UFOをさがして
寝苦しくて目が覚めた。
枕元の携帯を点けると、午前一時。日付が変わって六月二十四日になっていた。
暑い。
寝直そうと思ったけど、とてもじゃないが安眠できる環境じゃなかった。湿度が高くて空気がべたついている。頼みのエアコンがぶっ壊れてることは昨日判明したばかりだし、窓なんか開けて寝ようもんなら明日の朝には蚊に全身の血を抜かれて干からびてることを覚悟しなくちゃならない。田舎はこれだから、と文句のひとつでもつけたくなる。
顔でも洗うか、と足を振って跳ね起きた。身体はすっかり目覚めてしまっていて、いっそ朝まで起きてようかという気にもなる。寝たくなったら学校で寝ればいい。
真っ暗な廊下を手探りで歩いて、洗面所に辿り着く。ぱちん、とスイッチを入れると薄暗く洗面台が浮かび上がって、ただれた夏の夜の色をしていた。水を出して、手ですくって、顔につけて、それを二度、三度。ばっちり目は冴えていた。起きよう。
明日は……、もう今日か、金曜日。面白い深夜番組の心当たりもなくて、とりあえずリビングに着いて、電気を点けようとしたけどカーテンの裏から透けてくる青ざめた光が綺麗だったのでやめた。
カーテンを開けると思ったよりも外は明るい。街灯はほとんど見えないけれど、代わりに星はそれなりに見えてるし、月はでかい。
たまにはこういう夜も悪くないか、と、さてじゃあこんな夜に何をするか、と考えながら目線を下げると。
女がいた。
庭先にぼうっと女が突っ立っている。空と違って地上は随分暗いから目を凝らして見ないとただの影のようにも映るけれど、確かに、女がいた。たぶんこっちを見ていた。
不審者だ。
声を出さなかった自分を褒めたい。不用意にカーテンを開けた自分は死ぬほど貶したい。
今すぐ親を起こすべきか、警察を呼ぶべきか、見なかったことにして二度寝すべきか。ぐるぐる困惑が頭をめぐって冷や汗が出る。
女が動いた。
身構えた。武器になりそうなものなんてそのへんの電話機くらいしかないけれど、体力は人並だ。迷わなければ勝てる可能性はある。負ける可能性もある。夜中に目覚めたのが悪かったのか。それとも寝こけたままだったらもっと悪いことになっていたのか。
女は庭先の砂利を踏んで音を立てながら、こっちに向かってくる。開いたカーテンの先にいる俺に、近付いてくる。一歩、二歩。残りは十歩。それからさらに一歩、二歩。
月が女を照らした。
「西牧……?」
「こ、こんばんわ……」
不審者は、顔と名前くらいしか知らない、クラスメイトだった。
そんな深夜一時。
*
ジー、と気の早い夏虫の声が聞こえていた。
知ってる顔を見て一気に緊張が解けた。玄関でサンダルをつっかけて外に出てみれば確かにそこにいるのは西牧だった。縁もゆかりもないような高校の同級。中学も違う。ということは住んでる家もそれなりに遠いということになり、
「何してるんだ? こんな時間に」
こういう質問になる。
「ええっと、あのですね、その……」
回答は煮え切らない。
「……迷子?」
「いや、そうじゃなくて……」
ないだろうな、とは思った。
こんなところに来るような用事なんか地元民の俺だって思いつかない。郵便局と自販機と去年廃校になった小学校くらいしかないようなところだ。
なら考えられるのは、
「俺に何か用か?」
尋ねると、西牧はぶんぶん首を振って頷いた。
マジか。
何の用だか想像もつかなかった。西牧の声を聞くのすら授業以外じゃ今日が初めてな気がしたくらいだ。接点がない。
西牧が用件を言い出すのを待った。待ってる間に蚊に三ヶ所食われた。
「……………………えっとですね」
声が小さくて聞き逃しそうだったからちょっと屈んだ。
「来住さんは、あの、見たことが、あるって、その、聞いたんですけど」
「……何を?」
「あの……ん゛んっ。ゆ……、ん゛んっ!」
風邪引いてんのかな。
やたら咳払いして神経質そうに指で喉を触る西牧を見ながら、さらに蚊に二ヶ所食われて、
