調査ファイル 058 [その目を見てはいけない]
疲れた身体は、言うまでもなく聞くまでもなく、ベッドへと向かっていた。
しかし部屋の扉を開けた途端、“それ”に気付く。
「―――何だ、この感じは・・・」
そこはかとなく感じるのは、僅かな違和感。
昔読んだ間違い探しの、リボンの色が黄緑と緑の違いくらいの、ほんの微かなもの。
それが漂うということは、この部屋―――誰かが侵入したか。
幸い所持品は全て無事だった。
家具の配置も最後に見た時と同じ、そのまま。
・・・気のせいだったのだろうか。
ともかく今は寝なければ。
正直、あの5人も警戒しなければならない。
素性がわからない以上、何をしてくるのかさえ不明である。
そしてコウキ君・・・彼も少し気になる。
明日、また洞窟に行ってみないと―――
レイは考え事をしている内に、眠りにつく。
その日は月がとても綺麗な、青い夜だった・・・
―――
――――――
―――――――――!
あれ、私―――
そうか、眠ってしまったのか。
・・・ということは、これは夢―――なのか?
ぼんやりしつつも、少しだけ意識を保つことができた。
生まれてこの方、夢を“夢だ”と認識したのは初めてだ。
ならば、夢の世界はどうなっているのか・・・興味が沸いてきた。
私は目を開ける。
そこにはどんな風景が・・・
ぼやけているのか、くっきりしているのか。
それとも―――
目を開けると、そこは暗い世界。
恐々としながらもじーっと見ていると、目が慣れてきたのだろうか。
少しずつ、少しずつ、色が見えてきた。
若干濃いような青・・・そうか、これは天井。
それにしては近いな、どういうことだ?
不思議に思い、起きようとした―――刹那。
「きゃっ!」
寝返りをした途端、身体が180度回転した。
普通であればベッドから落ちるか、お腹からぼふっとベッドに着くはず。
その感触が、一切なかった。
いや、それ以上に驚いたことがある。
それは・・・目の前にある光景だ。
「ど・・・どういうことだ!?」
私が・・・眠っている―――?
慌てた私は掌を見た。
「いや待て、じゃあここにいるのは・・・?」
今掌を見ている私は、誰?
ここに寝ているのは、本物の私?
『黒川レイ』という人物は、どれ・・・?
もはやパニックとなっていた。
冷静さも欠き、真実を追い求めようと無駄にじたばたしている。
頭を抱え、何が本当なのかと狼狽を始める。
落ち着け、落ち着くんだ私・・・
今こうしてあれやこれやと考えを巡らせているのが私。
本物の黒川レイは、ここで頭を抱えている私だ。
考えろ、何故もう一人の私がそこにいるのか。
―――そう、これは夢だ。
大丈夫、夢の中で私自身を投影しているだけだ。
心配ない、これは夢、これは夢・・・
次第に落ち着きを取り戻した私は、抱えた手を解く。
そしてどうにかして床に降り立ち、辺りを見回した。
「今までこんな夢を見たことはない。
幽体離脱にしたって、白い線で繋がっているはずなのに、それすらない。
オカルト研究会のことで頭が一杯になったせいなのか・・・?」
変わり映えのない部屋には、寝ている私の吐息しか聞こえてこない。
それが返って気持ち悪い、何も起きやしない。
もしこれが誰かのせいならば、そろそろ何かアクションを起こしてくれ・・・
窓の外を見ながらふと思った・・・その時だった。
(―――誰か来る!)
何者かの視線を感じ、顔を少しだけ後ろに向ける。
完全に振り向くとヤバイ、そんな気がしたからだ。
ところがこちらに寄って来る気配がない。
恐る恐る後ろを振り向くと・・・
人が、いた。
スーツを着た背の高い人物が、立ち尽くしている。
シルクハットを深く被っており、男性なのか女性なのかわからない。
思わず声を上げそうになったが、何故か声が出ない。
こいつ・・・何者だ!?
するとその人物はゆっくりと歩き始め、こちらに向かってくる。
私はベッドの横に立っており、着実と窓の方へ近付いていた。
マズい、このままでは―――!
私の目の前まで来たそいつは、ゆっくりと、私を見下ろした。
構えることもできず、目だけしか動かすことが出来なかった。
それも残念ながら、顔を見ることは叶わず。
ぼんやりとではあるが―――覚悟をしていた。
―――彼は、襲ってこない。
ふと目をギュッと瞑ったが、痛みはおろか何一つ感じやしない。
ゆっくり目を開けると、彼は方向転換し、ドレッサーの方へ向かっていた。
そしてそこで何やらゴソゴソとやっている。
その様子を見ていると、ふいに声が聞こえてきた。
『そ の 目 を 見 て は い け な い』
いつしか私は、暗闇の中に溶け込んでいった。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




