調査ファイル 051 [Un-Cleared]
ユリスへ
直接話しにくいことなので、このような形でお話しします。
私はあなたに謝らなければなりません。
知っての通り、私はあなたに酷いことをしました。
恥ずかしながら、あの時とても嫉妬をしたのです。
そして我を忘れた私は権威を用い、弟子の人生と引き換えに名誉を得ました。
今では悔いても悔いきれない程後悔しています。
許してくれとは言いません、今一度話がしたい。
近々この絵を届けますので、メッセージに気付いたら連絡下さい。
スーザン
「・・・あれ、ちょっと待って。
メモの内容と全然違うよね、それ」
違うなんてレベルじゃない。
一言一句合ってすらいない。
メモには師に対する近況報告しか書かれていなかったし。
「当然だ、メインはそっちじゃないからな」
「え?メインって・・・」
ということはつまり・・・カモフラージュ?
この絵画と同じように切り込みを入れていたのか。
「スーザンさんはユリスさんと話し合いをしたかった。
が、思い空しく彼女は殺されてしまった。
結果、殺害後にその真意を知ったユリスさんは、絶望しただろう」
だったら、あのメモはユリスさんが書いたもの?
それも何か変じゃないか。
絵画同様にし、それを文字でカモフラージュしたとすれば、それは何故か。
言うまでもない、内容を知られたくない為だ。
予めカモフラージュ用の文面を書いて、その上から隠し文を書いた・・・ということだろうか。
「激しい後悔をしたユリスさんは、真相を打ち明けようとした。
警察に出頭し、罪を償う決心をしたのだろう。
当然大シスターにもそれを促した」
が、素直に受け入れるわけもなく、返って激昂した大シスターに殺害されてしまった。
あなたの為にやったことなのに、と。
彼女程ではないけども、人の為にした事を否定されれば、僕だって悲しくなる。
怒る気持ちも・・・何となくわかるわけで。
「程なくして大シスターは逮捕された。
情報提供したシスターの供述によってな。
ユリスさんの遺体も、教会の地下から発見されたらしい」
そういえば、ロベルト警部が言ってたっけな。
しっかし、教会に地下とはねえ。
ましてそこに遺体とは・・・
迷える子羊を導き、時に天へと見送る者が、何とも皮肉な。
「あ、ところで、さっきのことだけど―――」
僕は一つの疑問を抱いていた。
先程レイは色褪せがどうとか言っていた。
それが今一つ腑に落ちなくて、喉の小骨の様に引っかかっていた。
「ああ、それか。
いいか、よく思い返してみてほしい。
初めてこの絵を見つけた時の事を」
ここの地下室で初めて見た時・・・
第一印象は、『女性の絵』というだけだったっけな。
あとは景色と鞄と―――鞄・・・?
