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第二話 自分の命

網戸にした窓から、潮の香りが微かに香る夏の夜。蝉とバトンタッチした虫達が、林の中で自らの居場所を示すようにないている。

南に行くと海、北はすぐ林。家の裏にある林で、美波は小さい頃、よく友だちと探検したものだ。もちろん海も含め、美波の家の周りには想い出で溢れかえっている。その一角、自分の部屋として使っている和室で、美波は今日起こった不思議な出来事を心の中で整理していた。



「私と戦ってくれませんか?」

「え?」

「あ、その、一つずつ説明していきますね。まず、これは何か分かりますか?」

奏海は懐の中から、青と黄色の紐を通してある黒く光る勾玉を取り出した。どうやら、美波が見ていない間に結び直したようだ。

「それって、さっきの勾玉……だよね?」

「はい。海の子はみんな透明の勾玉を握って生まれてくるんです」

「でも、奏海のは黒いよね?」

「女の子の勾玉は十二歳頃に色が付くことがあるんです。私のはたまたま黒く光ったということです」

奏海が見せる勾玉は、吸い込まれそうなくらい深い黒色をしている。所々に赤や青、金の光沢を持った粒が含まれているようにも見えた。

見方によっては、宇宙のように見えた。永遠の広がりの中に、数多なる星々が浮かんでいる宇宙のように。


「ってことは、他にも色があるってこと?」

「はい、漆黒と月白はある家系の子しか持ってないんですけどね。他に五色あります。それで、勾玉に色が付いた子は海の巫女になるんです」

「つまり奏海は海の巫女さんってことでいいの?」

「そういうことです」

海の巫女は、十五歳の誕生日を迎えるとともに親元を離れ、竜宮に住みこむことになっている。祭事の際は空色の羽衣に身を包み、占いの術に長けた王とともに神に仕える仕事をする。

奏海が海から逃げ出してきたのもこの時だった。


「問題はここからです。ただの巫女さんだったら良かったのですが……」

急に奏海の表情が暗くなった。奏海はまだまだたくさん話したいことがあるようで、少しの間上を向いて、それからまた迷うように小さな口を開いた。

「海には二体の神がいることを知っていますか?」

美波は首を小さく横に振った。

「海にはオト様とトト様という神がいるんです。最近の海の異変は、二体の神様がお怒りなっているからだとみんな思っています」

「海の異変って?」

「水の温度が高くなってきたり、浅い所が汚れてきたり、とにかく何かがおかしいんです」

「神の怒りなんて……、言い方が悪いけど、それって昔の考え方じゃない?」

奏海は納得したように頷いた。怒られるのではないかと、言ったあと後悔していた美波の予想していなかった反応だった。


「陸ではそうかもしれません。でも海の子は神様に生かされてるって、そう信じてるんです。だから海の異変は、神様の怒りは、私達にとっては大きな問題なんです。 それは分かってください……」

必死な様子の奏海に、美波は何も言い返すことができなかった。理解しようとする気持ちと、自らの根底に潜む固定観念の板挟みとなった。揺れ動く心を抑えようと、机の上のカルピスを飲もうとした。しかし、コップが唇に触れる直前で手を止めた。


「オト様とトト様が怒っていても、海の子にはどうすることもできませんでした。ここで現れたのが海の国の王、竜渦りゅうかです」

奏海の口数は忙しいほどに増えていく。美波はどんどん話にのめり込んでいった。だが、不思議と美波は、奏海の話も奏海の存在自体も疑問に思わなかった。

「もしかして大男って……」

「そのもしかしてです。竜渦はオト様とトト様の怒りを沈めるために、私達海の巫女を生贄にし始めたのです……」


海の国は絶対王政で、村人たちは毎年決まった量の海藻や魚を年貢として納めなければならない。王に逆らった者は、竜宮に仕える兵に処刑されるため、命が惜しく誰一人と王に逆らうことはできなかった。

その王、竜渦が荒れ狂う神を抑えるために、無限の未来が残された少女らを殺し始めた。神の怒りのためなら仕方がない、と海の異変のために収穫量が減った漁師は少しの期待を込めて言い、少女たちの親は泣き狂って殺さないよう王に嘆願した。

その願いは実現せず、こうして奏海を苦しめているのが現実だった。

「お願いです! 私をこの運命から救ってください! 私は勾玉のために産まれてきたわけじゃないんです!」

奏海は腰のあたりから細身の短刀を取り出した。

「これで一緒に戦ってください!」

鞘さえも研ぎ澄まされているような、その短刀は至る所に装飾がなされ、全体が蒼白く輝いていた。奏海は押し付けるように、剣を差し出した。

「急に言われても無理だよ……。戦うって、殺すってことでしょ……? そんなの絶対嫌だよ……」

美波は剣を押し返した。

奏海は、予想していたような、それでいて悲しい表情を見せた。

「やっぱりそうですよね。美波の気持ちもよくわかります。この話はもう止めましょうか」

引きつって笑う頬には、諦めと悲しみが表れていた。前髪に少し隠れた眉は下がり、その表情がまた美波の心を痛めた。

「戦うことはできないけど……、話だけは全部聞くから」

「はじめからそうだと思っていました……。では伝えたいことだけ話しますね」

窓からは天高く登る入道雲が見えた。部屋の空気は厚く重く、二人ともどんどん口を開くのが辛くなっていった。


それから美波は、勾玉の話を教えてもらった。

海の巫女の多くは、藍色、朱色、橙色、萌葱色、桃色のうちのどれかの色の勾玉になる。しかし、昔から神に由縁のある家系には、漆黒の勾玉、もしくは月白の勾玉になる子がいる、と。そして、全ての色の勾玉を一本の紐に通すと一度だけ何でも願いが叶う、と言い伝えられていることも。


ここからは奏海の予想だが、竜渦は神の怒りを沈めるためという名目で勾玉を持った女の子を殺し、七色の勾玉を集めようとしているのではないか。 勾玉が目的で女の子を生贄にしようとしているのではないか。

怯えながらそう言った奏海の表情が、美波は忘れることができなかった。何の不自由もなく暮らしている美波と同い年の子が、いつ殺されるか分からない恐怖で夜もうまく眠れない日々を過ごしている。美波にできることは、一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、ずっとそばにいてあげることだけだった。


夜の十時、簾を通して心地よい風が部屋に流れ込む。押入れから出してきたお客さん用の布団の中で、奏海は美波のパジャマを借りて気持ちよさそうに眠っている。よほど普段から眠れていなかったのか、寝付くのは瞬く間のことだった。

美波は文庫本を閉じ、部屋の電気を消した。なかなか眠れないと思いながらも、すっとベッドに身を委ねた。

二人の寝息、布団のぬくもり、月のひかり。

短刀に付いている貝殻からするさざ波の音が、二人の少女を夜に溶けこませていった。



第二話「自分の命」


おわり

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