調査ファイル 052 [探偵事務所の休日]
夏―――
この言葉を聞いて、一体何を想像するだろうか。
海を行く者、山を行く者・・・大体はこの辺だろうか。
変わり種として、サウナに通い詰めて汗を搾り出す者もいるだろう。
蝉が絶好調にフィーバーしている最中、清々しいを通り越してやかましい朝の日差しを浴び、ベッドから逃げ出す者が一人。
言うまでもない、黒川 レイだ。
彼女は番いの男もいないくせに、ワイシャツとパンツ姿で背伸びしている。
パジャマを用意する手間も金も掛からず、きっと楽なのだろう、きっと。
寝室から出てきたレイは、若干寝ぼけが入りながらも階段を降りる。
2Fが寝室とされたこの建物、1Fは探偵事務所を構えている。
夏休みシーズンの今頃、どういうわけか依頼が激減している。
いや良いことなのよ、良いことなんだけど、探偵業を営んでいる彼女としてはいい迷惑といいますか、何といいますか・・・
事務所の扉を開けると、そこには先客がいた―――
「あ、おはようございます」
ラフな姿で麦茶を入れているのは、黒川探偵事務所の探偵、神山 優希。
先の事件で新人探偵として雇われたが、今ではすっかり馴染んでいる。
2つあったグラスに注がれた麦茶の1つを、レイに差し出す優希。
そして食器棚からもう1つグラスを出して麦茶を注ぐ。
では既に入っている麦茶は?
その答えは、優希の後ろにあった。
「おはよー、レイさん!」
鉛筆を握りながら、元気に挨拶する少女。
名は立華 春香。
テーブルの上には数枚の書類・・・そうか、夏休みの宿題か。
レイは感心しつつソファに座り、麦茶を一口飲む。
今日も、暑いな―――
「そういえば、津田君は?」
優希に問いかけるレイ。
あぁ、といった表情を浮かべ、苦笑いしている。
というのも、夏休みシーズンに入ってから、連絡が疎かになっていたのだ。
いつもは割かし真面目な津田が、と思うと若干心配にもなる。
しかしそんな気持ちも、優希は苦笑を交えてぶち壊す。
「アッキー、仕事ないからって羽目外してるんですよ。
夏休みだから1日中寝てるんですよ、全く・・・」
そういえば、彼との初対面の際も、休日に呼び出されていたな・・・
レイは当時の事を思い返していた。
素っ頓狂な感じは、その時からあったな、何となく。
ともあれ、探偵事務所は仕事もなく、半ば定休日状態が続いていた。
すると突然、春香が声を上げた。
「ねーねーレイさん、見て見て!」
振り向くと、春香が何かを持ちながらこちらへ手を伸ばしていた。
よく見るとそれは、黒くて丸く、何やらヒモ状なものを垂れ下げていた。
「・・・何だそれは、バクダンか?」
真顔で言うレイに、少々呆れる春香。
そりゃそうだ、真顔なのだから。
それでも笑みを浮かべながら答えを言う。
「ちーがーうーよ、これは花火だよ!
火を点けるとシューっていってバーンってなるんだよ!」
―――人はそれを、バクダンと言う。
如何せん物騒なものを振りかざしているが、『夏休み』と考えると理由も明白だ。
そう、『自由研究』である。
最近の子は花火も自作なのか、そうかそうか。
「ほう、自由研究か。
興味深いが、事務所で火を点けないようにな」
元気に可愛らしく返事をする姿を見て、再び麦茶を口にする。
すると今度は優希が口を開いた。
「そういえば、手紙きてたよ。
レイ宛てみたいだけど・・・」
何か含む言い方をしていたのに気が付く。
それだけでその手紙に『何かある』というのは、一発でわかっていた。
それでも開封しない限りわからないので、まずは手紙を受け取ることにした。
外見は、白地の長方形に逆三角形の封といった、今時見ない便箋だった。
裏面には『To Ray』と示されていたものの、差出人はどこにも記載されていなかった。
これは何かある・・・そう感じたレイは、封を開ける。
するとそこには、チケットが入っていた。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




