃんと平成にいる筈。うんうん、今は平成、今は平成」
孝太は安堵の表情を浮かべ、自分を落ち着かせる呪文のように声にならない声で呟きながら、目の前で戦っている兵士達にピントを合わせシャッターを切っていく。
すると、次第に周囲の状況を落ち着いて見渡せる余裕が彼に生まれてきた。
その余裕の獲得より、ある決定的な違和感に彼は気付く。目の前で射撃を行っている兵士達の銃声が随分と控えめで、玩具然としていることに。
歴史の教科書からそのまま飛び出してきたような兵士達に似つかわしくない射撃音を彼等が取り扱う小火器は放っていた。何せ、彼らが取り扱っている銃は本来設計されているはずの口径ではなく、全く別種の弾丸が発射されているのだから。
孝太が、ふと地面に視線を落とすと、辺り一面に直径1cmにも満たない白い球体が散乱していた。いわゆるBB弾と呼ばれる玩具銃用の弾丸であった。
――もしかして、この人達、戦争ごっこしてるだけの人達?
孝太が地面に落ちているBB弾を何気なく指で摘まんで弄んでいると、その推測が確信へと変わっていき、目の前の兵士達に抱いていた恐怖が次第に彼の心中から去っていく。
戦争ごっこしてるだけの人という認識に変わった人物達に近づこうと起き上がりかけた、その時だった。
「北側斜面に敵!伏せろ!」
急に背後から耳をつんざくような怒声を浴びせられ、孝太は起き上げかけた身体を反射的に地面に寝かせた。そして、素早く視線を主戦場となっている南側斜面から北側斜面に移し、目を凝らしてみたが、そこには誰の姿も見えなかった。
「ヒットー!」
孝太は怒声を浴びせてくれた人物へ抗議の視線を送ろうとしたが、そのやせ細った日本兵がすぐに姿を隠した為、その大声に視線を引き付けられた。
見ると、丘の稜線頂にある木の根元を射撃陣地としていた日本兵が、降参を示すように銃を掲げて、周囲に射撃を受けたことを知らせていた。
それを受けて、丘の上で交戦している日本兵達は、予期せぬ敵火点の存在に狼狽した様子であった。そして、そのうちの1人が射撃位置を変えようと慌てて塹壕から這い出したところを風切り音が襲いかかっていく。
「うわっ!ヒット!」
「くっそ、またやられた。誰か、どこからの射撃か判るか!?」
「火点特定できず!流れ弾じゃないか?」
また、1人の日本兵が射撃を受け、銃を掲げているが、残された日本兵達も孝太も、どこの誰が撃ってきているかを正確に把握できずにいた。
孝太は、改めて誰もいないと思っていた北側斜面にレンズを向けてみた。
しばらく周辺を凝視していると、斜面手前に群生している熊笹が風もない中で微かに動く。
その奇妙な笹の動きをレンズの倍率を上げながら追っていくと、一瞬光の煌きがあり、その箇所にようやく人の頭部らしき輪郭を捉える。
先ほど孝太が見た時も誰もいなかった訳ではなく、彼にはその人物を認識できていなかったのだ。ようやく認識した今でさえ、笹の中に人がいると言われるよりも、人の形をした笹が動いていると言われた方が納得するほど、その人物は笹原と同化していた。
弛緩しかけていた孝太の精神状態が再び緊張に支配される。彼はシャッターボタンにかかる人差し指の筋肉を震わせながら、その動向を追った。
笹原の中にいた人物は、笹原の跡切れ目にまで来ると、上半身を覆っていた偽装――笹を挿し込んだギリーフードを後ろに払い、笹原からゆっくりと現れる。
ギリーフードの下には、緑を基調とした斑模様の迷彩を全身に纏い、無線機から伸びたコードとヘッドセット。丘の反対側で戦う旧態然とした兵士達と比較し、遥かに森林に溶け込んでいながらも、近代的な兵士の印象だった。
手にしているのは同じ模様に塗装されたサプレッサー付きサブマシンガン、そして、バーラップロールと呼ばれる偽装材で包まれたボルトアクションライフルが背中に回されている。先刻の銃撃は、そのライフルからの狙撃によるものであった。
笹原から出た狙撃兵は樹木から窪地、窪地から樹木へと音もなく忍び寄っていき、鋭い視線で新たな獲物の姿を求めた。その姿は、まるで山猫のようである。
敵に発見されることなく、狙撃兵は丘の稜線手前まで達し、その視線の先に日本兵の姿に捉える。
枯れ木が詰まれたバリケード越しに僅かに見えている略帽部分への照準をするが、相手が自分を認識していないとみると、そのまま後退り場所を移す。
それを数度繰り返し、丘の上の戦力を把握している様子であった。
現在、丘の上にいる日本兵は4名。
先ほど火点が特定できない射撃を受け、一時は周囲への警戒を行ったものの、目先の南側斜面への対応に追われ、丘の上の注意はそちらに奪われていた。
その時、南側斜面で新たな動きが起こる。
米海兵隊側の進行が斜面中腹に達したのを見て、日本兵側の伏兵が現れ、米海兵隊の側面を攻撃し始めたのだった。
