表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

私とへーちゃんと子どもたち

 突然ですが私は今、ある問題に直面しています。

 山、なう。


 申し遅れました。私の名前は斉藤春香。

 コンクリートジャングルの中で生まれ育ち、今年の春に短期大学を卒業したばかりのぴっちぴちの20歳です。


 そんな私はつい最近までニート生活、エンジョイしていました。いえい!

 ちょっとそこのあなた、私をただのニートだと思っていませんか?

 私をただのニートと一緒にしてもらっては困りますよ。私は家族どころか親族の全員の公認をもらっているニート。もうニートの中のニート、ニーテストといってもいいくらいの選ばれしニート--それがこの私、斉藤春香なのです。



 そんなTHE 都会っ子で日々ニートを嗜んでいた私は今、山の中にいます。

 見渡す限りにあるものは、所々に青く未だ熟さない実がなっている畑、植えたばかりであるのだろう私の膝くらいの高さの稲が植えてある田んぼ、それに私の大学時代にできた数少ない友人達を入学式と卒業式に苦しめた、私でもよく知った種類の空に向かうにつれて先を細くしていく忌々しい木々のみです。

 家やスーパー、コンビニエンスストアなどニートの私にもなじみ深い人工物は一切ありません。大切なのでもう一度言います。コンクリートを感じさせるような家どころか木造の趣深い、最近流行りのオシャレな古民家カフェみたいな家さえもありません。

 これはきっと夢に違いない。そう思い、現実逃避もしてみました。それでも一向に私の目の前の景色は変わることはありませんでした。

 この木に見えるものは街頭だったり、畑に見えるのは更地または工事現場だったりとかいうのを期待していたのですが……、目を閉じてゆっくりと開いてみてもそれは街頭ではなく表面がざらざらとした木で。それは更地でも工事現場でもなく一歩踏み出せば簡単に靴の裏どころか全体が泥でおおわれてしまうような田んぼや畑でした。



 そうここはまさに山。


 それ以外の何物でもありません。


「THE 都会っ子の私にどうしろというの、おばあちゃん!」

 向かいの山に叫んだところで悲しくも自分の声がこだまするだけ。おばあちゃんを筆頭にここはいない親戚や友人達が何かしてくれるわけではありません。

 そんなことは、状況が変わることがないことは分かりきっているけど叫ばずにはいられませんでした。これはきっとストレス発散にカラオケに行くのと同じ理由ですね。大きな声を出せば少しはスッキリするんですよ。今だって、少しはイライラも収まってきましたし。効果アリ!です。代わりにさっきまではぐっすりと寝ていたはずの腹の虫まで叫びだしましたけど……。そんなことは無視です、無視。今、手元には食べ物なんかないんです。いくら叫んだところで、あげられるものなんか何にもないんですから!腹の虫とは一度共存関係でも結ぶことにしましょう。


 なぜ私が山の中にいるのか・・・・・・。

 ことの発端は1週間前のおばあちゃんのお葬式でのことでした。

 私のおばあちゃん、斉藤幸子は120歳まで生き、人生を終えました。死因は老衰だったらしいです。親族の誰もが悲しむどころか、大往生でめでたいな。なんて喜ぶほどでした。


 お葬式やお通夜という名目で行われていたはずのものを形ばかりにさっさとすませ、全てを終え食事でも・・・・・・となったときには既におばあちゃんが無くなったことを悼むどころか、おばあちゃんの長寿を祝うための食事会のようなものになりました。久しぶりに全員顔を合わせた親戚達が酒盛りを始めたとき、おばあちゃんの息子で長男に当たる泰司叔父さんがいきなり席を立ち、部屋を出て行きました。

 しばらくすると部屋に帰ってきた泰司叔父さんの手には先ほどまではなかった白い封筒が握られていました。泰司叔父さんは私たちの前に立ち、その白い封筒の糊付けされた部分を綺麗に剥がしながら、ここにいる親戚みんなに聞こえるように、いつもの大きな声に輪を掛けて、この大きなお座敷の部屋の中のどこにいても、若干耳が遠くなった叔母さん達にも聞こえるように大きな声で言いました。


「俺、ばあちゃんから手紙預かってるから今からよむわー」


 おばあちゃんからの手紙と聞き、がやがやと騒いでいた親戚一同はみな静かになりました。

 この家ではおばあちゃんの言うことは絶対なのです。

 今まで足を崩してリラックスしていた伯父さんも、暑いわねなんて言って着物を着崩していた伯母さんもみんな姿勢を正して、親戚の誰もがおばあちゃんの言葉を聞き逃さないように耳を澄ましました。


「親族のみんなへ 

 ばあちゃんは今年で120歳を迎えました。おめでたいよね。いえーい。そろそろばあちゃんの体もやばいと思うので泰司に手紙を渡しておこうと思いまーす。手紙はちゃんとみんなで読んでね。

 えっと、遺産は弁護士さんに頼んであるので適当に分配しっちゃってね。

 ばあちゃん、そういうの詳しくないのでみんな仲良く! を胸に掲げて喧嘩せずにってことしか言えないなー。まあ、みんななら仲良くやるって、ばあちゃん信じてるから!


