調査ファイル 088 [勝利の鍵、仲間の力]
咄嗟にコウキ君を奥へと突き飛ばし、その反動を利用して私は反対方向へ回避行動を取った。
「グアアァァァ!」
唸り声を上げながらこちらへ突進してきた剛田。
運よく直撃こそ免れたものの、反対側の腕に縦2本分の切り傷が出来ていた。
風圧なのか伸びた爪なのかは定かではない。
しかし直撃を避けてこれ程とは・・・
ふと見渡すと、鈴音と大原も何とか回避することは出来たようだ。
しかし下手に動くと奴の餌食になる。
さて、どうしたものか・・・
「いっててて・・・」
突き飛ばしたコウキ君が起き上がり、自分で頭を擦っていた。
すると―――
「グアアァァァ!」
今度は彼の方へと飛び掛かろうとしていた。
あのスピードとタイミングでは、避けることは不可能だ。
コウキ君自身も、奴から視線を反らすことすらできなくなっていた。
もはや死期の淵ギリギリに立たされている状態だ。
私は声を上げて彼の方へ駆け寄ろうとした。
しかし、声はおろか身体すらまともに動かない。
名前も呼べないこの為体を、金輪際ないだろうレベルで呪い、真っ黒く染め上げていた。
どうする私・・・どうする―――!
人は、死ぬ間際になると、走馬燈を見る―――と言われている。
誰が定義したのか、或いは何者かの功績によって発見された事象、というわけではない。
しかし実際に死にかけた方々は、口々にそう告げているのもまた事実。
―――私も例外ではない。
厳密に言えば、そのような状況下に置かれているのは、彼の方だ。
それでも走馬燈というのは、ラスベガスのディーラー宜しく、カードのように分配されるようだ。
私の頭の中には様々な光景が駆け巡り、目の前の世界に上映されているように見える。
そして、ある一つの光景が―――映し出された。
レイさんへ
じゆうけんきゅうのざいりょうのあまりで、ミニ花火を作りました。
よかったらあそんでみてください。
春香より
―――この島に来た初日に見た、春香ちゃんからの手紙。
出発前に彼女は紙袋の中に様々なモノを詰め込み、旅のお供にと託した。
その中に紛れ込んでいた珍妙な物体が一つ。
見覚えのある球体。
白いそれは掌てのひらに収まり、糸のようなものが人差し指の半分程出ている・・・魅惑の代物。
人はそれを、『バクダン』と呼ぶ。
だが、この状況下で私の脳内から上映されたフィルムに、これが映っているということは、つまりはそういうことかもしれない。
そして何より、あのダイヤモンドは・・・
いや、悩んでいる時間はない。
イチかバチか、やってみる価値はある。
―――いや、やるしかない。
私はすぐさま導火線に火を点けた。
ライターの着火も不発することなく、ここぞとばかりに燃え盛っていた。
しかし想定外の出来事が起こった。
それは、コウキ君に飛び掛かろうとしていた剛田が、彼に襲い掛かるギリギリ手前で静止したことだ。
作戦としては、これを奴にぶつける・・・そういう算段だった。
なのに一瞬だけその動きを止め、禍々しい眼差しはこちらへと向いていた。
そうか・・・音に反応したのか。
ライターの着火音に気付き、新たな敵と認識してコウキ君の襲撃を止めた。
聴覚が優れているのか・・・
しかし、一難去ってまた一難―――ピンチを助けた次は私の危機と来たか。
「グアアァァァ!」
おどろおどろしい雄叫びを上げ、ギア変速を行ったかの如く物凄いスピードでこちらに向かってきた。
もはや座り込んでいる状態、避けることはまず不可能だ。
ならばせめてでも、人類の英知をその面目掛けてハジケて差し上げようではないか。
「喰らえっ!」
対抗するかのように、どこから出したかも疑問に思う程の大声を上げた。
同時に、右手に持った“バクダン”は、奴の顔目掛けて襲来していった。
当たれ、当たれ、当たれ・・・!
―――バクダンは、外れた。
奴の顔ギリギリを掠め取り、背後の方にお元気よく進んでいった。
その瞬間、全ての覚悟を決めていた。
抗うこと不可能な、死という存在を。
津田君―――
「・・・!?」
必死に全身に力を入れ、死を受け入れようとしていた。
しかし痛みの類はなく、大きな川も見えることはなかった。
目を開けると、相変わらずの暗い景色。
ふと目線をやると、鈴音が驚愕の表情を浮かていた。
(どういうことだ・・・?)
そして目線を戻すと、先程こちらに向かってきた剛田の姿はなかった。
よく見ると、反対方向に戻っていったのだ。
バクダンが当たらなかったのに、剛田による惨劇は免れた。
一瞬頭の中が真っ白になったが、すぐに理解はできた。
投げたバクダンは、剛田に当たることなく奥の壁へと向かっていった。
だがそのバクダン自体は掌サイズとはいえ、球体ともなれば質量はそれなりに大きなもの。
それが壁にぶつかるともなれば、確実に“音は鳴る”。
その音に引かれ、奴は身を翻して音の方へと駆け寄っていった。
優れた聴覚が、返って仇となったのか。
それにしても、春香ちゃんは丁寧に作っていたらしい。
バクダンは壁にぶつかっていたが、壊れることなく未だ原型を留めていた。
加えて導火線の火は、消えることなく徐々にエンディングを迎えていた。
音に反応して突進していた剛田も、音の先に何もないことに気付き、半ば狼狽えていた。
「ジ・エンドだ、クソ野郎・・・!」
私は彼に聞こえないよう、こっそりと呟いた。
刹那、バクダンはフィーバータイムを開始していた。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




