調査ファイル 049 [光の道標]
僕はその名を聞いた途端、一瞬だけ驚いた。
モヤモヤを抱いたはいいものの、それを理解するのに脳が追いつかなかった。
「真犯人は―――大シスターだ」
大シスター・・・修道院にいるシスターの長。
学校でいうところの先生に当たり、修道院を統括する地位を持つ人物を示す。
では何故その大シスターがスーザンを殺したのか。
「ユリスが相談したのは大シスターだ。
元々シスターは悩める人を導く役目を持っている。
当然その長ともなれば、自分の話を真摯に聞いてくれる。
そこに目を付けたのだろう」
「でも何で大シスターが?
自分の知らない、まして面識のない人物を殺そうなんて―――」
仮にある出来事がきっかけで強い殺意を持ったとしよう。
それを向けるとしたら、普通であれば渦中の人物となる。
喧嘩相手とか、恋人の元カレ・元カノとか。
しかし大シスターはそのどれにも当てはまらない。
「大シスターは教え子の悩みを、自分の悩みのように受け止めた。
多分、そうとう辛かったのだろうな。
そこで彼女は、1つの決断をした。
それが―――復讐」
目には目を、歯には歯を・・・というのはハンムラビ法典の一節だけど、これはどうなんだろう。
自分を地獄に落とした相手に死を以て制すというのも、どことなく逆恨みのような気がしないでもないような。
とはいえ、可愛い生徒が辛い目に遭っていたら、それを助けるのが教師の務め。
それが動機・・・なのだろうか。
「そして大シスターは他のシスターを連れて、スーザンの家へ向かった。
夜中に寝静まったところへ侵入し、スーザンを―――
その後遺体を遺棄した後、彼女らは修道院へと帰っていった。
スーザンの描いた絵画と共に」
「絵画って、あの天使の?」
「そう。
ユリスはスーザンの作品を戦利品か何かとして持ち帰ったんだ。
そして自室でそれを見た途端、彼女は酷く落胆した」
絵を見て落胆とは、これ如何に。
自身の功績を強奪しておきながら、のうのうと生活してきた人の絵を見て何故落ち込む。
膝から崩れ落ちる程の素晴らしさ・・・ではないだろうな。
「ユリスは天使の絵画に隠されたメッセージを見つけた。
隠されたといっても、見つけるのは安易なものだ」
そういうと、レイは懐中電灯を求めてきた。
前田さんが手に持っていた懐中電灯をレイへと投げ渡す。
・・・おいおい、落としたらどうするんだよ、ただでさえ暗いのに。
しかし、そんな不安をよそに、意図も簡単にキャッチしてしまっている。
しかも下からキャッチではなく、まるで野球のキャッチャーのように真正面から。
さすがです、ええ流石です。
「津田君、これを」
今度は僕に懐中電灯を持たせる。
レイは先程の絵画を両手で持ち、懐中電灯を上から照らすよう指示をする。
そう、2階で見て絶句した、それは現れる。
懐中電灯に照らされた絵画は、光を遮ることなく床を照らす。
尤も、全ての光ではなく、微量なものではあったが。
そして床へと到達した光は、何やら文字のようにも見える。
「絵画に隠されたメッセージはこれだ。
ご覧の通りね。
スーザン殺害後、ユリスは持ち帰った絵画を見た。
その時、月明りに照らされて同じような光景を目の当たりにしたんだ」
まさか絵画から文字が現れるなんて、普通は思わない。
2回目とはいえ、内心では僕も驚いていた。
スーザンが絵画に隠したメッセージ。
自身が描いた絵画に何を記したのか。
その続きも、レイは冷静に話し始める。
「恐らくスーザンは過去の出来事を悔いていた。
名誉が欲しいばかりに、自らの弟子を利用したことに。
しかし手紙にして、まして口に出して直接謝罪するのも気が引けていた。
だから絵画にこっそり記して渡すつもりだったのだろう。
その矢先の出来事だった」
「ユリスさんは絵画を受け取る前に、スーザンさんは殺害されてしまった。
そして、事後に真相に気付いた・・・」
「ああ。
さぞ悔いただろうな、ちゃんと話せばよかったと。
そうすればもっと良い方向へ進んだのかもしれない、と」
スーザンさんのやったことは、決して許されることのないこと。
それでも彼女なりに謝ろうとしていた。
残念ながら前向きに進んだ彼女を、ユリスは大シスターと協力し殺めてしまった。
皮肉なものか、被害者だった人物が犯罪者になるとは。
「ところでよ、その天使の絵には何て書いてたんだ?」
唐突に前田さんは話す。
そういえばそうだ、そんな崩れ落ちる程の手紙とは一体何だ?
「全文はわからない。
しかし、それを記したメモなら、津田君も見ただろ?」
は?メモ?
そんなモンみた記憶ないぞ。
殴り書き・走り書きの紙なんてどこで―――
「何だそれ?」
「手紙のようだな。
所々霞んでいるから、全文はわからないけどね」
「内容わかる?」
「フランス語のようだな。
どれ―――」
あ、見たわ。
堂々と見たわ。
そういえば殴り書きっぽかったな、アレ。
でもたしか手紙だったよね、そう思って見てたけど・・・あれメモだったの!?
「―――気付いたか」
「あれ手紙じゃなかったの?」
「私も最初はそう思っていた。
しかし、ロベルト警部の話を聞く限り、それは天使の絵画のメッセージで間違いないだろう」
誰にも聞こえない小さな声で、前田は呟く。
「・・・あ?ロベルト?
そのいけ好かなねえ名前、どっかで聞いたような・・・」
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