 んで、遺産なんかよりも大事なばあちゃんの家なんだけどはるちゃんにあげたいと思います。というか、はるちゃん以外の人が住んだらばあちゃんは呪っちゃいますよ。

 うらめしやーってね。

 一回やってみたい気もするけど、はるちゃん以外住んじゃダメだからね? 別にフリとかそういうんじゃないから、みんな気を使ってなんか変なこととかしなくていいからね。


 後、はるちゃんのお世話はへーちゃんに任せてあるので安心してください。

 みんなのばあちゃんより

だってさ」

 思っていたよりもだいぶ短いおばあちゃんからの手紙を読み終わったとばかりに泰司叔父さんは手紙をたたんで封筒に戻しました。


 泰司叔父さんが封筒を机の上に置いた途端に私を除く親戚一同は笑い出しました。


「なんというか、ばあちゃんらしいな」


「心配しなくても、ばあちゃんの家ははるちゃんのものだってここにいるみんなが知ってることなのにな」


「ああ、当たり前だろ」


「家にはるちゃん以外が住んだら、ばあちゃんが呪うどころかへーちゃんに呪われちまうよ」

 あはははは--と。

 静寂に包み込まれていた部屋は再び親戚達の、高さも大きさも違う笑い声で満たされました。

 普段ならばここに私も混ざるところなのですが、今回ばかりはそうはいられません。何と言ってもこの話、今後の私にニート生活に深く関わる話なのです。

 日頃、両親並びに親戚達の有り余るスネをカリカリとクルミを食べるリスさながらにかじってきた私ですが、なるべく親戚達には恨まれたくないのです。ドラマみたいにドロドロの親戚関係とか築き上げるつもりなどさらさらありません。まあ何が言いたいかというと相続問題なんて面倒くさくて精神的にも身体的にもゲージをドリルのように凄い勢いでごりごりと削り取るようなものになどは絶対に関わりたくはありません!

 今は笑っている親戚だって、後で何か言うとも限りません。週末の夜にやっているドラマだって初めはみんな優しかったなんてことよくあるでしょ? あれ、自分の身に起きたら怖いどころの騒ぎじゃありませんよ? 

 ここにいる親戚一同が敵に回ってしまったら私はすぐにでも降伏のサインを出す他の選択肢なんか用意されていないとばかりに平伏して渡せる物は全て献上するくらいの心意気を持っています。

 ニートは引き際が肝心なのです。私はこの短いニート生活でそのことを心に刻んで生活しています。


 まあ、うちの親戚みんな明るくて、短大生になって二度目の冬を迎えたころに私が「ニートになります!」って宣言した日も「そうかそうか。とりあえず飲め、飲め」と未成年の私のグラスにオレンジジュースをなみなみと注ぎ込み、「食え、食え」と私の空いた皿に肉を山盛りにしてしまうような親戚ばかりなのですが、人は財力を目にすると人が変わってしまうと言いますからね。油断は出来ませんよ。

 私はしびれて動きたくないと主張し続ける足を子ジカのように必死で交互に踏み出し、転ばないように気をつけながら一番大きな声でみんなの前で笑う泰司叔父さんの前まで移動しました。


「ちょっと待って。勝手に決めないでよ」


「ん? 何が不満なんだ? ばあちゃんの家は広いぞー」

 私が何か意見するなんて思っていなかったのか、泰司叔父さんが大きく目を見開きながら、何が嫌なのか見当もつかないといったような顔をしながら言いました。


「不満なんてあるに決まってんじゃない! いろいろあるけど、まずへーちゃんって誰?」

 遺産相続に巻き込まれたくないから、と今言っても笑い飛ばされるだけです。せめてアルコールの入っていないところで主張すべき案件なのでそこは置いといて、次の問題に移ります。

 先ほど出てきたへーちゃんとは誰なのか、私にとっては遺産相続の次に大きな問題です。


「お前、へーちゃんのこと忘れるだなんてひどいなー」


「ひどいぞ」

 ひどい、ひどいと私は酒臭い親族を筆頭に左右から責められました。

 それでも知らないものは知らないのですよ。アルコールを含んだ息で私を責めたところで、私の記憶の中にへーちゃんという人物はいません。それなのに、責めるみんなのほうがひどいと思います。


 へーちゃんとは誰なのか?

 そして、なぜ私が攻められなくちゃならないのか。

 謎です。これは至急に解決すべき議題です。

 私がこれ以上責められないように!


「知らないわ。誰よ、へーちゃんって。親族にそんな名前の人いないわよ」

 うら若き少女をよってたかっていい大人がいじめるの、反対です!と主張するために声を張ります。

 第一、親戚はみんなここに集まっているはずなのでこの場に出席していない時点で他人であることは間違いないのです。


「確かにへーちゃんは家族みたいなものではあるが親族ではないな。ほんとに知らないのか?」

 やっぱり、親戚じゃないんですね。とりあえず自分が親戚を忘れるような薄情者ではないとわかり安心しました。

 それにしても何で親戚でもない人間がおばあちゃんの家にいることをみんな当たり前のようにしているのかが理解できません。


 ここにいる誰もが100歳を超えたおばあちゃんと一緒に住もうとはしませんでした。いくら元気だとはいえ、それは他の人と比べてであってもう立派なおばあちゃんです。だんだんと体が動かなくなってきていたことは私でも知っていました。

 自分たちはおばあちゃんの世話をしないでへーちゃんとかいう人に頼っていたというの?自分だっておばあちゃんと暮らそうとは思ったことはなかったけど、でもこんなにたくさんいる親戚の誰でもなく他人のへーちゃんとかいう人が一緒に暮らしていたなんて……。


 なんかムカつきます。

 お寿司となぜか用意されていたたくさんのお肉を皿の上にこんもり乗せられ、膨らませた風船みたいにパンパンになったせいで履いてきたスカートとの間が1cmも無くなってしまったお腹もムカツキによってグルグルしています。(時間が経って消化が始まったためにお腹が鳴ったとか、ここまで食べてもまだ足りないからもっとお肉よこせとおなかが訴えているとかではないはずです。ええ、きっと違います。)


 知らない人なのに、この場で当たり前のように名前が挙がるへーちゃんとかいう人もも、そんなへーちゃんという人を知っていることが当たり前のようにいう親戚も。

 みんなムカつきます。

 


「知らないわよ!」

 引きこもり生活によってだらけることが日課となり、声を張ることがめっきり無くなった私がいつもよりも大きな声で言うものだから、おじさんたちは少し驚いていました。

 自分でもこんなに大きな声が出るなんて思っていなかったので叔父さん達以上に驚きましたが、あまりに私が知らないというものだから叔父さんたちは私を責めることをやめたので驚きよりも自分の声帯よくやった!という気持ちの方が勝りました。



「なんでだろうな?」


「親族ならだれでも知ってるはずなんだけどな」


「というか、1歳の誕生日になる前には初めて会うはずだろ?」


「いや、会っているだろ。俺、はるちゃんがへーちゃんと会ったって話聞いたぞ」


「まぁ、1歳の時の記憶なんて普通はないからな」

 そうだ、そうだ!

