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第一話 空色の子

今日もまた少女が神に捧げられる。

少女は細い四肢を重い鎖で繋がれていて、未来を断ち切られるその瞬間まで身動き一つ取れないでいた。

その命を奪うために清められた大剣、それを持つ大男。

竜宮の前には、これから祭りが行われるかのように見物人が群れをなしていた。少女はその気配は感じられても目隠しで視界を遮られており、大男の、興奮しているかのような荒い息遣いに身を震わせることしかできなかった。


共に生活してきたであろう巫女が、涙を流しながら少女の衣の腹の部分をほどいていく。

水に揺られる衣から、真っ白な腹部が顔を覗かせた。竜宮周辺の喧騒は高まっていき、男は剣を持つ手に力を込めた。


冷酷な大剣の切っ先が腹部を冷たく撫でた。少女は反射的に腹に力を入れて、なんとかして身を守ろうと手足をできる限り腹に寄せた。

しかし錆びついた鎖はそれを許さず、男もまた、今度は力いっぱい剣を押し込んだ。少女は硬直したように体を反らせたかと思うと、全身から急速に力を失っていった。

あたりを漂う血が水に溶け込み、少女の命の灯火が消えゆくとともにその色は薄まっていった。


男は、腹を切り裂いた剣を抜く際、少女の衣の中から何かを奪いその場をあとにした。あまりにも自然に行われたその行為は誰の目にも止まることがなかった。

そして少女の体は2つに切り裂かれ、海の神に捧げられた。


一連の儀式に見入っていた大衆は、人の群れの中から必死で逃げ出す影になど気づくはずがなかった。

空色の羽衣に包まれたそれは陸を目指して泳ぎ続けた。



第一話

「空色の子」



初夏の鎌倉、お昼の少し前。美波みなみは砂浜に沿う歩道をのんびりと歩いていた。肩周りが楽な白いシャツに、ブルーのストライプが入ったスカート。塾に行く時はこの組み合わせか、水色のワンピースの二択で、美波はあまりおしゃれに気を遣わない。日光を直接浴びる腕と首にはしっかり日焼け止めを塗っているのだが。

とんびが砂浜を見下ろすように旋回している。初夏の強烈な日差しも、波の上を走ってきた涼しい風で和らげられて、この心地の良い暑さが美波は好きだった。お腹も空いたけど、このまま帰るのも名残惜しい。ちょっと寄り道しよう、と美波は、砂浜へと続く階段を軽い足取りで降りていった。



上を歩いているときには気づかなかったが、遠くの方に何か落ちている。水色の布みたいなもの。その布に肌色のものが包まれている……。美波の背中に一筋の冷や汗が走った。

美波は無意識的に肩からかけているカバンの中に手を突っ込んだ。焦るほどに中身が混ざって、それがまた焦りに繋がったけれども、美波はついにスマホを探り当てた。

たぶんあそこにいるのは人だ! 美波は乾いた砂に足が絡め取られながらも全力で駆け寄った。


灼熱の砂の上に、水色の羽衣に包まれた女の子が倒れている。その頬は赤く、とても苦しそうに息を吸ってばかりいる。

「大丈夫ですか!?」

美波は半ばパニックになりながら女の子の手を強く握った。額から汗がどんどん出てくる女の子は力なく仰向けになった。

「そこの……勾玉を……」

女の子はうっすらと目を開けて、聞き取れるのが精一杯の小さな声を振り絞った。体力が限界の中、指差した先には黒い勾玉が転がっている。美波は、女の子の手に本来なら勾玉と繋がっていたであろう紐が握られているのに気づいた。