「ゆ、ゆーふぉー」
「は?」
間抜けな声が出た。
「か、帰ります」
途端に西牧が踵を返した。ロボットみたいな動きで早足で歩きだす。砂利に足を取られて転びかけてた。
「……見たこと、あるけど」
その背中があんまり頼りなくて、思わず声をかける。
西牧が振り向いた。
「まあその、昔の話だよ。今になっちゃただの見間違いだったような気がするんだけど……」
「ほんとですか!」
でかい声を出した西牧が駆け寄ってきた。また足をもつれさせた。咄嗟に支えようとしたら綺麗に俺の腕をすり抜けてみぞおちに手を突かれた。ぐえ、と苦しい声が出る。
「UFO、見たことあるんですか!!」
「ちょ、ちょっと声のボリューム落としてくれ。親寝てるから」
あわわ、と西牧は口に手を当てる。それから小声で、俺の耳に口元を寄せるようにして、
「……見たこと、あるんですか。UFO」
と言った。そこまで声を落とせとは言ってないけど、まあ言うことを聞いてくれんだからよしとしよう。
「本当に昔の話だよ。もうほとんど覚えてないくらいの」
「……あの、頼みがですね。あるんですけど」
じっと西牧は俺を見つめていた。何を言われるのか、と身構えて、
「UFOを探すの、手伝ってくれませんか?」
それから、不意を打たれた。
*
「だから、六月二十四日はUFOの日なんですよ。今日こそUFOが見つけられるはずなんです」
「宇宙人がグレゴリオ暦を気にするか?」
「……気にしますよ。だって太陽と地球の動きが基準になってるんですから」
説得力があるようなないような。
虫よけスプレーを手足に噴きかけて家を出た。
街灯は驚くほど頼りなく、月が作る影は長い。誰も彼もが寝静まってしまって、目の前に落とし穴があっても気付けないような闇だった。スマホのライトは羽虫に群がられて三秒で消した。
突然家を訪ねてきたただのクラスメイトに付き添っているのに、暇つぶし以上の理由はなかった。夏の夜は不思議なくらい長く感じる。大して興味もないようなUFO蘊蓄を聞き続けられる程度には。
「というか俺は何の手伝いをすればいいんだ? ベントラーベントラー言ってればいいのか?」
「ベントラーベントラー言ってたからUFO見られたんですか?」
「……いや、そんなことはないけど」
「……じゃあいてくれるだけでいいです」
それじゃただの散歩だ。悪いわけじゃないが。
「ところで俺たちはどこに向かってるんだ?」
「あっちです」
いや向かってる方角くらいはわかるけども。
「怪しくないですか? あの雲」
言われて、西牧が指さす先を見た。
藍色の夜空に、毒ガスみたいに赤い雲。
怪しいか、怪しくないかで言えば確かに怪しく見える。
初見では。
「……あれ、野球場のライトだぞ」
「えっ?」
「いや向こうにさ、よその高校の野球部が使ってる野球場があるんだよ。そのライトが黄色系だから雲に当たるとああいう色になるんだ。こんな時間でも点いてるんだな」
目線を外した。
西牧を見た。
この世の終わりみたいな顔をしていた。
「…………………………では、解散ということで」
声が震えていた。
今にも貧血で頭から倒れそうに見えた。
「お、おう。もういいのか?」
「もういいですよ……。わたしが悪かったんです。わたしが馬鹿で愚図でどうしようもないから……」
西牧はぶつぶつと呟きながら、自己嫌悪を始めた。
だいたいイメージ通りだった。失礼ながら。
よく言って控えめ。悪く言って……、いや、悪く言うのはやめておこう。あんまりそういうのは好きじゃない。
「……でもほら、諦めるにはまだ早いだろ? UFOの日だとかなんだとか言うけど、まだ夜が明けるまで四時間くらいはあるし、それにまた次の夜だって日付が変わるまでは……」
「金曜日は塾があるから無理です……」
「あ、塾行ってんだ。駅前?」
「はい……。塾行ってるのに頭悪くてすみません……」
「そんなことは言ってないけど」
いきなり西牧が深々と頭を下げてきた。