 1歳の時の記憶なんてあるわけがないだろう。

 そんな昔のことまで覚えていられるほど私の頭は良くないんだ! ゲームのコマンドと武器のレシピ覚えるので精一杯なんだ!

 もっと言ってやって!!


 完全に蚊帳の外の私は声には出さずに応援しておきました。

 エアでも参戦することって大事ですよね。小学校の校長先生も参加することに意義があるって言ってました。

 頑張れっ、頑張れっ。


「でも、ばあちゃんち行くたびにへーちゃんには会うだろ。俺なんて1年に1回以上は会ってるぞ?」

 え? そんな頻度で会ってんの?

 頭の中で体育祭とかでチアリーダーの子が使ってる、ピンク色のキラキラした、アルミホイルを細くしたみたいなもので作りだしたボンボンを必死で振っていた私に新情報が入ってきました。


 というかおばあちゃんの家に行くたびにへーちゃんという人はいるのか……。そのことにも驚きました。

 驚きっぱなしです。

 

 もうそれ同居人じゃないですか?

 へーちゃんって一体何者なんですか?

 私の中の疑問は大きくなっていくばかりです。そのうち風船ガムのようにパチンって割れてしまいそうでこれは顔をガードしておくべきか迷いますね・・・・・・。

 


「勝彦、お前ちゃんとはるちゃん連れてばあちゃんち行ってんのか?」

 私が頭でどんなことを考えていようとも私以外は皆話すことをやめません。


「行ってるよ。俺はその時にはいつもへーちゃんに会ってるけど?」


「なんで勝彦が会ってて、娘のはるちゃんは会ってないんだ?」

 そんなこと言われても知りませんよ。

 ちゃんとお年賀の挨拶とかで行ってるし。


 年に2回は必ず家族全員で車で6~7時間くらい揺られながら行くことになっています。これはおばあちゃんが決めた約束事だそうで、我が家だけではなく他の親戚もちゃんと揃っておばあちゃんに顔を見せに行くそうです。

 まあ、私は完全にお年玉とおばあちゃんの手料理目当てですが、それでも挨拶に行っていることには代わりはありません。



「あ」


「どうした勝彦。なんか思い出したか?」

 何か見付けたとばかりに口から音というに相応しい声が出たお父さんの元に、解決の糸が見つかったのかと叔父さん達は詰め寄りました。


「はるはいつもばあちゃんちに着いてすぐ寝る」

 それは違うよ。お父さん。

 私は家から出てからは車の中でほとんど寝てるよ。とはおじさんたちがいる手前言えません。いくら私が空気が読めないとはいえ、この状況でいえばどうなるかくらい予想がつきます。


 これからは適度に空気の読める女と言って欲しいと友人に頼んでみようと思います。

 まあそれはさておき、叔父さん達の口はなぜかここにある干し柿が縦に入るんじゃないかと言うほど大きく開いています。


「は?」


「いや、だからはるはばあちゃんちに着くとすぐ寝ちゃうんだって」


「ずっと寝てるわけじゃないだろ」


「風呂とご飯以外は寝てるけど?」


「・・・・・・」

 これまでしゃべりっぱなしだったおじさんたちは口を貝殻みたいに上と下、ぴったりくっつけて黙ってしまいました。これではこっそりと干し柿が入るかどうか確認するチャンスはもうありません。残念です。

 仕方なしにこれから続くであろうマシンガンのような攻めの嵐に対抗すべく、私はみんなへの言い訳を考えます。


 仕方ないじゃん。おばあちゃんの家、寝心地いいんだから。

 車で熟睡できなかった分、おばあちゃんの家で熟睡してますよ。

 お日様の匂いがするふかふかのお布団とか最高ですね!

 私の家の布団も定期的に干してはいるけれど、ここまでふかふかにはならない。


 まさにおばあちゃんの家の布団は私を眠りの世界へ誘う魔法のアイテムだ。

 だから、熟睡してしまうのは仕方のないこと。

 そう、全てはあのふかふかのお布団が悪い!

 

 うん我ながらいい言い訳を思いついた物だと、一人で首を縦に振りました。



「おばあ・・・・・・「いやいや、風呂はともかくご飯の時は・・・」

 そして伝えるべく口を開くと、それは音になる前に叔父さん達の声にかき消されました。

 まあ、別にいいんですけどね……。


 私は聞いてもらえなかったことに少しがっかりしながらも、自分の納得する言い訳をお腹の中にしまっておきます。

 これでいつ理由を求められても大丈夫です。

 備えあれば憂いなし、っていいますし、責められないのは私としても嬉しいことなのでこのまま役目なんか果たさずににおなかの中でさっき食べたお寿司やお肉といっしょに消化してしまってもいいくらいです。


「へーちゃん、みんながご飯食べてるときはいつも台所にいるぞ」


「それでも、へーちゃんは配膳とかで台所から出てくる。見かけたことぐらいはあるだろ?」


「ああ、言われてみれば誰かいた・・・かも?」

 うーん。そういわれてもはっきりとは思い出すことはできませんね。

 言われてみれば、おばあちゃんとは違うシルエットの人が台所に入っていったのを見たことがあるような気がする程度。

 私の見たのが、おばあちゃんとは違う人物だという確証はありません。


「はるはご飯の時ですら寝ぼけてたからな」

 うん。ご飯中は意識の半分は夢の中にあります。

 それでも、ちゃんとご飯を食べてるんだからえらくないですか? ちゃんと味わってます。

 夢の中でも、美味しいご飯を作ってくれるおばあちゃんと私のために美味しくここまで順調に育ってくれた食材に感謝の気持ちは忘れません。

 私、えらい!

