調査ファイル 065 [怪盗の性]
階段を登り切ると、そこにいたのは―――執事だった。
気配がない中、突然人が出てきたことに、口から心臓が飛び出る驚きを隠せなかった。
それはコウキ君も同じだったらしく、私の後ろに隠れてワンピースの背中辺りを引っ張っている。
「―――おかえりなさいませ」
しかしそれと裏腹に、彼は咎めることもなく、私たちを出迎えてくれた。
無表情は、相変わらずだが。
「暫くここを空けてすまない。
訳あって帰れなかったんだ。
出来れば私たちがここにいることは皆に伏せてもらえないだろうか?」
ムスッとしたようなのがデフォルトの無表情の執事は、無言で頷く。
よかった、物分かりのいい人で。
差し出がましいとは思ったものの、着替えの用意も頼んだ。
これもまた快諾してくれた彼には、頭が上がらなくなってしまった。
何ということだ・・・
一度各自の部屋に戻り、着替えを済ます。
用意されたのは、奇しくもワンピース。
ここに来た際に着ていた純白とは正反対に、ドレス調の強い紺色だった。
デザインや色合いは違うものの、新鮮さはほぼない。
自分の部屋を出てコウキ君の部屋へと向かう。
「どうぞ」
静かな返答を聞き、扉を開ける。
彼もまた新しい服へと着替えていた。
何だろう、中世ヨーロッパの中流階級が着ていそうな服へと変貌を遂げていた。
しかし違和感はなく、それもまた可愛らしく思えていた。
一方のコウキ君は、このワンピース姿に、頬を赤く染めていた。
「あ・・・・・・。
コホン、えーっと、宝珠でしたね。
資料を読み返したんですが、それらの記述はありませんでした」
では彼らが話していたとされる『珠』とは?
まさか隠語で“タマ”の方じゃないだろうな・・・
「ふむ・・・」
「あ、でも、文献にはこう書いてありました。
『そこに眠るお宝は、世界を揺るがす程のものだ』―――って」
やはりそういう類か。
何となく予測できることだが、現段階で旗を掲げて徐に提示するのはやめよう。
「その宝へと導く為の宝珠が何なのかわからない以上、やりようがない。
その冒険家も、ここで手詰まりだったのかもな」
ともあれ、宝珠の記載がないとすれば、あと残る手段は一つしかない。
「仕方がない、直接聞くか―――」
「ちょ、ちょっとレイさん!?
まさか直談判なんてヘンピな事、本当にしないですよね!?」
ああ、しないさ。
本人たちには、ね。
「直接といっても、聞き出すのは―――こっちの方だがな」
私は親指で壁の方を指す。
最初はコウキ君もハテナを頭に浮かべたが、次第に意味を理解したようで・・・
「確かに直談判よりは万倍もマシですけど、それって泥棒―――」
「泥棒で結構。
さ、行くぞ」
だって元怪盗だし。
今更何を恐れることがあるか。
しかもこのワンピース、さっきまでのものと比べて機動性が若干高い。
よりアクティブに動きたくなって仕方がないんだ。
隣の部屋の扉の前に立つ。
先程コウキ君の部屋にいた際、隣からは声が全くしなかった。
ということは、現在彼らは出払っている可能性が高い。
こうなれば侵入したくなるのが、怪盗の性というもので。
「よっと・・・」
髪飾りでは開かない鍵も、部屋から持ってきた特殊な道具で軽快に錠を開ける。
怪盗舐めるなし。
「さて、ご開帳といきますか」
・・・この時、コウキは内心で冷静に思っていた。
『この人は何者なのか』、と。
ただの探偵ではないということを、様々な場面でチラつかせていた。
それでも“強力な味方”として、敵に回られないよう、これ以上の考えを働かせるのをやめる。
コウキは“最善の策”だと自分に言い聞かせながら、部屋に入る。
扉の先には、見覚えのある内装が目に入る。
私の使っている客室と何ら変わりがない。
カーテンにせよベッドにせよ、全く同じものである。
「ホントにいいんですかねぇ・・・」
「奴らは私たちにスタンガンをぶち込んだんだ。
これくらいやってトントンだ。
・・・いや、寧ろ足りないくらいか」
思い返すだけでイライラが募ってくる。
不思議なもので、人間は憤怒が限界まで達すると、不意に笑みを浮かべてしまうことがある。
人によってはそのまま爆発、暴走する場合もあるが、私の場合は前者である。
鏡を見ているわけでもなく、ドス黒く淀んだ笑顔をしているのがわかる。
「それより、何か手掛かりがないか探してみよう。
ただのオカルト研究会の面々とは、到底思えないしな」
大きなスコップを筆頭に、相当数の荷物がある。
ちょっとした課外調査にしては不自然なくらいに。
「こんなもん何に使うんだ、オカ研さんよ・・・」
数あるリュックの内の一つを開ける。
中に入っていたあるものを取り出して、思わず私は呟いた。
オカルト要素の薄い、金属の棒。
言うまでもない―――ダウジングマシンだ。
この時点で彼らがただの幽霊信仰団体ではないと確信をする。
「レイさん、これ見てください!」
コウキ君の声に呼ばれ、彼の方へ向かう。
手には書物が、辺りには本なり書類なりがビッシリ置いてあった。
なるほど、連中の正体は―――
「何か見つけたか?」
彼の斜め後ろから覗き込むように書物を見る。
かなり色褪せたページには、走り書きにも見える掠れた文字で何かが記されていた。
日本語ではない字体で綴られた文章ではあったものの、コウキ君でさえわかる『言葉』が書かれていた。
「『Treasure』・・・」
どうやらこの字を見て私を呼んだようだ。
何となく奴らがせんとすることが分かったような気がする。
そして今回の案件、非常に面倒くさい事態になりそうな、予感もしていた。
「なるほど、そういうことね―――」
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。