「……こんな夜中にわざわざこんなくだらないことに付き合わせてごめんなさい。ごめんなさい。本当にごめんなさい……」
「いや、別にいいけどさ、暇だったし。それより本当にもういいのか?」
「もういいんです。わたしには無理だったんです。ダメだったんです。手伝ってもらったのにごめんなさい」
「そ、そっか……」
独特の喋り方だなあ、と思った。こう、会話の内容が二対八くらいになってて、二が会話相手への意思表示で、八が自分への攻撃、みたいな。
「本当にごめんなさい、帰ります」
そう言って、踵を返されて、まあ本人がそう言うならしょうがないか、と見送っていると、ふと気になった。
「西牧」
「はい……」
「ここまで何で来たんだ?」
「歩いてきました……。わたし、どんくさいから自転車乗れなくて……」
自分の顔がひきつるのがわかった。
「……どこから?」
「駅からですけど……」
「二時間くらいかからなかったか?」
「かかりました……」
色々と言いたいことはあった。
何をどうしたら片道二時間往復四時間を歩こうと思うのか、とか。その虚弱そうな身体で。
それから始発が何時に出るのか知ってるか、とか。今から二時間かけて駅前に着いても二時間は余る。どこで時間を潰す気なんだ。あのあたりにファミレスや喫茶店なんて気の利いたものはない。
どうしたもんかな。
さすがにこのまま歩いて帰すのは良心が痛む。
かといって西牧を引き留めるような口実は――、
「ところで、UFOの呼び方なら知ってるんだが」
思ったよりもさらっと飛び出して、
「ほんとですか!」
西牧が、ちょっと心配になった。
*
UFOを呼ぶおまじないなんて仕入れてきたのは誰だったのか、ひょっとしたらもうその本人だって覚えてないかもしれない。
夏休み、午前中のプールが終わったあとに誰かがそんなおまじないのことを言い出して、みんなが大喜びでそれをやった。
それから、きっと今夜見られるって話になって、夜に天体観測って建前で集まって、何時間も動かない星をじーっと眺めて、だけど当然みたいにUFOなんて見つからなくて。
その帰り道、ひとりになった俺だけがカラフルに輝く光点を空に見た、ってそれだけの。
今となっちゃ飛行機だったか星だったかそれとも本物だったのかわからないような、たった一瞬だけ小学校で流行った、そんな話。
そんな思い出。
*
「どうやるんですか、それは?」
「えーっと確か、UFOを呼ぶ人同士で手を繋いで、」
「え……。申し訳ないんですけど来住さん、そういうえっちなことは……、ていうかもっと相手を選んだ方が……」
「違うわ。……嫌なら別にいいよ。別に手なんか繋いでも、」
「ああ待ってください! やります繋ぎます!」
どうせ俺しかUFO見れなかったんだし、と続ける前に手を取られた。小さい手だった。思いっ切り握ったら骨ごと折れてしまいそうなほど。
UFOを見るなら見晴らしのいいところの方がいいだろう、と湖沿いの堤防まで歩いてきた。だいたい十分くらい。昔はここの水質調査で夏休みの自由研究を済ませるのが流行っていたのを思い出す。
湖面に白い月が揺れている。
「それから目を瞑って」
「…………」
「『あなたはわたしと違う人です』と三回唱える」
あなたはわたしと違う人です。
あなたはわたしと違う人です。
あなたはわたしと違う人です。
それから目を開けて。
「おわり」
「えっ?」
パッと手を放すと、西牧は戸惑ったのか手探りするように腕を胸の前に持ち上げた。目は律儀に瞑ったままだった。
「こ、これで終わりですか?」
「ああ。もう目は開けていいぞ」
「ほんとですか? わたし、騙されてませんか?」
「何をどう騙すんだよ」
「ここで目を開けたら一生UFO見られません残念でした、とか」
「俺は鬼か」
「ち、ちがいます! そういう意味じゃないです!」
慌てた西牧がおそるおそる瞼を開く。それから空を見るけれど、
「……いないです」
「すぐには見れないんじゃないか。俺が見たときもこのおまじないやってから……九時間後か? それくらい経ってたからだったしな」
