調査ファイル 087 [Beast Mode]
「ねえ、アレ何かヤバくない?」
ああ、全くだ。
大原はアメリカンジョークな口調でそう言った。
だが目の前に広がる光景は、決してジョークで済むようなものではない。
誰が見てもそうだ、あれはヤバイ事が起こる―――そんな光だった。
「う・・・ガ・・・!」
剛田は、言葉にならない言葉を発しながら、苦しみもがき始めた。
まるで服毒した直後の様に。
『赤く煌めく光』という幻想的要因と、剛田の違和感という恐怖感に板挟みされた私たちは、それ以上動くことができなかった。
これから何が起こるのかは、何となく理解はできた。
しかし、動いたら“負け”・・・そんな気がしていたのだ。
「り、リーダー・・・?」
剛田の仲間、松島が駆け寄る。
心配そうな表情を浮かべ、彼に手を差し伸べた。
―――刹那。
一瞬の出来事だった。
瞬きした時には、既に終わっていた。
今、何が起こったのか?
もがき苦しみ、先程まで跪いていた剛田。
一瞬の内に、辛い表情及びその奇声は消えていた。
そして一番の奇妙は、片足を背後に向けて上げており、そのまま静止していることだ。
顔を伏せ、一言も上げることなく。
では何故片足を上げているのだろうか。
私は彼が上げている足の方向へと目線を向けた。
すると・・・先程近寄った松島が何処ぞへと消えていた。
更にその延長線上を目で追っていくと、松島はいた。
だが、それは最悪の結果として―――
「何・・・!?」
「嘘でしょ―――!」
壁際には、松島が打ち付けられていた。
剛田は何を思ったのか、彼を蹴飛ばしたのだ。
ここだけピックアップすれば、到底あり得ない話だろう。
だが、私の目にはそう見えており、現在進行形で景色はそう映し出している。
そして何より、そんなバカげた話を可能にした元凶もまた、目の前に存在している。
言うまでもない、あのダイヤモンドだ。
剛田がダイヤモンドを手にした瞬間、突如異変を感じ、このような結果を招いた。
「やはりか・・・」
「ど、どういうことですか!?」
狼狽するコウキ君に対し、私は一つの仮説を挙げた。
「このダイヤモンドは、ただならぬ力を秘めている。
見た者を失明させる程度のものではない―――」
「それは見ればわかるわよ!」
今度は大原が声を上げた。
その声色からして、相当なパニックを引き起こしていた。
「ただの増強剤じゃない、あれは人を狂わす強力な麻薬のようなもの。
力も極限まで出せるみたいだな」
松島はたった一発の蹴りで、端の壁まで物凄い勢いで突き飛ばされた。
仕舞いには彼のぶつかった場所は軽くめり込み、ヒビが入ってしまっている。
恐らく、最大限プラス1の力が出せるのだろう。
「だが、当然副作用もある」
「・・・副作用?」
「ああ。
道中、たくさんの人骨があったのを覚えているか。
どうしてあんなにまで散乱していたと思う?」
「・・・まさか!?」
「その、まさかだ・・・」
―――自我の崩壊。
強靭な力を手に入れる反面、それを知的に使用する能力を代償にするらしい。
何故そのような仮説を立てることができるのか。
答えは簡単、剛田の目を見ればわかる。
「・・・・・・・」
彼は口から白い息を吐きながら、過度な程の猫背姿勢で立ち尽くしている。
赤く光るその眼差しに、先程までの黒い知性を感じさせるオーラは霧散して消えていた。
「で、でも、それが一体何に・・・?」
「多分、仲間同士殺し合ったのね。
理性で保たれていた『殺人』という禁忌も、その鎖が解き放たれれば―――」
考えたくはないが、そういうことになる。
あのダイヤモンドは人を殺め、闇しか生み出さない負の遺産だった・・・だから島民はこれを封印した。
あの時の言葉も、恐らくこれを暗示していたのだろう。
だが現在、その封印も解かれ、我々も禁忌の闇との対峙に駆り出されてしまっていたのである。
暫く立ち尽くしていた剛田は、ゆっくり松島の方へと歩み寄っていた。
すると突然、疾風の如く姿を消し、気が付けば彼の目の前に立っていた。
口を大きく開け、通常の分泌量を超える唾液を垂らしながら―――彼は始めてしまっていた。
「うっ・・・!」
目の前で繰り広げられている凄惨なシーンを見せつけられ、コウキ君はその場でえづいていた。
大原も大人なりに頑張ってはいたようだが、どうやら耐え切れずに戻してしまっていた。
そんな我々を余所に、剛田は己の食欲を満たしていた。
一頻り満足したのか、口から溢れんばかりの“濃厚な紅”を滴らせながら、こちらへと視線を送る。
「マズいな・・・!」
今の私では、直撃は避けられても大怪我は免れない。
現に腕の傷を負ったままだ、派手にアクションを起こせる自信はかぎりなくないに等しい。
すると、剛田側から大声が上がる。
「リーダー!!」
松島と共にいたオカルト研究会のメンバーの大石だった。
彼は剛田の正気を取り戻そうとしたのか、思い切って声を上げていた。
だが、それは彼自身の地雷でしかなかった。
唸り声を上げながら、再び常識外れのスピードで大石の方へ飛び掛かった。
地を這う黒い天敵も驚愕する程の勢いは、もはや誰も止めることが出来なかった。
そして叫び声を上げた後、彼の声は聞こえなくなっていた・・・
「・・・レイちゃん、どうする?」
逃げるにせよ、ここで戦うにせよ、リスクがあまりにも高すぎる。
しかし考えている時間はない。
奴はもはや人ではない・・・化物だ。
化物はこちらをロックオンしたのか、飛び掛かる姿勢を始めていた。
そして・・・
「レイさん、来ますっ!!」
「!?」
剛田は血塗れのまま、こちらへ向かってきた。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