「これでいいんだよね?」

美波は、紐からちぎれ落ちた勾玉を急いで女の子の手に押し込めた。


すると、さっきまで見ているだけで苦しかった呼吸が落ち着き始め、熱そうだった頬も少しずつ健康的な薄桃色を取り戻し始めた。

美波は何が起こったのか信じられなかった。あれほどまで苦しそうだった子が、手を透かすようにして空を眩しそうに見ている。


「あの……、本当に大丈夫なんですか?」

美波はずっと仰向けになっている女の子を覗き込んで言った。

「はい、助けてくれてありがとうございます。でも、喉が乾いたので水をくれませんか?」

「私の飲みかけならあるんですけど……、嫌ですよね」

美波はカバンの中から飲みかけのポカリスエットを取り出した。

「それでいいので下さい! お願いします!」


女の子はポカリスエットを十秒ほどで飲み干した。体力も少し戻ってきたのか、透き通るように薄い羽衣についた砂を払っている。立ち上がるとその子は美波の予想以上に背が低かった。

「あの、さっきから気になっていたんですけど、何歳なんですか?」

「私は十五歳です!」

美波の問に女の子は何故か姿勢を正して答えた。

「あ、同い年だったんだ。私は美波っていうんだ。よろしくね」

「私は奏海かなみって言います! よろしくお願いします!」

ペコッとお辞儀した時、奏海のお腹が鳴った。奏海は恥ずかしそうにお腹に手を当てた。

「えーっと、うちでご飯食べていく?」




二人は美波みなみの部屋でのんびりと午後を過ごしていた。羽衣の奏海かなみを家に連れて帰った時は、祖母、鶴子に何を言われるかビクビクしていた美波だったが、鶴子は不思議な顔一つせずに、奏海にお昼ごはんを振る舞った。しかし、美波をより驚かせたのは、それよりも、小さな体の奏海があっという間にご飯を三杯も食べたということである。

満腹で幸せそうな奏海は、美波のベッドの上で足を放り出して座っていた。美波は、完全に目の前の現実離れした羽衣の虜になっていた。どこまでも透き通るような空色、ひらひらと踊る袖、曲線が美しい金色の帯留め。美波は美しいそれに憧れながらも、指を咥えてみていることしか出来なかった。


「あのね美波……」

少し会話が途切れた後のことだった。深刻そうな顔色で美波を見つめている。美波もまた、その雰囲気を感じ取って慎重に話を聞くことにした。

「私、美波に知っておいてもらわないといけないことがあるんです……」

三時過ぎ、大きくなる蝉の声が二人の間の静寂を強調していく。奏海はベッドから下りて、美波と同じく座布団に座った。

「その、実は私……。もう美波は気づいているかもしれないけれど……」

「……」

「私、海の子なんです……」

美波は、一瞬驚いたような表情を見せたあと、奏海と同じように下を向いた。この部屋は蝉の声と時計の音と、伺うような二人の呼吸の音で満たされている。一切目を合わせようとしない二人。部屋の空気が詰まっているように感じるのは暑さのせいではないだろう。


最初に静けさを切り裂いたのは美波だった。

「海の子って、あの海の子?」

奏海は顔を上げ、小さく頷いた。先程まで前髪で隠れていたその目は、不安だからだろうか、少し潤んでいる。

美波は海の子の話を幼少期の頃から、祖母である鶴子に聞かされて育ってきた。海にも陸と同じように人間が住んでいる。その人たちは海の子と呼ばれ、お守りのように勾玉を首にさげている。見た目は陸の人間と何一つ変わらない、ということも。

だから、奏海のことを怖く思っているわけではない。ただ、子守唄代わりだったお話に出てきた海の子が、目の前にいるという事実が不思議で言葉が出てこなかったのだ。

「美波は私のこと気持ち悪いとか思わないんですか?」

奏海は今にも泣きそうな顔で美波を見上げた。

「当たり前だよ。これからもよろしくね」

「みなみぃ……」

奏海は黙って美波に抱きついた。その目からは嬉し泣きの涙が溢れていた。

「一つだけお願いしてもいいですか……?」

「いいよ」

「私たち海の巫女を簡単に殺す大男と、一緒に戦ってくれませんか……?」

「え?」



第一話「空色の子」


おわり






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