「そうなんですか……」
目に見えてがっかりした西牧と、それからぼうっと夜空を見つめて、
「――座って待つか」
堤防のコンクリートの縁に腰かけた。西牧は座らなかった。
地面に座るのを嫌がるタイプか、と見上げてみると、恐ろしいものを見るような目で西牧は俺を見ていた。
「……何か変か、俺?」
「いえ……、よく怖くないですね」
「怖い?」
西牧はぴっ、と俺の足元を指差した。
「そのサンダル、脱げたら湖に落ちちゃいますよ」
「別にいいよ。そんときゃ裸足で帰るし。このサンダルも元値千円しないし、もうくたくただしな」
「こ、心つよ……。最強じゃん……。わたしだったらショックで三日は寝込むし……」
心よわ。
足首を動かして踵とサンダルをぱたぱた鳴らすと、ひょええ、と西牧が面白い声を上げた。面白かった。
「そういえば俺、なんで敬語使われてるんだ?」
「え……。それは、わたしが人との距離感を上手く測れないからです……。ごめんなさい……」
面白かった。ちょっと笑った。
「じゃ、じゃあ敬語やめます……、あ、っや、やめる…ぜ……」
「おう、やめてくれると嬉しいぜ」
「ごめんなさい……」
もう普通に笑ってしまった。
風が月を揺らす。星が散った。UFOはまだ見えない。
俺は座って、西牧は立ったままだった。
「西牧は、なんでUFO探してるんだ?」
今更ながらに、そう聞いた。
「じ、人生……」
西牧は、ひとりごとみたいな音量で呟いた。
「人生?」
「わ、わたしの、人生、変えてくれるかもしれないって、思って」
途切れ途切れの言葉を、聞いていた。
「わたし、何やっても上手くいかないし、意気地なしだし、弱いし、取り柄ないし……。だから、わたしのこと変えてくれる何かが欲しくて……。だから、UFOが見たいって思って……」
「UFO見たら、人生が変わるのか?」
「わ、わかんないです。でも、もしかしたら、脳を改造されて普通の人みたいに生きていけるようになるかもって……」
「普通の人みたいに、」
なりたくて、UFOを探してる女の子。
「ま、間違ってるって、わかってるけど、わたし、正しいこと、何も、何も知らないから」
「……そっか」
青い雲が月を隠す。
次に月が見えるまでに。
「見れるといいな、UFO」
そんな風に、思った。
「や、やっぱり……」
「ん?」
「いい人です、来住さん。深夜に家に来た頭のおかしい知らない女にこんなに優しくしてくれるし……。普通の人だったら、絶対、相手にしません。人間の鑑です。宇宙人に改造された超人間性人間です。わたしの目標のずっと先にいます」
言いすぎだ、と笑った。また敬語に戻ってるし。
「知らなくはないだろ、クラスメイトなんだから」
「誰もわたしに興味ないし……。メイトじゃないし……」
「卑屈だなあ」
「た、正しい自己評価ができてるだけだし……」
「本当にそうか?」
「そ、そうだし……」
喋れば結構面白いと思うけどな。
それからしばらくの間、西牧と話をした。
毎年六月二十四日、西牧はいつもUFOを探してるってこととか。
どこで俺がUFOを見たって話を聞いたんだ、とか。
一度UFOを見たことがあるならきっとご利益(?)があるだろうと思ったこととか。
どうやって俺の家まで辿り着いたんだ、とか。
知らないクラスメイトを、ましてや深夜に訪ねるのにどれだけ勇気を振り絞ったか、とか。
何度も引き返そうとして、家の前で二時間無駄にした(!)、とか。
結局俺が起きて来なかったら、一日無駄にしてたかもしれない、とか。
そんなことを取りとめもなく話し続けて、
「……出ないな、UFO」
「……出ないね」
湖の向こう、遠くの空の奥に、少しずつ太陽の気配が昇ってきていた。
「……やっぱり、ダメなのかな」
西牧が言った。
どうしようもないな、と思った。
UFOが見れる見れないなんて西牧がどうこうできる問題じゃない。もちろん俺にだって。