「―――気付いたか」
何となくではあるものの、不思議な点が浮かぶ。
それは、色の判別。
渡された紙には判別した色が記されていた。
しかしこの絵は少々褪せており、明確な色の判別はかなり難しい。
単純な色・・・例えば黒と白、赤と青などは多少褪せていても目視で確認できる。
それをあの人は細かい判別をし、僕たちに提示していた。
「妙だよね。
どうやってここまで調べたんだろう」
時間さえあれば調べられるだろう。
だがここまで絞り込むのは不可能だ。
しかしそれを難なくこなしていた。
その人物も、僕たちのよく知る『あの人』―――
「「三波さん」」
「彼は何か知っていそうだな」
「でも今は行方不明だよ。
いなくなったのか、殺されたのか・・・」
イギリスから帰国し、天使の絵画を発見する際には既にいなかった。
僕たちがイギリスにいる間、何者かの策に嵌められたか。
或いは、自ら消息を絶ったのか。
「いずれにせよ、彼が重要人物だということに変わりはない。
それに、この絵は麻薬との関連性もないようだしな」
北上の言う、絵画に記された地図のようなものはなかった。
仕掛けはあったものの、これは師から弟子への謝罪文だった。
よくある仕掛けとして『炙り出し』というのもあるけど、僕が考えるより先にレイが匂いを嗅いでいる。
ピンと来ていない反応を見る限り、その線もないらしい。
「・・・レイ、今回の依頼は解決したって言えるのかな?」
少し考え込みながら、冷静に答えてくれた。
「正直、わからない。
ただ、世を揺るがす程の秘宝も、闇社会を揺るがす麻薬さえも見つかりはしなかった。
探偵業務上は依頼は完了としてもいいだろう。
しかしまだ何か臭うな、これは―――」
行方不明の三波さん。
未だ見つからない謎の絵画。
そして―――
「・・・あれ、レオは?」
「神出鬼没な奴だ。
まあ、警察が蔓延っていたからな、無理もない」
―――レオという存在。
彼は一体何者なのか。
ケルベロスは僕たちにとって敵か、味方か。
様々な謎を抱えつつ、絵画の件は幕を閉じた。
「んで、結果は?」
相変わらず踏ん反り返っている北上。
内心少しワクワクしているのだろうか、肩が若干息を荒立てている。
「残念ながら、お目当てのものはなかった。
宝は愚か、それを記した絵画すらどこにも」
「本当に探したんだろうな?
お前ら、手抜いてたんじゃねえの?」
これには僕もカチンと来た。
あんだけ縦横無尽に動きまくったのに、この男ときたら―――
一歩前に出た僕を、レイが右手で遮った。
「全力を尽くしたさ。
我々も報酬を貰っているわけだしな」
「まあ、そうだろうな。
金貰って手を抜く程、お前もバカじゃねーしな」
腹は立つが、どうやら理解はしてもらえたようだ。
すると足元に置いてあったアタッシュケースを、徐にテーブルの上に乗せる。
ガチャッと金属の音を立てて開けたそれを、こちらに向ける。
「今回の報酬・・・といいたいところだが、見つけられなかったんだから減額だ。
金を扱う人間同士、それくらいわかるだろ?」
「無論だ。
呑み込もう」
北上が帰った後、優希と春香ちゃんにも経緯を説明した。
春香ちゃんは頭にハテナをいくつも浮かべていたが、優希は何となく理解してくれたようだ。
そして改めて僕は優希に、こんなことを聞いていた。
「探偵っていうのは、ドラマのようにただ調査して事件を解決するというだけじゃないんだ。
今回みたいにかなりぶっ飛んだ事例も、今後多数出てくると思う。
文字通り、海外に行ったりとかね。
それでも優希は、ここで探偵業をやるのか?」
真剣な僕の意思とは逆に、フッと笑っている。
しかしその目は、真っ直ぐ真意を捉えている。
「わかってるって。
それを踏まえてやるって言ってるんだ。
第一、春香ちゃんがOKの状態で『お前はダメ』って、それちょっとズルくない?」
「い、いや、それは確かにそうだけど。
だって優希―――」
いくら常時健康体がウリの優希とはいえだ。
多少なり博識とはいえだ。
幼馴染としては心配だ。
「だーいじょうぶだって!」
ほれみろ、人の心配を余所に。
「それに、人手は多い方がいいでしょ!
ね、所長?」
斜め後ろでプレジデントチェアにもたれ掛かる彼女に、目配せをしている。
全く、この子は・・・
「ああ、いいんじゃないか」
全くこの子は・・・!
―――とはいえ、所長であるレイがそう決めるとなれば、僕の権限ではどうにも出来ない。
あくまで探偵事務所の監察が任である為、口出しそのものはビミョーなところではあるが、タブーである。
ってなわけで、新人が加わりました。
彼女の名は『神山 優希』、津田 明彦の幼馴染です。
優希は僕たちに向かって、明るい笑顔とウインクを飛ばしたのであった。
「よろしくねっ!」
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