 褒めてくれてもいいんですよ? 私は褒めて伸びるタイプなんです! もっとみんなは私を褒めてくれてもいいと思います。


「いや、そこはちゃんと起こす努力しろよ」

 しみじみというお父さんに盛大なツッコミを入れる泰司叔父さん。


「いやだって、無理に起こすのはかわいそうだからって」


「ばあちゃん、甘やかしすぎだろ」


「へーちゃんが」


「「「へーちゃんかよ」」」

 おじさんたちが前のめりになってツッコミを入れました。

 おじさんたちはよくツッコミを入れるんだなんて20年生きていた中での新しい発見です。親戚でも意外と知らないことって多いんだなと他人事のように思いつつ、お茶を飲みました。

 このやり取りを初めてもう2時間は経ちます。いい加減のどが渇くというものですよ。もう何度もお湯をつぎ足したせいで初めは濃いくらいだったお茶も、お茶?ってくらいには薄くなっています。乾きすぎた私の身体にはちょうど良いです。一応家庭科の教科書に載っている量の茶葉を入れたつもりだったのですが・・・・・・。なんでも教科書の通り入れればいいってものでもないんですね。人には好みって言う物がありますし。実際私と同じく喉が渇いたらしい伯父さんは急須に茶葉を足しています。きっと伯父さんにとってはこのお茶はもうお湯みたいな物なんでしょう。ああ、そんなに入れたら濃くなっちゃいますよ・・・・・・。って私の声は届かない。これから自分でお茶入れるときに茶葉を少なくしてみようと思います。

 私がお茶に気を取られている間も親戚の話し合いは止まりません。


「へーちゃんもまさか自分がはるちゃんを甘やかしたことが原因ではるちゃんが自分のこと知らないだなんて思いもしないんだろうな」


「ああ」


「なんといか自業自得だよな」


「ドンマイ、へーちゃん」

 しみじみと言い出すおじさんたちの言葉を聞いていたら、さすがにへーちゃんって人がかわいそうになってきました。

 相変わらず私は覚えてはないけど、今の話を聞いていてへーちゃんとかいう人には良くしてもらったというのはわかりました。ええ、お茶飲みながらでも一応聞いていましたよ。

 これは少しは相手を知る努力というものをしてみるべきかもしれません。

 私が疲れない程度に、ですが……。


「ねえ、そのへーちゃんって人の写真とかないの?」


「へ? 写真?」


「うん、そう。顔見たら思い出すかもしれないじゃん」


「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」

 私の言葉を聞いて、今まで話すことをやめなかったおじさんたちは固まってしまいました。きっとメデューサに睨まれた人間ってこうなるんだろうな・・・・・・なんて思います。


 写真とか見ればわかるかもしれないと思いました。

 覚えてなくても、なんか見たことぐらいあるかも……とか思うかもしれないじゃないですか? そこから思い出したり……とかね。

 とても当たり前で誰でも思いつく方法だと思い提案したのに、何でみんな固まるんですか!?



「私なんか変なこといった?」


「ねぇ、はるちゃん。うちには座敷童がいるって聞いたことないかしら?」

 おばさんがいきなりそんなことを私に聞きました。

 いつもは優しいおばさん。今もいつも通りの優しそうな声をしているが目が怖い。というか目が笑っていません。

 心なしか捕まれた腕がほんのりと桜エビみたいな色に変わってきているような気がします。

 いや、あの、編み物が趣味なのよとほんわかと語るおばさんに限ってそんなことはないとは思うんですよ。だから私の目に入っているのは幻か何かなんでしょう。いくら引きこもり生活が長くて白く不健康な肌をしている私でも、あのおばさんの握力でこんなになるわけありませんよね。ええ、これはきっと幻です。


 いくらおばさんと周りにいる親戚達が怖くても答えなくてはなりません。答えないと終わらない気がします。

 私は恐る恐るおばさんから言われた質問に答えました。


「座敷童? そんなのお話の中だけの話でしょ?」

 東北にいる妖怪だっけ?

 なんかテレビの特集かなんかで見たことあります。

 で、その座敷童がどうしたのだろうか、と首をかしげました。



「「「「「「「「「「勝彦!」」」」」」」」」」

 親戚一同が何故か父を責めだしました。

 先ほどまで私に集まっていた視線がなくなったのは嬉しいのですが、代わりにお父さんの体は縮こまってしまいました。

 うん、みんな怖い。さっきの私に向けられたおばさんなんか比じゃないです。


「ほんとにごめん」

 顔の前で手を合わせ、頭を下げるお父さん。

 そんなことをお構いなしにおじさんたちはお父さんを責め続けます。

 助けてあげたいけれど、私が何か言ってもきっとそれは火に油を注いでキャンプファイヤーみたいに燃えさかるだけです。

 私が出来ることと言えば、お父さんに頑張ってと頭の中で声援を送るだけです。さっきのボンボンでも振って応援しますね。


「ごめんで済む話じゃないでしょ」


「なんでちゃんと話してないんだ」


「いや、大翔も侑司も知ってるからもう春香にも話したと思って……」

 えへへと頬を掻くお父さんを見て、おじさんたちは呆れていました。

 普通60になるいい年したおじさんがこんなことをやっても怒られるだけなのですが、なぜかお父さんがやると妙に気が抜けます。

 なぜですかね? お父さん、我が父ながらマイナスイオンでも発生するスイッチかなにかが身体にでもあるのでしょうか? お父さんなら本当にありそうな気がします。今度機会があればこっそり聞いてみようと思います。


「勝彦、お前なんでこんなとこだけ抜けてるんだ」


「だから、ごめんって」


「まぁ、今更そんなこと言ったって仕方がないだろう。私が説明しよう」

 そういって今までずっと黙っていたおばあちゃんの息子で次男の佳政おじさんが出てきました。

 こんな時、いつもみんなをまとめるのは小学校の先生をしている佳政おじさんです。


「いいかよく聞くんだはるちゃん。うちははっきり言って金持ちだ」


「うん、知ってる」

 だから、私がニートでも許されるのです。

 ビバ金持ち。ビバニート生活。

 先祖のみなさんに感謝の気持ちは忘れません。例えテレビの前で寝ころびながらスナック菓子を貪っていても忘れてなどいないのです。


「うちがお金持ちなのは、うちには座敷童がいるからなんだ。その座敷童がへーちゃん。いつからうちにいるのかは俺も知らない。ばあちゃんが生まれたときにはもういたらしい」

