調査ファイル 062 [慌てるコウキは貰いが少ない]
―――人生初の鉄格子。
今まで捕まったこともないのに、まさかこういった形でぶち込まれるとは。
「それにしても、ここの拘留所は広いな。
交番の割には」
この島はそんなに大きくもなく、犯罪も多発するような場所でもない。
炭鉱で栄えたわけでもなく、人口は寧ろ少ない方だ。
広い部屋、広い天井を見ながら、少し頭を冷やしていた。
「・・・って、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですよ!
捕まっちゃいましたよ!どうするんですか!?」
「とは言ってもな・・・
冤罪はともかく、この格子を蹴破るのは無理だ、色んな意味で」
真犯人は追々見つけ出せばいい。
ここからの脱出はそうはいかない。
容易に蹴飛ばしてもみろ、目の前の警官が何をしでかすかわからない。
その上応援を呼ばれちゃあ溜まったモンじゃない。
解放される頃には、腹に1人増えるか、あるいは骨と化すか―――
「まあこう言っては何だが―――お手上げだ」
案の定、コウキ君は頭を抱えて唸り始めた。
当たり前だとは思うが、刑務所に入ったことのない人間の反応としては正しいものだ。
ここまで豪勢な鉄格子は初めてだが、木製の檻にはよく閉じ込められたっけな。
訓練だとか何とか色々こじつけやがって、アイツは・・・
(津田君、元気にしているだろうか―――)
暫くして、辺りは夜に包まれていた。
先程まで薄く夕焼けの光芒が訪れていたが、いつの間にかお帰りになられたようだ。
監視を続けていた警官もここを後にし、静まり返った留置所内には虫のオーケストラが聞こえる。
「―――静かすぎる」
それでもここは交番、警官によるダベリがあってもおかしくはない。
ここの留置所は格子内から交番の入口が見えるようになっている。
何となくではあるものの、人影くらいは目視が可能だ。
虫の声がよーく聞こえるということは・・・もしや―――
「誰もいないのでは?」
そう、夜勤が不在ということだ。
見回りか、あるいはサボったか。
死角なのだろうか、ここからは人影すら見えない、声も聞こえない。
これはチャンスなのでは・・・そう考えていた。
それはコウキ君も同様だったようで、またもや目を輝かせていた。
「・・・チャンスですよレイさん!
僕たちで体当たりして格子を壊せば―――」
「いや、それはできない」
「何でですか!?」
声を荒げる気持ちはわかるが、冷静に考えてくれ。
あくまで目視でいないと判断しているだけで、実際は交番周辺にいる可能性だってある。
それなのにボコボコ音を立てれば、自分から死にに行っているようなものだ。
愚行には堕ちたくないのでね。
そこで―――だ。
「『慌てるコウキは貰いが少ない』・・・ってね」
私は左耳の上辺りに着けていた、髪飾りを外す。
しかしお洒落だけで着けるような、可愛らしいただの髪飾りではない。
そのまま外し、カチカチと指で形を変えると、小さなブローチが付いているヘアピンは―――あるものへと変貌を遂げる。
格子と格子の間から手を出し、錠の中へと押し込む。
暫くガチャガチャしていると、ガチンッ!という無機質なシビれる音が。
手を引っ込めて扉を押すと、どうぞどうぞと言わんばかりに格子扉がマックスまで開く。
「レイさん・・・あなたは一体・・・?」
私の正体を知らない彼は、驚きと困惑の表情を浮かべている。
普通の探偵はピッキング針を髪飾りに仕込んだりしない。
もっと言えば、こんな状況で平然としている“わけがない”。
ま、それもこれも落ち着いてからゆっくりと話すか。
「話は後だ。
まずは逃げよう」
入口の方へ向かい、誰もいないのを確認する。
電気は煌々(こうこう)と点いているのにも関わらず、入口外にも誰一人いない。
まあいい、好都合だ。
奪われた荷物を回収し、私たちは交番を後にした。
交戦も覚悟していたが、拍子抜けに誰とも出会わなかった。
本当にサボって皆帰ってしまったのだろうか。
暫く走った後、川に架かった橋の下に逃げ込む。
とりあえず、少し休憩しよう。
「この島・・・電灯とか無いんですかね・・・」
「さあな。
人が住んでいる割には電柱の数があまりにも少ない。
田舎というのはこういうものなのだろうか」
如何せん田舎と呼ばれる都市外の“地方”に、住んだことはおろか行ったことすらない。
怪盗として挑んだ場所は、基本的に博物館がある市街地だけだったしな。
それにしても暗い、懐中電灯だけで足りるだろうか。
「コウキ君、懐中電灯は?」
「持ってます。
でもこのままじゃそう遠くには行けそうにないですね・・・」
「一度洋館に戻って、状況を立て直すか―――」
しかし、彼は否定的な表情を向ける。
曰く、洋館にも警察の魔の手が及んでいるとのこと。
まあそうだろうな、普通なら。
「裏口や窓からの侵入なら―――」
「レイさん・・・」
ついには苦笑いされてしまった。
やはり無謀過ぎたか。
あと逃げ込める場所といえば・・・
「・・・そういえばこの橋―――」
「どうしたんですか?」
「この橋・・・そしてその下を流れる川・・・
もしかして―――」
徐に立ち上がり、深呼吸をする。
しかしこれは心を落ち着かせるのではない。
風に乗って香るこの匂い・・・うむ、間違いない。
「こっちだ」
降ろして地面に置いていたショルダーバッグを再び肩にかけ、私は川沿いを歩き始める。
突然の行為に驚いたのだろう、彼もリュックを取り、慌てて追いかける。
この川は初日の車内からの景色で見たことがある。
もし推測が正しければ、この川を沿って歩いていけば、海に出られるはず。
そして海岸沿いに出れば、恐らくそこに―――
「まさか、これって・・・!」
「ああ、読みは当たったようだ」
さて、始めようか。
洞窟探検のリスタートだ。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。