そしてそれをいつまでも待つことはできない。必ず朝は来るし、時は止まらない。
俺は別にそれでもいいと思う。
今の生活にはそれなりに満足してるし、これからもきっとそんな生活が続いていくと思う。だから、UFOなんて見なくたって、それなりに生きていけると思うし、それに大した不満もない。
だけど。
「……帰りますね、わたし。今日も学校だし……。付き合ってくれて、本当にありがとうございました」
西牧にとっては、違う。
西牧は、俺とは違う人だから。
「……駅まで送るよ。まだ暗い」
「往復四時間。学校遅れちゃいますよ?」
「帰りは自転車に乗って帰るよ。そしたら三時間もかからない」
「大丈夫ですよ。来るときひとりだったんですし、帰りもひとりで歩けます」
「いやでも、」
「あの」
顔を伏せた西牧が、手で制した。
「あんまり優しくされると…、泣いちゃうので……」
もう、ほとんど泣いてるような声だった。
「……なら、小学校までは送るよ。あそこまで行かないと、たぶん道わからないだろ」
「すみません、お願いします……」
腰を上げた。湖に背を向けた。それからふたりで歩き出した。
何でもない夜が、終わろうとしていた。
あたりには早朝の空気が漂い始めている。同じように日の昇らない空なのに、まるで違うものみたいに目に映る。
何も喋らない西牧の歩幅は小さかった。ゆっくり歩いた。だけど時間はゆっくりと流れてはくれなかった。
もうすぐ朝が来る。
小学校が見えた。
思い出だけが眠ったまま、二度と目覚めることのない場所が。
「あの、このへんで……」
「本当にひとりで大丈夫か?」
「大丈夫です。子供じゃないですから。そんなに危なっかしく見えますか?」
ノーコメント。
そっか、と頷いて、
「じゃあ、気をつけてな。また学校で」
「……あの」
「ん?」
「あ、学校で、その、もし、あの、……」
もじもじする西牧の言葉はよくわからなくて、黙って待っていても続きをちゃんと聞けそうになかった。
だから、これが正しいかはわからなかったけど。
「クラスメイト」
俺は。
「で、友達」
こうだったらいいな、と思うことを、言った。
「あ――」
顔を上げた西牧は、月明かりだけでもわかるくらいに涙の跡が目元に残っていて、だけど瞳は輝いていたから。
俺はこの日、この夜、新しい――、
「あの、よろしく――」
そのとき、ズゴゴゴゴ、と、とんでもない音がして、大気がびりびりと揺れた。
低空を飛ぶ飛行機が出す音なんか比べ物にならない。
ものすごく巨大な機械が全力で稼働してるみたいな音。肌を突き刺すみたいな、内臓を直接揺らすような音がして、それはまるで――、
「ゆー、ふぉー」
俺たちの頭のすぐ上を、青く輝く流線型の、どう見たってこんな田舎には、都会にだって絶対存在しないような巨大で未来的な何かが、横切って行った。
ほんの一瞬だった。
ほんの一瞬の間に、俺たちの頭上を飛び去って、どこか遠くに、でたらめな動きをしながら飛び去ってしまった。
呆然と見ていた。
「ゆーふぉー、ですか?」
「ゆーふぉー、だよな」
西牧は、すごい、と一言呟いて、そのあと、
「すごいすごいすごいすごい!!!!」
と、飛び跳ねた。
「絶対UFO!! 見た見た見た見た!!? 見たよね!!! 絶対UFOだったよね、ね!!!」
「……UFO、だった、なあ」
「すごいすごいすごい!! 来住くんすごい!! ご利益ある!! 神様みたい!! 七兆円で売れる!! 買う!! わたしの神様になる!! すごい!!」
飛び跳ねた勢いで西牧に飛びつかれて、俺は未だ呆然とした頭で考えていた。
あの日見たUFOって、やっぱ本物だったんだろうか、とか。
あのおまじないって本当に効くんだな、とか。
西牧、UFO見れてよかったな、とか。
友達になるはずが、一足飛びに神様になっちゃったな、とか。
「なるほど」
それから、
「UFOの日だ」
とか。
すげえ、って。
言葉にできるまでずっと、そんなことばかりを考えていた。