突如現れた伏兵に米海兵隊は苦戦を強いられることとなる。一方向からの射撃を防ぐので精一杯だった樹木や窪地が十字砲火によって無力化されていったからだ。
斜面中腹まで前進できていた海兵隊員は5名だったが、すでに3名が銃火に晒され、銃を掲げている。残る2名は窪地に入り込み、暴力的な火力から逃れていたが、絶え間なく通り過ぎる頭上の銃弾が彼らの動きを完全に封じていた。
「まだ中腹に敵2名、取り付いているぞ!」
「窪地に伏せているから、上からぶち込んでやれ!」
「そのまま後続の敵を近づけさせるな!」
丘の手前にいる米海兵隊の後続は、斜面中腹に残された味方を救出しようと前進を試みるが、地の利に優る日本兵に抑え込まれていた。
今が攻勢の好機と見た丘の上の日本兵は、斜面中腹に残存している敵を撃とうとはやり、遮蔽物から身を乗り出し気味に射撃を始めていた。
この状況を受けて、先ほどまで静かに敵情の把握に努めていた狙撃兵が身を乗り出した日本兵に素早く照準を定める。そして、最初の1人を1発で、次の1人を2発――ダブルタップで撃つ。
小気味良い金属音が響き、それに数瞬遅れて、2人の日本兵が銃を掲たる。
その射撃音に気付いた日本兵は慌てて露出していた身体を塹壕に身体を戻し、射撃音の方向に銃口を向ける。
その時には、狙撃兵は先ほどの射撃位置から動いていた。そして、射撃モードを連射に切り替え、駆けながら撃つ。
弾着による土煙が巻き起こりながら、日本兵の1人に弾を集束させていく。
残された1人の日本兵の銃口が水平に動き、狙撃兵の移動先に狙いを定めようとするが、途中で銃が樹木に当たってしまう。高い射撃精度を生み出すための長い銃身長が、この局面で仇となったのだ。
彼は慌てて銃を手前に引き寄せ、狙い直そうとするが、その時には、銃弾の固まりが日本兵を襲っていた。
丘の上は、合計4名の日本兵が銃を掲げた状態となり、狙撃兵が残弾を確認しながら呼吸を整えようとした時、南側斜面の米海兵隊が叫んだ。
「エネミー、ツーモア!」
見れば、友軍の戦況が悪いと見た日本兵の伏兵2名が斜面を上がってきていたのだ。
気持ちの焦りからか稜線に無防備に乗り出してきた日本兵は、狙撃兵にとって絶好の射撃対象でしかなかったが、先ほど確認したサブマシンガンの残弾は1発のみ。
狙撃兵は潔くサブマシンガンを脇に除け、腰に装着したホルスターから拳銃を抜く。拳銃を一瞬胸に引き寄せ、そこから両腕を伸ばしながら、早いリズムでトリガーを引く。
合計6発射撃された拳銃の照準の先には、銃を掲げた日本兵の姿だけがあった。
孝太はその一連の動きをレンズで追いながらも、シャッターを切ることを忘れ、ただただ魅入ってしまっていた。
――あの人、すげぇ!
速く脈打つ鼓動の中、ようやく自分が今の光景を一枚も写真に収めてないことに気付き、樹木に隠れてしまった被写体を追おうと慌てて身を乗り出した。
その拍子に、孝太の左肘に敷かれた乾いた枝の折れる音がやけに甲高く森の中に響く。その音源に気付いた狙撃兵のスコープと、孝太のカメラが向き合い、レンズ越しに初めて視線が交差した。
孝太の心臓が、どくんと高鳴る。そして、その心臓に追い討ちをかけるように、電子ホイッスルの音が森の空気を振動させた。
孝太の存在に気付いた狙撃兵が、闖入者の存在を周りの人間に知らせるためにホイッスルを鳴らしたのだった。
森での戦闘をしていた兵士達の動きが申し合わせたかのように止まり、その視線が孝太の方へ駆け寄る狙撃兵へと集まる。その視線の延長線上にいた孝太は自分が両陣営から責められているような感覚に陥った。
――やばい、絶対ここで何してるんだって詰問される!むしろ、こっちが聴きたい!
「ど、どうもー。……こんにちは?」
孝太は近づいてくる人物に出来る限り穏便に対応としようと、片手を挙げてフランクに挨拶しようとしたが、顔の筋肉が硬直し、笑顔を作るのに失敗していた。
それを見て、狙撃兵は闖入者とはいえ、相手への礼儀のために、顔を覆っていた迷彩のフェイスマスクをとって応じた。そして、孝太の心臓のサイクルが記録更新していく。
目の前で揺れる金髪のポニーテール、可愛らしいというよりも精悍な整った顔立ち、男性だと思っていたのに女性であった意外性、そんな要素がそれぞれ記録更新に一役買ってはいるだろうが、一番の要素は、心を見透かすような蒼い瞳が無表情のままに孝太を威圧的に射すくめていることだった。
――えぇ、言われずとも分かっておりますとも。ここで何してるか聴きたいんですよね。
「……貴方、なんで、その着ぐるみを着てるの?」
「そっちかい!」
これが栗栖孝太と彼女―――鉄琥イオとの出会いであり、サバイバルゲームとの出会いでもあった。