調査ファイル 003 [パンドラの箱]
2016年2月26日、9時50分。
「お願い、私を助けてっ!!」
「助けてと言われても・・・」
とりあえず苦笑いで返す僕だが、女の子の強張った顔は解けないままだ。
何かあったのだろう、そう確信したレイは問いかける。
「どうしたの、助けてって誰から?」
ようやく話が進んだ。
女の子の表情が、少し和らいだ。
レイも薄々感づいてはしていたようで、『誰から』という言葉を用いて彼女に我々の理解を持たせた。
すると女の子は事情を説明しようと口を開いた、刹那―――
「いたぞ!こっちだ!」
黒いスーツ姿に黒いサングラスを掛けた男が、玄関近くにやってきて叫び出す。
すぐさま他の同じ格好をした男が何人もゾロゾロと玄関までやってきた。
え、何、どゆこと・・・?
「―――誰だ、お前たち」
恐らく連続殺人鬼もションベン漏らして逃げ出していきそうなくらい、レイの目は憎悪と殺意に駆られて黒く研ぎ澄まされていた。
女の子の前に出て左手で庇う姿勢を取りながら、その眼光で相手をけん制する。
相手もよほどの切れ者だろうか、物怖じ一つしない。
「嬢ちゃん、その娘をこっちに渡しな。さもなくば―――」
「―――さもなくば、何だ?」
3Dメガネで映画を見ているような、大迫力の睨み合いが繰り広げられている。
映画との違いは、この光景が現実だということだ。
「痛い目みたくないだろう?嬢ちゃん」
ヤクザ軍団は不気味な笑みを浮かべながら、余裕をかましている。
これは一触即発の予感がする。
僕の超正確な危険値センサーが過剰に反応したので、僕は女の子の避難を受け持つ提案をした。
するとレイは『良かった』と言わんばかりに、微笑みを返してくれた。
「この子は私のお客様だ。依頼主のプライバシーを守るのが、私の使命なんでね」
探偵として一番重要なこと、それは依頼達成ではなく、依頼主のプライバシーを守ること。
依頼主の情報が漏れてしまっては、元も子もないからである。
ましてや命が狙われているとなると、探偵も黙っちゃいられない。
「津田君、その子を頼んだよ」
僕は女の子を安全な場所へ避難させようとした。
「おおっと、動くんじゃねえ」
先頭にいるヤクザが胸ポケットから何かを取り出した。
あのフォルム、光沢具合、構え方・・・間違いない、銃だ。
こちらは武器という武器はない。
シュヴァルツ捕獲作戦の時は携帯したけど、あれ以降銃の所持を当面禁止されたから応戦はおろか威嚇射撃すら出来ない。
それでもレイはヤクザ同様余裕の笑みを浮かべている。
「動いたら・・・どうなるんだ?」
刹那、レイは前へ走り出した。
ヤクザは想定外の行動を取られたため、慌てて引き金を引こうとした。
が、そのスピードはあまりも凄まじく、発砲される前にヤクザの腕を蹴り飛ばしていた。
ドスの効いた叫び声が部屋中に響き渡る。
後ろにいたヤクザ軍団も胸ポケットから銃を出し、応戦しようとする。
「よくもやりやがったな!この―――」
ヤクザが引き金を引く寸前に、今度は手刀が一人のヤクザの右腕に当たる。
瞬間、構えていた銃は宙へ舞っていく。
人間の心理というべきか、ヤクザたちはその宙に舞う銃に目線が集中していた。
その隙を狙い、体術を目にも止まらぬスピードで繰り出し、全員の銃を弾き飛ばした。
そして先頭にいたヤクザの頭に足を乗せ、驚異的な目つきでトドメを刺す。
「まだやるかい、お前たち―――」
『蛇に睨まれた蛙』という諺があるが、こいつらは蛙ではなかった。
お決まりの決め台詞を吐き捨ててそそくさと事務所を出て行った。
どこから取り出したのか、レイは白いハンカチを振って見送っていた。
凄いんだか凄くないんだか・・・
暫くして、女の子も落ち着きを取り戻し、レイは探偵としての仕事を再開した。
「さて、依頼を聞こうじゃないか」
女の子はキョトンとした顔で僕たちを見ている。
多分、さっきレイが言った『この子は私のお客様だ』という発言が、その場しのぎの狂言だと思っているのであろう。
俺はその旨を伝えると、レイは女の子に微笑んで見せた。
「あれは嘘じゃない。第一、私を訪ねてきたのだろう?」
そうだった・・・という顔をしている。
そこはやっぱり子供、なんだか見ていて微笑ましい。
「ところで、君の名前を教えてもらえないだろうか?
一応、依頼を受理する上で必要な項目だからね」
「あ、はい、私『立華 春香』といいます」
立華 春香ちゃん、9歳。
市街地の小学校に通っている小学3年生だという。
レイと違い、年相応の元気な女の子だ。
まだあどけない顔を見せるところをみると、まだまだ子供なのだろう。
「それで春香ちゃん、依頼内容はなんだ?」
「はい、実は―――」
依頼内容は、彼女の身辺警護だという。
おまけに、条件付きで一緒に持ってきたアタッシュケースの死守を求めてきた。
春香ちゃんは、ご両親との3人で市街地のアパートで暮らしていたらしい。
共働きの為、いつも学校から帰ると独りだったという、可哀想に。
それでも毎日が楽しかったそうで、家族中は悪くなかったそうだ。
けれど、ある日を境に家に強面の人が訪れてきたという。
恐らく先程やってきたヤクザ軍団のことだろう。
そこでご両親は、このアタッシュケースを持たせて、春香ちゃんだけでも逃がそうとした。
当の本人も、命辛々ここまで逃げてきた、というわけか。
更に詳しく聞くと、このアタッシュケースはご両親から『何があっても守り抜くように』と常日頃念を押されていたらしい。
「そのケースの中身、見せてもらえなかな?」
「ダメです!お父さんとお母さんは『人に見せたら奪われるから中身は見せちゃダメ』って・・・」
そこまで言われたら、無性に気になるのが人間の性。
しかし強引に迫ろうものなら、依頼主を失望させるという探偵として本末転倒な結末しか迎えられない。
剰え警官がそんなことをすれば、違法行為で逆に逮捕されてしまう。
八方塞がりか―――
落胆した矢先、レイが鋭いメスで切り込んでいった。
「大丈夫、探偵は秘密を厳守いたします」
「げんしゅ?」
「絶対に誰にも言わないってことよ」
春香ちゃんは少し涙目になっている。
ご両親から言いつけられていた約束を破棄しようとしているんだ、無理はない。
探偵に頼らないと自分の身が危ない、けど親子の約束も大事―――彼女自身も八方塞がりに苛まれているのか。
「春香ちゃんは僕たちが命を懸けて守る、だからお姉ちゃんを信じて」
「春香ちゃん、お願い―――」
俯いた彼女は、静かに深呼吸をし、芯のあるしっかりとした瞳を映し出した。
レイを真っすぐ見て、覚悟を決めたのだろう。
胸に抱えていたアタッシュケースを、テーブルの上に置いてこちらに渡してくれた。
「―――ありがとう」
ようやく信用してもらえたレイは、まるで母親が子供を見るような優しい微笑みを春香ちゃんに向けた。
そしてアタッシュケースを受け取り、留め具を外す。
「こ、これは―――」
アタッシュケースの中には、大量に敷き詰められた紙幣が入っていた。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。