 座敷童? ってことは、そもそもへーちゃんは人ではなかったらしいです。

 そりゃカメラにも映らないのも納得ですね。ええ。


 へーちゃんが人間ではないことに驚きは隠せなかったがそんなことよりも大切なことがあります。


「で、そのへーちゃんと私はどんな関係があるっていうのよ」

 今まで知らないでも問題はありませんでした。きっとそこまで深い関係性はないのでしょう。というかないって言って欲しいですがそうもいきませんよね……。


「へーちゃんは次の管理者にお前を選んだんだ」


「意味わかんないんだけど……。管理者って何?」


「座敷童のへーちゃんはばあちゃんちというかあの家に暮らしてるんだ。へーちゃんはこのうちの家系ならみんな見ることができるし普通に接することができる。でも、へーちゃんと一緒に暮らすことができるのは管理者に選ばれたものだけなんだ」


「は?」


「へーちゃんは管理者に選んだものとしか一緒に暮らしたがらない。だから、今まであの家にはお前の前の管理者であるばあちゃんしか住めなかったんだ」


「なんで私なの?」

 私の家とおばあちゃんの家ではだいぶ離れています。

 高速道路を使って一度も休憩を取らずに渋滞にはまらずにスイスイ進んでいっても数時間はかかります。

 私の家よりもおばあちゃんの家に近い泰司叔父さんではなく、なぜ私?

 近い人の方が良くないですか?

 それに泰司叔父さんじゃなくても私よりもおばあちゃんの家に近い親戚は他にもたくさんいるじゃあないですか。

 なのになぜ私が管理者?として選ばれたの? 意味わかんないんですけど?



 さすがは小学校の先生、声には出してはいないはずの訴えが佳政おじさんに届いたのか、佳政おじさんは丁寧に説明してくれました。


「お前の1歳の誕生日の時にへーちゃんがお前としか暮らさないって言ったからだな。お前以外が住むなら出てくって」

 は? 何それ?


「ああ、親族の中じゃ有名な話だな」


「それって、へーちゃんがだっこしてはるちゃんを離さなかったってやつ?」


「そうそう、それそれ」


「あの後大変だったんだよな。へーちゃん全然春香のこと離さなくて、ばあちゃんが説得してやっとって感じだったんだから」

 お父さん! そんなしみじみと言わないでください。

 ちょっとおじさん、懐かしさのあまり涙出てますよ? 拭いて拭いて!


 それよりも娘が親元を離れるかもしれないんだよ?

 お父さんなら止めてよ! と思いつつ、きっとこれは断ることなんてできないのだろうと思います。

それでも一応と思い聞いてみました。最後の確認ってやつです。


「断るって選択肢は?」


「「「「「「「「「「「ない」」」」」」」」」」」

 普通に否定されました。

 そんなみんなで言わないでよ。わかってても一応聞いただけなんですから。


 しかも真顔って、怖いんですけど!


「お前が行かなかったらへーちゃん怒るだろうな」


「泣くんじゃない?」


「出てくんじゃない?」


「へーちゃんに出ていかれたらうち傾くかもな」


「確実に傾くわね」

 あははははと合唱のようにハモった笑い声をありがとうございます。

 私が審査員だったら鐘でもなんでも鳴らしてあげます。


 でもね、家が傾くかもしれないという話を笑いながらするってどうなんですか?



「というわけで、お前の家は1週間後からばあちゃんちな。へーちゃんには連絡しとくから」


「え、ちょっと勝手に決めないでよ」

 1週間後? あと少ししかないじゃないですか!

 私もうら若き乙女。いろいろと準備というものがですね……。って誰も聞いちゃいません。

 いや、この親戚達が話しを聞かない事なんて今に始まったことじゃないですよね……。ええ、わかってましたよ。


「いつばあちゃんがいなくなるかわかんなかったけど学校卒業した後でよかったな」


「ほんとにねー」


「いや今だってよくは……」


「「お前、ニートだろ」」

 兄たちよ! そんなバッサリと切り捨てるでない!


「兄よ、妹が可愛くないのか!」


「可愛くないも何も俺ら知ってたし」

 え? 何を当然のことのように……。って、そうですよね。私以外のみんなが知っていたんですよね。私だけがのけ者で、いわばハブられていたというやつですよね。

 って、知ってたなら教えろ!というツッコミは運動神経のいい兄たちにはスルッとかわされそうなので私の喉当たりで押さえておきました。

 私は我慢のできる女なのです。

 ええ、兄達の息のそろった反撃マシンガントークが怖かったとかじゃあありませんよ。決してそんな残念な理由などではありません。


「お前がニートでも許されていた理由はお前の移住が確定事項だったからな」


「特にやりたいこともないようだし」


「そんなー」


「「諦めろ」」

 まさかそんな理由でニートが許されているなんて思いもしませんでした。

 こんなことなら希望出した幼稚園が2つ共不採用だったからって諦めたりせずに真面目に就活でもしとけばよかったな……。なんて思っても後の祭りです。





 そして、今に至ります。

 おばあちゃんの家に着いた私は……………………とりあえず寝ました。

 いや、だって山道を一人寂しく歩くこと数十分。ニートには過ぎた運動です。……さすがに疲れたました。


 いきなり準備しろとか言われて、急いで準備して。

 生活用品なんてそんなにはないとはいえ、今後ここで過ごすとなるといろいろとそろえるものもありますし。

 20年間暮らしてきたあの部屋とも別れると思うと、繊細な私はこの1週間あまり寝れませんでした。1日8時間しか寝れなかったのです。これは大問題です。もっちりとした私のお肌にも影響があるかもしれません。

 そんなわけで着いたら寝るしかないよねとばかりにもう当たり前のようにおばあちゃんの家にある毛布を引っ張り出して縁側で寝転びました。

 縁側……オススメです。特に良い天気の日なんてポカポカで……。


 お日様の下、私は意識を手放しました。




 なんかいいにおいがする。これは…………出汁の匂い。

 おばあちゃんの作るご飯の匂い。

 ああ、よだれ出そう……。

 汚いなんて言わないで下さい。

 私の本能が、お腹に常に潜む、過去に共存関係を結んだ虫さんが訴えているんです。仕方の無いことです。


「……ちゃん」

 ん、誰か・・・・・・呼んでる?

