調査ファイル 085 [目]
瞬間、私は咄嗟に動き、コウキ君の持っていた懐中時計を蹴り飛ばした。
これといって計算したわけではないが、懐中電灯はダイヤモンドを照らすことなく、宙に舞った後、地面に落ちた。
暫くして、その光は収束を始め―――消えてしまった。
運が良かったのか、蹴りは彼の手に当たることなく、ピンポイントにライトだけを狙っていたようだ。
「あ・・・」
悲しそうな目を、次第に潤ませながらこちらを見ている。
そんな目をするな・・・いや、確かにそうなるのも無理はないのだが。
「―――すまない。
だが、咄嗟の判断だ、許せ」
もし私が早く行動をしなかったら。
もし私が気付かずに懐中電灯を光に当てさせていたら。
・・・考えるだけでも悍ましい。
「・・・説明、して」
状況が状況なだけに、鈴音も若干目が本気になっていた。
子供の手を蹴り上げたのだからな、まぁ仕方ない。
「ようやくわかったんだ、『あの言葉』の意味が・・・」
「・・・あの、言葉?」
「一体なんなの、それは?」
すると涙目のまま、コウキ君も気付いたようで。
「・・・グスン、それってもしかして・・・グスン―――」
鼻を啜りながら私を見つめ、こちらも彼の目を覗く。
「ああ、そうだ」
「え・・・ちょっと何、どういうこと?」
大原は半ばパニックになっていた。
事態が呑み込めない彼女を余所に、冷静を纏った鈴音は静かに空気を見ていた。
「ここに来て、ある夢を見たんだ。
まるでお告げのような・・・不思議な夢。
その夢の中で聞こえた言葉―――」
「言葉・・・?」
夢・・・もしやそれがヒントだったのだろうか。
いずれにせよ、その中で私とコウキ君は聞いた。
少なからず私は―――はっきりと。
「・・・どんな言葉、だったの?」
すっかり落ち着いたコウキ君は、目の周りを赤くしながらも答えた。
「『その目を見てはいけない』、そう言ってました。
でも結局わからず仕舞で・・・」
あの時計と宝珠のことではなかった・・・最初はそっちだと踏んでいたのだがな。
だがこれでようやく確信が持てた。
「ここの島民は、あの言葉の示す『目』を見てしまった。
途中に見た大量の白骨死体―――あれも『目』の影響と私は推測している。
恐らく洗脳の類で、人々は催眠状態に陥り、見境なく殺戮を繰り広げた。
そう考えれば、全てが納得がいく」
「ちょっと待って、それじゃあその『目』っていうのは何?
扉の鍵じゃないとしたら、一体何が答えなわけ?」
少し怒りの混じる大原の声を受け止め、私は少しだけ振り返る。
背後に“ある”・・・いや、背後に“いる”ものへと指を差した。
欲望を以て人を狂わす、悍ましき根源へ―――
「―――アレだ」
指差した先にあったのは、巨大なロケットの先端。
しかし皆が見知っているそれとは訳が違う。
何が違うのか。
言うまでもない、目の前にあるモノは・・・金属製ではない。
暗くて僅かにしか見えないが、酷く光沢を帯びた淡い赤。
人はその色をこう呼ぶ―――『ピンク』と。
そう、ダイヤモンドだ。
しかしただのダイヤモンドではない。
未だに謎を帯び続けている畏怖の象徴、『ピンクダイヤモンド』。
「まさか、コレがっ!?」
「で、でもレイさん、それって・・・」
大原とコウキ君が驚愕を隠せないでいる。
当然疑問も浮かぶだろうな。
それもその筈、夢にもあった『目』という言葉の通りには程遠いものだからである。
「ああ、言いたいことはよくわかるさ。
だが、これが諸悪の根源の『目』の存在で間違いない」
いかにも冷静な鈴音は、先程蹴り飛ばした懐中電灯を拾い、ジッと見つめている。
そしてダイヤモンドと懐中電灯を交互に2回程見た後、ハッと何かに気付いた。
「・・・まさか!?」
「信じられないだろうが、そういうことだ」
「・・・この中に、『目』が?」
鈴音の口から、とんでもない発言が放たれた。
するとコウキ君は全てを理解したように、目の色が輝き始め、ようやく光を取り戻したようだった。
「―――そうか、だからレイさんはあの時!」
「ああ。
すまなかったな、突然」
コウキ君は少しだけ笑みを零し、首を横に振っていた。
それと対照的に、大原は疑問を弾丸とし、私へとぶつけていた。
「ってことは何、このダイヤモンドの中に目があって、それがお告げの正体?
私の目にはピンク色の巨大なダイヤしか見えないけど。
もしかして、私の目がおかしいわけ?」
「今一度言う、ピンクダイヤモンドは未だ謎に包まれている。
そして“コイツ”が・・・生き物だとしたら?」
大原は更に目を見開き、より驚きを露わにしていた。
「生き物・・・!?」
「詳しくはわからないが、この中に『何か』いるらしい。
幸い、暗所では文字通り影を潜めている。
だが光を浴びることにより、初めて力を発揮するのだろう。
ギロリと動いていたからな」
「・・・レイちゃん、目・・・見たの?」
瞬間、3人の目つきは変わり、一斉に私の方へと向きだした。
加えて、身体は防御姿勢になっていた。
思いっ切り警戒している・・・隠すつもりないのか、全く。
「ハッキリとは見ていない。
それに、今のところ異常はないようだ。
もし即効性のものであれば、今頃私は皆殺しにしているはずさ」
「―――サラッと、凄いこと言うわね、あなた」
「レイさん・・・」
苦笑いされてしまった。
ここでケロっと笑ってほしかったのだが、うまく伝わってくれなかったようだ。
「ともあれ、原因がわかった以上、ここに放置しておくのは危険だ。
気が変わらない内にとっとと壊してしまおう」
気が変わるというか、変貌しない内というか。
さて、一体どうしたものか。
そう考えていた時・・・運命の歯車が狂い出してしまったのだ。
「―――見つけたぜ、この野郎!!」
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




