たんぽぽ
わたしがほんの小さな頃、お父さんが「たんぽぽ」を連れてきた。わたしは手のひらに収まるほどの小さな「たんぽぽ」に息を呑んだ。
「かわいい」
お父さんは優しく笑い、「名前をつけてあげなさい」と言った。
ふわふわした白い毛が、まるでたんぽぽの綿毛のようだったので、わたしは「たんぽぽ」と名前をつけた。
「よろしくね。たんぽぽ」
わたしの手の中で、たんぽぽは「ちぅ」と小さく鳴いた。
時は経ち、わたしが中学生になる頃、両親は離婚した。
まだ幼い弟の手を引いたお母さんは何も言わずに出ていき、家にはわたしとお父さんしかいなくなった。お父さんは仕事でほとんど家にいなかったが寂しくはなかった。
わたしにはたんぽぽがいたからだ。
朝、登校前にたんぽぽにエサをやり頭を撫でてやる。
たんぽぽは「にゃあ」と目を細めた。
わたしは高校を卒業し、県外の大学に進学することになった。
下宿を決め荷物を送ると、わたしはたんぽぽの前に座る。
「ごめんね。一緒に行きたいけれど、寮はペットがダメなんだって。しばらく会えなくなるね」
たまらずわたしはたんぽぽの首に抱きついた。
わたしの耳元でたんぽぽは「わん」と鳴いた。
わたしは無事に大学を出て、社会人となった。
故郷を離れ、仕事で忙しいながらも自立した日々は楽しい。
スーツに着替え、メイクを済ませたわたしは出勤前にベッドで眠るたんぽぽに行ってきますのキスをした。
たんぽぽはわずらわしげに寝返りをうつと、「おう、いってらっしゃい」と一言だけ言った。