 でも、まだ眠い。まだ起きたくない。

 1週間ぶりに安心して眠れたのです。やっと勝ち取った安眠。そう簡単に手放すべきではありません。抱き枕のごとく身体全身使ってこの私を包み込む毛布を放さずに持っているのが賢明な判断です。


 とどのつまり何が言いたいかと言いますと……もっと寝ていたい。


 まだ寝ていたところでおばあちゃんのご飯は逃げはしないだろう。

 私の隣で「洗い物がしたいから早く食え」とか「冷めるだろ!」とご飯を急かす兄ももうここにはいません。後でゆっくり食べるとしようと心に決めました。


「はるちゃん」

 返事したいけど、まだ寝てたいのですよー。

 返事なんかせずに身体をよじることにより、眠いことをアピールします。おばあちゃんならわかってくれるはずです。


 それにしてもよく聞くとおばあちゃんの声がなんか低いですね。久しぶりに聞くからなんか変な感じするのかな。



「ってまだ寝てるか。はるちゃんらしいな」

 ん? 待てよ?

 おばあちゃんってもう死んだはずじゃ? この前お葬式、しましたよね?


 あれ? じゃあなんでおばあちゃんの作るごはんの匂いがするの? おかしくない?


 ばっと起き上がった私の目の前にはイケメンがいました。

 短い袖の代わりに手の甲で何度も目をこすっても、このイケメンはいなくなりません。

 するとイケメンはおもむろに口を開きました。


「わあ、びっくりした。はるちゃん、いきなり起きるんだもん」


「誰?」

 いやいやいや。私のほうが驚いてますよ。

 知らない男性、しかもイケメンが起きたら目の前にいるこの状況で叫ばなかった自分をほめたいぐらいです。


「え?そっか、はるちゃんは僕のこと覚えてないんだっけ」

 覚えてない?


「僕は兵助っていいます。これからよろしくね、はるちゃん」


「は?」

 兵助? まさか……。


「は? ってひどいなー、はるちゃん。佳政君から僕のこと覚えていないっていうのは聞いてたけどそんな反応されたら悲しいよ」

 いやいやいや。

 私は確かに佳政おじさんからへーちゃんのことは聞きましたよ。

 座敷童であると……。


 私が管理者とかなんだかに選ばれたって、これからおばあちゃんが住んでいた家に住むんだって、何でかなんて理解はしてないけど一応納得はしてこの場に来ました。

 でもさ……座敷童って普通子どもじゃないの? 童って子どもって意味じゃなかったっけ?


 私の目の前にいるイケメンは私と同じくらいの歳に見えます。

 仕立ての良いシンプルで落ち着いた色の着物を着てはいるが最近のファッションに着替えれば、町で綺麗なお姉さん達に声をかけられそうな、そんなお兄さん。

 明らかに私の想像するような童って歳じゃないです。



「あんた、座敷童じゃないの?」

 この兵助という青年がへーちゃんであっているならば彼は座敷童ということになる。


「座敷童だよ?」

 何事もないようにさらっという兵助。


「なんでそんなでかいのよ」

 おかしいでしょ!

 座敷童がそんなに大きいわけがありません。


「へ?」


「座敷童っていったら普通子どもでしょ!」


「うん、僕も子どもだけど?」

 なぜ私が怒っているのかがわからないというように、首をこてんとかしげる兵助。

 子どもがよくする行動ではあるけれど、彼はどこをどう見ても子どもには見えません。


「どこがよ!私と同じくらいじゃない」


「見る人によっては子どもだっていうから子どもでいいんじゃない?」

 幸子ちゃんも僕のこと子どもだって言っていたし、と付け加える兵助。


「そんなアバウトな・・・」


「心配しなくても僕はれっきとした座敷童だから」

 座敷童としての役目は果たしているよ、ってそんなことどうでも良いのです。


「そんな心配してないわよ!私は座敷童がいるって聞いたからもっと小さな子どもだと思って・・・」

 私は泣きそうになりましたが、必死で押さえました。怒っていることがだんだん恥ずかしくなってきた。

 そもそも、兵助が私のイメージと違うとしても私には怒る権利などない。

 私の勝手な思い込みだったのだから。



「ところで、はるちゃん」


「何よ」


「さっき見つけたんだけど、これっておもちゃ?」

 私は兵助からそのものを奪い取りました。

 『へーちゃん』が小さな子どもだと思っていた私は子どものおもちゃをたくさん持ってきていた。


 ボールにお手玉、パネルシアターに縄跳び。

 へーちゃんがどのくらいの歳かもわからなかったから、どのくらいの子でも遊べるようにたくさんのおもちゃ。


 へーちゃんと一緒に遊ぼうと思って、この1週間の間にいろんなところに足を運んで選んだ。

 どんなものなら喜んでもらえるかなって。どうしたら仲良くなれるかなって。


「もしかしてこれ僕に?」


「違うわよ」

 違わない。

 でも、それらは私はへーちゃんがまだ小さな子どもなのだと思って持ってきたおもちゃ。

 こんなに大きいと知っていたら持ってこなかったのに。


「紙芝居なんて久しぶりだから楽しみだなー」

 へーちゃんはその中の一つを指さして言いました。


「紙芝居じゃなくてパネルシアター」


「それパネルシアターっていうんだね。後でみせて」

 嬉しそうにいう兵助。

 もう大きいのだから、こんな子ども相手のものなんて喜びなどしないだろうに……。なぜそんな笑顔で言うのかはわかりません。

 まるで本当に楽しみであるかのように今にもスキップでもしだしそうに。


「だからあんたのためじゃなくて……」


「でもここには僕とはるちゃんしかいないよ」


「え?」


「まわりにも誰もいない。ここには僕とはるちゃんだけ」


「・・・」


「楽しみだなー」

 え? このイケメンと二人で暮らさなきゃいけないのですか?



