調査ファイル 048 [マリオネット]
「おい黒川、さっきから何してやがる」
前田は私に向かってムスっとした表情で問いかける。
そうか、彼には見えていないのか。
「ならば見てみるか、これを」
私は取り出した絵画を、前田に渡す。
宮川もつられて見に行くが、2人とも難色を示している。
「・・・ただの絵じゃねえか」
「これが・・・何?」
そう、普通に見れば鞄を持った女性と洋館が描かれた、言ってしまえば“それだけの”絵画。
ならば普通に見なければどうなるか。
私は2人を手招きし、窓の下―――月明りが輝く陽だまりに呼び寄せる。
未だ腑に落ちない困ったような顔をしたまま、こちらに歩み寄る。
「それで、何だってんだ?」
・・・相変わらず頭が固いことで。
どうやら宮川は気付いたようで、ハッとした表情をようやく浮かべ、前田から絵画を受け取る。
そして、宙へと翳す。
「・・・なるほど、そういうことね」
「な、何がだよ」
「この絵画、切れ込みが入っているんです。
だから上から光を当てると、切れ込みの中を光が通って文字が見えるんです」
ムスッとしたまま絵画を覗くと、前田は瞬時に驚いた顔をする。
だが、再びムスッとし―――
「でもよ、これ何て書いてるんだ?
日本語・・・じゃあないよな」
「そう、これはフランス語。
そしてこの絵画を描いたのもフランス人。
恐らくモチーフは・・・」
フランス出身のあの画家だろうな。
参考にしているのが手に取るようにわかる。
人物画を得意としていたからな、間違いないだろう。
「よくわかるなあ、オイ。
それで、何て書いてるんだ?」
「日記のようだな。
でも何故・・・」
「・・・そうだったんですか」
「・・・事件の概要は以上だ。
ピースはこれで足りるだろう、あとはレイに―――」
通話を終えた僕は、居た堪れない気持ちで溢れ返っていた。
まさかそんな事があったとは・・・
僕は無意識に、レイの方へと視線を向けていた。
気付いたようで、こちらに視線を返してくれた。
この気持ちを汲み取ってくれたのか、軽く頷く。
「レイ、ロベルト警部補から連絡あったよ」
「それで、結果は?」
受け取った結果を、なるべく簡潔に説明する。
話し終えると、次にレイは日記の内容を教えてくれた。
何やら絵画に記されていたようだが、まさか切れ込みが入っていたとは。
レイの中で内容が纏まったようで、前田さんと宮川さんの方を向いている。
そして、表情が引き締まった。
「では始めよう―――事件の真相を」
まず天使の絵画と女性の絵画の作者から説明しよう。
天使の絵画を描いたのは『スーザン』、女性の絵画を描いたのは『ユリス』という名前だ。
スーザンはフランスでも有名な画家で、人物画がとても人気の画家だった。
ユリスは彼女に憧れて、弟子入りしたんだ。
スーザンも彼女の絵のタッチに目をつけ、才能を買って開花させようとしていた。
厳しくもちゃんと指導だったのだろう、ユリスはめくめく上達し、知名度を挙げていった。
それは互いに喜ばしいことだった―――筈だった。
そしてユリスは一大決心し、最後の晩餐を描こうとしていた。
勿論ダ・ヴィンチの贋作だが、彼女以外に作ろうとしている者は誰もいなかった。
そこに目をつけ、ユリスは描いた。
影響された画家のタッチと、スーザンの技術が上手く組み合わさった結果、完成品は良作となった。
ここで終われば、いたく普通のハッピーエンドだったろう。
しかし、スーザンは違った。
その出来栄えを見て、彼女は嫉妬した。
そしてその嫉妬は募り募って、爆発してしまう。
我を忘れたスーザンは、ユリス名義ではなくスーザン名義で絵画を発表してしまったのだ。
当然ユリスは激怒した。
この絵を描いたのは私だと、何度も何度も・・・幾日も幾日も訴え続けた。
しかし上げた声は衆に届かず、挙句『嘘つき者』として最悪の烙印を押されてしまう。
結果、スーザンは画家としての知名度を更に上げ、ユリスはどん底に落ちていく。
この頃スーザンが天使の絵画を描いたとされる。
一方ユリスは画家の道から退き、修道女として数年間過ごしていた。
教会に助けを求め、それからは道なりだったようだ。
そしてある日、彼女はある人物に相談したが、それが大きな失態だった。
その人物が提案したのは、スーザンの殺害。
ユリスは戸惑ったものの、自分を救ってくれた恩人を裏切ることは出来ない・・・
まずはスーザンの元へ毒を盛った飲食物を送った。
「そうか、あの手紙にあった毒の件はそれだったのか」
「・・・手紙?」
そういえば前田さんと宮川さんは、この事を知らなかったんだっけ。
「先日絵画の調査に向かった場所で見つけたんです。
一件何気ない内容なんですが、どうやら含みがあるものらしく―――」
そうなんだ、と深く感慨深い表情を浮かべる。
前田さんは静かに話を聞いて、微動だにしていない。
スーザンはユリスの荷物を受け取った。
それが毒だとも知らずに。
しかしスーザンはそれを口にしなかった。
にも関わらずスーザンはその命を落としてしまった。
それは何故か―――
僕は考える。
毒を摂取せずに亡くなった理由を。
・・・たしかあの時―――
『この遺体、頭蓋骨に陥没痕があった。
恐らく犯人はこの屋敷にやってきて、鈍器のようなもので殴って殺害したんだ』
「第三者の介入・・・」
「それって、ユリスって人以外に殺意を持っている人がいたってこと?」
「そうだ。
そして真犯人はユリスの心に付け込んで、剰え彼女を利用してスーザンを殺害した」
ユリスの恩人で、且つ彼女の相談を親身に聞ける人物。
立場の面からみれば、僕ならあの人を想像する。
「真犯人は―――」
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




