調査ファイル 070 [ときめき、闇の中、書庫にて]
先程と違うのは、広くて、物で密集していたという点だ。
「書庫・・・にしては、随分と賑わっているようだな」
ホコリだらけ、蜘蛛の巣は張り巡らされ、肝心の本も散乱していた。
賑わい過ぎだ、全く。
「洋館の書庫とは、少し違うな。
小説や図鑑の類が全くといっていい程ない」
「見たことない本ばかりです・・・
黒魔術―――なんでしょうか、コレ?」
適当に取った本をペラペラ捲っている。
もはや何語で書いてあるかもわからないほど字も掠れ、色褪せや傷による痛みが激しく付けられていた。
「錬金術でもやってたのかな・・・?」
コウキ君は違う意味でのめり込んでいた。
私も私で書庫を見回ることにした。
色々手に取ると、図鑑だけは見つけることができた。
ただし、単なる植物図鑑などではなく、毒性の強い植物だけを取り揃えたもの“など”ばかり。
一般生活で需要のない本だらけとは、まーまーまーまー・・・いい趣味しているもんだ。
ふと目をやると、部屋の中心にあるテーブル。
ここも乱雑に本が置いてあり、棚にある本と似たようなものばかりだ。
何となく手に取ろうとした、その時―――
ドクン―――
心臓が一瞬だけ強く跳ねた・・・ような感覚がした。
先程の珠の件といい、この超能力に似た現象はなんだ。
私に何かを示したいのだろうか。
もしかして、先人の霊が憑いて導いているとか?
バカバカしい、そんなものある筈がない。
―――しかし前例がある以上、何かあるのだろう。
ゆっくりと本の山へと手を伸ばす。
一番上の本をどかし、次の本を、次の本を、と続けていく。
次第にその速さは増していき、気づけばテーブルの表面が見えるまでになっていた。
そして最後の1冊・・・残されたその本を見て、言葉にできない『直感』に近いものを感じる。
本来であれば躊躇うべきなのだが、不思議と手が伸びてしまう。
躊躇なく手に取った本を、適当なページから開く。
ヴァサ――――
重たいわけではないが、長年人に触れられなかったのだろう。
開く際に少しの抵抗を感じ、音もページを捲る『ペラッ』というものでもない。
羽音だ、いや違いない、羽音だ。
「ふむ、どれどれ・・・」
さも走り書きな文字は、ミミズを通り越し、ゲジゲジまで進化している始末。
もはや線だ、あみだクジかコレは。
思わず眉間に軽くシワを寄せ、首を曲げながら見ていた。
機械が苦手な老人の如く。
ペラペラ捲るも、どのページもゲジゲジが這っているばかり。
もしや私も知らない、失われたこの地だけの言語か?
・・・抜かせ、そんなもの犬に食わせても吐き出してしまう。
「ハズレ、か。
一体何だったんだ、あの感覚は?
勿体つけて、もう――――」
「・・・ハズレじゃ、ないよ」
―――そこからは早かった。
すぐさま振り返り、隠し持っていた暗器を出し、刃を逆さにして構える。
全く感じることのない殺気が、返って気持ち悪さを掻き立てていた。
しかしその警戒心は、“彼女”の顔を見た途端、徐々に消えていった。
「君は・・・花本鈴音・・・だったか?」
可愛らしく、コクンと頷く。
場所が場所なだけに、張りに張った警戒のレーダーはビービーと音を立てて落ち着かない。
いや、それよりだ・・・
「何故、ここにいるの?」
この場所を知る者は、私たち2人以外いない。
いるとして、それはもうこの世にいないであろう先人のみ。
末裔の線もあるが、服装や装備からしてそれはない。
まさか後を付けられていた・・・のか?
「・・・前にも言った。
ある人に、頼まれたの」
また“依頼”か。
前回といい、何故こうも詰まった時に限って私たちの前に現れるのか。
ト書きにはなかったぞ、こんな展開。
「・・・!
その本は?」
ふいに見たのであろう、手に持っていた本について問い出す。
恐らく彼女もトレジャーハンターの類なのだろうか。
レンジャーっぽい風貌で、ここまで辿り着いたところを見ると、そう考えざるを得ない。
「そこで見つけたものだ。
まあ、内容はさっぱりだがな」
鈴音へと本を差し出す。
ゲジゲジの這った本を見ても、何の解決にもならないしな。
ところが、彼女は違った。
本を開き、ページのあらゆる部分を目で追う。
仕舞いにはページを触り、上から下へと、少しずつズラしながら全体をなぞる。
その姿は素人のそれではなく、話し掛けたらマズイ―――そう思わせる程の集中っぷりだった。
ある程度行った後、私の方を向く。
「・・・何となく、わかった」
一探偵としてこれ程の屈辱はない。
山ガールの女の子に先を越されるとなれば、尚更の事。
しかしこのゲジゲジ、文字として認識するには無理がある。
「何て書いてある?」
その問いに鈴音は意外な返答を示す。
目を瞑り、ゆっくりと首を左右に振る。
一瞬、私は理解が出来なかった。
「・・・これ、文字じゃない。
正確には、目で見るものじゃない」
更に理解ができなかった。
目で見ない文字とはなんぞや。
「あ、もしかして!」
不意にコウキ君が声を上げた。
「目で見ない文字って、“点字”のことですね!」
その元気の良い答えに、鈴音は微笑みで答える。
コウキ君は喜び、鈴音と共にハイタッチまでしてしまっている。
いつの間にそんな仲良く・・・
「・・・かなり見づらいけど、これは点字をなぞったもの。
線のなぞり具合からすると、多分英語・・・かな。
・・・でもこれ、点が浮き出てない」
「つまり、筆か何かで打った点・・・というわけか」
いくら盲目の人でも、それを読むことは不可能だ。
もはや何の目的で作られたのかが理解できない。
あらゆる疑問が浮かぶところだが、まずはこれの解読だ。
鈴音は点の辿り具合を見て、どうにか解読できるようだ。
「英語は読めるか?」
「・・・得意じゃ、ない。
アルファベットは、読み取れるけど―――」
「わかった。
片っ端から読み上げてくれ、私が翻訳する」
コウキ君の懐中電灯に照らされて、私たちは本の解析に当たった。
そして暫くすると、ついに本の内容が明らかとなる。
「これは―――?」
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