 幼小中高大全て女子校で育った私が若い男と二人きりでどうすればいいかなんて悩んでいたのは初めのうちだけでした。


 へーちゃんは私と違って働き者で何でもやってくます。

 家の周りの畑や田んぼを耕すのも収穫するのもへーちゃん。掃除をするのも洗濯をするのも、ご飯を作るのだってへーちゃんが全部やってくれます。

 女子校で育ったのに女子力というものが毛ほども身につかなかったどころか、高校では洗い物にすら手を出すことを禁じられた私とは大違いです。


 あ、これでも離乳食とかお菓子とかは作れますよ?

 ハンバーグとかカレーはなぜか魔の生命体という名前が友人から与えられただけで、幼児のご飯ならバッチリです! といっても、ここには幼児なんていないので全く役に立ちませんが……。


 それでもさすがに悪いと思い、手伝おうとしたんですよ?

 でも、へーちゃんは

「はるちゃんはそんなことしなくていいんだよ。心配しなくても家事は一通りゆきちゃんに仕込まれてるからね」

といって手伝わせてはくれなかった。


 まあ、家事なんてできないから助かったんだけど、おばあちゃんそんな花嫁修業みたいなことしていたのか……。


 おばあちゃん、出来ることならそれ、孫に仕込んで欲しかったですとその日は仏壇に手を合わせて、へーちゃんに頼んでおやつに作ってもらった、おばあちゃんの大好きなあんこたっぷりのおはぎをお供えしておきました。


「はるちゃんは僕と遊んでくれるだけでいいんだよ」

 そういって、へーちゃんは私を甘やかし続けた。

 もとの生活とあまり変わらない日々。いや、むしろ掃除の邪魔だと掃除機のノズルをガツガツ当てられないだけ快適な日々です。あれ、痛くはないんですけど地味に傷つくんですよね……。


 私の役割といえば、へーちゃんといつの間にか住み着いていた子どもたちと遊びこと。

 それとたまにへーちゃんからに頼まれごとをされるくらい。


 これは役割というよりも私の楽しみだ。

 実家にいたころのように、引きこもりの生活は送れないがこれはこれで楽しいです。

 何よりも私の周りをちょこちょこと動きまわる子どもたちが可愛い。


 いつものように子どもたちと遊んでいた私はへーちゃんに呼ばれました。


「はるちゃん、ちょっと近くの家まで行ってなんか好きなもの取ってきて」


「勝手にとってきていいの? それになんか好きなものって?」

 いつもは「手が離せないから畑からかぼちゃとってきて」とかちゃんとした説明してくれるのに……。

 いつもと違ってなんか今回、雑じゃない? 気のせいかな?なんて思っているとへーちゃんは言葉を付け足してくれました。


「いいの、いいの。はるちゃんの好きなものならなんでもいいよ」

 へーちゃんがいいというのだからいいのだろう。

 それに初めて会った時にこのまわりにはへーちゃんと私しかいないと初めて会った時に言っていましたし。

 今はどこから来たのかわからない子どもたちが数人増えてはいるがそれ以外に人が来たとは言っていませんでした。

 このあたりに詳しいはずのへーちゃんがそう言うのです。だからその家もきっとうちの管理している家なのだろうから勝手に持ってきてしまっていいのでしょう。


「わかったけど、家なんてどこにあるの?」


「そこらへんにあるはずだからさ。その子たちの面倒は僕が見とくから」

 説明が非常に雑でよくわからないが、どうせ時間は有り余っている。ゆっくり探せばいい。


 私は未だ慣れない山を散策するつもりで何も持たずに歩き回る。

 迷子になったらどうしよう? なんて考えません。私が迷子になったらきっとへーちゃんがどうにかして見つけ出してくれるだろうと思っているからです。



 そして私は山の中をしばらく歩いていると一軒の古民家を見つけました。時代劇で見るような、テレビのセットの中にあるみたいな家。

 まだこんなに古い家、あったんだな……と、子ども達に後で見せるために写真でも撮るかとと思いポケットに手を入れるとそこに携帯電話はない。あるのはいつの間にか入った小さな石とか砂。多分子ども達が入れたのであろうそれを見て、携帯は充電器に差したままだったことを思い出しました。


 まあ、いっか。後でみんなを連れてまたここにこようと決心しました。

 その家の庭にはニワトリや牛などの家畜がいて、雑草も生えておらず綺麗な花がたくさん咲いている。

まるで今でも誰かが暮らしているのではないかと思うほどだったそれはとても手入れが行き届いていました。

 さすがに誰かの家だったら悪いと思い私はこの家の住人を探しました。


「すみませーん。誰かいませんか?」


 いくら探しても誰もおらず、家の中に入って回ってもこんなに綺麗な家なのに生活の跡が見えませんでした。

 そして私はこの家はへーちゃんが管理しているのではないかという結論に至りました。

 へーちゃんが管理しているならば家がきれいなのにも納得できます。

 へーちゃん、綺麗好きだし。

 いつも綺麗に整っている居間を頭に浮かべると私がゴロゴロしていない所以外はパズルのピースのようにピッタリと当てはまります。

 そう思った私はへーちゃんから言われた通り好きなものを持って帰ることにしました。




「ただいまー」


 私が帰宅するとへーちゃんと子供たちが待ってましたとばかりに寄ってきました。

 

 たまには外出というのも悪くないです。にやけて上に向かって上がっている口元を隠しもせずに子どもたちに近づきました。


「おかえり、はるちゃん」


「はるちゃん、おそいよー」


「ごめん、ごめんって」

 近くにいる子どもの頭をなでながら謝りました。

 嬉しそうにする子ども達。実はさらっさらのその子ども達を触るのは楽しみだったりします。


 もともとこの子たちと遊ぶ約束をしていたのだから、謝るのは当然だろうとばかりに頭を下げました。でも、子ども達はそんな私に怒りの感情を向けることはありませんでした。代わりにへーちゃんから帰宅したことへ対する言葉と一つの疑問を向けてられました。


「おかえり、はるちゃん。家にはたどり着けた?」


「? たどり着けたけど?」

 へーちゃんは自分が行けといったのに変なことを聞きました。

 え、もしかしてたどり着けない可能性とかあったの? え、こわっ。たどり着けて良かったわー。なんて思ってみますが、たどり着けないことはあっても帰ってこれないなんてことはへーちゃんがいる限りあり得ないことなんだろうけど。


「そっか、よかった」


「よかったね」


「さすがはるちゃんだね」


「ねー」

 なぜかよくわからないが、みんなは私を褒めました。なんか嬉しいです。

 私は褒められると伸びるタイプなのです。存分に褒めてくれていいんですよ?とここぞとばかりにこの年の平均以下しかない真っ平らな胸を張ってみます。

 ここにはそんな行動にツッコミを入れる無粋な兄も、かわいそうな顔で見てくるもう片方の兄もいません。いるのは「さすが」と褒めてくれる子ども達ばかりです。誰も突っ込まないのでちょっと背中あたりの筋肉がピクピクしてきたのでやめることにしましょう。


「で、何持って帰ってきたの?」


「毬」

 そういって私は持って帰ってきた毬をへーちゃんに見せました。


「え?」


「だから、毬」

 見てわからないものなのだろうか?

 ボールって言った方がよかったのかな?

 でも、これ毬だしな……。


「はるちゃん、なんでよりにもよって毬なの? もっといいものあったでしょ!」


「この子たちと遊ぼうと思って。家から持ってきたボール、穴開いちゃってさー」


 つい先日、一人の子がボールに穴をあけてしまった。わざとではないことは分かっています。そんな意地悪をするような子はここにはいません。ただ遊んでいたところをたまたま木か何かに引っ掛けてしまったのでしょう。気がつけばしっかりと空気を中に入れて、膨らんでいたボールはぺしゃっとしぼんでしまっていた。

 そもそもこれはそんな丈夫な素材でもないし、形ある物が壊れてしまうのは仕方ないと思っていたのだが、穴をあけてしまった子はあれから気を落としてしまっている。きっと責任を感じてしまっているのだろう。しょぼん……という言葉が似合うほどに気を落とすその子はあの後から遊びの輪から少し離れたところで膝を抱えてこちらをうらやましそうに見ているだけでこちらに近づいてくる気配は全くありません。あのボール、みんなのお気に入りだったし、落ち込んでしまうのも仕方ないのかもしれません。それでも輪の中にいれようと無理矢理引っ張ってきて仲間に入れるというのも何か違うような気がします。

 どうしたものか困っていたところに、毬があったのです。囲炉裏の横に不似合いなカラフルな毬。それは私にもらってくれと全身を使って主張しているように見えました。

 毬ならボールの代わりになるし、私が持ってきたボールほど簡単に壊れることはないだろう。なら、持ってくる以外の選択肢などありません。

 囲炉裏の横にたたずむよりも遊んであげた方がきっと毬も嬉しいと思うのです。

 

 それにへーちゃんは何でもいいといったのだ。それなら毬でもいいだろう。



「はるちゃん、ぼくたちのために?」


「うん、一緒に遊ぼうか」


「嬉しいな。はるちゃんが僕たちのために持ってきてくれた」


「迷家に行ったのにぼくたちのおもちゃを取ってきてくれた」

 迷家がどうのとか言っているがよくわからないからスルーしておこう。難しいこと、わからないし。それにきっとそこまで重要なことでもないだろう。これまでそんな言葉知らずに過ごしてきたし。

 必要があれば覚えていくスタンスで今まで生きてきました。今後もその考えを全面に押し出して生活していくつもりです。

 だから、その迷家とかいうのはいずれ……と頭の片端に追いやります。


「嬉しいな」


「はるちゃん、いい子」


「いい子」

 私の周りをぐるぐると回りだす子ども達。

 なぜ褒めているのかはわからないけど、きっと新しいおもちゃが増えて嬉しいのだろう。

 この前、五平餅がおやつで出てきたときもグルグルしていたからきっとそれと同じなのでしょう。


「? よくわかんないけどあそぼっか」


「うん」

 輪の近くによって来ていた、落ち込んでいたあの子の手を取って、私の後ろをちょこちょこと追いかけてくる子どもたちと毬で遊ぶことにしました。





「なんか子供たち増えてない? へーちゃん、座敷童ってこんなにいるもんなの?」


「普通の家はいても2人くらいだとは思うんだけどね」


「「マジか」」


「はるちゃんが迷家行って以来増え続けてるよ」


「春香、迷家行ったの?」


「何持って帰ってきたの?」


「毬」


「「「「は?」」」」


「毬。今使ってる、あれ」


「迷家に行って持ってきたのが毬って……」


「僕もそう思ったけど、はるちゃんがそれでいいならいいかなって」


「まぁ、あいつがいいならいいけど……」


「はるちゃん、一緒に遊んでくれるからって座敷童の中で人気者なんだよね。すっかり僕と遊ぶ時間、少なくなっちゃった」


「でも、へーちゃん嬉しそうだね」


「うん。だってみんな楽しそうだから」


「そっか」



 初めはへーちゃんと二人だったのに、今ではすっかり大所帯。

 いつの間にか増えている子どもたち。数えてもすぐに増えてしまうのだからもう数えることはやめました。

 こんな山の中、いったいこの子達はどこから出てきているのかは分かりません。

 けど、まぁいっか。楽しいし。

 


「一緒に遊ぶぞー」


「「「「「「「わーい」」」」」」」

 遠くで草を摘んでいる子どもにも、ウトウトしている子ども達にもみんなに聞こえるように、家にいた時には出さなかったような大きな声を出して、そしてみんなに見えるようにあのときの毬を掲げる。


 それを合図とばかりに散り散りになっていた子ども達は一斉に私の元へ集まってきます。



 そして私は今日もどこから来たかわからない子供たちと遊びます。


ちょっと抜けてるニートな主人公と座敷童たちの話でした。


読んでいただきありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